第24話【第四章】
21:55、旧市街地北部地区。アールス市南部との境まで、約五百メートル。
静まり返った、瓦礫の散らばる住宅地。俺はAMMをひざまずかせ、全動力を切ってコクピットに籠っていた。純粋に、政府軍の熱探知にひっからないようにするためだ。北部からのカメラに捕捉されないよう、集合住宅の陰に潜んでいる。
俺の後方では、ブルー・ムーンの戦闘員たちがあちこちに爆薬、ワイヤー、対戦車砲などをセットしている。そこにはルナも控えているはずだ。
《作戦開始だ、リック少尉。ECMを仕掛けろ》
「了解」
俺は頭部、耳型センサーの反対側に装備されたアンテナを立てた。ECM(電子対抗装置)を展開し、政府軍を引き寄せるためだ。
「ECM、かけます」
すると、遠くで輝いていた市街地の照明群が一斉に消え去った。まるで、星空を映した海面が波にさらわれたかのように。同時に俺は、全システムの動力をONに。各部スラスター、腕部・脚部のコクピットとの連携を確認。
もう隠れている必要はない。敵の出方を窺うために、顔を上げる。わざと派手にスラスターを吹かし、敵機の赤外線センサーに引っ掛かりやすくする。
さあ来い。俺はここにいるぞ。
カメラをズームさせると、現市街地で火の手が上がるのが見えた。戦車と空対地ヘリコプター各二個小隊、それに旧型AMM五機がクーデターに参加すると聞いている。歩兵部隊は、国会議事堂、軍事司令部、首相官邸諸々を包囲し、首脳部の身柄を捕らえることを目的に動くはず。
政府軍にしろクーデター部隊にしろ、死傷者が少なく収まってほしい。この事変のキーたる俺がそんなことを思うのは、現実逃避だろうか?
《北方より、敵歩兵部隊が接近中》
「確認しています。十時と二時、各方向から十名ずつ。短距離誘導弾を確認」
《リック少尉、歩兵部隊はきっと偵察だ。敵の主力は飽くまでAMMだからな。残弾に注意してくれ》
「了解!」
俺は脚部に力を込め、集合住宅の屋上に手を着いて乗り越えた。ひょいっと軽く宙を踊る俺の機体。ズズン、とアスファルトが凹むのが感じられる。兵士たちは慌てて停止し、蜘蛛の子を散らすように逃げ出した。
「そうだ、逃げちまえ!」
俺は拳を突き出し、小口径の機関銃をパタパタパタパタ、と連射した。対人兵器としては強すぎるかもしれないが、一番周囲への影響の少ない武器ではある。瓦礫が跳ね上がり、粉塵が舞う。これで、歩兵携行用の短距離誘導弾も狙いはつけられまい。
「失せろ! 命あっての物種だからな!」
そう叫んだ直後、新たな、そして大きな敵の存在がセンサーにかかった。
来たな、AMM。旧型機め。こっちはまだ使いこなせない新型だが、舐めてもらっては困る。これでも俺とAMMの親和性は高かったんだ。飽くまでシミュレーションでの話だが。
敵はまず、前方より三機。地対地ロケット砲を装備している。それなりの破壊力を有しているはずだ。これを撃たせてなるものか。
俺はスラスターを全開にし、超低空飛行で先頭の敵機に向かって一気に接近した。そして、痛み止めを打った腕部を思いっきり引き絞り、敵機の顔面に向かって右のフックを繰り出した。ガシャン、メキメキと金属質な音がする。バイザーの破片が飛び散り、頭部が基本フレームからたわんでいく。
俺が腕を振りぬいた時には、敵機の頭部は原型を留めていなかった。
隣の敵機が、零距離で百二十ミリ機関砲を突きつける。が、俺はフックの勢いを殺さずにその場で一回転。左の裏拳で、二機目の顔面を強打。のけ反る敵機。その銃口が逸れたのを確認してから、俺は二機目の機関砲をわきに挟むようにして引っ張った。残る敵機に銃口を向け、情け容赦なく引き金を引く。
ズドドドドドドドッ、と重い銃声が響き渡り、三機目がその場に膝を着く。しかし、俺が狙ったのは、飽くまで脚部。人の死に触れるのは避けたかった。それも、自分の手で殺すようなことは。
三機目の頭部を下から蹴り上げ、カメラやセンサーの類を一瞬で全滅させる。二機目がまだ、俺と機関砲の引っ張り合いをしていたので、ぱっと手を離してやった。すると、二機目はたたらを踏んだ。そのまま尻餅をつく体勢に入ったところで、回し蹴りを見舞う。
これで、三機ダウン。残るは十二機。
「はあっ!」
俺は思いっきりため息をついてから、新たな熱源を映し出したメインディスプレイに目を遣った。
そうだ。こっちだ、旧型どもめ。今度はこっちからだ。
俺は肩部に背負っていた四連装地対地ロケット弾を発射。出し惜しみはなし。全弾撃ち尽くす。
以前使ったものと同様、一度空に舞い上がったロケット弾は、敵機群――確認できる中で六機――の頭上から降り注ぐ。四つの弾頭は四つ共が、敵の頭上に着弾した。これでこいつらはもう動けないはず。
残り八機。そのうち二機は、現在ロケット弾の弾頭に込められたナパームで周囲を焼かれ、センサーが鈍っている。
「隊長、今です!」
《了解!》
今度は火炎の代わりに、埃っぽい爆風が舞い上がった。敵の足元からだ。リモート式地雷が、思う存分その性能を発揮する。第二陣の六機は、四機がセンサー壊滅、二機が脚部損傷で行動不能。全滅させられた。残り六機。
半分以上の敵機を削ってやったが、問題はここからだ。俺に与えられた武器は、頭部の十ミリバルカン砲、拳先の小口径機関砲、それに現在マウントしている百二十ミリ機関砲。
装備だけ見れば、これからやってくる六機の旧型AMMと何ら変わらない。
相手が一、二機ならまだしも、六機の敵から同時に遠距離攻撃をされては勝機はない。
それはもちろん、こちらにルナがいなければの話だが。
俺はディスプレイを軽く叩き、次の敵襲に備えた。
流石に敵も馬鹿ではない。六機は二機ずつ三部隊に分かれ、正面からは距離を取って、左右それぞれの斜め前方に展開。挟撃するつもりのようだ。
当然、左右から攻めてくる敵の方が距離は近いが、だからこそ俺は正面の敵を狙うことにした。
後退するようにして低いビルを乗り越え、盾にする。もうじき互いの百二十ミリ機関砲の射程に入るところだろう。
もう少し。もう少しだけ近づいてくれ。殺しはしないから。そう念じながら、俺は機関砲の砲身をビルの屋上に載せ、片膝立ちになって狙いを定めた。
「そこだ!」
俺は一度、一瞬だけ引き金を引いた。通常の機関砲に使われるのとは違う、超硬化弾のこもった機関砲。だから俺は今まで、自前の機関砲を使わなかったのだ。
超硬化弾の初速は、通常弾の二倍近くに及ぶ。だからこその狙撃だ。
弾丸は見事に、正面の一機の頭部をぶち抜いた。続いて二発目を――と思ったその時、緊急アラームが鳴り響いた。
「ぐうっ!」
気づいた時には、俺は後ろに引っ張り倒されていた。
先ほど白兵戦で倒したと思っていた敵機が生きていたのだ。がっしりと背中を掴み込まれ、身動きが取れない。
「畜生!」
俺は背部スラスターを全開にし、引きはがしにかかる。だが、敵もスラスターを轟音と共に唸らせる。簡単に引き離されてたまるか、という敵機のパイロットの執念を見る気分だった。
問題は、俺の頭部がビルの上に出てしまっているということだ。最も重要かつ脆弱なパーツが、敵の銃火に晒されている。
「放しやがれ!」
俺は腰部スラスターで上半身を思いっきり振り、肘鉄を敵機に叩き込む。ガァン、という鈍く、しかし甲高い音が響く。が、それでも敵機は俺を放さない。
仕方ない。ここは、新型の性能を信じて大技に出るしかない。
「どりゃあああっ!」
俺は腰にしがみついた敵の右腕を、自分の両腕で掴み込んだ。
「もってくれよ、関節……!」
そう念じて、再び、しかし先ほどよりも大きく腰を回す。一瞬、過負荷を示すアラートが鳴ったが、気にしてはいられない。
俺はそのまま強引に立ち上がり、ぎゅるり、と上半身を勢いよく回転させた。ジャイアント・スイングだ。
「吹っ飛べえええ!」
すると、敵機は前方から接近中だった別な敵機を直撃し、もみくちゃになりながら倒れ込んだ。
俺は一度、大きく息をついて、手放していた機関砲を握り込んだ。そのまま、立ったままで超硬化弾を叩き込む。これで、ようやく敵機の残りは五機になった。
「あとの奴らは……!」
と言って周辺を熱源センサーでスキャンした直後、またもやアラートが鳴り響いた。二時方向から銃撃。慌てて肘をかざし、装甲板でガードする。すると今度は左側、十時方向からの銃撃があった。慌てて身を屈め、やり過ごす。しかし、次はこちらから打って出なければ、袋叩きに遭うだろう。
「ルナ、左だ! 俺は右と正面をやるから、左から来る連中を足止めしろ!」
《了解!》
その直後、九時方向から十一時方向にかけて、土煙が上がった。くぐもった爆発音が連続する。
ここは地下鉄のあったところだ。そこに踏み入った敵機が天井を踏み抜き、コケるように爆薬をセットしておいた。
《とどめを刺しに行く!》
「ああ、無茶するなよ!」
右側からの攻撃を防ぎながら、俺は叫んだ。
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