至る二人の結論

 そこから何事もなく戻ってきたヴォーダンと午後の見学を終えて終了。いやぁ、色々と参考にもなったし、不覚にも有意義だった。そう、不覚にもな。

 なにはともあれ、ヴォーダン及びレイエックスには俺の意志は伝えた。後はエヴァーテイルに戻って報告である。


「それにしてもあのギルドは嫌~な感じがするなぁ。何が嫌かって言うと職員じゃなくて上司あたりがさ」

「うーん、俺の世界じゃあんなのばっかりだったから別に普通だと思うけど」

「は~、それが本当ならシンヤの世界には絶対に行きたくないわ~」

「そうだな。お前なら来て三秒で死ぬな」


 俺でさえ逃げるように辞めたんだから、デュリンはもってのほかである。

 そうこう駄弁っている内にエヴァーテイルへ到着。意志は決めたとはいえ、全員の前で悩む姿を晒した以上はなんとなく入りづらい。


「ただいま~」

「し、シンヤさん!? あ、その……お、お帰りなさい!?」

「何故疑問系なんだ」


 入ってからの第一声はリアンからだ。うーん、この慌て様。さてはここにはもう来ないって思ってたな。

 そして、俺らに気付いてか厨房の奥から現れる人影。ここのギルドリーダーのレンズさんである。


「シンヤさん、デュリンさん。お帰りなさい。レイエックスの視察はどうでしたか?」

「まぁ、そこそこ」

「そうですか。では、お話を聞かせてもらえますでしょうか。シンヤさんの答えも」


 普段からうっすらとした笑みを浮かべてるのがデフォルトだからか、今みたいな無表情の厳しい顔つきだと威圧感が出るなぁ。少し気圧されてしまいそうにはなってるが、約束はきちんと果たすさ。


 場所を移動し二階のとある一室。そこは応接間になっている。昨日俺が寝てたのもここの部屋の一角だ。

 妙な緊張感が漂う中、三人の注目を集める俺。なんとなく言いづらい雰囲気。


「まぁ結論から言うと、やっぱりあっちに行くのは止めてここに残ることにした」

「……! シンヤさん!」


 この答えにリアンの不安げだった顔は一気に明るさを取り戻した。そりゃ念願のスカウト成功者なんだから当然か。レンズさんもふっと笑みが戻る。

 俺はレイエックスではなくエヴァーテイルを選択したのだ。勿論理由だってある。


「確かに給料は大事だけども、実際に行って分かったんだ。レイエックスよりもここの方が居心地が良いって。それに、デュリンに出来る仕事はなさそうだったしな」


 創立したてのギルドの給料が少ないのは普通に考えて当たり前のことだ。最初から平均以上の給与を支払える会社なんてあるわけないし、まだ依頼の一つもこなしていないならばなおさら。俺はこのギルドに将来性を見てこの判断をしたのだ。

 デュリンもレイエックスのことは嫌ってるしな。ま、要は何事も自分に合った職場で働くのが一番ってことだ。


「でも、断ったってことは、レイエックスの人に何かされませんでしたか? ぱっと見では何とも無さそうですが……」

「それは俺も覚悟はしてたんだけど、別になんとも無かった。断るって言ったら、意外とあっさり了承してくれたんだ。んで、そのまま帰ってこれた」


 これは俺も驚いたもんだ。何せ黒い噂のある職場、もしかしたら闇討ち的なことでもしてくるのかとも思ってたけど、全くなんにも無いまま帰って来れた。

 一応心当たりは無くもない。多分、昼間の耳打ちが原因だろう。戻ってきてからは何となく心ここにあらずって感じっぽかったしな。ま、無事なら無事でいいか。


 それに、仮に暴力を振るうものなら規約ルールとザインが守ってくれる。そのこともあって安心だ。

 何はともあれ結論は出した。これからはこのギルドで働く以上は真面目にやらないとな。


「そんな訳で、今後ともよろしく。エヴァーテイルに貢献出来るように精一杯働かせてもらうよ。リーダー」

「はい、こちらこそ。シンヤさん」


 スッと手を差し出して握手。うん、これで本当の意味でギルドに正式加入したな。

 こうして見ると女ばっかりの職場だなぁ。いや、ちゃんと俺以外の男もいるけどさ、今は不在だからほぼハーレムじゃないか。


 ……ってか、そのザインはどこ行った? 入った時から姿が見えないが……。


「そういえば、ザインはどこ? 休み?」

「ザインさんはお昼頃に少し用事があるって言って出て行きましたよ。明日には戻るとかなんとか」


 ふーん、一体何用なんだろうな。だが俺には関係のないことであるのは違いない。余計なことに首を突っ込む気はないから今は気にしないでおく。

 これで、レイエックスからのスカウト問題は無事解決。もうすぐ夜が暮れるから、今日はここまでにして俺らは帰るとする。

 さて、明日からはエヴァーテイルの一員として働くんだ。しっかり寝て英気を養おう。


「そういえばデュリン。今更聞くのも何だけどさ、能力を下げられてるとか言ってたけど、お前あのテレパシーは問題なく使えるのか」

「うん。流石におじい様みたいな瞬間転移とか次元収納とかは出来ないけど、普通の魔法は問題なく使えるみたい」

「そうなのか。俺は何にも出来ることないから、お前みたいに自由に魔法が使えるのは羨ましい限りだ」

「へっへーん! そうでしょう、そうでしょう! もっと崇めてもいいのよ?」

「調子に乗んな」


 宿までの道のりを駄弁る中で、俺はふと空を見上げた。

 街灯はあるとはいえ、俺の世界みたいに光はそう強くない。おまけに気候とかも相まってか夜になりかけの空に浮かぶ星々がはっきりと見えるな。


 ホームレス時代に空を見上げることはしょっちゅうで、古典的ながら眠れない時は星を数えて眠気を呼んだもんだ。こうして見る夜空もあんまり変わり映えしないな。

 俺と関わった人は同じ空の下にいるんだと思うと、ちょっとだけポエマーの気持ちが分からなくもないって気分になれる。なんだか恥ずかしいわ。


「何立ち止まってるのー? 私、先行くよー?」

「ああ、待てよ。お前が前に出るとろくなことが起きない」


 ちょっと見とれてたらデュリンが俺の様子を窺ってきた。はいはい、また一昨日みたいな騒動に巻き込まれるのはゴメンだからな。

 先行こうとする女神の後を追うように、俺もいつの間にか止まってた徒歩を再開させた。











 同じ時間、別の地域。そこは、サン・ルーウィンから離れた場所にある森林。

 夜鳥の低い鳴き声と巨木の群生を背景に、簡易的なキャンプで焚き火を囲むレイエックスの隊が待機していた。


「カシラ。何で俺らは勧誘・広告担当なのに増援に出てるんですか?」

「おい、今回ばかりは仕方ないだろ。ギルドリーダーから直接言われたんだから」

「だよなぁ……。なんで非武装の俺らまで駆り出されてるのやら」


 複数名で構成されたその中には、勧誘・広報の役割を担っているギルド員が組み込まれていた。無論、その班長も同じくである。

 メンバー内からの不満も致し方なく、他の部署とも比べて高い報酬が支払われるとはいえ、危険に挑むのを強いられるのが討伐依頼。その増援をギルドリーダーからの命令で見学後に強制的に向かわされたのだ。

 ヴォーダンとて内心では疑問を浮かべている。確かに遠出の長期間任務とはいえそれでも別の部署から引っ張ってくる程の内容でもないのを知っていたからだ。


「……ただの駆除依頼のはずなんだがな。リーダー曰く、依頼を任せていた派遣隊の一人が酷く衰弱した状態で現況報告に来たそうだ。何でも目標ではないモンスターのような生物に遭遇し、依頼を遂行出来ない状態にあるらしい。仲間の助けもあって、なんとか町に来れたんだと」

「モンスターのような生物……何で断定しないんですかね?」


 その疑問も道理である。動物とモンスターを分ける基準となるのが中立か敵対性を持つかの二つ。遭遇して被害が出ているのならば、それはモンスターと言える。

 しかし、実際に教えられたのは『らしき生物』。何故かモンスターと断定されていないのだ。


「もしかすると、新種と遭遇したのかもな。何はともあれ明日には目的地に到着する予定だ。火は俺が見てやるから先に寝とけ」


 簡単な予想で話を締め、他のメンバーに休息を促す。

 ここでの無闇な憶測はメンバーの不安を煽るだけ。今はまずここまでを徒歩で来た疲れを少しでも癒すのが優先である。

 とはいえ火の番を志願した以上、起きてる間は退屈。故に例の話についての考えを巡らせる……そんな中、不意にそれは現れた。


「……!? 誰だ!?」


 他のメンバーが寝静まり、環境音が支配する森の中に突如として耳に届く足音。

 警戒すると同時に出した声に反応してか、音は止まる。

 こうした討伐依頼は久方ぶりとはいえ、戦闘センスが鈍ったとまではヴォーダンは思ってはいない。あの足音は間違いなく人のものだった。


 候補として挙げられるのは、やはり旅人や遭難者。次いで賊。あるいはモンスター。

 どの予想も可能性としては十分以上。警戒を解かずに他の仲間を起こそうとした、その一瞬の隙。


 ──謎の影は動く。隠密に、そして風の如く。


「しまっ──!?」


 隙を突かれて咄嗟に反応するも、すでには目前。そして、その姿を一瞬目に写した途端、ヴォーダンの身体は硬直する。

 まさか──と、刹那の思考。次の瞬間にはヴォーダンは顔面を鷲掴みにされていた。

 抵抗を試みるも、どういう訳か身体に力が入らない。おまけに自分の顔を掴む謎の存在は顔面を遮る指に隠れて拝むこともままならなかった。


「ぐっ……。お、お前、何者だ……!?」

「知らない方が身のためだよ」


 驚いたことに謎の存在は問いかけに応じた。それも、人間の発声と何ら遜色の無い流暢な人語。ただ、男と女の声が入り交じったかのような不気味な声であるが故に、どこか底知れない不安を感じさせる。

 そして、この状況に陥ったことによって、ヴォーダンは一つの結論に至った。


「なるほど、お前が俺の仲間を邪魔してるモンスターらしき生物か。なら……!」


 先の憶測はあながち間違いでは無かったらしい。同時にモンスターらしき生き物という曖昧な言い方だった理由も判明した。

 人語を解し、それを話す。掴む手は人の物、しかし人ならざる声と動き。この手の主は人か否か。

 迷う理由も無い。現状を見れば一目瞭然。


「お前は……敵だ!」


 そう判断を下した瞬間、ヴォーダンは奴の腕を掴み、拘束。すかさず前方に蹴りをかました。

 幾分か力が入っていない弱攻撃とはいえ、感触は上々。距離を置くために一度腕を離し、ようやく敵の全貌を拝むことになる。


「……痛い」

「そりゃそうだろうよ」


 小さな反応。周囲の暗さと正面の向きのおかげで未だに表情は分からない。だが、分かることが一つ。

 その影は華奢だった。まるで女性のようにも見て取れなくもないほどの矮小な体躯。しかし、平均よりも高い背丈。それを黒いローブに包んでいる。

 意外な容姿に内心では驚きつつも、構えは怠らない。いつでも反応出来るように半身の姿勢だ。


「お前……一体何の目的があって俺を襲った? 金か? それとも……逆恨みか?」

「両方とも違う。でも、一つ言えることはある」


 問いかけにも素直に応じる謎の影。そして、ゆっくりと正面をこちらに向ける。

 焚き火の光が陰った顔の深淵を照らした瞬間、ヴォーダンの脳裏に過ぎる面影。


「……お、お前は!?」

「人違いだよ。でも、本当はちょっと合ってるかな」


 刹那、姿を眩ました影は瞬時にヴォーダンの目前に移動。当人がそれに反応を起こすよりも早い一撃が鳩尾を打つ。

 

 倒れる巨体。風圧がローブの裾を揺らす。


「さっきの質問に答えるね。僕は楽しさを求めてるんだ。だから、君たちやその仲間たちには僕の遊びに付き合ってもらうだけだよ」


 気を失って聞こえていないというのを分かっていながら、わざとらしい説明をする影。何がおかしいのか口元に三日月のような笑みを浮かばせる。

 纏っていたローブを外してヴォーダンにかけると、あの二メートル近くあった巨躯は跡形もなく姿を消した。

 続けざまに他のメンバーらも同じようにローブを使い、数分もしない間に十数名ものレイエックスのギルド員はこの場から姿を消失させる。


「さぁ、準備は上々。開演はもうすぐだ。主演は、君だよ」


 影が思い浮かべるのは、この世界に来たばかりの異世界人。神を殺した罪により女神の更生を担われた男の姿。

 焚き火の光が照らすのは褐色の肌。長い黒髪を揺らしては空を仰ぐ。


「そして、ヒロインを演じるのは……ふふふ」


 天上に浮かぶ月を掴む素振りをすると、重力に従ってずり落ちる袖から腕輪がちらと覗く。

 月光を反射する黄金の腕輪。そっと触れると淡い光を生み出す。


「さぁ、約束の時だ。また会えるね、シンヤ君」

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