盾のホームレス

 準備中はあの猿と遭遇することなく事を進めることができた。我ながら運がいい。

 残りの作業を終わらせれば完璧だ──というタイミングでアイツはやってくる。


「キッキッキ! ウッキッキ!」


「ぐっ!? み、見つかっちまった!」


 訂正、やっぱりツいてねぇ! 最後の仕上げに取りかかろうとした時に出くわしてしまうとは最悪である。

 だが出会ったからには仕方あるまい。何を隠そう切り札はすでに九割作成済み。ラストの作業も鞘と切り札をくっつければいいだけだから、準備としてはほぼ万端なのだ。

 ふふふ、これで奴の投げナイフ攻撃を無力化出来る。俺を襲ったことを後悔させてやるぜ。


 俺は敵の様子を見ながら急いで鞘と作成物を紐でくくり合わせる。しかし、その隙を相手は見逃してくれなかった。

 猿はまたあの時と同じように腕を前に出して短剣を投擲する体勢に。まずい、間に合うか……!?


「キキッ!」


 再びどこからか弧を描くように飛んで来る短剣。スピードはあの時と比べて遅いが、それでも十分な速さだ。

 うおおおお! 間に合ええええっ!


「ぐっ……!?」


 勢い良く突き刺さる短剣、その衝撃を受けた俺は低く悲鳴を上げる。だが──


「ウキ?」


「……フッフッフ」


 どうやら、俺の方が一歩分早かったみたいだな。思わず勝利のほくそ笑いが漏れる。

 飛んで来た短剣が刺さったのは俺の身体ではない。ではどこなのかというと……。


「残念だったな、猿野郎! これでお前の攻撃は効かねぇぞ!」


 前に突き出す腕。その手に握られているのは鞘……に取り付けられた何重にも重ねられた木皮の塊。そこに先ほど飛んで来た短剣が突き刺さっていた。

 そう、俺が作ってたのは相手の攻撃をかわすための盾。これがあれば飛んでくる短剣も無効化出来るっていう寸法だ。

 取っ手代わり使ってる鞘は軽量化も兼ねて剣を剥き身のままにしてる。扱うには危険な上に重いが、武器としての使い方は変わらない。防御手段を得た今の俺にはちょうどいい。


 この状況を少しでも変えるには、まず目の前の驚異を排除することが優先。つまり、あの猿を倒すのが絶対条件。俺が生きて帰るためにはもう考えてる余裕はない。小走りで接近を試みる。

 案の定猿は三度の投擲攻撃に移るが、所詮は野生動物。攻撃方法は変わらず俺に真っ直ぐ短剣を投げつけるのみの単純な動き。

 残念だがそのパターンにはもう見慣れた。盾を突き出して短剣を受け止め、徐々に距離を詰めていく。


 猿も負けじと投擲攻撃を続けるも、ここでアクシデント。

 籠手の力で投げられるはずの短剣が、もう飛んでこなかったのだ。つまり、弾切れである。


「うおおおおおおっ!!」


 もう猿との距離は近い。この剣を横薙ぎすれば切っ先は当たるだろう。

 必要性の無くなった盾を勢いのままに放り捨て、両手に剣を持ち直して決着を付けようとした──その時。


『──また君は殺しをするのかな?』


「ぐっ……!?」


 直前で頭を過ぎる言葉。それに俺の行動を抑制させるには十分な力があった。

 剣は猿の頭上三センチを掠めて空振り。そして途中ですっぽ抜けた剣は振り払いの威力を維持したままあらぬ方向へと飛んでいってしまった。

 思わぬ障害の出現に身体が硬直する俺。その一瞬の隙を見逃すことなく反撃が。


「ギギギッ!」


「うわっ!?」


 猿は土や枝などを適当に投げつけて目潰しをしてくる。案の定それに怯んだ俺は数歩後退して距離を離してしまった。

 まさか、このタイミングであいつの台詞が俺の覚悟を躊躇わすとは……。ハウザーが俺に言ったあの時の言葉、それが目前まで来ていた考えを一瞬で改めさせた。

 仮にも命を奪ったという経歴がある俺。例え次に殺そうとした命が人以外の存在であっても、ほとんど呪いと化した殺生への躊躇いがここに来て出てしまうとは……。


「ギギギギギ……。ギキッ!」


「ぶっ!?」


 色々考えを巡らせて隙だらけだった俺に、猿はまた何かをぶつけてきやがった。

 それも今度のはめちゃくちゃに硬い何か。痛い……まるで金属のよう……ん? 金属?

 ふと違和感に気付いて下を見る。そこにあったのは──


「ギキャッ!!」


「またかぶふっ!?」


 と、またさらに隙を突かれての二撃目。再び同じような硬さの何かが俺に向かって投げつけられた。痛い。

 そして、ものすごい威嚇をしながら猿はそのままどこかへと逃げ去ってしまった。たぶん、さっき俺が出した気迫に気圧されたんだろうな……野生動物に勝ったなんてやるやん、俺。

 まぁ、意図せぬ勝利で終わって良かった。俺としてもそう簡単に生き物を殺したくはないからな。それにしても──


「これ、あの猿がしてた籠手だよな……」


 先ほど俺に向かって二度に渡って投げつけられた硬い物の正体。それは、あの猿が装備していた短剣を操る籠手だったのだ。

 まさか自分の防具を捨てるとはな……。野生動物の考えることはやっぱり分からん。


「そういえばハウゼッテのやつ、サブターゲットや障害を乗り越えて手に入れた物はプレゼントって言ってたよな。もしかして、これは貰ってもいいのかな?」


 だって明らかに猿用とは思えない形状だもんな、この籠手。いくら猿と人の手の形が近いとはいえ、人用に違いない。

 恐る恐る小突いてみる。うん、鉄製の硬い表面。異常性はないとみた。試しに着けてみるか……?


「あ、以外とぴったり──ってちょっと湿ってる……」


 うへぇ、あの猿の汗かぁ。なんか不潔だな。気持ち悪いからやっぱり外そう。

 そこそこの重量だが持ち運ぶ分にはギリ問題なさそうだ。じゃあ、これ貰って次に進むから……。

 そう思いながら投げ捨てた盾と剣の回収をしようとした時、どこかからかパチパチと手を叩く音が。今度はなんだ……?


「ブラボー! おめでとう、シンヤ君。最初の障害を無事に攻略したね」

「ハウゼッテか……!」


 上方向から聞こえた声は案の定ハウゼッテの物だった。見上げてみると高い位置にある枝に乗って俺を見ている。野郎、文字通り高見の見物ってやつか。

 それと、よーく見てみると彼女に変化があることに気付いた。何だろう、白い毛皮みたいなのを身体に巻いてるのか? いや、あれは……。


「お前それさっきの猿じゃねーか!」

「うん。今回の立役者の一人だよ。いやはや、あの時は本当に殺すのかと思ってヒヤヒヤしたよ」


 何と言うことだろうか、今のハウゼッテの身体にはさっき戦った猿がホールドするように張り付いていたのだ。それが俺の方向を向いて同じように見下してやがる。

 なんともまぁ羨ま……じゃなくて懐いてること。もしかして飼ってるのか?


「そいつ……お前の使い魔的なやつなのか?」

「ううん、この子は今回の『遊び』のためにこの森で友達になったんだ。まぁ、役目は終えた以上は元の野生に帰すけど。それじゃあ、お別れだ」


 俺の質問に答えると、ハウゼッテは猿を身体から引き剥がして、眉間の部分を軽く弾いた。すると、猿はさっきまでの懐いてた感じから呆けたような様子に変わる。

 そして、ハウゼッテから遠ざかると別の木へとジャンプ。そのままどこかへと去っていった。


「さて、今回の障害突破のプレゼントは僕特製の魔導具さ」

「魔導具……?」


 猿との別れを惜しむこともなく、まるで無かったかのように次の説明に入る。

 どうやら本当にこれをプレゼントしてくれるらしい。うーん、嬉しいには嬉しいが、中の湿り気が気になって素直に喜べないんだけど。

 そんなことは欠片も知らないであろうハウゼッテの説明は普通に続いていく。


「それは触れた短剣を自由に操れる能力を持っている。さっきのお猿さんみたいただ投げるだけじゃなくて手元に戻すことも出来るから、短剣をブーメランにして遊ぶのもオッケー」

「そんな危ねぇ遊びしねぇよ」

「真面目だなぁ。冗談だよ」


 ケラケラと笑うハウゼッテ。たぶん、こいつ本人は何度かやってるんだろうなぁって思った。剣のブーメラン遊び。

 それは置いといて、どうやらこの籠手は攻撃面に関して秀でた力を持っているらしい。まぁ、さっきまでの戦いでそれは身を持って証明してたけど。


「そうだ。君の成長をみれたんだ。この『遊び』を面白くする良い話を教えてあげる」

「良い話ぃ? そんなのより森を出るためのヒントをくれよ」

「まぁまぁ、そうせっかちにならないでよ。リクエスト通りヒントもあるからさ」


 ほんとぉ? これでまた変なことをさせようとしてるならお断りだが。はてさて、一体何を企んでいるのやら。


「それじゃあいくよ。なんと、サブターゲットに二人の人質を用意しました!」

「な、なんだとぉ!?」


 なんでそう変な方向に期待通りのことをしてくれてんだこの女神!? ふざけるなよぉ! いやマジで!

 人質ってそれはつまり、さらわれた人たちの内の二人って考えでいいんだよな? ちくしょう、まさかあの時の約束を破ったわけじゃないだろうな……!?


「大丈夫。最初の約束はきちんと守ってる。ただ、その中から二人は君が助ける方が面白いじゃない? それに、きちんと助けてあげれば君はその二人に恩を着せることが出来る。それが特にレイエックスの人なら良いことあるんじゃない?」

「お前……」


 恩を売れるからってそれでトントンのつもりか? だとしたらとんだサディスティック野郎だぜ、全く……。

 だが、確かにレイエックスに借りを作らせるのも悪くはない。まぁ、それが本当にレイエックスの人間ならという前提ではあるのだがな。


「それじゃあ、最後のヒント。その人質二人がいる場所は『さんかく』と『エックス』。そして、君がお猿さんと出会った場所が『ダブルダガー』だ。それじゃ、頑張ってね」

「あっ、おい!」


 ジェスチャーも交えたヒントを最後に、投げキッスを飛ばしてハウゼッテはまたどこかに消えてしまった。

 何だ? 三角だのエックスだのさっぱり分からんぞ。適当抜かして俺を惑わせるつもりじゃなかろうな?

 ……とかなんとか思ってたら、ある共通点に気付く。それは記号について。

 三角もダブルダガーも、見方によってはエックスだって記号だ。そして、他に記号が関係している物を俺は持っている。それが──


「なるほど。あいつが言ってた記号は地図に描いてある記号のことを言ってたのか。こりゃ大ヒントってレベルじゃねぇな」


 俺が持っていた地図に描かれていた記号。それを確認してみると、案の定ハウゼッテが口にした『△』『X』『‡』が記されていたのだ。つまり、記号のある場所は障害とサブターゲットを指している訳か。

 さらに猿と遭遇した場所『‡』を支点に『△』と『X』の場所を繋げてみると、あら不思議。他の記号に当たることなく真っ直ぐ森の外へと抜け出せるルートが出来上がった。


「……確かにリクエスト通りだけど、絶対罠だろうなぁ。でも、行かないと人質が危ないよな」


 でも行かないという選択肢はあるまい。保身を優先したいが、そうしてしまったら人質がどうなるか分からないからだ。

 ほーんと、あくどい策士だぜ、ハウゼッテ。最初からこうなるって分かってたんだろうな。


「はぁー……。仕方ない。行くか」


 次の行き先は決まっている。まぁ、せっかく新しい武器みたいなのを手にしたんだ。それの使い勝手を試すにはもってこいの機会だと思っておこう。


 それじゃ、人助けに行きますか。あー、早くゲストの人来てくれよな~。

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(惰)女神様を更生させられるのはホームレスの俺だけかよ!? 角鹿冬斗 @tunoka-huyuto

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