第5話

 攻撃開始までの手順は、昨日と同じだった。大型輸送機から投下され、パラシュートを展開。対空砲火の及ばない位置を測定し、背部スラスターと脚部の関節を活かして着地する。


「おおっと」


 足元が砂にめり込み、ややバランスを崩す。腕を大きく動かすことで重心をずらし、なんとか手を着かずに済んだ。二個小隊、計八機の中では上手くやった方だろう。第一小隊は全機着地に成功したが、第二小隊は二機が転倒した。


《あちゃあ、コケちまったぜ!》

《そんな無様な姿、お袋さんには見せられねえな!》

《へへっ、気にするこたぁねえ! この任務を乗り切れば、俺は昇進間違いなしだ!》


 突然、そんな通信が耳に飛び込んできた。第二小隊の連中だ。

 呆れた。心底呆れかえった。

 昨日の爆破テロは、第二小隊の面々だって目にしていたはずだ。それがいかに残忍で非道なものか、想像できていないのだろうか? 

 対照的に、第一小隊は沈黙を守った。爆弾テロのことが効いているのだろう。せっかく敵のプラントを潰したのに、目の前で攻撃を受けるとは。ショックを受けていたのは俺だけではなかったということか。


「はあ……」


 なんだか馬鹿馬鹿しくなって、俺は無線のチャンネルを第一小隊間での遣り取りだけに設定した。


《リック、大丈夫か?》

「はッ、問題ありません。ただ、第二小隊の奴らが」

《勘弁してやれとは言わんが、彼らとてAMMのパイロットになるために必死に訓練してきたんだ。俺が後からガツンと言っといてやる。今は耐えろ》

「はッ」


 その時、アラームが鳴った。地対地誘導弾だ。先頭の二機が盾を使い、攻撃を防ぐ。やや離れた地点に降下した第二小隊も同様だ。俺たちも反撃すべく、誘導弾の発射体勢に入った。

 ドゥ、ドゥと爆音が響く中、俺はマウントしていた百二十ミリ機関砲を手にし、前傾姿勢を取った。肩に装備していた発射管からバシュン、という風切り音が連続し、真っ白い軌跡を残しながら、誘導弾が飛び出していく。

 ある程度の高度に昇った誘導弾は、予測された敵の拠点へと落ちていく。数キロ先での爆発を、視覚バイザーがはっきりと捉えていた。青空を汚すように、黒煙が立ち昇る。


《よし、ここから先は中距離戦だ! 各機、攻撃開始! 残弾に注意しながら、交互にリロードするのを忘れるな!》

「了解!」


 皆の復唱が続く。俺は最後尾で屈みこみ、耳型センサーを起動した。そこには、誘導弾の着弾地点から出てくる敵車両が捕捉されている。五両だ。三両は俺たちから逃れるように、二両はこちらに向かうように移動していく。


「敵車両を確認! 計五両、二両はこちらに攻撃を仕掛けるようです!」

《了解!》


 メインディスプレイに、ロケット砲を構えたテロリストの姿が映る。俺はすぐに、敵の位置と速度を全員に送信した。


《よくやった、リック! 皆、聞こえているな? 敵の足は速いぞ、気をつけろ!》


 俺は砂漠地戦用に改良された脚部ブースターを軽く吹かしながら、跳躍して隊長機に並んだ。先頭に躍り出る。そのまま銃撃し、敵車両の片方を撃破した。もう片方の敵も、すぐに銃撃を受け爆散。


《残りの敵車両を追うぞ! 急げ!》


 俺は隊長のすぐ後方で、援護射撃体勢を取りながら走行した。

 これで敵の拠点まで進撃できる。昨日のテロで亡くなった人々の仇を討てる。そう思った矢先のことだった。


「!?」


 右足が、突然沈み込んだ。砂に足を取られたのか? しかし、直後に俺の目に入ったのは、『右脚部損傷』の立体表示だった。俺の異変に気づいたのか、すぐさま隊長から通信が入る。


《どうした、リック?》

「脚部損傷! 動けません!」

《何故だ? 整備不良か?》


 いいや、それはあり得ない。俺たちパイロット同様、整備班も選び抜かれた精鋭なのだ。パイロットよりも機体を気に掛ける整備士たちが、そう易々とミスを犯すとは思えない。しかも、軽微損傷ならまだしも、歩行できなくなるほどとは。


 周囲に注意を促すべく、俺は無線をオープンチャンネルに設定し直した。


「総員、脚部に注意しろ! 損傷するぞ!」

《ぐっ! 左脚をやられた!》


 サブスクリーンを見ると、隊長機が黄色いマーカーで映されていた。黄色は『非常事態』を知らせるものだ。

 第一小隊は、全機があっという間に黄色マーカーになってしまった。


《くそっ! 何が起こっていやがる!?》


 仲間の悲鳴に、俺は視覚バイザーを光学から赤外線に切り替えた。真昼間にも関わらず、だ。

 何か、光学センサーでは捉えられない何者かが攻撃しているのだ。それを見つけ出さねばならない。

 第一小隊の周辺を探知すると、すぐに異常な熱源が出現していることに気づいた。真っ白に、すなわち探知可能な最高温度に達するほどの熱源が、俺たちの足元を駆けまわっている。

『駆ける』という表現を使ったのは、その熱源の動きが人間の走行姿勢に似ていたからだ。


「女?」


 思わず呟いていた。体格的に、やや長身の女性の姿に見えた。そんな人影が、身の丈ほどもありそうな熱源を手に、飛んだり跳ねたりしながら第一小隊各機の脚部を斬り裂いていく。


《ぐっ! や、やられました!》

《待て、俺も探知を……うおっ!? き、脚部損傷!》


 これで第一小隊は、全機機動不能に陥った。熱源はと言えば、第二小隊の方へと駆けていくところだった。


「あの野郎!」


 俺は頭部のマシンガンを掃射した。しかし、砂地を飛ぶように駆けていく敵を捉えきれない。砂煙が上がったのが災いし、光学でも赤外線でも捕捉できなくなってしまった。このままでは、四方から包囲されてじわじわと装甲を削られてしまう。そうなったら、AMMもただの棺桶だ。

 俺は慌てて、第二小隊に無線を繋いだ。


「第二小隊、聞こえるか! 足だ! 脚部を狙われてるぞ!」


 第二小隊の足元に滑り込んだ敵は、こちらからは銃撃できない。すると、何を血迷ったのか、第二小隊のうちの一機がバルカン砲を撃ち出した。やたらめったら、滅茶苦茶だ。


《馬鹿! 何をやってる? 仲間の足を……ぐっ!》

《くそっ、くそおおおおおおお!》

《撃ち方止め! 撃ち方止め! 同士討ちになる!》


 再び捕捉した時には、敵は器用に身を捻り、AMMの足によじ登って、膝に斬撃を加えるところだった。

 三日月だ。俺は思った。そう見えたのだ。彼女の繰り出す斬撃が。

 光学センサーに切り替えると、その斬撃は青白いものに見える。極めて高温の炎が生み出す、美しい青白さ。まるで、テロリストの掲げる『ブルー・ムーン』を象徴しているようだ。


 第二小隊の混乱は続いている。


《馬鹿! 銃撃を止めろ! がッ! 撃ちやがったな!》

《来るな! 来るなあああああああ!》

《敵が捕捉できない! 早く脱出するぞ!》


 第二小隊もまた、全機が黄色マーカーで表示される。脱出しなければならないのは、第一小隊とて同じだ。しかし、誰かが防御にあたらなければ。


「俺が盾になります! 早く脱出してください!」

《リック、何を言ってる!?》

「ここに、前衛の二機が残していった盾があります! これで敵の気を引きますから、隊長たちはバランスを取って、一気に後退してください!」

《しかし……》


 納得しかねる様子の隊長。彼らしくもない。しばしの沈黙の後、


《了解した。リック、お前もすぐに追いかけてこいよ!》


 との言葉に、俺は『了解!』と威勢よく復唱した。

 第二小隊がどうなるかは分からないが、助けられる仲間は助けなければ。


 隊長を始めとした三機は、背部のスラスターを全力で噴射して後退した。ぶわり、と砂塵が巻き上がる。

 先ほどの敵の攻撃からして、敵の有する遠距離火器は乏しい。しばらくは、盾で防御していられるということだ。そうすれば、足元を斬りつけてくる『彼女』を食い止める術が見つかるかもしれない。


「第二小隊、聞こえるか! お前たちも退け! 第一小隊は撤退した!」

《ケッ、ふざけるな! 臆病者が!》

「今は根性論でどうにかなる状況じゃない! ここは俺に任せて、撤退しろ!」

《畜生!》


 そう悪態をついて、第二小隊も撤退行動に移った。不器用なバックステップを繰り返す。しかし、ちょうどその背後で大爆発が起こった。


《なんだ!?》


 俺は再び耳型センサーを起動。何も捕捉できない。これは、もしかしたら。


「最新型の熱光学迷彩を施された地雷だ! なるべく地面に足をつかないように撤退するんだ!」


 俺は叫んだが、地雷は見事に第二小隊の退路を断っていく。リモート起爆型の地雷なのか。とすれば、俺たちはまんまと敵の懐に飛び込んでしまったわけだ。


《リック、第一小隊は退避を完了した! お前も早く追いつけ!》

「ぐっ……」

《リック!》

《こ、こちら第二小隊、地雷原に踏み込んだ! 撤退は不可能! 繰り返す、撤退は不可能!》


 完全に分断された、第一小隊、第二小隊、そして俺。火柱に包まれた第二小隊を援護する術はない。このまま、俺たちはやられてしまうのか。

 すると、アラートが再び鳴り響いた。直感的に視界を赤外線センサーに切り替えると、傾いた俺の機体に高熱源体が迫るのが見える。ロッククライミングの要領で、胸部コクピットに迫る熱源。

 それを捕捉した直後、コクピットの前部ハッチが呆気なく開いた。強制開放のアラートが響く。斬り捨てられたハッチが、砂の上に落ちてズズン、と音を立てた。

 そしてそこに立っていたのは、予想通り、高熱を帯びたサーベルを手にした女性だった。


 そこまで認識した直後、身動きできない俺に向かって、サーベルの柄が突き出された。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る