囁きかける声

 翌日、俺たちエヴァーテイルは他のギルドと合同で探索に出ることになった。

 組むことになった相手は男五人編成の武闘派ギルド『ペイングルス』。何でもレイエックスには及ばないものの、町ではそれなりに名のあるギルドとのこと。俺は全く知らなかったけど。

 武闘派ギルドがいるから、もしもまたあのモンスターが現れても安心出来る。勿論過信も出来ないけどな。


「それでよ、シンヤ。お前、昨日の夜どこに行ってたんだ?」

「え? あ、ああ。あれね。ちょいと用足しに……」


 獣道の移動中、ふいにライバンが昨日の夜に俺がキャンプから抜け出してたことを話題に出してきた。

 どうやらバレてたみたいだな……。この調子じゃあ、おおかた他のメンバーらにもバレててもおかしくないな。とりあえずトイレに行ってたと誤魔化しておこう。

 最高神との会話を聞かれてなかったか一瞬心配になったけど、あれは確か念話だったから聞かれてる心配はいらないか。


 それにしても、やっぱり気になるのは昨日最高神が言った第三者の存在だな。あの人の目をすり抜けてこの世界にやってきたのだと言うのだから、まず間違いなく俺やデュリンでは相手にもならないだろう。

 目的が分からないだけじゃなく詳細も不明ときたもんだ。天界側からの手助けがあるまで大人しくするしかあるまい。

 そんなことを思いつつ森を進んでいくと、先導をしてたペイングルスの人たちが急に足を止めた。なんかめっちゃ嫌な予感が。


「……端末の反応が切れた」


 という声が前の方から聞こえた。ふむふむ、なるほど。

 ちなみに、俺ら先遣隊の探索などの遠出をする班は迷わないように拠点の位置を常に示す魔法端末とやらを渡されている。勿論、エヴァーテイルもそれを持ってた。今は別の班に編成されるにあたって返却したけど。

 今回の出来事はその端末が反応しなくなったとのこと。それ即ち拠点にはすぐに戻れなくなったという意味。当然、これ一機のみの所持である


「遭難……か」


 うわぁ……、またまた既視感が俺んとこにやってきたな。そういうのもういいから。

 連日の不幸っていうか、ツいて無さのおかげか事態の深刻さを理解しつつも冷静になってしまっている俺。なんか、特別依頼を受けてからあんまり運がないな、自分。

 しかし、こんな状況になっても他のメンバーは誰も慌てない。流石は先輩ギルドである。


「と、とりあえず引き返そう。端末の示していた方向が正しければこのまま真っ直ぐ戻れば拠点に着くはず」


 冷静な思考と判断で、俺ら混成捜索班は引き返すのに決定。当たり前だが異論は出ない。俺としてもレイエックスの遭難者には悪いが身の安全は優先したいしな。仕方ないね。

 そう納得して帰路を辿っていた最中、ふと何かが俺の耳に届いた。


『……シンヤ』


「……なんだ?」


 それは確かに聞こえた。かなりのウィスパーボイスではあったが、誰かが俺の名前を呼んだ……気がした。

 隣のライバンかとは思ったが、思い返せばさっきの声は女性っぽい感じ。流石のライバンでも変声の技術があるとは思えないし、あってもやる意味がない。

 もしかしてただの幻聴だったのか……? そう信じたかったが、事実は小説よりも奇なりという。


『……シンヤ、シンヤ。こっち』


 ……いや、ちょっと待てや。俺、ホラー系の怖いやつが苦手なんだけど。

 しかし声は明らかに俺を呼んでいる。ああ、やめてやめてマジで止めルォォ! 


 流石に怖じ気付いた俺は耳に手を当てて聞かざるの姿勢。しかし、驚いたことにこの声のようなものは耳に届いていたものではなく、頭の中に直接響いてる感じのアレだった。

 デュリンのテレパシー、あるいは念話的な……。


「まさか……!?」


 いやいやいや、そんな訳あるまい。まさかデュリンがこの森に来てるなんて絶対にありえない。

 だってあいつは最高神みたいな瞬間移動は出来ないって言ってたし、そもそも面倒くさがりなアイツが何を目的にここに来るというのか。神に誓ってありえないと言える。

 仮にテレパシーでこれを送ってるとしても、一体どこへ誘導させようとしてるんだ? 明らかに嫌な予感以外しないんだけど!?


『……シンヤ。早く、こっちに』


「んああ! 止めろ、バカ!」


 三度目の声が聞こえた時、俺は思わず声を上げてしまう。当然、周りは俺の状況がどんなものなのかを知る由もない。


「ど、どうした!? あと急にバカってどういうことだ!?」

「あっ、え?」


 突然の奇声はメンバーからの注目を浴びるには十分過ぎるものだったらしい。ライバンもペイングルスの人らも、全員が俺の方向を向いている。

 ちなみに、いつの間にやら俺の足は止まってたみたいで、他のメンバーは俺の少し先を歩いていた。

 ……やっぱりこの声は俺にだけ聞こえてるみたいだ。ほんとにホラーは止めて欲しいんだがなぁ……。


「ご、ごめん。実はさっきから変な声が俺を呼んでるんだよ。まぁ言っても信じられないだろうけどさ……」

「声……? どんなだ?」

「なんか女の人っぽい。頭の中に響くような感じ」


 詳細を聞かれたので、とりあえず正直に話しておく。こんな異常事態が連続して出るっような森だ。変に秘匿して後々に影響が出てしまうようなことは避けたいしな。

 大ざっぱに内容を伝えると、ライバンは班の先頭にいるペイングルスの代表と何やら話を始めた。もしかして何か気付いたことでもあるのだろうか? ちょっと怖いなぁ。

 と、その時だった。また俺の頭の中に例の声が。


『シンヤ。君がこっちに来てくれるなら、君らの探し人がいる場所を教えてあげる。だから、こっちへ……』


「何……?」


 あの謎の声は俺に何やら交換条件的なのを突きつけてきた。なんか、急に現実的な要求をされるとはなぁ……。

 内容は俺の身柄と引き替えに、多分レイエックスのギルド員のことを言ってるのかは分からんが、探してる人の所を教えるとのこと。


 どうする……? こんなの怪しさが極まれりじゃねーか。こんな幽霊か何かかも分からない奴が出す条件を易々飲めるかっての。しかも交換条件は俺だし。

 でも、条件としてはそう悪くはない──とまでは言えないが、俺一人と引き替えにレイエックスが全員助かるのだと仮定するとかなりの良条件では? 勿論俺は納得しないけど。


「嫌だね……。例え周りが行けって言っても、俺は行かねぇぞ。ギルドとの約束は破れねぇからな」


 そうだ。遠征前にギルドリーダーから無事に帰って来れればいいって言われたんだ。今はザインがいなくても、必ず連れて帰るつもりだ。

 ましてや最高神との約束がある。最後までデュリンの成長を見届けて更生を完遂させる。それだけは絶対に破れない。だから、この提案には乗れない。


『……そう。じゃあ、仕方ない』


 俺の回答をどこかで聞いているのか、声には落胆の色が見られる。つーか普通に会話になり始めてるんだが。こうなるとホラー感がなくなるな。

 もう正体が幽霊とかじゃなく、勿論デュリンという可能性が消え去った今、相手は実体のある存在だということは何となく分かっている。ただ、この感じる嫌な予感は何だろうか。とても……不穏だ。


『君が来てくれないなら、よ。それを条件に君が来てくれればいい』


「か、代わり? ……まさか!?」


 声が出した新たな条件。それを耳にした瞬間、俺の背筋に氷を入れられたかのような悪寒が走る。


「うわあああああ!? な、なんだこれェ!?」

「ッ!? み、みんな!?」


 突如として聞こえた悲鳴。その方向を見た瞬間、俺に衝撃が飛び込んできた。

 それは、薄暗い陰が支配する空間の中、一人一人の足下に黒の絵の具をぶちまけたかのように染まった不気味な影。それに沈み込んでいたのだ。

 まるで底なし沼にでも入ったかのようにズブズブと沈んでいく様子をみて、俺は自分の足下を確認する。だが、俺のは周りの景色に溶け込んだ普通の影だった。


 ──まさか、俺のって……!


 ハッと気付いた瞬間にはすでに俺以外の全員は太股まで捕らわれていた。


「おい! 大丈夫か!?」

「だ、駄目だ。くっついたみてぇに抜け出せねぇ!」


 一番近くにいた班員の救護に向かうが、当人曰く脱出は困難とのこと。一体どうすれば……!

 次の瞬間、ゆっくりと沈んでいった身体が急に深く沈み込んだ。おいおい、もう胸の位置だぞ。もう完全に沈み込むまであと僅かだ。


「……シンヤ! こっち来い!」


 救護に手間取っていると、どこからかライバンの声が。唯一の同じギルドのメンバーが俺を呼んでいる。

 目の前のメンバーを見捨てるような形になってしまうのはちょっとアレだが、正直もう助けるのは難しい。心は痛むが、彼は置いてライバンのいる方へと向かう。


「うぐぅ……、シンヤ。お前は……平気みたいだな」

「ああ。でもライバン、俺はどうすればいい? そこまで沈んだらもう助けられない。俺一人じゃ無理だ」

「ふっ、だろうな。だが、おそらく他に人がいても助けられない。だから、お前にこれを」


 そう言って俺に何かを渡してきた。それは拠点の位置を示す魔法端末とネックレスのような鉄製の装飾品。

 おいおい、まさかとは思うけど、このネックレスって……! おい、止めろ! 俺でさえもこれが死亡フラグだって知ってるんだぞ!

 物を渡し終わると、身体はさらに一層沈み込む。もう顎下まで迫って来ていた。


「お前は……拠点に戻ってこのことを伝えろ! お前が無事なだけまだチャンスはあるからな……」

「でも、この端末故障してんだろ!? それに……」

「黙って持ってろ! ……それと、レンズによろしくな……」


 その言葉を最後にライバンの頭は影に完全に沈み込んだ。唯一飛び出ていた腕を咄嗟に掴むも、一人じゃなにも出来ない俺には引き抜くことはおろかこれ以上の進行を止めることすら出来なかった。

 ものの数十秒で他のメンバーも影に飲み込まれて跡形もなく姿を消す。薄暗い森の中は野鳥の声などの環境音が聞こえるのみ。


「また、何にも出来なかった……」


 俺は自分の無力さに打ちひしがれるだけだった。ザインを失い、ライバンも一つのギルドさえもたった今失った。最初の条件を素直に飲んでいればこうなることは無かったと思えば、この絶望感は凄まじいことこの上ない。


 だが、まだ希望が残ってるのも事実。あの声が言ってた、俺を条件にすれば探し人の居場所を教えると。そして俺のという言葉も気になる。

 俺が行けばみんなは助かる。これは間違いないだろう。この一連の出来事を起こした犯人の狙いは『俺』らしい。


「……あ、端末が直ってる」


 どうやら運命は俺に動けと言ってるようだ。そうだな、まずはライバンの言ってた通り、俺が拠点に戻ってこのことを話さないとな。

 大丈夫、孤独には慣れてる。単独行動は前の世界では当たり前だったし、状況が状況だが問題はないだろう。

 待ってろよ、ザイン、ライバン。そしてその他大勢。今、助けてやるからな。

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