第26話

 大剣といっても、実際にAMMの手で握り込むと短刀だった。だが、それでいい。こいつを駆使して外部ケーブルを切断したり、あわよくば頭部を破壊したりできれば、こちらはだいぶ有利になる。

 隊長機が警戒を強めていたのは、飽くまでルナの攻撃範囲内、すなわち脚部。そこ以外に、追加装甲は見受けられない。まずは機関砲で牽制しつつ、白兵戦に持ち込めれば。そうおもった矢先のことだった。


 ヴォン、という音が、戦場を震わせた。隊長機が背後から何かを引き抜いたのだ。スキャンしてみると、そこに映っていたのは長い竹刀のようなものだった。明らかに、高電圧を帯びている。


「マジかよ……」


 俺は機関砲を連射し、接近を防ぐ。だが、敵も前転の要領で弾雨を回避、一気に距離を詰めてきた。

 そうか。前方からの攻撃がなかなか来ないとを俺は訝しんでいたが、それは敵が機関砲を保持せず、接近戦をしようとチャンスを窺っていたからなのだ。


 まだ距離は俺の味方だ。ジリジリと交代しながら、トラップポイントへと敵を誘導する。この距離ならば、まだ機関砲で戦える。新型機持ち前の機動性能を活かして、右に、左にと揺れるようにバックステップ。銃撃を繰り返す。

 しかし、敵機は巧みに、機敏な動きでこれをガードする。新型機並みとまではいかないが、きっと脚部以外の装甲板を薄くし、防御力を捨てて運動性能を上げたのだろう。


 アラートが鳴った。左腰部のスラスターが悲鳴を上げていた。


「おおっと!」


 突然左側の浮力を失い、俺は左側転するように倒れ込んだ。そのまま古びた球技用ドームにめり込む。

 敵機はぐるり、と手首を回転させ、電荷を帯びた竹刀の先端を向ける。間違いなく、コクピットを狙って。

 俺は慌てて十ミリバルカン砲を連射し、狙いを逸らす。バリバリと音を立てて、上手く敵機のバイザーを破壊するのには成功した。が、既に竹刀の狙いは定まっている。このまま突き出されたら、コクピットは破壊されて俺はミンチだ。

 眩い光がディスプレイを真っ白に染め、目が情報処理を諦める。ここで俺は死ぬのか。


 そう覚悟した次の瞬間、竹刀は突き立てられた。俺の機体の、左肩を掠めるように。

 俺がいつの間にか閉じていた目を開くと、閃光は収まっていた。どうやら、九死に一生を得たらしい。

 敵機の腹部を蹴り上げ、転倒したAMMの頭部に向かって大剣を振るう。しかし、ふっとしゃがみ込んだ敵機を前に、大剣は耳型センサーを破壊するにとどまった。相手が飽くまで格闘戦に持ち込む狙いならば。


 俺は数歩後退し、記憶にあったでっぱりを踏みつけた。がしゃん、といって地面から突き出されたのは、対AMM用短距離砲だ。さながらAMM用のバズーカ砲といったところか。

 俺がサイスの手引きで輸送機から逃げ出す際、気づかずにマウントしていたもの。使う弾頭が大きいだけあって、AMMの装甲を破れるかどうかが争点だったが、あの隊長機には十分効くはずだ。全身の軽量化が為されているのだから。


 恐らく、俺が何らかの武器を手にしたことを、敵機は察知したらしい。闇雲に竹刀を振るいながら、しかしそれなりの速度で接近してくる。その乱れた斬撃を前に、俺はしゃがんだり、半身を反らしたりして回避を繰り返す。

 俺はバズーカ砲から離れ、大剣を構えて突進。敵機も高電圧竹刀を突き出してくる。だが、狙いは滅茶苦茶だ。

 

 俺は竹刀を握った敵機の腕の下に潜り込み、手先をわきに挟み込んで大剣を振るった。ちょうど肘を切断する形になる。そして、前のめりになった敵機の頭部に肘鉄を喰らわせた。

 たまらずぶっ倒れる敵機を見下ろし、俺は大剣を置いてバズーカ砲を握り込んだ。立ち上がろうと苦心している敵機の顔面に向かい、『じゃあな』と一言。

 一瞬で、敵機の頭部が吹っ飛んだ。同時にあらゆる駆動系統が動きを止める。


「これで……、十五機」


 前情報で与えられていた機数のAMMは撃破した。残る敵はいない。


 なんだか、拍子抜けだ。容易な戦いではなかったが、まだまだ俺のAMMは動けるし、ブルー・ムーンの面々にも死者は出ていない。


「隊長、モーテン隊長!」

《……》

「クーデターの本隊に合流しますか?」

《……》

「た、隊長?」


 ECMは起動していない。無線通信に障害は入らないはずだ。現に、無線機の向こうからは、断続的に銃声や爆発音が聞こえてくる。

 待てよ。銃声? 爆発音? どうしてそんな音が聞こえてくるんだ? まさか。


 俺は耳型センサーを起動、周囲に敵がいないことを確認してから、後方に振り返った。

 向こうでは、確かに火の手が上がっていた。ブルー・ムーンの作戦計画がバレていたのか?

 可能性が皆無とは言い切れないだろう。だが、それは最後に残された可能性だ。実際のところはどうなのか。

 俺は以前のようにしゃがみ込み、周辺の地図を展開した。ブルー・ムーンを挟み撃ちにする作戦があったとしたら、クーデター開始時に俺たちを襲ったはずだ。それが今更になって攻撃を仕掛けてくるとは、敵の狙いは何だ?

 何はともあれ、自分も現場に向かわなければ。そう思って駆け出した、その直後。


「ッ!」


 アラート音に合わせて伏せると、右肩の装甲がビシン、と弾かれた。


「狙撃していやがる!」


 俺は慌てて腹這いになり、バズーカ砲を右肩に載せた。幸いなのは、狙撃手(隊AMM装備だ)が俺を足止めするために、火の手が上がっている方角からやや離れている、ということだ。これなら味方を巻き添えにする心配もなく戦える。

 バシュン、と音を立て、白い尾を引きながら大口径弾頭が飛んでいく。数秒の後、爆発。生憎ここは市街地だ。敵は遮蔽物の陰から狙撃しているのだろうから、今の爆発が致命傷になったとは思えない。


 俺はごろり、と転がって、バズーカ砲を接地。百二十ミリ機関砲を手に取り、ここぞと思う箇所に向かって弾雨を浴びせた。狙撃手からの反応はない。きっと、俺が油断して立ち上がるのを待っているのだろう。

 だが、先ほどモーテン隊長から無線で応答がなかったところからすると、俺は早く彼らの援護に向かうべきだ。


 喫緊の課題は、敵の狙撃手を行動不能に陥らせること。そのために、狙撃手の場所を見つけなければ。


 メインディスプレイを前にして、俺は思わず舌打ちした。夜間だから光学センサーが当てにならないのはともかく、熱源センサーまで鈍らせてしまったのはまずかった。先ほどのバズーカ砲による熱で、AMMの熱が紛れてしまっている。


「しくじったな……」


 このAMMの機体性能を当てにしすぎた。俺の過信と慢心が生んだ結果だ。こうなったら。

 俺は一つの考えに至った。敵は、狙撃や白兵戦など、何かに特化した強さを持っている。ということは、狙撃手であるAMMに無理やり白兵戦で臨めば勝機はある。これは是が非でも、白兵戦に持ち込まなければなるまい。


 俺は、通じるかどうかは別として、マイクに吹き込んだ。


「こちらリック! 今そちらの救援に向かう! 狙撃手を倒すから援護してくれ!」


 言うが早いか、俺はビル陰から飛び出した。腕を胸の前でクロスさせ、肘の装甲板を活かす、はずだった。が。

 ガシィン、という金属音が響き渡った。アラートの立体表示を見ると、右腕部が大きく損傷していた。


「冗談だろ!?」


 あの狙撃弾の前では、肘の装甲板も無意味だということか。


 俺が、自分の顔から血の気が引くのを感じたその時、無線通信が入った。


《あー、聞こえるかね? リック・アダムス少尉》


 その声に、俺はびくり、と背筋から震えた。この声は。


「陸軍中将殿、でありますか……?」

《ご名答。よく覚えていてくれたね》

「し、しかし!」


 俺はシートから身を乗り出した。狙撃手を気にしている場合ではなかった。


「あなたは輸送機の爆発に巻き込まれて亡くなったんじゃ……」

《ああ、君は知らなかったのか。私に何人の影武者がついているか。もっとも、こうして今君と話している私を本物だと証明する手立てはないがね》


『よくぞご無事で』と言おうとして、俺は慌てて口をつぐんだ。今の俺の立場上、中将は敵の頭目だ。安堵している場合ではない。


《我々は君を救出しに来たんだ、アダムス少尉。君ほどの腕前のパイロットを、一時的にテロリストに加担したからといって、戦死させるのは惜しい。言い換えれば、『テロリストとして命を落とした』という不名誉から君を救いたいと思っている。今すぐ武装解除するんだ、アダムス少尉。これは命令だ》


 ガシャコッ、と鈍い音がする。敵の狙撃手が、次弾を装填する音だ。

 どこにいるかも分からない中将の言葉に、従う以外にないのだろうか。ブルー・ムーンの皆はどうしたのだろうか。ルナはまだ、どこかで戦機を狙っているのだろうか。

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