僕らの職業見学
そんな訳でやってきましたレイエックスのサン・ルーウィン支部。勿論、現在所属中のエヴァーテイルの制服を着込んでの来訪である。
にしても支部とはいえ大手。こっちのとは建物の大きさが全然違う。ぱっと見でも四倍以上の差があるってはっきり分かるぞ。
「ほんとに行くの~? こんなとこ来る価値もないよ~」
「じゃあなんでお前まで着いてくるんだよ。ギルドで待ってても良かったんだぞ?」
入る前から拒絶を見せるデュリン。昨日は嫌がってたくせに結局着いてくるという矛盾である。
一応デュリンもレイエックスの勧誘対象になってるから、そこまで無理する必要性は無いと思うんだが……。
「だってギルドにいたら仕事することになるから、見るだけならこっちに着いてった方が良いかな~って」
「この馬鹿。生きる以上はどのみち仕事はしなきゃだめだっつーの。やる気を出せよやる気を」
だと思ったわ。仕事をサボるがために着いてくるという始末。まだまだ更生までに至る道のりは長いらしい。
ま、これで何か刺激になってやる気になってくれればいいんだがな。何はともあれパパっと見てササっと決めてちゃっちゃと帰ろう。
レイエックスのギルドへ入って早々、俺の中のイメージの一部が覆された。
中はゴロツキもとい見た目の厳つい人たちが
「……案外きれいだな」
「うん、ちょっと意外」
中はそうだな……俺のボキャブラリーで例えるならば役所みたいな公共の施設並の静かさという言葉が似合う空間。あれれ、なんだか白い匂いがする。
とはいえまだ分からんぞ。何せ火の無い所に煙は立たないなんてことわざがある。表向きが良いだけかもしれん。
「あのー、ここのギルドのヴォ……なんだっけ」
「ヴォーダンさんのことでしょうか?」
「あ、はい。その人の紹介で来たんですけど……」
「分かりました。少々お待ちください」
受付の人に例の勧誘・広告担当班長の名を言い、返事を待つことに。すると受付の人は手元にあった端末らしき物に触れ、そのまましゃべり出した。
「ヴォーダンさん。ホールにお客様がお見えしております。……はい、はい。分かりました」
うん、なんか緊張してきた。こんな感覚は面接の時以来だぜ。
初心の気持ちを思い出していると、受付の奥にある扉を開けて出てくる者が。あの世紀末世界にいそうな図体、間違いないな。
「ほう、誰かと思えばお前たちか。ここを選んだ……訳ではなさそうだがな」
「ああ。俺らにも職場を選ぶ権利くらいある。残念だけどもすぐには決められそうにない。だから、今回はあくまでエヴァーテイルの職員として敵状視察……じゃなくて見学に来た」
「ふっ、それで結構。結果は分かり切ってるからな。では約束通り案内してやる。来い」
現れたヴォーダンとの最初のやり取りを経て俺たちはいよいよ企業見学を実行に移す。はてさて、一体どんなブラックを目にすることやら。
「ここが依頼書の確認や仕分けをする場所だ。静かに頼むぞ」
「あ、はい」
「うわぁ、ちょっと目と手先が疲れそう」
「入ってくる依頼書の数が多いからな。そこは仕方ない」
ふむ、大量の手紙とかを一枚一枚手作業で確認して分けると。なるほど、間違いなくデュリンには向いてないな。次。
「ここが派遣担当の準備室。レイエックスは討伐を中心に依頼を受けているから、武器防具の類いが多い。ここの設備に関しては町で一番の自信があるな」
「すげー。俺の知らない武器ばっかりだ……あ! デュリン、触るな危ないだろ!」
無数に立てかけられた武具の列には舌を巻かざる負えないな。そしてデュリンの勝手な行動を抑えつつまたさらに次へ。
「そしてここがホール。さっきまでいた場所だな。利用者にはマナーのなってない奴がわりといるからゴミとかには気を付けてるだけじゃなく、ボードに張り付けてる依頼書は一時間ごとに補充して無くならないように心がけている」
「はぇ~、流石は大手だな。しっかりしてる」
広いホール。休憩スペースもあるしなんと売店もある。やっぱ本部が良いとこだと聞くだけに、支部まで居やすい環境なんだな。こりゃ利用者が多いわけだ。
……何というか、ある意味では予想通りだし、そのまたある意味ではとても意外な事実を知れた。
「む、そろそろ昼だな。特別にここの職員にしか食べることを許されない食堂で飯を食わせてやろう」
「飯!」
「え、いいの? 俺ら別のギルド所属なのに」
「お前らは俺に真っ向から反抗出来る度胸がある。昨日も言ったが、俺は勇気や度胸のある奴が好きだ。そんな奴らを引き抜けるなら多少のルール違反も構わん。ほら、行くぞ」
……ふーん、見た目にそぐわず優しいじゃん。ちょっとだけこの人の見る目が変わったような気もしなくもない。
そして、俺はここである一つの結論に至った。うん、これはかなり衝撃的としか例えようのない結論。それを確信した俺自身も信じられないもん。
たどり着いたギルド員用の食堂。ここはなんとバイキング形式で好きな料理を持ってこれるという豪華仕様。これには女神様もテンションが上がる。
「カシラ、ちょっと」
「ん? うん、何? 分かった、先に行っててくれ。俺も後で追う」
「……? 何だ」
ちょうど料理を席に持ち込んだ時、どこからか現れた取り巻きAが何やらヴォーダンに耳打ちしている。内容こそ全く聞き取れなかったが、厳つい顔に真剣な表情を浮かべてうなずいたのを察するに真面目な内容と思われる。
「戻ったか──って、お前量取りすぎだろ……」
「えへへ、こういうの久しぶりだったからつい」
「こればかりはうちのバカが申し訳ないことをしたと思ってます」
そりゃ敵ながら謝ってしまうのも致し方がない。なにせこいつ、数十枚の皿にここの料理の八割を乗せ、魔法を使って浮かせてここまで持ってきたんだからな。
おかげで厨房や周囲からの目線が槍のように刺さってきて痛いの何の。当然俺は節操をわきまえて少量である。
「まぁいい。それと少し急用が出来た。悪いがしばらくはここで待っていてくれ。なるべく早く戻る」
「分かった。俺たちはここで大人しくしてるさ」
やはり何か起きたっぽいな。班長っていう役職だし、きっと上司に呼び出されたんだなぁ。
ヴォーダンの姿が食堂から消えるのを確認して、俺はここでようやく脱力。ふぃ~、疲れた。外観からして広いとは思ってたけど、やっぱ予想通り広いわ。
それはそれとて、ここでようやく本題である。
「なんだよここ、超超超どホワイトじゃん!」
これまでの見学を経て薄々感付いてはいたが、レイエックスは超が三つも付くくらいの超絶ホワイト企業だった。
火の無い所に噂は立たないとはよく言ったものだ。実際はパワハラもセクハラもない最良環境。むしろ何であんな噂が立ってんだよ。
「うーん、でもなんだか変な感じがするんだよね」
「は? 何が?」
ん? 何やらデュリンはこのホワイトさに何かしらの違和感を覚えてる模様。そんなの俺は全く感じないけどな。
「んー、なんだろ。なんて言うか、心からの笑顔が無いっていうのかな。エヴァーテイルみたいに一人一人が仕事を楽しんでなさそうな感じがして」
「笑顔……」
うーむ、それのどこが問題だ? 如何せんブラック企業勤めの経験がある俺からすれば仕事を楽しんでする者は少数だと俺は認識してる。それ故のホワイト環境への憧れだしなぁ。
でも、言われて思い返すと確かにそんな気もしなくもない。依頼書の仕分け人はともかく、この見学ですれ違った受付の人や派遣担当職員の顔を思い出してもヴォーダンのような笑みを浮かべてる人はいなかった。
「私のいた世界だと仕事は楽しんでするものっていう認識があるから、やっぱりここは私には向いてないな。でも、料理はとっても美味しいから、食べにだけなら来たいかも」
「結局最後は食い物狙いか。相変わらずのブレないな、お前は」
「えへへ」
「褒めてねーよ、皮肉だよ今のは」
にしてもそうか、違和感の正体は笑顔の少なさか。
それに気付いた俺は確認ついでに辺りを見渡してみる。広い食堂には数十名の職員が昼食を摂っており、その内の数組をさらに注視。
会話内容はどうでもいいとして、表情や話の盛り上がり具合を見ると確かにどことなく元気さが感じられない。疲れがあるのか時たま大きなため息をはき出す者も数名。
……ふむ、もしかすれば企業体勢だけなら超絶どホワイトのレイエックスに良からぬ噂があるのは、何かしらの理由で退職やクビを切られた者の逆恨みによる告発が原因なのかもな。あの様子を見る限り内部での多少の理不尽は経験してることだろう。
俺らの見えない所で何かされてる可能性もなきにしもあらずだな。
「それで、この見学でどっちにするか決めたの?」
「……いいや。でも、何となくは決まりそう」
今の俺の考えを限りなく正確に言い表すのならば、これくらいの曖昧さが妥当なのかも。
そうだな……。うん、決めた。しばらく悩んで決めたこの答えに後悔はしないぞ。
レイエックスとエヴァーテイル、二者択一の選択。それのどちらを選んだのか。それは──
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