第29話

《そ、そうは言っても……》

「構いません。やってください。ただ、カウントダウンはお願いします」

《ふざけるな!》


 再び無線に割り込んでくる中将。


《このタイタンの力をもってすれば、貴様らクーデター分子を捻り潰すのは簡単なんだぞ!》

「視界どころか、主要武器を半分も失ったあんたを仕留める方が簡単だ! モーテン隊長、とにかくお願いします!」

《了解した!》


 俺は最早、AMMとは呼べなくなった鉄塊を操縦し、できうる限り地面に貼りついた。これではタイタンの熱線ですぐに切り刻まれてしまうかもしれない。しかし、ぼんやり佇んでいては、味方の攻撃の邪魔になる。


 俺は残った四肢を使い、可能な限り胸部のコクピットをガードした。先ほどよりは随分と小さくなったものの、ヴィイン、という不快な音は耳に捻じ込まれてくる。


「悪いな、ルナ」

「どうしたんだ、急に?」

「さっきは隊長に『必ず生き残る』なんて啖呵を切ったが……。こんな機体で生き残れるはずはないよな」


 こうして同じコクピットに収まっている以上、ルナも無事では済むまい。


「ごめん。俺がもっと上手く戦っていれば」


 と言いかけて、俺は顔がぐいっと振り向かされるのを感じた。ルナが俺の頬を両手で掴み、こちらを睨みつけている。


「この馬鹿!!」

「え、な、何が……」


 俺が目を丸くしていると、ルナは急に涙声になって喚きだした。


「あんたもあたしも隊長たちも、皆が最善を尽くしたんだ! それなのに、簡単に諦めるなよ! 生きるんだろう!?」


 バセット少佐に言われたことを思いだす。『死にたくない』のではなく『生きていたい』と思うのは、何か積極的に人生を歩んでいきたいという意識の表れだと、彼は言った。

 親子で言うことが一緒とは。血は争えず、同じ信念を持っていたらしい。流石親子、というべきか。

 熱線の発射準備に手こずるタイタンの前で、俺はサブディスプレイも展開し、ヒントを探した。

 何かないか? この機体に残された何か。クーデター分子による一斉攻撃から逃れるための何か。そして、見つけた。


「これだ!」

「!?」


 ルナが慌てて顔を寄せてくる。ドキリ、と高鳴る心臓を押さえて、俺は説明した。


「このAMMのメイン・ジェネレーターを射出して、相手にぶつける!」

「何ですって!?」


 AMMがジェネレーターを空気中に露出させた場合、凄まじい高温を発することは、俺もルナも知っている。そしてその高温というのは、あたりを焼き尽くすようなものではなく、極々狭い範囲で、あたかも照明弾のように落ちてくるはずだ。こいつをタイタンの上に降らせてやる。

 装甲板を溶かし、防御が甘くなったところに集中砲火を喰らわせる。おそらく、ジェネレーターに匹敵する高温はずば抜けて高く察知されるだろうから、狙いをつけるのも容易なはずだ。


 俺は早口で、モーテンにこの作戦を伝えた。通信を傍受している中将も驚いているだろう。


《やれるんだな、リック少尉?》

「もちろんです!」

《させるか!》


 タイタンのパイル・バンカーが唸る。熱線をチャージしながらしゃがみ込み、こちらを狙って腕を振り下ろしてくる。だが、よほど中将は動転していたのだろう、俺たちの遥か前方のアスファルトをえぐり出すばかりだ。


「隊長、ジェネレーター、射出します!」

《了解!》

「三、二、一!」


 スパン、という音を立てて、灰色の立方体が背部から飛び出す。それがタイタンの頭上に来たまさにその瞬間、バッとあたりが明るくなった。


《カウントダウン! 五、四、三、二、一、てええええっ!》


 地鳴りがした。後方から響いてくる。一気に銅鑼を叩きまくったような、荘厳な響き。戦車部隊、特科部隊が一斉に砲撃を開始したのだろう。


 砲撃部隊第一波の着弾は、まさに瞬く間のことだった。ジェネレーターとの接触によってひしゃげるタイタンの上部外骨格を、爆炎が包み込む。続いて、ドゥドゥドゥ、とくぐもった爆発音が連続。


《馬鹿な! このタイタンが、年端もゆかぬ若造に……!》


 まだ無線が通じていたのか、中将の声が聞こえてくる。ならば、こちらからの無線も聞こえるかもしれない。


「中将、聞こえているなら後悔しろ。あんたはあまりに傲慢だったんだよ。だからこの国に捨てられたんだ」

《何を言う!? 私はステリア共和国発展のためにやむを得ずAMMの開発を促してきたんだぞ!》

「能書きはもういい。できることなら脱出しろ。そして詫びるんだ。全国民に、全世界に。いや、それだけじゃない。死んでいった罪もない人たちにも伝わるように」


 俺の声は、自分でも驚くほど淡々としていた。ルナと目を合わせる。頷き合った後、付け足した。


「それから、その遺族にもな」

《テロリストに寝返った恩知らずの小僧が!》

「ああそうさ」


 俺は即答した。


「でも、それを言うなら、寝返ったことを隠しながら、新兵器の開発を進めたあんたが最初に謝るべきじゃないのか?」

《ええい! テロリストの戯言は聞き飽きたわ! せめて貴様を道連れにしてやる!》


 その言葉の直後、ぱっと視界が明るくなった。タイタンの熱線が、四方八方に放射されたのだ。まるで、蜘蛛の巣を描くように。俺たちの運も、ここまでか。

 迫る真っ赤な熱線が、俺には見えたような気がした。体感時間が引き延ばされ、自分の死を覚悟するだけの余韻を残しながら、周囲のものを熱し、溶かし、切り裂いていく。


 その時、何故か頭に浮かんだのは、バセット少佐のことだった。


 申し訳ありません、少佐。僕は自分の力不足で、娘さんの命を救うことができませんでした。本当に、申し訳ない。


 俺はすっと腕を伸ばし、ルナの肩を抱いた。もはや言葉は出てこない。脳裏にも口元にも浮かんでこない。

 ただ一つ思ったこと。それは、ルナが俺を拒絶せずに、俺の腕に身を任せているのは何故だろうか、という疑問だった。


 ルナと一緒に目をつむる。熱源接近に伴うアラートが鳴り響く。それにバシュン、というミサイルの飛行音も。


 ん? ミサイルだって?

 俺ははっと目を開けた。その頃には、タイタンは完全に上半身を仰け反らせ、向こう側に倒れ込むところだった。今のミサイルは、空対地誘導弾に違いない。これを撃ち出せるのは戦闘機のみ。しかし、空軍はクーデターに参加していなかったはずだが?


 すると、その戦闘機から無線が入った。


《こちらアンバルト帝国空軍所属、第一〇三対地攻撃部隊。助太刀に参った》


 アンバルト帝国。今でこそ友好国だが、二十年前までは国境線を巡る仇同士だったはずだ。それが、ステリア共和国のクーデターに加担している。どういうわけだろう。


 などと考える間に、ミサイルは次々とタイタンに着弾した。仰向けに倒れ込んだタイタンは為されるがまま。もはや操縦系統はズタズタなのだろう。おそらく、コクピットも。


《リック少尉、聞こえるか?》

「……」

《応答しろ、リック・アダムス少尉!》

「は、はッ!」


 俺は思考を中断し(ただ単にぼけっとしていただけかもしれないが)、意識を現実へと戻した。


《今救助ヘリがそちらに向かっている。動けるか?》

「はい。僕は大丈夫です。でもルナが」

「あたしも大丈夫です」」

「お、おい、ルナ!」


 左腕を骨折し、しかもあれだけ動いた後であるにも関わらず、相変わらずルナの声は冷淡だった。よほどの痛みが走っているだろうに。先ほど喚き散らしていた時とは、まるで別人だ。


 モーテンの『了解』という復唱の後に、無線は切れた。身体を密着させた状態で、この狭いコクピットに異性と一緒にいる。俺は神経が焼き切れそうだったが、ルナはふっと息をついて、するりと俺の腕から逃れた。


 俺がほっとして胸を撫で下ろすと、ルナは一言。


「流石、あたしの見込んだ男ね」

「は、はあ? どういう意味だよ?」

「前にも言ったじゃない、あんたは」


 と言いかけて、ルナは俯いた。気恥しさからか、悲壮感からか。しばしの沈黙の後、ルナは答えた。


「あんた、お父さんに似てたから」

「ああ、そう言えば、そんなこと言ってたよな、お前」

「他の人には話さないでよ。話したら殺す」

「分かってるよ」


 謎の雰囲気から一転、殺伐とした空気が漂うコクピット。救助ヘリが到着するまでの間、この気まずさは十分にも、一時間にも続くように思われた。

 しかし正直、俺は嬉しかった。ルナが心を開いてくれて。少しは認めてもらえたのだろうか?

 俺たちは黙り込んだまま、ヘリの回転翼の音がするまで、ぼんやりとした闇を見続けていた。

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