第17話【第三章】
少しばかり眠ろうと思っていたのだが、とてもそんな状況ではなかった。人員輸送車は悪路を走り、轟音を立て、嫌な揺れを起こす。俺は身じろぎしようとして、両側をルナとリフィアに挟まれていることを思いだした。が、こんな時に『両手に華』という言い方ができるほど、俺は無神経ではない。
やがて、低空を飛行する爆撃機の轟音が、俺たちを頭上から押し潰さんとしてきた。念のため、皆に注意を促す。
「頭を下げろ! それと、ハッチの向こうは見ないように!」
「分かってるよ、そんなことは」
ぶっきら棒に答えるルナ。まあ、十分な距離は取れたし、これ以上死傷者は出ないだろうと思うのだが。
いや、待てよ。
「ルナ、この車列は爆撃されないのか?」
「サイスさんが言ってたよ。この爆撃を指揮してる空軍中佐が、あたしたちのシンパなんだって。一応戦果は挙げておかなくちゃいけないけど、わざわざ逃げる相手を狙うようなことはしないって」
つまり、基地を一つ爆撃する、ということを戦果として挙げておきながら、逃げるルナたち(俺もいるが)の深追いはしない、と。
俺が安堵感半分、警戒心半分で落ち着かないでいると、鈍くて重い爆発音が後方から響いてきた。空襲が開始されたらしい。雷鳴のようなゴォン、という音が連続し、輸送車の後方のハッチから、否応なしに爆光が差し込んでくる。
その時、
「おっと!」
「くっ!」
「きゃあっ!」
俺、ルナ、リフィアが各々短い悲鳴を上げる中、輸送車が急停車した。
「何事だ!?」
叫ぶ俺より、即断したのはルナだった。俺を押し退け、うずくまったリフィアの身体をまたいでハッチを開放、コンバットナイフを手に、先頭車両へと駆けて行く。
「おい、ルナ!」
呆然としているリフィアに、『すぐに戻る』と言ってから、俺はルナに数秒遅れて駆け出した。
輸送車から降り、車列の先頭に目を凝らす。すると、そこでは思いがけないシーンが展開されていた。
ルナが、見知らぬ男性に抱き着いていたのだ。
歳の頃は四十代後半くらいだろうか。無精髭を生やし、やつれているようだが、その立ち姿はしっかりとしている。その腕に深い青を湛えた石が光るのを、俺は確かに認めた。ということは。
「お父さん!!」
ルナが抱き着く腕に力を込める。そうか。あれが行方不明だったルナの父親、バセット少佐か。
「ねえ、お母さんは? お母さんはどうしたの?」
「じきに合流する。済まなかったな、ルナ。心配をかけた」
「少佐殿!」
次に駆け寄っていったのはモーテンだった。ガルドも続く。
「少佐! よくぞご無事で! 我々を救援した後、敵の注意を惹きながら去って行かれた姿を見て、もはや戦死なされたものかと」
「辛うじて生き延びたよ、モーテン中尉。君は、そんな大怪我を負ったのだね」
「なあに、掠り傷ですよ」
きっとモーテンの左目のことを言っているのだろう。
「こんなところで長話はできんな。モーテン、車両隊に余裕はあるか?」
「はッ、二台目の車両に空きスペースが」
「だそうだ。出てきても大丈夫だぞ、マーツ!」
マーツ? もしかして。
「ああ、ルナ!」
「お母さん!」
母親は、ルナよりやや背が低かった。
「こんなに背が伸びて……。それだけ私たちはあなたを放っておいてしまったのね、ごめんなさい」
「大丈夫。大丈夫だよ、お母さん」
向こうから抱き着いてきた母親を宥めながら、ルナはモーテンの提案に従い、両親と共に二台目の車両に乗った。他に数名、協力者と思しき人物が乗り込む。
「ねえ人質さん、ルナお姉ちゃん、どうしたの?」
俺は、ルナの満面の笑みを初めて見た。今まではせいぜいが微笑くらいだったから、俺にとっては実に斬新なルナの姿だった。
「人質さんってば!」
「え? ああ。いい話だ」
「いい話、って何が?」
ぎゅうぎゅうと俺のシャツの裾を引っ張ってくるリフィアに、俺は『後でのお楽しみだ』とだけ言って車列の荷台に戻った。
その頃には、既に政府軍による空爆は終了していた。爆撃機の轟音が小さくなっていくのを、俺の耳は正確に捉えていた。
「ふう……」
俺は今度こそ完全に安堵し、体育座りから足を広げ、後頭部を荷台の壁に預けた。
※
俺が起床した時、まだ輸送車は走っていた。隣では、リフィアがすうすう寝息を立てている。ハッチの窓から外を見ると、すでに真っ暗だった。それだけでなく、闇が濃い。これは、森林だろうか?
そんなに長時間、眠っていたわけではあるまい。俺はリフィアを起こさないよう、ゆっくりとバックパックから地図を取り出し、開いてみた。
ステリア共和国は広大だが、この海沿いの地域は特に変化に富んでいる。砂漠を形成する乾燥帯に隣接して、亜熱帯の密林が広がっているのだ。砂漠地戦用の装備をしているのであろうAMMに不自由をさせるには、確かにこの密林地帯に逃げ込むというのは、いい作戦だと思う。
ランドマークになるものを探して、自分たちの現在地を推し測ろうと試みる。だが、木々が濃すぎてよく分からない。逆に言えば、それだけ森林の奥地へ入り込んだということだろう。
ぼんやりしていると、両親との邂逅を果たしたルナの笑顔が甦ってくる。幸せと安心に満たされ、泣き笑いの顔を浮かべていたルナ。家族がいるというのは、ああいうものなのだろうか。
物心つく頃には、俺は親戚の間をたらい回しにされていた。あれは、とても家族とは言えまい。気にしないつもりになっていたが、確かに寂しい人生だったな、という気持ちも湧きおこってくる。俺は音のないため息をついた。
まさにちょうどその時だった。ガタン、と輸送車が一度大きく揺れた。停車したようだ。
「ん、何?」
寝ぼけ眼を擦りながら、リフィアが問うてくる。
「停まったみたいだな。このあたりに、また別な基地があるんじゃないか?」
「きち?」
幼少で、しかも寝起きのリフィアに、細かく説明しても無駄だろう。だが取り敢えず、『安全なところについたようだ』とだけ答えておいた。
《総員降車、基地に入るぞ》
無線から聞こえてきたのはガルドの声。
《ああ、それから、負傷者に手を貸してやってくれ。傷に響かないようにな》
モーテンがきっちり補足する。
すると、後部ハッチが開いて衛生兵が顔を覗かせた。俺は彼の指示に従い、担架を組み立てたり、負傷者に肩を貸したりしながら、ゆっくりと車列の先頭までの間を往復した。
ぱっと見では分からないが、確かにそこに基地はあった。直方体の建物だ。その入り口、壁面が迷彩柄に染められている。当然、屋上にも同じ処置が施されているのだろう。
一つ気になったのは、人工衛星とどうやって通信するのか、ということだ。この基地にも当然そういった設備はあるのだろうが、流石にパラボラアンテナまで迷彩柄にしてしまうわけにもいくまい。
「どうかしたかね、リック少尉?」
気軽に声をかけてきたのはモーテンだった。
「この基地にも人工衛星との通信設備はあるんでしょう? 一体どこにあるのかと」
「ああ、これだ」
そばにあった大木を叩くモーテン。しかし、その音からして、どうやらこれは金属製のものらしい。
そうか。アンテナはパラボラ式ではなく、直立式なのか。木々の間に建てておけば、確かに上空からの発見は困難だろう。
「さあ、怪我人も収容できたし、我々も休もうか」
「はい」
俺は短くモーテンに応じ、リフィアの手を引いて基地へと歩み入った。
※
この日は一段と豪華な晩餐となった。
バセット・カーティン少佐の生存確認。それが最も喜ばしいことであったようだ。特に、ルナにとっては。
ルナは、自分を放っておいた両親を責めるようなことは一切しなかった。代わりに、自分がどれだけ訓練し、どれほどの戦闘力を身に着けたのか、それを語り尽くさんとしている。
そこに、ルナの訓練相手を務めてきたというサイスも加わり、話題は益々尽きることなく展開された。
俺はと言えば、広いテーブルに並べられた夕食を前に、何度となく唾を飲んでいた。皆が話に夢中になっているので、なかなか料理に手を付けられないでいたのだ。
かぶりを振って、料理以外のことを考えようとする。するとやはり浮かんできたのは、両親の不在という、自らに突きつけられた現実だった。記憶の中では、既にこの世にいなかった両親。二人との別れはあまりにも唐突で、記憶にも残っていないくらいだから、特別思うところはない。
と、思っていたのだが、やはりルナと両親の様子を見ていると考えてしまう。
『自分にも両親がいてくれたら』
そんなことを考えて、何も得することはないということは、俺自身が一番よく知っているつもりだ。だが、今こうやって、政府軍とブルー・ムーンの間で揺れ動く自分の状況を鑑みるに、誰かに相談したい、できれば愛情をもって認めてもらいたいという気持ちが湧いてくるのは事実。
俺は誰に聞かせるともなく、短くため息を漏らした。
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