こっちのいざこざ、あっちのどたばた

穏和な日常を壊す手紙

「平和だぁ……」


 俺とデュリンがエヴァーテイルに加入してから早くも一週間。なんともまぁ、平穏な日々を送っている。

 別にギルド員としての仕事をしてないってわけじゃない。そこはきちんとやってるし、今も一仕事終わっての一服である。


「どうだ、少しはギルドの仕事には慣れたか?」

「ああ、おかげさまでな」


 ギルドの職務内容は受注した依頼の整理や処理を担当する事務担当。ギルド員を集めたり知名度向上を図る広報・勧誘担当。そして受注した依頼をこなしたりする派遣担当の大きく分けて三つがある。


 その内の派遣担当を任命された俺は、昨日までをザインの指導の下でやってきた。その甲斐あって俺はようやく仕事を一人でもこなせるようになったしな。


 慣れれば案外大したことはないってことにも気付いたし、前の世界で経験したことも役に立ってくれていた。人生、何事もいろんなことを経験しておくのがベストだな。

 もっとも、肝心な討伐依頼はネズミの駆除をザイン同伴で一件のみという始末。だから規模の大きめな依頼が舞い込んだ際は力にはなれないんだな、これが。


「それで、デュリンはまたか?」

「ふっ、そうらしい。まただ」

「あいつ……。まぁ、予想通りっちゃあそうだけどもさ」


 俺が仕事をしているということは、それすなわちデュリンも仕事を強いられているということ。だが、そう上手くはいかないのがあの女神だ。

 仕事をし始めてからデュリンは度々脱走を試みている。今回ので三回目だ。なんで逃げる気力を仕事に向かわせないのだろうか……。


「連れ戻そうか?」

「あ、別にいいよ。だってほら」


 ザインの親切な申し出は申し訳ないと思いつつ拒否。その理由は俺が見ていた外の光景に答えがあるからだ。


「にゅわ──!! 離しぇー!」

「駄目ですよ、デュリンさん! 仕事をほったらかしにしちゃあ」


「な?」


 ロープで全身をぐるぐる巻きにされた芋虫状態で連行されたのは、言うまでもなくデュリンである。

 この有様には流石のザインも困惑しているのも分かるな。うん、俺だって教育係として恥ずかしいわ。


「リアン、毎度悪いな」

「いえいえ、これくらいのことならお任せください!」


 惰女神を連れてきてくれたのはギルドの広報・勧誘担当のリアン。一応はデュリンの指導を担当を任されているのではあるが、実はデュリンの担当業務は決まってない。リアンはとしての指導担当になってもらっているのだ。


「あらあら、デュリンさん。ギルドに入った以上はお仕事の放棄は許されませんよ」

「げ、レンズ。い、いや~今回はその……ちょっと外の空気を吸いに……」

「では休憩はもう十分でしょう。さぁ、お仕事の続きを始めましょうか」

「い、嫌だぁぁぁ~~!!」


 表の声を聞きつけたのか、二階から降りてくるのはここのギルドリーダーであるレンズさん。デュリンのもう一人の指導担当である。

 そして、今の様子を見る限りだと今日は事務担当の研修中だったらしい。首根っこを捕まれて二階へと再連行されるのを静かに見送ることとする。南無三。


「お二人は今日のノルマは終わったんですか?」

「僕は終わった」

「俺はあと一件。つっても指定時刻までまだちょっとあるからさ」

「いいなぁ。私は今から休憩なんです。それが終わったら夕方まで仕事なんですよね……」


 仕事に慣れてからはこういう駄弁りも多くなったし、何というかこの何でもない今が楽しいって思い始めてる節がある。

 こんな気持ちになれたのは、もしかすれば初めてなのかもしれない。前の世界じゃ一度たりとも思わなかっただろうな。


「そういえばですけど、最近レイエックスの人を見かけたりしてませんか?」

「レイエックス? 何で?」


 しばらく会話していたら、リアンが唐突に切り出してきた。

 内容はあろうことかライバルギルドのレイエックスについて。おいおい、今度は一体なんだって言うんだよ。


「実は、ここ最近レイエックスの広報・勧誘担当の人たちを見かけてないんですよ」

「そりゃお前……この辺じゃない別の場所でやってんだろ。気にする必要はないと思うけど」

「いえ、私もしょっちゅう町中を歩き回るんですけど、それでも見かけないんです。まぁ、それはそれで気兼ねなく仕事が出来るので良いですけど……」


 一応は俺も記憶を辿ってはみる。直近の記憶といえば前の引き抜きの件くらいで、確かにレイエックスが仕事しているところを見たことがないな。

 ホワイト企業のレイエックスが何日も勧誘してないってことは、多分人手が十分になったってことだろうな。いくら大手とはいえ大人数の職員の給料を全て払うのは難しいはず。

 仕事に邪魔が入らなくなって良かったじゃん。ここから俺たちの追い上げが始まるってことだ。


「…………」

「ザイン、どした?」

「いや、僕もそのことを気にしていた。リアンの言う通り最近外回りどころか討伐に向かう派遣隊の姿もを見かけない」

「うーん、何かあったんでしょうか。まぁ、気にしてもしょうがないですけど」


 やっぱり人手過多になってんじゃね? でも、仮にそうだとすれば討伐担当の派遣隊も見かけなくなるのはおかしいよな。

 思考にふける俺らのギルド。すると、出入り口をトントンと叩く音が。


「客か?」

「僕が出よう」


 率先して確認に行ったのはザイン。謎の来客らしき者を待たせないためか、どことなく早足ぎみに駆けてった。

 ドアを開けてから数十秒ほどで帰還。そして、何故か手には赤い封筒のような物が。

 なんだそりゃ。依頼書か? 直接手渡すにしては妙に華美というか何というか……。


「ザインさん、それ……!」

「ああ、これはまずいことになった」

「……え、どゆこと?」


 え、何。なんで二人はそんなに驚いてんの? そんなにすごい物なのか?

 異世界出身、異世界育ちの俺にはさっぱり分からん。説明をしてくれや。


「……この手紙は総合マスターギルドから指名されたギルドに送られる特別な依頼書です。これを渡されたギルドは指定されたいずれかの担当職から数名を送り出さないといけません」

「そして、赤い色の封筒は『討伐依頼』……。つまり、僕たち派遣担当が選出される可能性が高い」

「えっ、嘘」


 マジで……? それってつまり、俺も送り出されるってこと?

 衝撃的すぎて驚くどころか無表情になってる俺。まだ入って一週間しか経ってない上に討伐依頼も一件だけしか経験のないのに、そんな荷の重すぎる依頼を任されるのか……。


「あ……、ちなみに降りるって選択肢は……?」

「よほどの事態じゃない限りは強制です。多分、入ってからの期間が短いという理由で不参加は通じないかもしれません……」


 終わった。俺のニューライフ。グッバイ、新しい人生。

 常々思ってたことが、まさかこれほどまでに早くやってくるとは思わなかった。というか新人とかも巻き込むのは止めてくれよ……。

 もはや絶望だ。せっかく楽しい日々になってきたというのに、いきなり崖に突き落とすような行為。総合ギルド、絶対許されない。


「とりあえず、これはレンズに相談だな。一旦店を閉めて会議だ」

「そうですね。内容によっては何日かかるかも分からないですし、予約とかも一度取り消さないと……」


 四つ這いで落胆を現にする俺をよそ目に、いそいそと準備を始める二人。

 ザインはともかく、戦力的に俺の存在は駄目だろ。くそぅ、こうなったらレンズさんの判断に祈るしかない。


 そんなこんなで一時閉店するエヴァーテイル。二階で事務作業中のレンズ──と死んだ目のデュリンも──と話し合いとなる。


「派遣担当の二人を向かわせるのを了承します」

「うわああああああ!!」


 望みはあっさりと打ち砕かれた。


 普通そんなあっさりと決めるかよ!? たたでさえ戦闘経験の無い俺が行ったら死んじまうって!

 流れる様なフラグの回収に内心で絶叫。というか普通に声に出して絶望を嘆いてしまってた。


「確かにこのギルドの戦力を鑑みるに我々の戦力は他のギルドと比較しても微力であることは間違いありません。ですが、逆に言えばこれはチャンスでもあります」

「チャンス?」


 どうやらこの決定には何やら狙いがある模様。一体何が目的なんだ?


「総合ギルドからの依頼は強制力が強い代わりに多額の報酬が用意されます。ましてや討伐依頼。つまり、この依頼を受けて無事に帰ってこれさえすればそれで良いのです」


 要はお金欲しいから死ぬ気で頑張ってこいってこと? それはそれでひでぇや。

 うーん、でも確かに多額の報酬がもらえるってのは良いなぁ。エヴァーテイルは非武闘派の穏和なギルドだから、討伐依頼をあんまり受け付けない。高い報酬を得るにはこういうのは積極的にやっていかないとな。穏和なギルドだけど。


「シンヤ。僕だって特別依頼の経験は無い。お前の心配も分かる。だから、もしもの時は頼ってくれても構わない。そうしたら全力で守る」

「ザイン……!」


 うおお……何だこのイケメン。あまりにも聖人過ぎでは? 俺が女だったら惚れてる自身アリだわ。

 こう言ってくれてるのだから、ちょっとアレだけど行くしかないよな。覚悟決めて、命燃やすつもりで行かないと。

 便箋びんせんに綴られた内容を改めて確認するレンズさん。その表情がどことなく不安そうなのは、読み直してる手紙の中にある。


「でも……不安要素は強いですね。なにせこの依頼書はのギルドリーダーの名義で提出されてますから、最近の活動低下に何か関係しているのかもしれません。くれぐれも気を付けてください」


 最近、レイエックスが活動しなくなったという話。そして、依頼人の名義。これで因果関係が無いなんて言われても信じられないだろう。

 そこはかとなく感じる悪い予感。何事もなく終わればいいんだけどな……。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る