第28話

 銃撃を始めようとした、その時だった。


《聞こえるか、リック少尉!》


 はっとした。


「モーテン隊長! ご無事で?」

《ああ。だが死傷者多数だ。安全な場所に置いてきたが。それより、銃撃はしばし待ってくれ! 奴の背後から対戦車砲で、スラスターを潰す! その隙を突くために、残弾の使用には注意してくれ!》

「了解!」

《ほう、何が了解なのかな?》


 唐突に、中将の声が割って入ってきた。しまった。今の無線通信は、秘匿回線ではなかったのか。


《このタイタンのスラスター出力、舐めてもらっては困る!》


 ゴオッ、という低く唸るような声と共に、タイタンもまたスラスターを全開に。そのまま、スペースシャトルの離陸のように白煙の尾を引きながら、宙に浮いた。これでは、砂塵で視界はゼロ。対戦車砲の射程からも遠ざかってしまう。

 同時に、キリキリキリキリ、という鋭い音が耳朶を打った。件の四つの輪が回転し、後光が差すように発光する。


「皆、逃げろ! 瓦礫の陰に隠れろ!」


 我ながら最大声量で叫んだが、どれだけの戦闘員に聞こえているかは分からない。

 俺は、車道を挟んで反対側の建物の陰に身を隠した。ヴィイン、という音と共に、光量が増していく。防眩フィルターのお陰で、視界を奪われずには済んだものの、今の俺には隠れる以外に手はない。


 赤い筋が四方八方に走り、瓦礫の山が溶けて飛散する。俺は肘の盾でそれを防いだが、その盾までもが真っ赤に染まる。


《このタイタンは、局地攻撃型の超重量級AMMだ。さて、どう戦うつもりかな? アダムス少尉》


 援護はなし。自機もガタがきている。敵機は装甲が薄い場所があるらしいが、そこが分からない以上、攻撃する術がない。攻撃するにしても、一撃離脱で戦わなければパイル・バンカーの餌食になるだろう。

 こちらに利があるのは、圧倒的に小回りが利くという点だ。かといって、接近には相当なリスクが生じる。どうしたらいい?


 その時、今日何度目かのアラートが鳴り響いた。足元からだ。光学センサーで見下ろすと、


「お、お前!?」


 ルナが立っていた。四本目になる大剣を手にして、疲れを感じさせない鋭利な目でこちら見つめている。それでも、衣服はところどころが破けており、血が滲んでいる。大剣を握っていない左腕は、防御のために使ったのか、あらぬ方向に曲がっていた。

 それでもルナは、筒抜けの無線通信ではなく、ジェスチャーで何かを伝えようとしている。

 しかし。


「そんなことができるのか?」


 無線を使わずに呟く。俺の受け取り方が正しければ、確かに理にはかなっている。だが、相当な危険を伴う。

 じっと俺を見上げてくるルナ。やるしかない、か。


 俺は無線で伝えた。


「しっかり掴まってろよ!」

《おや、誰かと内緒話でもしていたのかね?》


 まるで茶々を入れるように、中将が声を吹き込む。その声にぶつけるようにして、俺は


「ああそうだ! 俺は逃げも隠れもしないからな!」


 と思いっきり叫び返してやった。

 俺はスラスターに残された燃料を確かめた。左側のスラスターは死んでいるから、中央と右側のスラスターに燃料を回す。そして立ち上がり、一気にスラスターをフルスロットルに。

 ぐっと背中がシートに押しつけられる。タイタンの膝に取り付けられた機関砲が、凄まじい勢いで弾丸を吐き出してきた。しかし俺は頭部を下げ、前のめりになって弾雨から逃れる。

 地面に着地するタイタン。しかし俺は、既にタイタンの足元に到達していた。


「ぐうっ!」


 ほぼ直角を成すように、スラスターの向きを変え、一気に空中へと飛び上がる。眼前には、絶壁のように立ちふさがるタイタン。すると右側から、敵の左腕に装備されたパイル・バンカーが突き出された。


 ぐしゃり、と、ついにこのAMMも悲鳴を上げた。スラスターは全滅、脚部は損傷した右足を残すのみ。だが、俺にとって重要なのは、腕を守ることだ。さらに言えば、腕に握らせた人物を。

 機体が上昇から下降へ転ずる、まさにその瞬間。俺は右腕に軽く握り込んでいた人物を、軽く投げ出した。その人物は、ルナ・カーティン。彼女以外に一体誰がいるだろうか。


 ルナは機体の親指から跳躍して、身体を勢いよくしならせながら、大剣を振りかざした。


「はあああああああ!!」


 気迫のこもった絶叫と共に、宙を舞うルナ。彼女が手にした大剣は、まさに三日月のごとく振り下ろされ、タイタンのバイザーを貫いた。


《んぐっ! まだまだだ!》


 中将が苦し気に叫ぶ。再び熱線を放射しようと、ヴィイン、と音を立てるタイタン。

 それに対し、俺は叫んだ。


「こっちだって、まだまだだあああああああ!」


 俺は先ほどタイタンに投擲した大剣を引き抜き、


「でやっ!」


 露出した動力パイプに突き刺した。急いで手を離し、宙へ飛び下がったルナをキャッチする。タイタンの左肩の輝きが失われ、中断されたエネルギーに全身がまとわりつかれていく。


《ぐっ! 動け! 動かんか! くそっ!》


 コクピットは無事なようだが、あの熱線――電磁気のエネルギーは暴走している。

 そうか。弱点とは動力パイプの周辺だったのか。こんなにバッサリ切断できるとは思っていなかった。俺は頭部の十ミリバルカン砲の残弾を、ありったけぶち込んだ。腕を振り回すタイタンの、右肩部を走る動力パイプを狙って。

 大方の弾丸は弾かれてしまったが、直撃した十数発の弾丸だけで動力パイプはズタズタになった。急速に薄れていく、熱線源の発光現象。腰に二つ残された熱線発射円も、再起動できかねている様子だ。


 動きの鈍った上半身は、ただのでかい的に過ぎない。しかし、ブルー・ムーンの有する兵器で倒せるかどうかは不透明だ。これだけ巨大なのだから、それだけ装甲が厚いのは当然だろう。

 俺はルナを守るように、できうる限りの姿勢制御を施して着地した。いや、落下に近い。


「がはっ!」


 背中に鈍痛が走るが、致命傷ではあるまい。


「ルナ、大丈夫か!?」

《……ええ、なんとかね》


 とは言いつつも、タイタンはこちらを踏みにじろうと、着実に歩を進めてくる。


「お前は逃げろ、ルナ」

《なんですって?》

「奴の狙いは俺だ。奴はもう、小さな目標は捕捉できない。早く逃げるんだ。俺は奴の足にかじりついて、なんとか足止めする。死ぬのは、もう俺だけでいい」


 正直、俺は疲れていたのだと思う。あまりにも多くの『死』に直面しすぎたのだ。

 今まで、俺のために命を落としてきた人々の顔が浮かんでくる。相変わらず、両親の顔は輪郭がぼんやりとして思い描けなかったが。まあいい。どうせもうすぐ会えるだろう。


 その時だった。『コクピット開放』の表示が出た。何事だ? と訝しむ間も与えず、ハッチが開いて人影が飛び込んできた。同時に、腹部に強烈な蹴りが入る。


「ぐえっ!」


 涙目になりながら顔を上げる。そこにいたのは、他ならぬルナだった。


「何するんだ、ルナ……」

「この馬鹿!!」


 怒鳴られた。それはそれは大声で。


「あんた、あたしがどれだけ悲しい思いをしてきたか分かってんの!? あたしが大切だと思ってきた人たちは、どんどん死んじゃう! お父さんもお母さんも、ブルー・ムーンの皆も! でも、あんたなら生き残ってくれると信じてた! だって、強かったんだもの!」

「お、俺が、強い……?」

「そうよ!」


 そのままルナは、メインディスプレイを蹴飛ばすようにして俺に抱き着いてきた。


「ちょっ!?」


 俺は心臓が張り裂けそうになった。そんなことはお構いなしに、ルナは言葉を繋ぐ。


「仲間に思いやりのあるあんただったら、あたしをジレンマから解放してくれると思った! だから、あんたを殺さなくてもいいと思えたんだよ!」


 そうか。ルナはそんなことを考えていたのか。すると、俺の口から勝手に言葉が零れた。


「分かった」

「な、何が?」


 涙声になりながら、ルナは俺の目を覗き込んできた。美しい青に縁どられた瞳で。


「俺は生き残る。一緒に生き残ろう。そして、お前のジレンマを叩き斬る。これでいいか?」

「う……」


 するとルナは、無事だった右腕でぐっと顔を拭った。

 俺は前から計画してあったかのように、迷いない挙動で無線機を手に取った。


「モーテン隊長!」

《どうした? 無事か?》

「俺もルナも大丈夫です。クーデターは成功したんですよね?」

《ああ。上手くいったが》

「では、残存兵器を全弾、今から告げる座標に叩き込んでください!」

《待ってくれ、まだECMがあちこちで機能しているんだ。一斉攻撃は不可能だぞ》


 そこで小さく、俺は息を吸った。


「人工衛星を経由しても、ですか」

《リック少尉、まさか人工衛星の通信システムで全部隊に命令を?》


 頷くのももどかしく、俺は早口でまくし立てた。


「一瞬だけなら、このAMMの対電波妨害機器でECMを解除できます。その瞬間、約十秒の間に、衛星回線に割り込んで攻撃指令を出してください。全部隊に命令を一斉伝達するには、衛星を使うしかないでしょうから」

《それは可能だが、君たちはどうする? 今どこにいるんだ?》


 その問いを無視して、俺は答えた。


「必ず生き残ってみせます」

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