真意と行動は必ずしも一致しない

「…………」


 その日の晩。デュリンは眠れずにいた。

 普段の自分ならば到底ありえない出来事。ベッドに横たわれば五分以内に睡魔を呼び寄せられる自信もある上に宿屋のベッドと比較しても質の良い物にも関わらず、この日だけはいやに目が冴えて仕方がなかった。

 何故こうなってしまったか。その理由は明らかである。


「みんな、本当に無事なのかな……」


 昼間の客。自分と同じ人ではない存在が教えてくれた情報。仲間の一人が犠牲になりつつあるという話が原因で間違いはない。デュリンはあの神族の発言にあった言葉に一抹の不安を感じ、不眠に陥っていたのだ。

 もしかすればザインかもしれない。あるいは最近入ったばかりのライバンか。しかし、彼らよりも失いたくない人が先遣の隊にいる。


「……シンヤ」


 久保倉晋也。神を殺めた罰により教育担当を任せられたただの人間。デュリンにとって、奇しくも運命に結びつけられた相手だ。

 デュリンにとっては絶対に失いたくない存在。異体のみとはいえ肉親である最高神を殺めた男。しかし、そうなるようにしてしまったのは紛れもなく──


「デュリンさん」

「──!? あ、レンズ……」

「どうしましたか。眠れてないみたいですけど」

「あ……はは、ごめん。やっぱり気になっちゃって……」


 思考に耽る最中に声をかけてきたのはレンズだ。どうやら様子見にに来たらしい。

 デュリンは現在、ギルドの二階にある部屋で寝泊まりをしている。シンヤがいないのもそうだが、やはり昼間に起きた件が理由に大きい。


「……眠れない時は温かい飲み物が一番です。一緒に何か飲みましょう」


 そう誘われたデュリンは何も言わずにベッドから出て、一階へと降りる。

 カウンター席へと座るとレンズは厨房に入って作業に移ると、ものの数分でそれらを済まして戻ってきた。


 出されたティーカップには赤っぽい色の飲み物が入っており、一見しただけではただの紅茶のようにも見えるそれをちびちびと口に含め始める。

 やはり、感覚的には紅茶に近い。しかし、それと比べると後味は全く異なる味わい。天界でもこのような物は飲んだことがない。特別冷えていたという訳ではないが、身体が暖まっていくのを感じる。


「……おいしい」

「私のとっておきが気に入られてなによりです。私たち姉妹だけが飲める高級品ですから」


 思わずしたり顔のレンズ。まるで子供のような無邪気な表情に普段の沈着さは微塵も感じない、初めて見る表情だった。

 意外な一面を知れたことに安心した一方、別に疑問が浮かぶ。


「そんな物をどうして私に……?」


 何故にレンズとリアンの二人だけが飲むことを許された高級品を、あろうことかよその預かりである自分に飲ませてくれたのか。

 そんな疑問に、レンズはすぐに答えない。何度かカップに口をつけてからようやく話を始める。


「……デュリンさん。あなたは私とライバンの関係が気になってましたね。今夜は特別です。他の誰にも口外は厳禁ですよ」

「それってどういう……?」

「ライバン・レミアス。私の恋人だった人。彼は一度、不慮の事故に巻き込まれています」

「事故……!?」


 レンズが回答の代わりに答えたのは、ライバンとの関係性についてだった。

 それがデュリンの問いを解決させる話なのかも、何故に今それを話す気になったのかは分からない。だが、常々気になっていたことの全てを知れる機会が巡ってきたことと、今の自分に何かしらの関係があるのだということは理解出来た。

 そして、話の内容は続く。


「事故の後、ライバンは私たちの前から姿を消しました。おまけに当時の私は彼と喧嘩していたこともあって、事故に巻き込まれた死者の数を知った時はリアンにも迷惑をかけてしまうほどに落ち込みました」

「そんなことが……」

「ですが、事故の二年後に彼はあろうことか夢を叶えて私たちの前にさも当然とばかりに帰って来たんですよ。心の隅であの日のことを後悔しながら暮らしてた私たちの気も知らずに」


 レンズは苦笑しながら語りつつ、二杯目の準備を慣れた手つきで行う。

 デュリンもすでにカップの中身を飲み干しており、どうやらそれに気付いての準備らしく、何も言わずにデュリンのカップに二杯目を注ぐ。


「……あの日のことを引きずっていた私は素直に彼を迎え入れられませんでした。いえ、昔だけじゃなく今もそうです。どうにも今の彼を見ると思い出してしまうようで……。ついきつく当たってしまうようになりました。癖になりつつあるようです」

「でも……嬉しかったんだよね。死んだと思ったら生きて帰ってきて」

「はい、勿論。好きな人ですから。……実は今でも、ね」

「え!? 何々、最後のやつ、何て?」


 最後の方は小声ではあったが、デュリンの耳にはしっかりと入っていたらしく、ずいっとカウンターに身体を寄せて再度の証言を得ようとする。

 そんなデュリンを見て慌てることなく小さく微笑むレンズ。


「もう元気になりましたね。ではこの話はここまで。これ以上の夜更かしは駄目ですよ」


 と言って話を切り上げるレンズ。これには当然デュリンから「えー」という落胆の声が上がる。

 しかし、そこには最初のような淀んだ空気は無く、いつもの明るさが存在する普段の姿を取り戻していた。

 カップも下げられ、後片付けをレンズが引き受けた以上、今のデュリンに出来るのは二階に戻って睡眠の再開に挑むことのみとなる。


「ありがとう、レンズ。何だか少しだけ気が晴れた気がする。じゃあ、おやすみ」

「はい、おやすみなさい。また明日」


 最後の挨拶を交わし、二階の部屋に戻るとベッドに潜り込んで枕に頭を預ける。真っ暗闇の中、デュリンはあの時に受け取った紙片を取り出した。

 魔法で光を灯し、それを今一度確認する。


「……捕縛陣。あの人が言ったことが本当なら、これはシンヤのいる所に繋がってるはず」


 自身の怠惰を自覚していても、生まれ故郷にある物全てを知らない訳ではない。デュリンはあの時の神族から渡された魔法陣がどんな物なのかを理解している。

 現在、シンヤらがいる場所は危険な場所。聞く話によれば正体不明のモンスターが出現しているという。捕縛陣これはその場所に向かうために用意された。使えば簡単に戻れないよう、あえて一方にしか行けない召喚陣をだ。

 行くべきか、行かざるべきか。その判断は自分にある。


「…………ごめん、シンヤ」


 魔法の光を消し、再び暗黒に支配された部屋の中でデュリンは呟いた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る