第4話
※
夕刻。俺たちの機体が、今日三度目のパレードの半分ほどまで至った時だった。軽い爆発音が響き渡ったのは。
軽いといっても、それは俺がそうした爆発音に慣れていたから、そう聞こえただけだ。一般民衆にとっては、パニックに陥るに十分すぎるインパクトがあったはず。
《非常事態! 全機、戦闘用意!》
俺は復唱しそびれた。戦闘も何も、足元には民衆が群がっている。ここで戦うことはできない。
しかし、それ以上の爆発や発砲はなかった。耳型センサーをフル稼働させてみても、周囲に重火器はおろか、小火器の気配すら探知されない。パレードの警備にあたっていた兵士の有する自動小銃を除いて。
《なんだ? 何が起こったんでしょうか?》
《どけ! パレード中止! パレード中止! 警備中の兵士は、すぐに爆発現場へ!》
困惑する司会者を押し退けるような音がして、軍人のものらしき怒声が響いた。
頭部を巡らせると、晴天の青空を汚すように黒煙が昇っている。単発的な爆弾テロだったようだ。
だが、当然ながら安堵している場合ではない。これだけの警備体制を敷いていたにも関わらず、その隙を縫って爆弾が持ち込まれたのだ。かといって、一介の兵士である俺たちにテロを防ぐことができたか、と言えばそうでもない。AMMのコクピットからではどうにもできないのだ。
こういう時、大型兵器の取り回しの利かなさがもどかしい。犯人を見つけられたとしても、頭部のバルカン砲を一発撃つだけで、どれだけ周囲に被害が出るか分からない。
今すぐ飛び降りて、犯人の追跡に加わりたいのは山々だったが、俺たちにできるのは命令に従うことだけ。
《AMM各機! ただちに基地ドーム内に戻れ! 繰り返す、基地ドーム内に戻れ!》
「くそっ!」
俺はぎゅっと両手を握りしめた。機体もそれに対応し、ギリギリと指を軋ませる。
ここでジェット噴射を使うわけにもいかないので、俺はゆっくりと機体を振り返らせた。
その途中に目に入ったものを見て、俺は唖然とした。
爆発現場から、人々がクモの子を散らすように逃げていく。四方八方、でたらめに。
その中心部では、アスファルトが月面のクレーターのようにえぐられ、赤く染まっていた。
俺は視覚バイザーを使い、そこをクローズアップする。あの赤いものは何だ?
そしてその正体に気づいた時、思わず短い悲鳴を上げた。
その赤というのは、日光に照らし出された死体だった。無論、人間のもの。俺たちが守るべきステリア共和国の民衆のものだ。
だが、守るとか救うとか、それ以前に考えさせられるものがあった。その光景の、あまりの凄惨さだ。
今日の未明に出撃した時は、簡単に目を逸らすことができた。だが、今は違う。これが現実なのだと思い知らせるように、赤く染められたアスファルトが呼びかけてくるような錯覚に囚われた。
飛び散った血、臓器、骨、筋肉、脳漿――これが、テロリストたちの為すことなのか。人間は、こうやって死んでいくのか。では、俺の場合はどうなるのか。
《リック、リック! 大丈夫か?》
「た、隊長……」
《すぐにドームに戻れとの命令だ。歩けるか?》
「はい」
まったく覇気のこもらない声で応答し、俺は少し早歩きで基地のドームへと向かっていった。
※
「自爆テロだったらしい。今、ブルー・ムーンとの関係を軍と警察が洗っている」
夕日が差す頃に、休憩室で隊長が告げた。顎に手を遣る癖が出ている。考え事をしているのか。
「俺たちは何もしなくていいんすか?」
小隊のチームメイトが問いかける。隊長はふむ、と唸って、空いていたソファにどっかりと腰を下ろした。
「一応、俺たちはAMMを扱うことに特化した、特殊部隊の兵士ということになっているからな。テロの犯人捜しに首を突っ込んでも、一般兵士以上の働きはできないだろう」
もっともな話だ。
「隊長、やはりまだ出撃命令は出ないんですか?」
俺は思わず立ち上がり、隊長に問うた。しかし、
「出るわけがないだろう、そんなもの」
残るチームメイトが、厳かな口調で答える。目だけで隊長に問いかけると、隊長も頷いてみせた。
俺は鼻息も荒く、ソファの肘掛に寄りかかった。額に手を当て、そのまま顔面を拭う。室内は適温だが、やや汗をかいている。テロリストの掃討に協力できない。その事実に基づく焦燥感に、俺は頭を抱えた。
脳裏をよぎるのは、先ほど目にした自爆テロの惨状。思い出すまいとしても、瞼の裏に貼りついているかのように鮮明に浮かんでくる。
少なくとも俺の両親は、こんな無惨な死に方はしなかった。身体は原型を留めていたし、ちゃんと宗教的な習わしに従って綺麗に埋葬された。
だが、今日のテロに巻き込まれた人々は、遺体も復元できないほどの惨劇に見舞われたのだ。遺族はどう思うのだろう? もはや遺体とも呼べないような肉塊を前にして。いや、見ない方がいいと医師や検死官が止めるかもしれない。
「許せない……」
俺は奥歯を噛みしめた。
「そう力むな、リック。お前が幼い頃から、ずっとこんなことが繰り返されてきたんだ。それを止めるための切り札を、俺たちは手にしている。AMMという新兵器をな。今日のペースでテロリストの拠点を潰していけば、奴らも手出しできなくなってくるはずだ。次のテロは、俺たちの手で防ごう。いいな、少尉?」
「は、はッ!」
「その意気だ」
すると隊長は、唇の端を引き上げ、白い歯を見せながら俺の肩を叩いてくれた。
《司令本部より全AMMパイロットへ。直ちに第一会議室へ集合せよ。繰り返す、全AMMパイロットへ――》
「ほら、出番だぞお前たち! テロリストどもに俺たちの本気を見せつけてやるぞ!」
『おう!』という掛け声と共に、俺たちは会議室へ向かうべく休憩室を後にした。
※
第一会議室には、二十八名のパイロットたちが整然と席についていた。俺たちを含めて三十二名。八個小隊に値する。会議室は、映画館のように後方の席が高くなるよう造られている。薄暗いのは、立体映像映写機を使うからだろう。
足元に気をつけながら、段を登っていく。最後尾の席についた俺は、会議室に満ちた緊張感に気圧されつつ、誰が来るのだろうかと考えた。
扉が開き、入ってきたのは、AMM部隊総司令官、オズルド・ダン中将だった。全員が一気に立ち上がり、一糸乱れぬ敬礼をする。
「よく集まった、AMMパイロット諸君」
ゆっくりと口を開く総司令官。『着席してくれ』と述べた後、数名の名を挙げ、戦果を挙げたことを労う。それから、『本題だが』と言って咳払いをし、語りだした。
「本日、パレード中に起きた自爆テロに関しては、現在も調査中である。だが、新たなテロリストの動きを察知した」
微かに場がざわめく。テロと関係はないにしろ、一体どんな情報がもたらされるのか。俺はごくりと唾を飲んだ。
「我が国の人工衛星が、電波妨害を受けている。そして先ほど、その電波が、ステリア共和国の国内から発信されていることが確認された」
国内? ということは、やはり。
「ブルー・ムーンによるサイバー攻撃である可能性が高い」
再び静まり返る会議室。
人工衛星には、重要な役割がある。AMMの通信援護だ。元々は、敵地へ弾道ミサイルを撃ち込む際の補佐をするのが任務だったが、弾道ミサイル禁止条約が締結されてからは、実戦からは蚊帳の外だった。
そんな人工衛星に新たな任務を吹き込んだのは、間違いなくAMMだ。他の兵器群よりも、各機の連携が必要であるために。その人工衛星が妨害を受けたとなれば、今朝のような作戦時の連携は取れないだろう。
「その妨害電波の発信源が、国内だったのだ。今、座標を表示する」
すると、会議室内のあちこちに配置されたプロジェクターが起動した。総司令官の前に、青い立体映像が展開される。これは、どうやら地図のようだ。
「内陸の砂漠地帯から、妨害電波が発せられている。潰せ」
静かに告げる総司令官。だが、その首に青筋が立っているのがここからでも見えた。きっと自爆テロを防げなかったことに、憤りを感じているのだろう。
「この任務には、第一、第二の二個小隊にあたってもらう。特に第一小隊は、本日未明のパワー・プラント奪還作戦の戦績がある。頼りにしているぞ」
「はッ!」
突然立ち上がり、敬礼する隊長。それにつられて、俺を含む残り三人も腰を上げて敬礼した。やや滑稽な姿になってしまったが。
総司令官は頷いて、俺たちに着席を促す。そして続けた。
「ここに集った諸君。君たちこそ、テロリストの息の根を止め、英雄と称されるにふさわしい。各員の健闘に期待する」
ピシッ、と敬礼した総司令官に向かい、俺たちもまた立ち上がって返礼した。
「砂塵を防ぐ処置と赤外線バイザーの確度を上げるよう、整備班には伝えておく。この基地からの出撃は、明日の午前七時とする。何か質問は?」
挙手する者はなし。
「では、全員が無傷で帰還できるよう」
そう言って、総司令官は会議室を辞した。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます