第14話

「ちょ、ちょっと待ってください!」

「どしたの? リックくん。あなたも早く身の回りを整理して――」

「その前に、空爆ってどういうことです?」


 サイスは振り返り、『言葉通りの意味よ』と一言。


『空爆』。それはここ数十年の戦争の歴史の中で、忌み嫌われてきた作戦行動だ。場合によってはAMMよりも確かな打撃を与えうる攻撃手段だが、なにぶん被害が大きすぎる。誤爆する可能性も高い。AMMのように、臨機応変な戦闘が困難なのだ。

 きっと政府軍は、『なんらかの攻撃でAMMは脚部が損傷を負っている』という事実から、空爆という手段を強行することにしたのだろう。


「ここが爆撃されるまでの時間は!?」

「あと二時間ほどね。無線を傍受したところによると。軍用輸送車に全員乗り込めば、すぐに爆撃圏内から脱出できるけど」


 二時間か。


「この施設は空爆されても平気なんですか?」

「んー、詳しいことは分からない。けど、私たちの本拠地って、いろんなところにあるからねえ。一つや二つ、潰されても大丈夫なんじゃない?」

「は、はあ」


 その時、聞き慣れた怒声が飛び込んできた。


「サイス! リック! 直ちに出発だ!」


 案の定、ガルドだった。広大なこの施設に対して、軍用輸送車二、三台の動きなど、戦闘機は捕捉しきれまい。きっとそのことを知っているのだ。

 だが、ガルドの姿を見て、徐々に気絶させられる直前の記憶が戻ってくるにつれ、俺の胸中はたちまち怒りに染め上げられた。


「ガルド、貴様ッ!!」


 俺は急いで詰め寄り、壁ドンの要領でガルドの通行を妨げた。


「何をするんだ?」

「それはこっちの台詞だ!」


 俺は唾を飛ばしながら、そのままガルドに掴みかかった。


「どうして捕虜を殺したんだ!? 彼らは丸腰だったし、戦う意志もなかった! あれは戦闘じゃない、一方的な虐殺だ!」

「それがどうした!」


 ガルドも負けじと、俺の手を引き離しにかかる。


「僕とリフィアの両親は、僕らの目の前で政府軍に殺されたんだ! なんの慈悲も容赦もなく、一瞬で肉塊にされたよ!」

「ッ……」


 俺は唇を噛みしめた。言い返す言葉がなかったのだ。

 ガルドの追い打ちはまだ続く。


「僕が十五歳、リフィアが三歳の時だ! それがいかに残酷な光景だったか、お前には想像できないだろうな、リック! ベッドの下に二人で隠れた直後、扉越しに散弾銃を浴びて、両親は穴だらけにされて死んだんだ! 僕の身になれとは言わない、だがリフィアのことを考えてみろ!」


 俺を突き飛ばし、今度は胸の中央に人差し指を当ててくる。


「リフィアには、三歳以前の記憶がないんだ! そりゃあ、幼い頃の記憶なんざロクに覚えてないのが普通だって言われるだろうよ。だがな、リフィアはショックで一ヶ月も目を覚まさなかったんだ! どれほどショックか、お前には分からない。だろう、リック!」


 形勢逆転。一気に俺は、自らの怒りを削がれてしまった。


「で、でも……」

「でも? 何だよ?」


 口ごもる俺を前に、ずいっと距離を縮めてくるガルド。だが、俺はすっと顔を上げ、冷静であるように自らに言い聞かせながら、語った。


「これでは、憎しみの連鎖を続けるだけだ。ブルー・ムーンは純粋な分離・独立運動団体ではなく、本物のテロリストに成り下がるぞ!」

「政府軍の方がよっぽどテロリストじゃないか! 毒を持って毒を制す、目には目を、歯には歯を、だ。他にどんなやりようがあるっていうんだよ、リック!」


 しかし、次の瞬間響いた悲鳴に、俺たちの水掛け論は終焉を迎えた。


「止めてよ、お兄ちゃん!!」

「ぐっ!」


 あからさまに呻き声を上げるガルド。それから振り返り、悲鳴の主の方へと顔を向けた。


「リ、リフィア……」


 落涙しながらも、足を踏ん張り、必死に訴えかけてくるリフィアの姿に、誰もが声を失った。


「あたし、銃も爆弾も大嫌い! ロボットも嫌い! だけど、それを使えって言ってるお兄ちゃんはもっと嫌い!」

「……」

「決着は着いたかな? ご両人」


 リフィアの背後から、彼女の頭に優しく手が載せられる。手の主はモーテンだった。


「生憎時間がない。今はそこまでにしてもらおう」


 それだけ言って踵を返す。リフィアにそっと手を差し伸べ、輸送車へと向かっていくモーテン。その背中を見て、俺と目を合わせないようにしながら『各員、撤退準備を続けろ!』とガルドは叫んだ。

 前線指揮を執るには、彼はまだ若すぎる。きっとモーテンもそう思っているのでは、と考えそうになったが、今はここから逃げることが先決だ。

 かと言って、俺の手荷物はこれといってない。用意してもらった着替えもちゃんと身に着けているし、できることと言えば、せいぜい食料品の積め込みの手伝いくらいのものか。


「大丈夫? リックくん」


 能天気な体を装って、サイスが声をかけてくる。


「ええ、まあ……」

 

 俺は後頭部を掻きながら、ぼんやりと答えた。先ほどの激論とリフィアの悲鳴で、頭がふやけてしまったらしい。


「ま、いろんな人がいるから。私の旦那も、六年前に政府主導のテロで殺されちゃったし。だから私はここにいる」

「え?」


 突然の告白に俺はまごついたが、茹った頭を冷やすにはちょうどよかった。


「ガルドくんは特別。両親の仇を討つことができれば、リフィアちゃんも喜ぶと思ってる」


 目を細めながら、サイスは語った。


「仇を討つって、どうやってですか? 政府軍を皆殺しに?」

「まさか」


 くすり、と笑ってみせるサイス。だがその瞳には、可笑しさ以外の何かが宿っているように見えた。


「私たちも、備品の運搬を手伝いましょう」

「は、はい」


 なんとか脳みそが回り始めたのを自覚しつつ、俺はサイスに従って外へ出た。


         ※


「重火器の運搬だ、誰か手伝ってくれ!」

「弾薬はこっちだ、急げ!」

「負傷者はあちらの輸送車に乗ってください! 周りの人は手を貸してあげて!」


 テキパキと進む撤収作業。俺は専ら、モーテンと二人一組で食糧の搭載にあたっていた。

 ちなみに、この輸送車の車列の上にはトタン屋根が掛けられている。上空偵察機や軍事衛星から捕捉されるのを防ぐためだろう。


「寒い……」


 俺は思わず、自分の肩を抱き締めた。


「大丈夫か? 砂漠の夜は冷えるからな。これを被るんだ」


 そう言って、モーテンはポンチョのような、黒い貫頭衣を差し出してきた。


「すみません、ありがとうございます」


 よく見れば、皆同じような服装をしている。しかし、これからどこへ向かうのだろう?

 その疑問が自分の顔に出たのか、モーテンが説明役を買って出た。


「我々は東部の密林地帯に向かう。そこも拠点の一つだ。しばらくは無人だったのだがね、最低限基地を守るだけの武装は備えられている。それに、背の高い木々がAMMに対する天然の盾になる。ゲリラ戦法の待ち伏せ作戦を併用すれば、一気に攻め込まれることはないはずだ」

「そう、ですか」


 するとモーテンは俺の後方を覗き込み、『車両に熱源迷彩用のシートを被せておけよ!』と一言。発熱を隠すということは、今晩中に移動を完了させるつもりなのか。


「あとは我々に任せてもらって大丈夫だ。リック少尉、君は人員輸送車で出発まで待機してくれ」

「分かりました」


 俺が最寄の輸送車のステップに足をかけると、


「あ」


 ルナがいた。本当なら顔を合わせたくはなかったのだが、人員輸送車はどこもぎゅう詰めだ。仕方ない。


「隣、いいか?」


 ルナはこちらを睨みながら、ぐっと頷いた。


「お邪魔します」


 俺は慎重に、荷台に上がった。体育座りの要領で、ルナの隣に腰かける。その時になって、俺はようやく気づいた。この車両には、多くの負傷者が乗せられていたのだ。ルナが片手を持ち上げているのは、点滴の袋を握っているから。そのチューブの先は、血塗れで包帯ぐるぐる巻きの戦闘員の腕にあてがわれている。


 ほとんどの人間が気絶しているのを確認し、俺はルナと話してみようと思った。理由はよく分からない。だが、『何故彼女は俺を認めてくれたのか』そして、『何故第三小隊のパイロットたちの処刑に反対しなかったのか』それが気になったのは事実だ。


「ちょっと詰めて。まだ負傷者はいるはずだから」

「分かってるよ!」


 しかし、そうすると俺とルナの肩は密着してしまう。い、いいのだろうか?


「ほら、グズグズしないで」

「あ、ああ」


 俺は平静を装って、ルナと肩を合わせた。服の上からでも、彼女の腕が異様なまでに引き締まっていることに気づかされる。それでいて、それが無駄な筋肉でないことは容易に察せられた。彼女はボディビルダーではないのだ。

 対するルナは、全く気にかけていない様子。異性と肩をくっつけることを、なんとも思っていないのだろうか。


 俺は自分の胸に手を当て、大きく深呼吸した。

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