災いは突然に

 異世界生活二日目。案の定ベッドと一体化を図ろうとしていたデュリンを引っ剥がし、職場であるギルド『エヴァーテイル』へと向かう。


「おはよー」

「あ、おはようございます、シンヤさんにデュリンさん。すこし遅かったですね」

「あー、うん。まぁね」


 職場に着き、最初の挨拶を返してくれたのは広報・勧誘担当のリアン。若干到着が遅れたことを指摘されてしまった。

 デュリンを起こすのもそうだが、実はちょっと道に迷ったのだ。昨日来たばっかりだからしょうがないと俺の中では妥協をしておく。

 それはそれとて、今日は総合マスターギルドとやらでギルドの正式登録をしに行くからな。準備は整えておかないと。


「ところでレンズさんとザインは?」

「ああ、二人なら登録に行きましたよ」

「えっ、マジで!? 俺らは行かなくてもいいのかよ」

「最低でもリーダーとメンバーが一人がいればいいので、私はこうして開店準備をしながらお留守番です」


 何ということか。どうやら二人はここにはいないらしい。

 まぁ、冷静に考えれば五人だけとはいえメンバー全員引き連れてくのも手間だしな。当然と言えばそうなるか。

 そうなると、二人が帰ってくるまで暇だな。それじゃあ、俺は本でも漁ってみようかしら。


「お腹空いた~。何かない?」

「そういえば朝がまだだったな」


 唐突に寝ぼけ眼のデュリンが空腹を訴えてきた。

 思えばまだ起きてから何も口にしてないな。ここは飲食店でもあるから、何か作ってもらおうか。


「リアン。ここの食事って俺らでも頼めるのか?」

「まぁ、はい。一応。お金は貰いますけど」

「じゃあ、お願いしてもいいかな?」


 この発言にテーブルを拭くリアンの手が止まる。


「……つ、作ります?」

「俺、料理の経験なんてほとんど無いからさ。デュリンはそもそも論外だし」


 雑草や段ボールをなるべく食べられるようにする技術ならあるけどな。あんまり自慢にはならないが。


「……わ、分かりました。じゃあ、ちょっと待っててください」


 そんなこんなで俺らの期待にリアンは答えてくれる模様。でも、何だろう。頼んでおいてなんだけど、あの厨房に向かう姿にそこはかとない不安を感じる。


「私、ここの料理結構好きかな。シンヤは?」

「ん? ああ。そうだな。俺もここの料理は美味いと思う」


 昨日の料理は美味かったからな。食事なら普通にここで摂りたいくらいだ。

 それにしても、この予感は一体何を示唆しているのだろうか。何かが起きる、そんな気がする。


 料理を待つこと約三十分。おずおずとした様子でリアンが運んできたのは、昨日俺たちが頼んだトーストとコンポート。見た目は普通に美味しそう。

 一体何故にリアンは心配げというか、不安な顔色を浮かべてるのかが分からない。まぁ、おおよそ上手く出来たかどうか心配してるのだろうけども。


「いっただっきまーす!」

「いただきます」


 カトラリーを使い、切り分けたトーストにコンポートを乗せ、それを口に運──。







「思ったより早く登録が終わって良かったですね」

「ああ、これでレイエックスの執拗な勧誘が無くなるな」


 総合マスターギルドへ自身が設立した新しいギルドの登録を終えたレンズとザインの二人。

 レイエックスからの嫌がらせから解放される喜びを噛みしめつつ、歩き慣れた道を進んで行くと見える自分の店。『エヴァーテール』という名を持つことが許された、この町有数のギルド。

 明日からより一層忙しくなるだろう──。そう嬉しさと若干の不安を心の内に秘め、店の表口を開く。


「リアン、ただいま──あっ!?」

「あっ、お姉ちゃん! 助けて! シンヤさんとデュリンさんが死んじゃう!!」

「な、なななな、えぇ!?」


 開口一番、レンズに投げかけられたのは帰宅を歓迎するものではなく、昨日入ったばかりのメンバーが命の危機に晒されているという全く予想だにもしなかった報告であった。





「酷い目にあった……」

「うちの妹が変な物を食べさせてしまって……ごめんなさい」

「ごめんなさい……」


 深々と頭を下げて俺に謝罪する姉妹。はは、まさかこんなことになるとはな。

 リアンお手製の料理を食べたまでは覚えてる。しかし、そこから先はかなり曖昧で気付いたら二階のベッドに安置されてたんだからな。

 なるほど。あの予感はこのことを指してたのか。うーん、直感は大事だな。


「そういえばデュリンは?」

「デュリンさんなら先に目を覚まして下で食事をしてます。あの料理を食べたあとなのに、すごい食欲ですね」

「ああ、まぁ……」


 流石は神様だな。俺と比べるまでもねぇや。

 それにしても二日目で死にかけるとはな……。勿論比喩だけど。元の世界では変な物を食べて腹痛に悩まされることは度々あったが、卒倒するとは思わなんだ。


「うう……、シンヤさん。私、なんて謝ればいいか……」

「そうだな。今回はお前が料理が下手だって見抜けずに作らせた俺に非がある。お互いに悪かったってことにしとこうぜ」


 これからは姉方がいる時にだけ注文しとこ。こういうのはもう金輪際お断りしたい。

 それはそれとして、レンズさんがいるってことは登録が終わったってことか。はてさて、結果はいかに。


「そういえば、登録の件はどうなったんですか?」

「ギルド設立に関しては許可が降りました。明日から依頼が持ち込まれるそうなので、本格的な活動は明日以降になります」

「明日かぁ……。ま、そんなもんか」


 無事に登録は出来たようだな。活動は明日からというのはギルドという職種上仕方ないか。

 うーん、リアン曰くでは討伐みたいなハードな依頼はあまり受け付けないとは言っていたが、それでも少し心配だ。俺、そこまで運動出来ないし。


「目を覚ましたか」

「ん? ザインか。あ、それ……」

「劇物を食わされた後の胃に普通の食事は出来ないからな。ただの粥だ」

「劇物って……ちょっと言い方酷くないですか? ザインさん」


 部屋をノックした音が聞こえたかと思えば、入ってきたのはザインだった。何やら俺のために消化にいい物を持ってきてくれたらしい。

 リアンに対する軽い暴言を吐きつつ、近くのテーブルに粥を置くとすぐに部屋から出て行ってしまった。


「そろそろ私たちも下に行きましょうか」

「うん、お姉ちゃん。じゃあ、シンヤさんはここで休んでてください。戻ったら制服の試着をしてもらいますからね」


 最後に説明がなされてから、姉妹も退室。部屋は俺一人だけとなる。

 そういえば腹減ったなぁ。あの食事からどれくらい経ったのだろうな。とりあえずザインが持ってきてくれた粥を食べよう。

 素手でも熱く感じない程度に冷まされた粥釜を持ち、付属のスプーンですくい取って口へ。


「……甘い」


 この世界の粥は甘めに味付けされるんだなぁ。美味しいけど。

 異世界の文化の違いを改めて感じつつ、俺は粥を完食。言われた通り、しばらく休んでいると、一階が騒がしくなったのに気付く。

 はて? また何かトラブルでも起きたのか? ちょっと確認ついでに起きるか。

 下への移動中にこの騒がしさが店外からの来訪者によるものだと察する。ちょっと面倒事の予感……。


「これが最後のチャンスにしてやる。今すぐにでもこのギルドを解体し、俺らの傘下にくだれ」

「何度も言ってますが、私たちはそんな気は一切ありません。お帰りください」


 何やらギルドリーダーが誰かと言い争いが起きてるな。しかも、相手の男声はどこか聞き覚えがあるっていうか、話の内容から人物の特定および団体が判明した。

 うわぁ、と思いつつ階段を降りてみると玄関には三人の男たち。うん、予想的中だ。


「うわ、レイエックス」


 案の定、このギルドにやって来たのはレイエックスのスカウトマンの模様。

 あー、マジかぁ。普通は他のギルドには直接勧誘に来れないんじゃないのかよ。この場合はあっちが約束破ったと見るべきか。


「ぬ! あっ、カシラ! あの奥!」

「あいつかぁ……!」

「ん、あ。やべ」


 一階に降りてきた俺の存在に気付いた取り巻きAが、それをカシラに伝えやがった。

 そういえば俺、あの人を不意打ちで後頭部殴って気絶させてたんだった。ずんずんとこっちに向かって来る様子見るに後遺症みたいなのはなさそうなのは良かったが、出来ればあのまま一生寝たきりでもいいと思う。

 ってか早く逃げないと。報復としてボコボコにされちゃうだろ!


「待て。これ以上の侵入はリーダーの許可が無い場合だと違反行為になる。暴力が理由ならもっともだ」


 俺のいるカウンターの奥に向かって突き進んでくるカシラをザインは身を挺してこれ以上の通行を止める。おお、なんかカッコいいなぁ。


「ふん。ならあいつを呼べ。昨日のことについて話がある」


 ぐっ……、やっぱりあの時のことを言いに来たのか。つまり、今回は俺が原因として起きたことってわけか。

 正直行きたくないが、これ以上メンバーに迷惑をかけるわけにもいかない。いざという時はそばにザインもいるから、要求通りに出てみるか……。


「な、なんの用だよ……。昨日のことならリアンにちょっかい出して迷惑かけてたそっちに非があるだろ……」


 しぶしぶカウンターから出てレイエックスのカシラと対面する。

 うわ、こうして目の前に立って見ると迫力がすごい。デュリンのやつ、内心はともかくこんなのを前にして怖じ気付かなかったな。


「……改めて聞くが、昨日俺の後頭部を殴ったのはお前だな?」

「それはそうだけど……。それはそっちがこのギルドの二人を勧誘しようとしてたからだろ。仲間を守るためにやった行為だ」


 強気に言ってみるがやっぱり怖いわ。だって相手の身長は俺より頭二つ分くらい高いから見下ろすように睨みを利かせている。『ゴゴゴゴゴ』っていう効果音見えるもん。

 早くこの時間が過ぎ去ってくれないかな~。そう心の中で祈り続けていると、不意にカシラが口元を緩めさせて小さく吹き出した。

 えっ、何ゆえ笑う? 


「面白い奴だ。俺とて勧誘を担当している者。ある程度なら一目でどんな人物かを見定めることは出来る。お前は俺を前に怖がっているが、それでも折れずに強気に出ている。そこが面白い」


 なんか色々と見破ってきたぞこの人!? やっぱり俺が内心で怖がってるって分かってやがったか。

 なんだか気に入られたっぽいけど、逆にそれがどうしたと言うんだ。……いや、このパターンは昨日見たような……!


「俺は強気な奴、勇気のある奴が好みだ。だから、そこの嬢ちゃん共々お前をレイエックスに勧誘スカウトしてやる!」

「な、何だって──!?」


 うわぁ、やっぱり。デュリンの時と同じじゃねぇか。

 病み上がりにはちょっと衝撃的な展開。まさか、新しいギルドの制服にすら袖を通していないのにも関わらず、大手のギルドからのスカウトを受けるとはな。


 どうなる、俺……!?

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