第25話
俺は前方から右方向を見遣った。真正面では、敵機が体勢を立て直せずにいる。今は放っておこう。それより問題は、こちらを機関砲の射程に捉えた二機だ。右斜め前方から接近してくる。
それなりの練度があるのだろう、しゃがみ込んだり、廃墟を盾にしたりしながら、ジリジリとと距離を詰めてくる。もちろん、リロードは交代交代に行っている。一気に接近するのは危険だろう。百二十ミリ機関砲は、この新型AMMにとっても脅威だ。
俺は四車線道路を横切り、三十メートル近い廃ビルを盾にした。脚部に被弾しなかったのは幸いだ。新型機独自の推進力のお陰だろう。もう狙撃が不可能だと判断した俺は、機関砲をフルオートに設定。狙うは敵の頭部か脚部。
本来なら胴体を狙うべきだろう。だが、そうすれば敵機のパイロットに生命の危険が及ぶ。それは避けたかった。信用できるのは、機関砲の威力と火器管制システム、それに自分の腕だけ。上等だ。
クーデター部隊のヘリの映像を受信してみると、アールス市内でもところどころに火の手が上がっているのが見えた。
それからメインディスプレイに目を戻し、敵機の接近具合を確かめる。残念ながら、ルナの奮闘ぶりは確かめようがない。
続けてサブディスプレイ。背後に広がる旧市街地のところどころで、罠が仕掛けられている。例えば、そう、このビルにも。
今、俺の周囲では、多くの人々が戦い、血を流し、命を落としている。それは避けられないことなのかもしれない。
だが、できる限りそれを避けようと足掻くことは、惨めなことでも、無様なことでもない。
これは誰に言われたわけでもない、俺の個人的な考えであり、感慨であり、一種の願いでもある。本当に戦うべき相手は、そして一掃しなければならないのは、ステリア政府の軍拡のための策謀であり、その根源たる混沌とした欲望だ。
俺たちはそれを、押し留めねばならない。この殺人機械に乗りながら、殺人以外のことをするのは困難極まるが、それでも。
敵だろうが味方だろうが、彼らを安全に、家族の元へ帰してやらねばならない。たとえ俺には帰る場所がなかったとしても。
そこまで考えるのに、そうそう時間はかからなかった。俺はスラスターをアイドリングさせ、敵の接近を待つ。
「三、二、一!」
俺は一気にフットペダルを踏み込み、敵機に背を向け低空飛行した。広い車道の中央分離に沿って、歩道の電灯をへし折りながら。
これを好機と見たのか、敵機が二機同時に頭を上げ、銃撃を開始した。
「今だ!」
俺がそう告げた直後、軽い爆発音が連続した。追ってくる二機の頭上から、ビルが倒壊させられたのだ。
俺は振り返り、敵機の足元のあたりに機関砲弾をばら撒く。頭上からの瓦礫と機関砲で、敵機は板挟みに遭い、コンクリートの下敷きとなった。
「はあっ!」
俺は肺から息を吐きだし、低空飛行を止め、ホバリングしてから着地した。ズズン、と軽く地面が凹む。
ひとまずの安堵感に包まれたものの、状況は刻一刻と変わっている。臨機応変に対応せねば。
俺は向かって左側、ルナが戦っているであろう方に目を遣った。光学センサーで見てみると、まさに青白い三日月が乱舞しているところだった。
地下鉄のホームに倒れ込んだ敵機の上から跳びかかり、後頭部を大剣で一突き。そのまま頭部を斬り裂くようにして、ヴン、と引き抜き、跳躍して脚部の動力ユニットの上へ。自らの足元へと大剣を突き立て、完全に行動不能にする。
落盤に巻き込まれたもう一機が頭部をもたげ、バルカン砲を見舞おうとしたが、すでにそこにルナの姿はない。
割れたバイザーでは捕捉しきれなかっただろう。なにせ、ルナはバイザーの裂け目を狙って刺突を繰り出すところだったのだから。
そこでようやく、大剣は刃こぼれを起こし、機能を停止した。
俺は周囲を警戒するルナを拡大して視認しながら、『大丈夫か?』と声を吹き込んだ。
《あんたはどうなの?》
突き離すような言い方だったが、どうやらこちらの心配もしてくれてはいるらしい。
「ああ、損傷軽微だ」
《一旦下がる。敵を引きつけるのがあたしたちの任務だ》
「分かってる。俺にも引くようにとモーテン隊長が」
と言いかけて、俺はぎょっとした。先ほどの罠で造られたコンクリートの山の下から、機関砲が火を噴いたのだ。
「ぐっ!」
防御が遅れた。百二十ミリ徹甲弾が、腹部から胸部にかけて装甲板をえぐり取る。と同時に、倒したと思っていた二機のAMMがのっそりと立ち上がった。流石にコンクリート片だけでは破壊しきれなかったか。
幸いにして、未だ俺の機体は損傷軽微だ。俺はスラスターを全開にして飛び上がり、敵機の頭部を横薙ぎにするように銃撃。しかし、この振動の中で命中させるのは困難だった。
さらに、敵は防御よりも攻撃を優先した。俺の軌道を追うように機関砲を唸らせる。
「しまった!」
推進力低下、という立体表示が目に刺さる。背部のスラスターのうち一つに、銃弾が当たったのだ。
旧型でも新型でも、AMMは背部に三つのスラスターを装備している。性能こそ違えど、この三つでバランスを取ることは変わりない。自機のスキャンを仕掛けると、左側のスラスターが不調をきたしていた。
ガタン、と機体が揺れる。俺は機関砲を片手で握り、もう片方の手で地面に手を着いて、受け身を取った。ようやく一機の頭部を破壊することに成功、すぐに転がるようにして体勢を立て直す。しかし、いつの間にか敵機は零距離に迫ってきていた。
「チイッ!」
舌打ちをしながら敵機の胸部を押し、バランスを崩させようとする。だが、敵機もやるもので、逆に上半身を乗り出すようにして俺を押し返してきた。
恐らく、俺に密着していれば罠に嵌められないだろうとでも思ったのだろう。
俺はそのまま押し倒され、ぎょっとした。敵機は俺にのしかかったまま、右腕を引き絞っていたのだ。まさか、俺に格闘戦を挑んでくるとは。いや、そうやって意表を突くことが目的だったのかもしれない。
お互いの機関砲は投げ出され、俺たちは転がりながら、拳を振るい合った。
もしこれが生身の人間同士の戦いだったら、迷いなく頭突きを喰らわせるはずだ。俺も、敵機も。
だが、頭部を荒っぽく使うわけにはいかない。頭部に精密観測機器や通信機器を搭載してしまった、AMMの構造上の問題だ。十ミリバルカン砲も、こんな近距離では使えない。
仕方ない。俺は転がるタイミングを見計らって、敵機の腰に拳を押し当てた。
「許せよ……!」
パラララララララ、と軽い銃声と薬莢の散らばる音がする。拳に搭載された小口径機関砲を撃ったのだ。敵機の動きが鈍る。その隙に、俺は機関砲を叩き込んだ敵の腰部に鉄拳を見舞った。コクピットを潰すつもりだった。
俺は自機をバックステップさせ、立ち上がれないでいる敵機を注視しながら、百二十ミリ機関砲を掴み上げた。無造作に、敵機の頭部を破壊する。敵機は一気に脱力し、ズン、と音を立てて頭部をアスファルトにめり込ませた。
パイロットが生きていてくれればいいのだが。
随分後方に退いてしまったが、前方から接近中だった残り一機は、ルナが相手をしていた。新型ではないが、旧型に比べスラスター出力が上がっているようだ。ルナを無視して、こちらに向かってくる。
「隊長機か」
俺は息をつきながら呟いた。
『ルナを無視して』などと簡単に思ってはみたものの、それは大変な事態だった。脚部装甲が相当強化されている。密かに配されていた二本目の大剣で斬りつけられながらも、歩行やスラスターに異常をきたしていないのだ。重火器を持たないルナに、これ以上の戦う術はない。
対するこちらはといえば、隊長機と互角に戦う自信はある。だが、俺たちの目的は飽くまで陽動。敵をいかに引きつけるか、その一点に尽きる。となれば、ここで互角の戦いを演じて差し違い、なんてことになったら目も当てられない。どうしても、俺が有利に立ち回り、時間稼ぎをする必要があった。
「ルナ、下がれ! あとはこっちでなんとかする! モーテン隊長に、迎撃態勢を取るよう伝えてくれ!」
《まだ戦える!》
何だ? やけに反抗的だが。
「馬鹿言え! お前の斬撃、効いてねえだろうが!」
《あんたに何が分かる!》
そうか。きっとルナは、『自分の手で多くのAMMを駆逐できる』という自信が欲しいのだ。
不慮の事態とは言え、昨日彼女は両親をAMMに殺されている。できるだけ多くの仇を討ちたいと思うのは、不自然な心理ではないだろう。
かと言って、ルナの暴走を認めるわけにはいかない。だったら――。
「お前は引け! こいつは――残る一機は俺が片づける! お前の大剣、借りるからな!」
《なんだって?》
「三本目の大剣だ。つべこべ言わずに使わせろ!」
ルナの大剣は、刃こぼれが生じるのを想定して五本が用意され、この近辺に配置されている。今はちょうど、二本目をルナが使い終わったところだ。
《分かった。一番近い大剣の座標を送る。でも無茶しないでよ? あたしは引くからね?》
「分かってるよ、早く行け!」
俺は敵機の銃撃を肘と膝で防ぎながら、大剣を見つけて手に取った。
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