スカウトマンたちの報復が非暴力だった件

「ぬぬぬ……!」


 俺は今、非常に悩んでいる。それはもう、病み上がりだったことを忘れて一つの問題に直面している。個人的にはわりと重大な問題だ。

 何せ生活に直接関わるんだ。つーかもっと言えば人生にも関わる。それくらいの重要性をその問題は孕んでいる。


「……そんなに悩むことなの?」

「たりめーだ。どうせお前今このギルドエヴァーテイルにいても働く気ないだろ」

「まぁ、確かに」

「ちょっとは意欲を見せろよ、意欲を」


 本当にこの女神はブレないな。そもそもデュリンが少しでも働く気になってくれれば変わるんだよ。

 何故こんなにも悩んでいるのかというと、原因は数時間前までに遡る。それは、エヴァーテイルのギルドにレイエックスがやってきたところまでである。







「俺とデュリンを……スカウトぉ!?」

「そうだ。喜べ!」


 唐突な宣言に、俺は驚く以外の反応が出来なかった。

 だって昨日のことで報復をしに来たとばかり思ってたから、この答えは意外としか言いようがない。


「俺の名前はヴォーダン。レイエックス勧誘・広報担当の班長。これから仲間になる奴に名前くらいは教えてやらないとな」


 いや、まだそっちに入るなんて一言も言ってないんですがそれは……。

 しかし、そんなのは関係ない。このカシラもといヴォーダンの引き抜きは申し訳ないが拒否する意向だ。


 それに、そんな世紀末世界で暴れてそうな風貌の奴らを勧誘・広報担当に選抜するようなセンスのない選択をする組織なんか信用に足りるかっての。


「ん~? さてはお前、俺らのことを信用してないな?」

「そりゃそうだろ。レイエックスにどんだけ悪い噂があるのか自覚してんのか」


 当然だよなぁ? ブラック企業ギルドになんか好きで就くはずないだろ。パワハラは金輪際御免である。

 そんな俺の拒絶反応を見てか、ヴォーダンはくくくと容姿に違わない悪役の笑みを浮かべる。ちょいと不気味。


「確かに誰が広めたかは分からんが、そんな噂があるのは認めざる負えない事実……。だが、我々には他のギルドにない要素を持っている。これを聞いた者は皆考えを改め、レイエックスを選んだ。聞けば例外なく、お前は考えを改めることになるだろう」

「何……?」


 何だ? 噂についてはあっさりと認めたが、それを気にさせないほどの要素だぁ?

 確かに相手は本国とやらに本部を構える大手ギルド。他の一般ギルドと比較するとその差は歴然。しかし、それでもパワハラや違法労働を強要しかねない不信感があるのもまた事実。悪い噂がそれを裏付けている。

 いくら大手といえども、信頼を損なえば崩壊する。どの世界でもそれは同じ。話が嘘ならばなおさらだ。


「そこの嬢ちゃんが言ってたことが本当なら、お前もこの町に来て日が浅かろう。生きるためには金は大事。だから、お前はこのギルドに入った。そうだろう」


 確かに俺は金を得るためにこのギルドに入った。就職を決めた一手こそ違うが、動機としては全くその通りである。


「入ったばかりのお前がギルド員の平均月収を知らんだろう。ギルドの月収は受け付けた依頼の報酬額や数に左右されるが、月平均二十~三十万。当然、これは討伐依頼を中心に行った場合に限る。それ以外を中心にしたら月平均は十五~二十万もいくまい」


 ……わりと高くね? いや、勿論この世界の物価は故郷の世界とは違うってのは分かっているけど、それでも高めな気がする。

 俺の世界じゃ就労時間が平均以上で給料が十万切ってるのも少なくないから、言うほど少なく感じないな。


「……だが、レイエックス俺らは違う」

「……っ! ま、まさか!?」


 さっきから話しているのか金銭関係のこと。もしかすれば、そのまさかかも知れない。おそらくレイエックスが提示する条件というのは、俺の予想が正しければ──


「俺らの平均月収は五十三万だ。だが、勿論これは勧誘・広報担当や事務担当の平均月収。討伐依頼などをこなす派遣員の場合はさらに上をいく金額になる。この金額で十分ならば無理に派遣担当を志望する必要も心配もいらない」

「……っ!?」


 やっぱり……やっぱり思った通りだ! しかも帝王の数字!

 汚ねぇ……高給という条件で俺らを釣るつもりだ、レイエックスのやつら!


「さて……さっきはギルドの平均金額を言ったが、新装ギルドの月収を教えてやろう。仮に討伐依頼を中心に受け付けてもレベルの高い依頼は当然受注しないわけだ。少ないメンバーを死なせるわけにはいかないからな。となると、数をこなしたとしても月平均は十~十五万が限界だ。そうだろう、ギルドリーダーさんよォ?」

「…………」


 勝ち誇った顔でこのギルドのリーダーを一瞥するヴォーダン。見た目通りに汚い手段を容赦なく使ってくるな。

 新装ギルドだから、給与も低いのは何となくは察していた。しかし、相手が教えてくれた金額が本当なら、この世界の物価とかを差し引いてもあまりにも低いと思わざる負えない。


「……とはいえ、ギルドの規約上は他のギルドに入った者を無理矢理引き抜くのは違反行為。だから、入るかどうかはお前の判断次第だ。……。じゃあな」

「…………!」


 俺の肩に手を叩くように乗せ、耳打ちでそう言い残すとレイエックスはギルドから出て行ってしまった。







 とまあ、こんな感じ。とどのつまり、高給だが悪い噂の立つレイエックスに移籍するか、薄給でまだ不安定な代わりに職場環境の良好なエヴァーテイルに在籍するかの選択に困っているわけだ。


 俺とて働いたことがないわけではない。前の世界ではホームレスになる一、二年くらい前までは普通に働いてたからな。


 ただ、当時の職場が低賃金の上に労働力を搾取するまさに絵に描いたようなブラック企業という環境で、体も壊した経験もあるからあんまり良い思い出がない。

 だからエヴァーテイルは給料以外では一番理想の職場環境なのだ。だからこその迷いである。


「お前は労働を知らないから何にも考えられずにいれるんだよ」


 と、このタイミングで扉からノックの音が聞こえた。ちなみに、今はギルドから帰って宿屋にいる。


 しかし、一体誰だろうか。もしかしてここの店主か? それを知るためにも俺は扉を開けて確認してみることに。


「はいはーい、どちら様で──って」

「シンヤさんの部屋ですね。先ほどの件についてお話ししたいことがあってきました」


 俺らの部屋の扉を叩いたのは、なんとレンズさんだった。ちょっと意外というか、俺らの住んでるところ知ってたんですね。


 それはさておき、何やら話したいことがあって来たようだが、何故にこのタイミングなのだろうか。言うことがあるならレイエックスが帰った直後でも良かったのに。


 とりあえず、その話とやらを聞くために中に上げてみる。出せるものは何にもないけど。


「……シンヤさん。もし迷っているのならば行くべきです」

「え……、いいんですか?」


 用意した椅子に座るやいなや、レンズさんはいきなり招待のことを承諾してくれた。話したいことってこれのことだったか。

 この決断にデュリンも無言だが驚きを露わにしている。にしても、一体なんでだ?


「彼らの言うとおり、創立間もない私のギルドの給与が他のギルドと比べて低いのも、受注する依頼のレベルが低いものばかりになるのも事実。ましてやレイエックスと同じ地域での活動ともなれば、ここに在籍し続ける選択はお世辞にも賢いとはいえません」

「でも、そんなことしたらギルドは……」

「大丈夫です。一度登録さえすれば五人未満になったとしてもギルド継続に支障はありません。もっとも経営は厳しくなりますが、それを理由に引き留めることはしません」


 あいつらの言ったことを認めるのか……。その上で承諾を認めるなんてちょっと優しすぎるのでは?


 仮に俺がレイエックスに行ったとして、残るのは四人。働く気のないデュリンを除外するとほぼ振り出しに戻ったどころか、むしろマイナス。流石に厳しすぎるだろう。

 となれば、こうするしかないだろうな。


「……分かりました。じゃあ、明日行かせてもらいます」

「え!? ほ、本気で言ってんの!?」


 この選択を選んだ途端、デュリンが横から大声を上げた。近所迷惑になるだろうが。

 一方のレンズさんも心なしか表情が陰る。そりゃあ、そうなるだろうな。でも、これにはきちんと訳というか俺の考えもあっての選択である。


「勿論これは本気じゃありませんよ。俺は明日、企業ギルドの見学に行くんです。自分の目で確かめて、それでどちらのギルドを選ぶのかを決めます」


 そう、俺は本気で入るつもりはない。元々即決出来るような性格でもないしな。

 下調べもなく闇雲に入ると痛い目に合うのは目に見えている。だからこその見学という選択肢を選び取ったのだ。


「……分かりました。そのことは帰ってからメンバーに伝えておきます。その代わりにこれを」

「これって……」


 了承を得た時、レンズさんはどこからか取り出した荷物を俺に手渡してきた。ギルドに忘れ物をした覚えはないけどな。

 中身の確認をすると、それはエヴァーテイルの制服が。俺の分と何故かデュリンの分もある。


「見学を選ぶと予想はしていました。見学のつもりで入ったらいつの間にか加入させられたという噂も聞いたことがありますので、規約上無いとは思いますが念のためにこの制服を着て行ってください。これなら敵状視察という体で強制加入を防げるはずです」

「あ、ありがとうございます」


 制服で行かないと勝手に加入させられるのか……。ひでぇやり口。何はともあれ了承は貰えたから、明日行ってみることにする。

 制服があるとはいえ、デュリンは着いてくるのだろうか。いや、そもそも働く意欲が無いのだから、そんなことはないか。

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