第15話
「あ、あのさ、ルナ」
ルナは黙ったまま、じろりとこちらを睨んだ。しかしそれは、敵に対する眼差しとは違う。ただ単に、訝し気に思っているだけだ。それだけのことを確かめるのに、しばし時間を要した。
「何?」
痺れを切らしたのか、鋭く問い返してくるルナ。
「ああ、その、あんたはどうして戦っているんだ?」
「前も似たようなことは訊かれた気がするぞ」
「あ……」
そうだった。緊張のあまり、随分と単刀直入な物言いになってしまった。だが、俺が知っているのは『ルナの両親が行方不明である』という事実だけだ。
「あたしは父さんと母さんを探している」
目を逸らしながら、呟くルナ。
ああ、やはりそうだったのか。だが、これ以上一方的に話を訊き出す気にはなれず、俺は黙してしまう。
うーん、どうしたものか。そんな時、思いがけず、自分の両親の言葉が思い出された。随分と曖昧な記憶だったが、これは確かに父の教えてくれた言葉だ。
『相手の話を聞く時には、自分から心を開いてあげる必要があるんだよ』
「なあ、ルナ」
「ん」
「俺の両親は、事故で死んだんだ。今の俺には記憶もないくらい、昔の話だけど」
すると、ルナは少しばかり目を見開いた。どうやら関心を持ってくれたらしい。俺のような場違いな人間の話は新鮮に感じられたのかもしれない。
「何があったの?」
と尋ねた後で、ルナは気まずそうに俯いた。流石に、軽々しく訊いていいことだとは思わなかったらしい。
俺は『いいんだ』と答えてから、すっとルナから目を前方へ遣った。
「最近、アールス市内では、完全自動運転の車が走り回っているんだ。サイスさんなら何度も見かけてるかもしれないけど」
「完全自動?」
「ああ」
すこし首を傾けると、思いの外間近にルナの顔があった。心臓が跳び上がりそうになるのを悟られまいとしながら、俺は説明を続けた。
「ハンドルを握る必要もなければ、アクセルとブレーキに足を遣る必要もない。俺が目にしてきたブルー・ムーンの車両は皆、一昔、いや二昔前の完全マニュアル操縦式の車だ。だから、完全自動なんて突然聞かされても、ピンとこないかもしれないけど」
ルナは少しばかり、難しそうな顔をした。
「まあ、細かい仕組みはいいや。でも、新しいものができる時って、必ず事故が付きまとうものだろう? それを引き起こしたのが、俺の親父とお袋だった」
「事故って、どうなったの?」
「俺もよく覚えていないんだ」
正直に答える。
「だけど、二人共身体の打ちどころが悪かったようでね。俺がほぼ無傷で助かったのは、奇跡みたいもんさ」
「それが、あんたが戦うことと、どう繋がってくるの?」
「分っかんねえんだよなあ、それが」
俺は反対側の手を後頭部に遣った。
「でも、今は戦争だろ? 政府のお偉いさんは、やたらと『テロとの戦争だ』って喚いているけど。俺、人を殺したいわけじゃないんだ。それでも、人を助けることはしたい。テロにも異議を唱えたい。だから、政府軍に入隊した。まさかAMMに乗ることになるなんて、想像もしてなかったけどな」
「あんたが今のあんたでいるのは、あたしたちを殺すため?」
ルナの口から『殺す』という言葉が出たのを聞いて、俺は怯んだ。だが、ここは正直に、誠意を見せて答えなければなるまい。
「最初はそのつもりだった。でも今は違う」
「どうして変わったの?」
「どうして、か」
なんだか、不思議な感じがした。あれだけ冷徹な意志を持っていたルナが、俺に無邪気な問いかけを繰り返してくる。普段の彼女と今の彼女の違いに、俺は何か、心動かされるような感覚を覚えた。心の奥がくすぐったくなるような。
おっと、早く問いかけに答えてやらねば。ルナの興味が失せないように。
「俺には、政府が喧伝している『正義』ってものが信用できなくなったんだ。政府は、君たちブルー・ムーンをテロリストと見做して皆殺しにしようとしている。もしガルドやモーテン隊長が映像を見せてくれなかったら、俺は今も、君たちに敵意を抱いていただろうな」
俺は、二人に見せられた映像の内容を語った。
政府軍のトラックを、ブルー・ムーンの戦闘員たちが『誰も殺傷することなしに』ジャックしようとしたこと。
それでも、政府に雇われていた民間企業の運転手が、政府軍の手によって殺害されたこと。
政府はそれを『テロリストの犯行』としてメディアに流し、国民の怒りを煽っていること。
「なるほどね、サイスさんから聞いた通り」
納得した様子で、こくりと頷くルナ。ふむ。あの女スパイは、国民全体の動向も読んでいる、ということか。
「確か彼女も、婚約者を殺されたと言っていたな」
「そうね。あんたにそんな話、したんだ」
「まあな。何故皆が俺に対して自分の過去を話してくれるのか、不思議でならないけど」
「ふぅん?」
その時、はっとした。
「どうしたの、リック?」
「ああ、いや、お、俺は無理やりルナの過去を訊き出そうってつもりじゃなくてだな、ただ気になってるのは否定できないし、だから……」
その時、ふっとルナが表情を和らげた。俺が初めて見る、彼女の微笑みだった。
「いいよ、そんなこと気にしなくても」
ルナは、ようやく点滴を握っていた腕を下ろした。
「はい。これであんたは助かるからね」
そう言って、負傷した戦闘員を励ましている。
「で、あたしは何を話せばいいんだっけ?」
くるりとこちらに降り返るルナ。では、遠慮なく。
「一つは、どうしてあんたが俺を殺さずにいるのか、ってこと。もう一つは、俺のことは生かしておいたのに、他の連中が処刑されるのを止めなかったのは何故か、ってことだ。要は、どうして俺が特別扱いなのか、と」
「うーん、勘?」
「はあ!?」
「冗談、冗談」
矢継ぎ早な遣り取りの後、ルナはひらひらと手を振った。勘だけで生きるか死ぬかを決められていたら、こちらは堪ったものではない。生かすか殺すか。それを簡単に判断できるほど、ルナの戦闘能力は突出している。
「そうね、強いて言えば、あんたが似てるからよ。あたしの父さんと」
「え?」
何だって? これには俺の脳内も、クエスチョンマークで埋め尽くされた。どういうことだ?
「何を言ってるんだ、って顔してるね、リック。じゃあ少し付き合ってよ、あたしの話にも」
そう言って、ルナは語りだした。
※
八年前、初秋。とある晩のこと。
「こちら作戦司令部、カーティン少佐。B-2ポイントの確保は完了したか?」
《こちらモーテン中尉、ポイント確保を完了。これより包囲を開始する》
「了解」
作戦司令テントの中央で、ルナの父、バセット・カーティン少佐はマイクに向かっていた。相手は、ハインリヒッド・モーテン中尉。前線指揮にあたっている。
バセット少佐は立体ディスプレイに向き直り、状況を子細に確認した。
「状況はどうなの? あなた」
バセットに語りかけたのは、華奢な立ち姿の女性だった。少佐の妻にしてルナの母親、マーツ・カーティンだ。片手をルナに差し伸べている。
「マーツ、もう休んでいろと言っただろう? ほら、ルナも」
そんな夫に向かい、『休めると思う?』と言って、マーツは唇を尖らせた。
「今晩も戦闘に入るんでしょう?」
「モーテンが迅速に陣容を整えてくれたからな。今、包囲が完了したとの報告を受けた。これから戦闘態勢を取る」
「そんなんじゃ、私もルナも、いつまで経っても落ち着いて眠れないわ」
「……」
「あなた?」
「ああ、すまない。作戦について考えていた」
すると、マーツはため息をついてやれやれとかぶりを振った。
「こんな日々の先に、平和はあるの?」
「そんな気分がなければ、誰が戦えるものか」
ディスプレイに見入りながらも、バセットは真剣な口調で答えた。
マーツとルナがブルー・ムーンの指揮所にいるのは、バセットと行動を共にしているからだ。ステリア共和国政府軍の監視の行き届いた市街地にいては、命の危険がある。
「モーテン、攻撃開始は23:55分とする。各員に時間合わせを徹底してくれ」
《了解》
ちょうどマイクをテーブルに置いた時だ。
「バセット・カーティン少佐殿! 自分にも命令をください!」
そこにいたのは、幼い日のガルドだった。その目はギラリと妖しく光り、とても十二歳という年齢にはそぐわない。
「ガルド・ユースくん。君にまだ戦闘は早すぎる。増して指揮を執るにはな」
「じゃ、じゃあ自分はどうすればいいのですか!」
バセットは顔を上げ、腕を組んで冷淡な目を向けた。
「君はまず、リフィアのことを考えろ。両親を喪った今、彼女が頼りにできるのは君だけだ」
重みのある言葉に、ガルドは唇を噛みしめる。
その時、ザザッという雑音がして、無線が入った。
「モーテン、どうした?」
《嵌められました! トラップです! 死傷者多数!》
「何だと? いや、了解した。部隊は直ちに撤退、C-1から4の回収ポイントへ向かえ。すぐに救援部隊を――」
《待ってください!》
モーテンのただならぬ声に、バセットは黙して先を促した。
《爆撃機を目視! 方位05、急速にそちらに向かっています! そこは既に場所が割れています、直ちに撤退してください!》
「なんだと……?」
同時に、空襲警報が響き始めた。
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