第19話
「ルナ、後ろだ!」
「ふっ!」
殺気の方向を察したのか、ルナは無造作に大剣を放り投げた。大剣はその兵士の顔面をかち割り、脳漿をぶちまけさせる。しかし、僅かな痙攣が手に走ったのだろう、主人を無くした拳銃からは、一発の弾丸が発射された。
そしてその銃口の先にいたのは、
「ガルド!!」
俺が叫んだ頃には、ガルドはびくり、と全身を震わせて、何かに覆い被さるところだった。膝をつき、その何か、否、誰かの肩に手を載せる。その誰かは、何が起こったのかも分からずに押し倒された。
「お兄ちゃん、どうしたの? お兄ちゃん!」
これはまずい。俺は咄嗟に叫んだ。
「ルナ! 敵を追い払ってくれ! ガルドが撃たれた!」
「なんだと? い、いや、了解!」
俺は匍匐前進を続けて、ガルドとリフィアの元へ向かう。ルナはと言えば、ホルスターから取り出した小型のコンバットナイフを投擲し、その隙に再び大剣を手にしていた。それを少佐たちが援護する。
「リック少尉、どうした!?」
「モーテン隊長、ガルドが撃たれました!」
「容体は?」
俺はしゃがみ込んだまま、ガルドの首筋に手を当てた。脈は、ない。
「死亡です」
「何だと?」
「死亡です!」
その時、俺は遅ればせながら内心『しまった』と思った。すぐそこでは、リフィアが身を縮めて不安げな視線を寄越していたのだ。俺は慌てて口に手を遣ったが、リフィアはあまりにも正確に事実を把握していた。
「お兄ちゃん、死んじゃったの?」
「そ、それは……」
「どうして?」
俺が思案する間、ルナがヴン、と大剣を振るう振動が響いてくる。同時に肉が裂かれていく生々しい音も。
「ねえ、どうしてお兄ちゃんは死んじゃったの?」
何も言葉にすることができないでいる俺。それを見かねたのか、にじり寄ってきたモーテンがリフィアに語りかけた。
「いいかいリフィア、ガルドは死んだ。そこまでは分かるね? 一体何があったのか、それを考える時間はいずれやってくる。君はそれをゆっくり待つんだ」
「で、でも」
「いいから伏せるんだ」
「お兄ちゃんは……」
「伏せろと言ってるだろう!!」
今度は俺までもがぎょっとした。あの温厚なモーテンが、怒鳴り声を上げるとは。それも、幼子であるリフィアに向かって。
すると、あまりにショックだったのだろうか、リフィアは黙り込んだ。そのままぺたりと尻餅をついてしまう。それからくらり、と上半身が脱力し、倒れ込んでしまった。
「おっと!」
俺は咄嗟にリフィアの身体を支え、転倒を防ぐ。
敵が撤退行動に移ったのは、それから三十秒ほど経った頃だった。ルナがこちらに背を向け、大剣を右手に握らせながら、肩を上下させている。
「撃ち方止め! 撃ち方止め!」
少佐の声が響き渡り、全員が手を止めた。弾倉を確認したり、狙撃ポイントを移したりしている。やはり、ブルー・ムーンには訓練を積んだ者たちも参加しているのだな。そうでなければ、とても戦ってはいられないか。
繰り返すようだが、そもそもブルー・ムーンは武装組織ではなかった。飽くまで平和裏に分離・独立を訴えていく組織だったはずだ。それが、テロを起こしているという濡れ衣を着せられて、結局は武器を手を取らざるを得なくなった。そのまま戦争状態に陥り、そして――。
「……」
俺は沈黙して、リフィアの横顔を見つめた。唯一の肉親を失ったリフィア。大人たちの暴虐によって一人きりにされたリフィア。目覚めない方が幸せなのではないか、とすら思わされる。
「止むを得ん、移動する。残念だが、死者を埋葬しているだけの時間はない。ただし、安全が確認されたら、極力早く戻ってこよう。彼らの無念を忘れてはならん」
少佐のその言葉に、皆が黙する。沈黙の中で、死者を悼む。しん、と静まり返ったこの基地で、嗚咽だけがじとじとと鈍く響いていた。
リフィアは俺が負ぶっていくことになった。当然だ。俺だけが武器を持たないのだから。それでも、負傷者を庇いながらの行軍は、そうそう安易なものではなかった。
「モーテン隊長」
「うむ」
足を撃たれた戦闘員に肩を貸しながら、モーテンが応じた。その顔には笑顔を浮かべている。やはり、こういう時の柔和な笑みにはほっとさせられるな。俺は軽くリフィアを揺するようにして背負い直してから、問うてみた。
「俺は皆に同行していて大丈夫なんですか? 政府軍は、俺のバイタルサインを追ってきます」
「それはそうかもしれんがね」
モーテンは淀みなく答える。
「今回の件で問題点が明らかになった以上、サイスが黙ってはいないだろう。すぐに君のバイタルサインに関して、手を打ってくれるはずだ」
『ここで死ね!』と言われなかったことに、俺は少しばかり安心した。しかし、
「それより、敵の状況が読めないのはまずいな」
と珍しく弱音を吐くモーテンに、『何故です?』と俺は短く尋ねた。
「先ほどの敵の強襲部隊は、見張りの戦闘員を狙撃し、アンテナを破壊してから攻め入ってきたようなんだ。そこまで敵に、我々を包囲することを許してしまった以上、今もどこから銃撃を受けるか分からない」
「そう、ですね」
「まあ、この森林地帯を抜ければ、また旧市街地に我々の拠点がある。そこを目指して」
『いけばいい』とでも言おうと思ったのだろう。が、それよりも、モーテンは素早く身を屈めることを選んだ。
俺も感じた。気配を。
同時にスタタタッ、という銃声があちらこちらから聞こえてきた。だが、殺気とは違う。まるで、俺たちを包囲し、誘導しているような気配がある。
こちらには負傷者もいるし、無理に戦うことはできない。それを鑑みて判断したのだろう、少佐は攻撃命令を出さず、その場に伏せるように、とだけ指示をした。
「匍匐前進だ」
小声で続けてくるモーテン。しばし、銃弾が頭上を通過するのを感じたが、それもすぐに止んでしまった。それでも、リフィアが凶弾に晒されないようにして這い進むのは、なかなか苦労した。
そんなことを一時間は続けただろうか。木々がまばらになったところで、上空から巨大な何かが降ってきた。
「ッ!」
この風向き、風圧、質量感。こいつはAMMだと、俺は察した。だが俺の知識にある外装とは大きく異なる。昨日までのAMMが旧型に思えるほど、細身でスタイリッシュな姿をしていた。
がさり、と草むらが動いた。見れば、大剣を手にしたルナが飛び出そうとしている。
「ルナ、待て!」
新型AMMは、ルナの動きを完全に予測していた。脚部スラスターから、凄まじい熱風を噴射したのだ。
慌てて頭部を守るルナ。そのままバックステップし、大剣を地面に突き立てて盾にする。
「ルナ、大丈夫か!」
「ええ!」
ルナの返答を聞きながら、俺は新型を見上げた。引き締まったボディラインは、旧型のいかついそれとはまた異なった圧迫感を与える。色は旧型とは異なり、深い紺色だった。差し始めた朝日を背景に、ぐっと頭部を俯ける新型。だが、攻撃してくる様子はない。俺たちを包囲しているであろう、政府軍兵士たちもだ。
しばしの膠着状態の後、AMMから声が発せられた。
《ブルー・ムーンの諸君、我々はステリア共和国政府軍、AMM特科部隊だ》
『特科』? だから今までとは違うAMMが運用されているのか?
《我々の目的は一つ、リック・アダムス少尉を政府軍に帰還させることだ。彼の解放と身柄の引き渡しを要請する》
「それだけか?」
大声を張り上げたのは、バセット少佐だった。
「今の君たちなら、司令官の私を抹殺することができるぞ」
《それは命令に含まれていない》
飽くまで淡々と、一人と一機が言葉を投げ合う。
《君たちはただ、少尉を解放してさえくれればいい。もし応じられなければ、少尉を除いた諸君全員は、生命の危険に晒されることになる》
全員の視線が、俺に集まるのが感じられた。まるで、全方向から熱線を照射されているかのような錯覚に陥る。
俺はふっと息をつき、立ち上がって、AMMの頭部のバイザー部分を睨みつけた。そのまま声を張り上げる。
「自分ならここにいるぞ、AMM!」
《捕捉している。よく無事だったな》
無感動な声で言われても嬉しくはない。いや、それ以前に、こちらから言いたいことは山ほどあった。無論、政府がテロを主導して、その容疑をブルー・ムーンにかけたということも含まれるし、こうして戦争を演出することで、軍備拡張を試みようとしていることも。
《ではアダムス少尉、こちらへ》
そう言うと、AMMはしゃがみ込み、掌を差し出してきた。そこに乗れということなのだろう。
その時だった。青白い刃がAMMの足元に向かって振るわれたのは。
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