ギルド結成、そして自己紹介。

「帰った」

「ん? あ、ザインさん。お帰りなさい」


 誰かが入ってきたかと思えば、どうやらこのギルドの最後のメンバー、ザインがお使いから戻ったようだ。

 俺とデュリンにとっては初めて会う人物。顔合わせはしないとな。


「えーっと、俺はシンヤ、こっちのがデュリン。今日からこのギルドの新しいメンバーになったんだ。よろしく」

「よろしくね~」

「……そうか。よろしく」


 なんか素っ気ないな。まぁ、予想通りと言えばそうなんだけど。

 見た目は完全に怪しい人。顔はフードで陰らせており、肌は褐色。この町に来る前に会った商人さんみたいな人種なのかも。

 背丈は俺より若干高いくらいだが、細身なせいで一見女性にも見えなくない。しかし、声の低さは完全に青年男性のそれだ。


「……昼間にレイエックスに絡まれてたが、大丈夫だったか」

「あ、見てたんだ。襲われそうにはなったけど、野次馬の誰かが俺を助けてくれたんだ。無傷で済んで良かったよ」

「そうか。無事で何よりだったな」


 何だ、無愛想さとは裏腹にきちんと心配もしてくれるのか。でも見てたんなら助けてくれても良かったんじゃないか? リアンもいたし。


 この短い返しで俺らとザインの初会話は終わりの様子。玄関から移動するために俺とすれ違った瞬間に覗いた荷物の中身にある発見をする。


「レンズ、すまない。道中で腹を空かせた子供に一つレゴンを恵んでしまった。この分の埋め合わせは必ずする」

「あら、そうなの? でも大丈夫。一つくらいなら問題ないわ」


 レンズさんへ素材調達の不備に謝罪している中、荷物から取り出されたレゴンと呼んだ果実。それは、俺を襲った取り巻きAの顔面に直撃した物と同じ種類だったのだ。


 もしかして、あの時の支援はこの男によるものだったのだろうか? だとしたら、リアンの言ってたことは事実らしいな。


「さあ! ザインさんも帰ってきたことだし、今日はこのギルドが本当の意味で結成されたことを祝って、パーティーにしましょう!」

「パーティー! イェイ!」


 リアンがそう叫ぶと、デュリンがメンバー内で誰よりも早く反応を示す。ほーんと、食う寝るに関しては勤勉な奴だ。

 ん? それはともかくとして、ってどういうこと? ここ、ギルドなんだよな?


「なぁ、今のってどういう意味なんだ?」

「えーっと、実はギルドが正式に登録されるにはリーダーを含めた五人以上が必要なんです。五人未満の新規ギルドは『仮ギルド』という扱いで総合マスターギルドからの支援を得られないんです。一応個人運営も出来ますが、支援がないと手間も多くて切り盛りが大変なので……」


 そうなのか……。そりゃ必死こいてでも人を集めたくもなるわな。特にレイエックスみたいな連中がいれば尚更だ。


 そんなわけでいよいよ新生ギルドの正式加入パーティーだ。レンズさんお手製の料理が次々と運ばれてくる中、俺の役目は先走って飛びつきそうなデュリンを拘束することである。こいつには『待て』も覚えてもらわないと。


 ある程度出揃うと晩餐の音頭として新生ギルドのメンバーの自己紹介を改めてすることになった。

 うん、確かに簡単なのは初めて会った時にしてるしな。ちょっと聞いておくのも良さそうだ。


「まずはギルドリーダーの私から。レンズ・ローレントです。趣味特技は料理……くらいかしら。今後ともよろしくお願いします」

「次、私! リアン・ローレント。広報・勧誘担当です! よろしくお願いします!」

「……ザイン・バウンザー。派遣担当。以上」


 初期メンバーの挨拶はこれくらいか。次は俺たち新規組だ。

 あ、俺の使命とかって現地の人に言ってもいいのかな……? ま、大事な部分は言わなきゃいいか。


「俺は久保倉晋也クボクラ シンヤ。ちょっと色々あってデュリンこいつの教育担当をしてる」

「教育? でもあの時のデュリンさんは『召使い』だって……」

「んん……、最近の悩みはデュリンが勝手なことをして迷惑かける挙げ句、あらぬ語弊を振りまいたりすることです。正直一人じゃきついので、全員の協力を願いたいと強く思っておりますので、今後ともよろしくお願いいたします」


 もう汚染が確認されますねぇ……。最後に注意事項を入れつつ次へ。

 挨拶の取りを飾ることになったデュリン。いつもは俺が代わりに名前を言うのだが、今回は何もしないぞ。若干の心配はあるが、どう挨拶するか見届けるか。


「では改めて挨拶をさせて頂きます。私、デュリン・ゼイラルと申します。諸事情ありまして故郷を離れ、付き添いのシンヤと共に旅をしておりました。以後、お見知り置きを」


 軽い一礼の後、ぱちぱちぱちと小さい拍手が鳴る。どうやらこれで挨拶は終りを迎えた……のだが、それを忘れてしまうほどの衝撃が俺にはあった。


「……デュリン、お前そんな丁寧な挨拶出来たのか……。どっかで頭打った?」

「ちょっと! それどういう意味!?」


 意外だった。まさかあの怠惰な女神、略して惰女神があそこまで丁寧な口調かつ仕草で、まるでどこかの国のお嬢様みたいな挨拶を取得してるだなんて……!

 昼間の乱入といいい、今の丁寧仕草といい、まだまだ俺の知らないことは多いな。今後に生かそう。


 こうして全員の自己紹介が終わり、俺もデュリンも全員が出揃った料理に手をつけ始めた。異世界の料理に舌鼓を打つ中で、俺はふと気になったことを言ってみる。


「ちょっと思ったんだけど、このギルドに名前ってあるの?」

「あ~、名前ですか。実はそれ決まってないんですよ」


 実に意外な答えが返ってきた。決まってないってマジで?


「何故かは分からないんですけど、仮ギルドのままで名前を掲げて活動すると罰金らしいです。申請する時にギルド名を決めてようやく名前を持てるんですよ」


 そういう決まりもあるのか。ギルド作るってわりと厳しいな。

 創立初期は名無しでの活動を強いられる以上、知名度なんて上がらないから人が集まらないのも道理だ。


 でも、今回俺とデュリンが入ったってことは、名前を決められるってわけだ。ずっとここを『ギルド』呼びするのもアレだし。


「それで、名前は何にするのか決まってんの?」

「ふっふっふ、よくぞ聞いてくれました!」


 すると、席を立ったリアンはカウンターの奥から大きめのボードを引っ張り出して俺らの元に持ってくる。

 そしてボードには異界の文字がびっしり書いてあった。なんだこれは……全然読めねぇ。


「候補はこんな感じです。色々考えてはいるんですけど、どうにも決まらず……」

「こんなにあるのに決まってないのか」


 まぁ、俺にはどれを選ぶ以前に一切読めないんだけど。

 でも今の内に決めないとな。明日正式登録申請をするからなおさらだ。


「私、この『ディラセラム』っていうのがいいな」


 ふむ、デュリンはお気に入りが見つかったようだ──って、えっ。読んだ? 今こいつ、この世界の文字を読んだぞ!?


「デュリンさんはそれですかー。私的には三番目くらいなんですけどね、それ。シンヤさんはどれがいいと思います?」

「えっ、俺!?」


 や、やべー。いきなり話を振られたけど、この世界の文字が読めないなんて言ったらどんな顔されるか分かんねぇぞ。特にデュリンに知られたら弱みになっちまう。

 てか、あいつ何で読めるんだ!? 神様だからか? ちくしょう、ずりーぞ!


「え、えっと、そうだな……。俺は……」


 ど、どうする。箇条書きな上にばらばらに書き連ねられてるから位置で教えるなんて手法は至難の技。これまでか……!?

 そう途方に暮れそうになっていた、その時である。


「……僕は『エヴァーテイル』に一票」

「ん? ザインさんはそれにしますか。でも珍しいですね、いつもなら何でも良いとか言いそうなのに」

「本当は何でもいいんだがな。今回は気まぐれだ」


 唐突に挙げた一票に、俺に向けられていたリアンの目を引く。すると、不意に俺の足に誰かが小突いてきた。


 何だ? こんな地味ないたずらをするのはデュリンか──と思ったが、肝心の本人は料理に夢中だ。

 では一体誰が……なんて推理をすることなく犯人が判明する。


「…………」


 俺を見やる目線。それはデュリンを挟んだ斜め向かいの席から感じる。つまり、ザインからだ。

 え、何……? と思ったが、すぐに察した。


「……お、俺もそれ! 『エヴァーテイル』!」

「おお! シンヤさんもでしたか。じゃあ、これは二票と」


 何とか乗り切れたな。そうか、ザインは助け船を出してくれたらしい。


 でも、それはつまり俺がこの世界の文字が分からないのがバレたっていうことだよな? 何という洞察力。ちょっと複雑な気分だ……。


「『エヴァーテイル』はお姉ちゃんの案だから、これで実質三票……。一番多いですね。じゃあ、ギルドの名前は『エヴァーテイル』に決定ってことでいいですかね?」

「何だか可愛い感じの名前だね。私はそれでもいいよ」

「右に同じ」

「うふふ、頑張って考えた甲斐があったわね」


 メンバーからの反対意見はなさそうだ。自分の案が採用されたからか、リーダーも笑顔である。

 そういう経緯により俺らのギルド名は『エヴァーテイル』に決定。これで届け出を提出することになるだろう。


 そんなこんなで新生ギルド結成パーティーはデュリンとリアンのダウンによってお開きとなる。


「悪いな。気を使わせて」

「気にするな。僕たちは同じギルドの仲間だろう」

「へへっ、ありがてぇや」


 外はすでに真っ暗だったので、ザインが見送りをしてくれるとのこと。レイエックスの件もあるから、お言葉に甘えて俺はデュリンを背負って宿まで着いてきてもらうことに。


「そういやさっき、助け船を出してくれたな。あれは助かったよ」

「文字の読み書きは一般常識だ。勉強はしておくことだな」

「ぐっ……、やっぱりバレてた」


 ほーんと、鋭い洞察力だこと。そうだな、明日にでも何か参考になりそうな本でも探して勉強でもしてみるかな。デュリンにこのことがバレてしまう前に覚えとかないと。


 そうこう駄弁っていると、早くも目的地であるソラリオの夜島亭へと到着する。


「おやすみ」

「ああ、また明日な……っと!?」


 そんな短い会話の後に宿のドアを開けて入ろうとした時である。

 俺は段差に足をつけた瞬間、まさかのデュリンの寝返りによってバランスを崩して転びそうになったが、ザインは俺の左腕を掴んでそうなる結末に至るのを阻止してくれた。


 両手がふさがってたから助かったぜ。にしてもデュリンの野郎、俺の背中で寝返りを打とうとするとはな……。普通するかよ、そんなこと。


「っとと、危ねぇ。何度も悪いな、助けてくれて」

「……お前、腕に何か付けてるのか?」  

「ん? ああ、これか。これはここに来る前に友達がくれた腕輪だ。またいつか会えるようにってさ。まぁ、結局最後まで会えずじまいだったけど」


 偶然にもザインの掴んだ所にハウザーから貰った腕輪があったみたいだ。

 思えばあのやりとりをしたのも三日四日前っていう。わりと最近なのに、ずいぶんと昔のような感じるな。


「……そう、か。余計な事を聞いて悪かったな」

「気にすんなよ。そんじゃ、改めてありがとな。おやすみ」


 今一度挨拶を交わして、ザインとお別れだ。

 これで、やっと休めるな。あー、疲れた。本当、幸運とトラブル続出の一日だったぜ。


 デュリンを寝台に放り投げ、俺も寝る前に備え付けのミニテーブルの前で日誌を付けるとしよう。

 記録のページを開いて魔法陣の上に手を乗せて、はてさてなんと綴ろうか。


「たぶん、最高神も読むだろうからな。えーっと……」


『今日の日誌:

・初日からトラブルに見舞われた一日だった。町への移動中にデュリンが遭難したり、そのデュリンが喧嘩にしゃしゃり出たりと少し寿命が減った気がする。しかし、初日に職と移住先を手に入れられたのは最大の幸運であった。自分の知らないデュリンの発見もあり、今後に生かそうと考えている』


 ……ちょっと端折りが多過ぎたか? でもまぁ、こんなもんか。

 文章の内容を考え終えると魔法陣がうっすらと光り、すぐに消える。たぶん、記録し終えた証拠なんだと思う。


 さーて、日誌も付けたし俺も寝るか。あの馬鹿にベッドを使わせてるから、俺は荷物から出した毛布を纏ってそのまま床で就寝。

 室内に加え布団がある分、かつて送っていた生活に比べると贅沢レベルの寝具だな。良い夢が見られそうだぜ。


 こうして、俺とデュリンの異世界生活初日が終わる。

 明日からギルド員として日々を過ごしていく以上、デュリンの教育もしっかりしていかないとな。











 シンヤの見送りを終え、最後の言葉を交わす。宿の扉が閉じ、中から聞こえる足音が遠退くのを聞き覚えると、ザインはようやく帰路に戻る。


 暗黒の世界となっているサン・ルーウィンの町の裏路地を歩く者はいない。故に、彼は人目をはばかることなく口元を三日月の如く吊り上がらせた。

 シンヤの腕を掴んだ時に感じた硬い腕輪の感触を思い出しながら、裏路地を抜ける。


「本当に優しいなぁ。は」


 ギルドの誰もが目にしたことのないような妖しげな笑みを浮かべ、そのまま月光と薄明かるい街灯の導きに従って闇に紛れた。

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