第30話【エピローグ】
「軍事力のデモンストレーション、ですか」
「うむ」
俺は唇を噛んだ。タイタン撃破から十二時間が経過して、もう夕闇が迫る頃だった。戒厳令が敷かれた街並みは、さながらゴーストタウンだった。
残念ながら、中将はコクピット内で死亡しているのが確認された。確かに、あれだけの攻撃の中で生き残れ、というのは無謀というものだろう。俺も他人のことは言えないが。
クーデターは成功し、今、ステリア共和国は臨時政府を置いて、国民に冷静でいるよう呼び掛けている。
思いの外、国自体は安定していた。国民は誰もがテレビ、ラジオ、インターネットを駆使して、現在の状況を確かめようとしている。
現在、俺が呼び出されているのは、陸軍司令部の一角。相手はクーデターを指揮した陸軍大将だ。そして『デモンストレーション』と告げられたのは、タイタンにとどめを刺した戦闘機と空対地ミサイルについてのことだった。
アンバルト帝国の支援があったのはいい。だが、その『支援』が、あれほどまで露骨な軍事力の誇示だとは、誰も思わなかった。
「どうやら、我々がAMMを開発していたのに並行して、アンバルトも対AMM用のミサイル、及びそれを運用しうる戦闘機を開発していたようだな。今回のクーデター後に政治介入する気配がないのは幸いだが、今度はアンバルトにも軍拡の口実を与えてしまった」
「イタチごっこ、ですか」
「そうだな」
大将は太い葉巻をくわえた。だが、火を点ける気配はない。そのまま葉巻を口から離すと、
「君にはまだ、戦う意志はあるか?」
「え?」
唐突に問いかけられて、俺は一瞬呆気に取られた。
「これ以上、君に前線に出ろなどとは言わん。だが、是非教官として、AMMの新兵の訓練や技術開発に携わってもらいたい。検討してもらえないだろうか」
直後、俺の口は、思いの外簡単に言葉を紡ぎ出した。
「お断りします。その代わり、自分を前線で戦わせてください」
大将は目を丸くした。
「飽くまで前線で戦い続けると?」
「はッ」
「それが君の希望なら、私の一存で事を動かすことはできる。だが、これからの前線――国境警備は危険なものになるかもしれない。それでもいいのかね?」
「はい」
俺はぐっと頷いた。すると大将は一度背もたれに身体を預け、すぐに前のめりになって指を組んだ。
「何が君を前線に駆り立てるんだ?」
「生きていたい、という気持ちです」
「それは矛盾してはいないかね? 繰り返すようだが、前線は危険だぞ。アールス市内にいれば、まだ安全だ」
「確かに、そうかもしれません」
俺は真っ直ぐに大将の目を見返した。
「でも、守りたい人を守ることもできずに、生きていると言えるでしょうか?」
※
俺は看護師に先導され、陸軍病院の廊下を歩いていた。始めは守衛の兵士に『面会時間外だ』と突っぱねられたのだが、大将からの許可証を見せると、彼はすぐさま姿勢を正し、看護師を引っ張ってきた。
「こちらです。事情が事情ですので、個室で過ごしていただいております」
「ありがとうございます」
「あっ、いえ!」
俺のお辞儀があまりにも深かったためか、看護師は恐縮した様子で、『ごゆっくり、では』と告げるに留まった。俺が顔を上げる頃には、看護師の背中は曲がり角の向こうに消えていた。
俺は個室のドアの前、正面に立ち尽くす。
恐怖を感じていた。このドアの向こうにいる人物に、どんな顔をして会うべきか。だがその人物は、彼女らしく声をかけてきた。
「ちょっと誰? 黙って突っ立っていられても困るんだけど」
「ああ、俺だ。リックだ」
「なあんだ」
「入っても、いいか?」
「お好きにどうぞ」
彼女、すなわちルナのおどけた声音を聞いて、少しばかり安堵する。
俺が面会者専用のパスカードをかざすと、ドアがスライドして部屋の様子が目に入ってきた。
特に何の装飾もない、簡素な部屋。窓際のベッドの上で上半身を起こし、ルナは外を眺めていた。既に夜も深くなり、月が中天に昇っている。右腕で身体を支えているルナ。
「あー、花でも買ってくればよかったかな」
「あたしには似合わないよ」
そう言って、ルナは振り返った。笑顔を浮かべている。しかし俺はどうしても、顔が引き攣るのを抑えきれなかった。
ルナには、左腕がなかった。
戦闘中に左腕を骨折し、痛み止めを打ちながら戦っていたらしい。だから、いかに自分の腕が酷い状態になっていたか、気づかなかったのだそうだ。
「あー、やっぱそういう風に見えちゃうか」
苦笑するルナ。
「モーテン隊長、あ、今回少佐に昇格したんだけど、彼も変な顔してたよ。同情して楽になるなら、それでいい。あたし、人にどう思われるかなんて、あんまり気にしないから」
「仕草に似合わず声がキンキンしてるところ以外は、だろ?」
「何? 喧嘩売ってんの?」
鬼神のごとく豹変したルナの視線に射すくめられ、俺はその場に縫いつけられたような感覚に陥った。
「いや、そんなつもりはねえよ! ただ、俺、お前のそういう声も好きだ」
「あっそう」
おや、リアクションが薄いな。まあ、こうも易々と『好き』などと言ってしまう俺も俺だけど。
「モーテン少佐、リフィアを養子にすることにしたんだって。これで、家族がいないのはあたしとあんただけだね」
「あ、そ、そうか」
「うん」
ルナはかつて左手があったであろうところに視線を落とした。俺は大将の前にいる時よりも、鋭い緊張が背筋を走るのを感じた。
「なあルナ、その左腕だけど」
「ん?」
「義手、付けるんだろ?」
「まあ、最近はだいぶ使い勝手のいいやつができてるしね。でもだいぶ高くつく、っていうし、まともに勉強してこなかったあたしが働ける口なんてないだろうし。だから」
「だから、俺が買ってやるよ」
「そうそう、あんたが稼いで……って、え?」
俺は唾を飲み下し、言った。
「俺は国境警備任務に就く。最新のAMMで。国境警備兵は高給取りだからな、そうすれば、お前の左腕も早く治るだろう?」
「そ、そんな! あたしのために、だなんて……」
ドクン、と心臓が跳ねた。ゆっくりと朱に染まっていくルナの頬。恐らく、俺の顔も似たようなことになっていると思う。
「バセット少佐……お前のお父さんと同じことができるとは思わない。だけど、俺は生きていきたいし、理由は何かって考えてみたら、その、お前のことが真っ先に浮かんできて」
俺があたふたしていると、ルナもまた口をもごもごさせ始めた。
「も」
「な、何だって?」
「あ、あたしもだ、って言ったんだよ!」
聞けば、寝ている間にこんな夢をみたらしい。
「お父さんとお母さんが出てきて、左腕を諦めちゃ駄目だって。結婚してもしなくてもいいけど、誰かのために料理を作ってあげられるようになれって。だから、その、あんたがあたしの左腕のために、危険に立ち向かってくれる、っていうのは嬉しいし、両手が使えるようになれば、あ、あんたにも料理、作ってあげられるかな、って……」
俺は深いため息をついた。なんだ、両親はもう了承済み、ってことか。
「あっ、でも俺、あんまり家族のイメージってないから、どうしたらいいのか」
『分からないんだ』と言おうとした直前、ルナは無理やり、俺のうなじに右腕を巻きつけてきた。ぐっと引き寄せられて、息を詰まらせる俺。ルナは俺の胸に頭を当てて、もたれかかってくる。
「きっとこういうことなんだよ、リック。あんたはあたしが見込んだ男なんだから」
『俺だってお前のこと、そう思ってるよ』
そう言おうと思って、俺は何故か、ちらりと視線を上げた。そこには、まるで俺たちを祝福するかのように、綺麗な三日月がかかっていた。
THE END
戦火を駆けるブルー・ムーン 岩井喬 @i1g37310
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