第12話

 二機が膝を着くのはあっという間だった。巨体がゆっくりと、目眩を起こしたかのように揺れて、前方へ倒れ込む。両腕を突っ張って、なんとかうつ伏せに倒れ込むのを避けたようだ。機関砲を握っていられるはずもなく、機体が傾く際にわきに放り投げられた。

 

 そうか。ルナが狙ったのは膝の裏か。人間と同じような関節を基本フレームとしている以上、膝に防御用の金属板を取り付けるのは容易だが、膝裏はそうはいかない。そんなAMMの弱点を、ルナは見事に突いたのだ。『密偵』とやらが教えてくれたのかもしれないが。


 こうして四機のAMMは、全機が行動不能に陥った。俺は軽トラに乗ったまま、距離を取ろうと試みる。すると、ちょうど対戦車ロケット砲の第三射が、今倒れた二機に浴びせられるところだった。

 頭部に食らいついた弾頭は、一瞬派手に夜空を照らし、後にはセンサーもバルカン砲を使用不可能となったAMMの頭部が残された。


 耳型センサーはまだ生きているはず。パイロットに投降を促すなら今だ。


《AMMのパイロット、聞こえるか! 我々はブルー・ムーン実戦部隊だ! 諸君らに既に抵抗の余地がないことは、こちらも把握している! 直ちに機体の全動力を切り、コクピットを開放せよ!》


 モーテンが無線機のマイクを口に当て、小型のスピーカーで発信している。すると、静まり返った戦場に、ガシュン、と空気が抜けるような音が連続した。コクピットの開放音だ。

 倒れ込んだAMMのコクピットから飛び降りるのは多少勇気が要るだろうが、砂がクッションになっているから問題はあるまい。


 AMM転倒の際にぶつけたのか、パイロット全員が負傷していた。額から出血している者、片足を引きずっている者、腕が脱臼している者、ふらふらと足元が覚束ない者。四者四様に負傷しているが、皆命に別状はないようだ。

 彼らは自動小銃を突きつけられ、手錠をされて、ゆっくりと俺の前を連行されていった。四人共、俺の見知った顔だ。AMM訓練場で同期だった者もいる。名前を覚えるほどの仲ではなかったが。


「ふう……」


 俺は知らぬ間に、大きなため息をついていた。安堵していたのだ。戦闘は終了し、後続の部隊がやって来る気配もない。こちらに死傷者は出ていないし、敵(まあ、元はと言えば俺の仲間だが)の身柄も確保できた。


「まったく、無茶するのね」

「うわ!」


 唐突に声をかけられ、俺は飛び退いた。ルナが、再び大剣を背負い直してそこに立っている。この冷え冷えとした夜間の砂漠に、一人だけ汗だくだ。多少呼吸が荒いようだが、行動に支障はないらしい。

 俺はルナと並んで、連行されていく捕虜たちの列を見送った。しかし、ルナはその場を離れようとはしない。無言で佇んでいる。


「どうしたんだ?」

「精神統一」


 するとルナは、AMMの残骸の上方を指差した。ぽっかりと月が浮かんでいる。見事な三日月だ。AMMから立ち昇る煙で多少汚されてはいるが、それはその月があまりに美しかったがために、そう見えてしまうだけのこと。平和な時分に眺めれば、砂漠をぼんやりと照らす月明りは、さぞロマンチックだろう。


「ああ、綺麗だな」


 そう言って、俺は隣のルナを再び見遣った。しかし、それでもルナは月に視線を集中させたまま。


「ルナ、どうしたんだ? 早くモーテンたちと合流しないと」

「先に行ってて」

「は?」


 どこか浮ついた様子のルナを前に、俺も妙な声を上げてしまった。


「あんたは俺のお守りなんだろ? 俺が脱走しないように見張ってた方がいいんじゃないか?」


 無言のルナ。何か考え詰めている様子だが、もしかして、行方不明の両親のことだろうか?

 俺までもが考えに引き込まれそうになったので、『じゃあ、先に皆と合流してるからな』とだけ告げ、ルナを残して基地の残骸の方へと足を向けた。


         ※


 軽トラを走らせると、皆との合流はすぐだった。幸い、軍用輸送車が二台残っていた。この基地にいた戦闘員と捕虜、合わせて三十人弱が乗り込むのに十分なスペースがある。誰もが無言だが、捕虜に水筒を渡している戦闘員がいるのを見て、俺は安心した。


 ふと視線を横に遣ると、ガルドとモーテンが何やら話し込んでいる。


「ではモーテン、本拠地まで戻るか?」

「そうだな。皆の士気は高いが、なにぶん火器が足りない。ここの基地も潰してしまったし、休息も兼ねて一旦戻るべきだろうな、ガルド」

「ちょっと待ってくれ」


 話がまとまりそうだったので、俺は声をかけた。


「おお、リック少尉! 見事な作戦だったな。お陰でルナも皆も助かった。礼を言う」

「あ、いえ」


 俺は一応、謙遜してみせた。


「それより、ルナがまだ来ないんです。ぼーっとしてるみたいで」

「ああ、それはいつものことだ」


 ガルドが苦々し気に語りかけてくる。眉根に皺を寄せているが、何か不快なことでもあったのだろうか。


「ルナは君に話したか? ご両親のことを?」

「少しだけなら」


 俺は頬を軽く掻いた。確か、ルナの両親は行方不明だということだったな。

 俺が記憶を反芻していると、ガルドは『まったくこれだから移動が遅れるんだ』と呟いた。頭をガシガシと掻きむしる。


「そう言うな、ガルド。私からも、ルナには注意しておく」

「君が説得してくれるなら話は早いんだがな、モーテン」

「まあ、任せてくれ」

「ん」


 さっと首肯してから、ガルドはすぐに踵を返し、人員や火器の持ち込みの指示に回った。


「リック少尉」

「あ、はい」


 軽く手招きされ、俺はモーテンの後に続いた。軍用輸送車からやや離れたところへ。『このあたりでいいか』と呟き、モーテンは振り返って俺と視線を合わせた。


「君ならもう分かっていると思うが、ルナにご両親のことを根掘り葉掘り尋ねるようなことは避けてほしい」

「いや、俺はそんなこと――」

「いいかい、リック少尉」


 ずいっと顔を近づけてくるモーテン。左目の傷が生々しい。だが、それよりも右目の眼球には、俺の注意を逸らさせないだけの力があった。


「正直、さっきは驚いたよ。ルナが君に、自分の両親が行方不明であることを告げたとはね」

「どういう意味です?」

「いいかい? ルナは我々ブルー・ムーンにおいて重要な人物だ。象徴と言ってもいい。そんな彼女が他人に両親のことを話すのは、極めて稀なことなんだ。君は信用を勝ち得ているんだよ」


 確かに、そういう節はあるかもしれない。


「だからこそ、君が下手に悲観的なことを述べたりしたら、彼女の心は崩れてしまうかもしれない」

「そんなまさか!」

「本当だよ」


 俺は思わず笑い出しそうになるのを堪えた。あんなに冷静沈着なルナの心が崩れる? そんなことがあるのか? 俄かに信じられないが。しかし、モーテンの口調は真剣そのものだった。


「ルナがあれだけ戦えるのは、両親の生存を信じているからだ。私にも分からないが、万が一、両親が既に亡くなっていて、それを彼女が否定できなくなったら、何が起こるか分からない」

「何がって、なんです?」

「自殺未遂だ」

「!?」


 声にならない音を発しながら、俺は一、二歩後ずさった。


「ル、ルナにそんな兆候が?」

「今は大丈夫だ。だが、私の経験に即して言えば、彼女がどんな行動に出るか、想像もつかない」

「モーテン隊長の経験、ですか」


 夜空を見上げ、星々を見上げて黙り込むモーテン。それから急にかくりと俯き、腰に手を遣った。そして、大きなため息を一つついてから、語りだした。


「私がこの顔の傷を負った時、私の妻の元に『ハイリヒッド・モーテンは戦死した』との通達が届いてね。まったくの誤報だったんだが。当時妻は、私がブルー・ムーンに加担しているとは知らなかった。政府軍として戦っているものと信じていたんだ」


 俺はじっと、モーテンの右目を見つめた。


「その政府軍から直々に、『あなたのご主人は戦死されました』などと言われたら。どれほどショックを受けたか、正直、私にも分からない。数日後、久々に帰宅すると、妻が首を吊っていた。明らかに、後追い自殺のつもりだったんだろう」


『大切な人を喪うというのは、そういうことらしい』と、モーテンは萎れたように付け加えた。先ほどまでの勇猛果敢ぶりはどこへやら、だ。


「あの、すみません、そんな思い出したくもないことを」

「いやいや、私の勝手な独り言だよ」


 顔を上げた時、既にモーテンは笑顔を取り繕っていた。戦闘員たちの緊張を解くための、どこか野性味のある笑みだ。だが、その笑みが微かに引きつって見えたのは、傷のせいだけではあるまい。


 すると向こうからガルドの声が響いてきた。


「ルナ! 皆を待たせないでくれ!」

「まあまあ、落ち着けガルド」


 そちらへ声を投げかけるモーテン。視線を遣ると、ルナが仏頂面で大剣をトラックに載せるところだった。


「ようし、出発する! モーテン、リック! 君たちも急げ!」

「了解だ! 行くぞ、リック少尉」

「りょ、了解!」


 いつの間にか、モーテンが俺の上官になってしまったような気がする。まあ、仕方ない。このまま砂漠に捨て置かれても困る。支援部隊がいつ来るか、分からないのだ。凍死する可能性もある。

 まずは、暖を取ることのできる選択肢を選らばなければ。俺はモーテンの広い背中を見つめながら、軍用トラックの方へ歩いていった。

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