最高神は動かない

 ザインの失踪から数時間後、先遣隊長を勤めているレイエックスのギルド員から全てのメンバーにこのことが伝えられた。

 当然、この報告に隊の空気は暗くなる。それも当然だろう。初日にして早速被害者が出たんだから、そうなるのも訳ないか。


「もう出たのか……」

「明日になったらまた一人出たりしてな」


 身も蓋もない憶測も飛び交いつつある中で、俺は半分完成していたベースキャンプの休憩スペースで横になっている。

 そりゃ、一面が血の赤色に染まった光景なんてテレビの中のドラマかマンガくらいでしか観たことがない。やっぱり事件現場で証拠を探す警察官ってすごいんだなってふと思ってしまったくらいだ。


「おい、シンヤ。飯だぜ」

「うん……。後で行く」

「そう言って本当に後から来たら全部無くなるぞ。食えるときに食わねぇと後悔するぜ」


 寝ている俺にライバンが声をかけてきた。どうやた今日の食事が出来たらしいな。

 でも生憎今は食欲が無い。でも、ライバンの言う通り少しでも食べないと後々つらくなるのは理解してる。だが、それでも動く気すらしねぇ。


 すると、後ろからため息が聞こえたかと思うと、いきなり身体が持ち上げられた。犯人は勿論ライバンだ。

 この行動に至った理由は聞かなくても分かる。一応は仲間だからな、無理にでも食わせるつもりだ。なんだかんだで優しいなぁ。


 そんなわけで休憩スペースから今日の食事の配給が行われている場所に強制連行。今日の献立は巨大な鍋いっぱいに満たされたキノコのスープ。そしてどこの班が捕ったのか謎の動物の肉。わりとガッツリ系だ。


「お前が寝てる間に俺らのギルドが明日することは聞いておいた。とりあえずは他の班と合同でザインも含めたレイエックス員の捜索をするそうだ」

「そっか……」


 配られた食事をちまちまと食べてたら、ライバンが明日の予定を教えてくれた。

 たぶん、合同になったのは俺への配慮かもしれない。こんな状態じゃあチームプレイが重要になる拠点作りには不相応だと判断したのかもな。

 にしても今食ってるやつ結構イケるな。スープのスパイスに食欲増進みたいな効果があるのか普通に胃に入る。うん、美味しい!


「あ、そうだ。あの場所を調べた調査班が見つけた物があったんだ。魔法が出来る奴が試してもなーんにも反応しなかったから、ただの落書きだって言われて渡されてたんだ」

「これが……?」


 先に食器を空にしたライバンは何かを思い出したらしく、鎧に付いてたポーチから紙片のような物を俺に渡してきた。

 なんだこれは? 表面には魔法陣みたいな円形の絵が描かれてる千円二枚分くらいの大きさの紙。ほんとに何これ? つーか俺、魔法も無理なんだけど。


「何か分かるか?」

「……ん? そういえばこの魔法陣、どこかでみたことあるかも?」


 よーく見てたら気付いた。この紙に描いてある魔法陣の既視感、少なくとも直近一週間内で見た覚えが。

 何だったかなぁ……。天界にいた頃は転移する時とかででっかいのを見た記憶はある。でもそこまで大きくなかった気がするんだよなぁ。


 うーんと悩んでいたら、ふと思い出した。一番近い記憶で見た魔法陣を。そして、それが描かれてる物を念のために持ってきてたんだ。

 確認のために急いでベースキャンプに戻り、エヴァーテイルの荷物を漁る。


「あった、魔導書。確かこれの……」


 そう、最後に見た魔法陣が描かれている物というのは、惰女神更生日誌こと魔導書だったのである。これの最初のページに……。


「……やっぱり。ほとんど同じだ」

「どうしたどうした。なんか分かったのか?」


 ビンゴ。あの紙片に描かれてた魔法陣は俺の魔導書に描かれてる物と形状とかがとても似ていた。

 勿論完全一致という訳じゃないが、同じ模様も描いてある。偶然にしては不自然極まりないレベルだ。間違いなく、この紙片は魔導書と関係がある。


 しかし、疑問も出てくる。この本の存在は俺とデュリンしか知らない上にデュリンはこれが天界と唯一連絡が可能な手段であることを知らないはず。ましてやこんな大事な物を他の誰かに見せるどころか触れさせた記憶もない。あ、ヴォーダンの時のアレは別な。関係も無さそうだし。


 もしかして俺の知らない間に見られたか? それともこの世界の魔法陣は全部同じような形をしてるのだろうか? 無いとは思うが俺ら以外の天界からの第三者? うーむ、分からん。


「おい、結局何が分かったんだよ」

「何も分からん! ただ、この紙の魔法陣が俺が来た場所に関係あるやつだって分かった。それ以外はさっぱり」

「お前が来た場所? つまり故郷のことか?」

「まぁ、故郷っちゃあ故郷……になるかならないかと言えばならないだけど、とにかくこれは俺が取っとく。もしかしたら状況を打破出来る手段になるかも」


 これが天界由来の魔法陣なら、詳しい人を知ってる。ちょうど今日の分でその人との会話が出来る頃合いだ。その人に聞いてみることにする。

 そして、その日の晩。寝静まるキャンプから抜け出し、火の番の目を盗んで俺は一人森の闇に隠れて事に至る。


『今日の日誌

・諸事情あって、久保倉晋也は今、デュリンとは別行動をしております。デュリンは信頼出来る現地人に預けております。様子もいつも通りで、時折逃げ出しはしますが少しずつ仕事に慣れさせています』


「まぁ、こんなもんでいいだろ。後はっと……」


 魔法陣が本日の書き込みを記録し、いよいよ本題へ。何ページかめくって確認をしている内にたどり着いたページの下部に、ご丁寧にも日本語でやり方が書いてあった。素晴らしい配慮である。


「んー、どれどれ。『念話をしたい相手の顔と名前を考えながら、念じる』……。こうか」


 説明通りに最高神の顔を──って、俺、あの人の本名知らないわ。まぁ、デュリンの名字を隅に思いつつ普段通りの呼び方で考えてもいいか。

 しばらく念じていると、頭の奥から何やら音のようなものが。うーん、よく分かんねぇな。もっと強く念じてみたら、だんだんと聞こえてくるように。

 なんだぁ? 歌……っぽいな? さらに念を強めてチューニングをすると、はっきりとした音の正体を捕らえた。


『──スっペース・イン・カム・レッディー♪ あの星のきらめきは私の──』


「…………」


 音の真実を耳にした瞬間、俺は無意識に念話を落とした。うん、聞かなかったことにしよう。

 だって普通信じられねぇだろ、無理矢理出したかのような掠れた高音域の男声が何かのアニメソングを熱唱してるのが俺の頭の中にダダ漏れだなんて……。


「……もう一回かけてみるかな」


 たぶん、通信ミスだったと信じてもう一度通信を再開。


『──久しいな、久保倉晋也よ。君が綴ってきた日誌はしっかりと目を通させてもらっている。我が孫娘は少しは成長しているかね?』

「お久しぶりです、最高神様。デュリン様は相も変わらず面倒臭がりな点は変わりませんが、再び仕事という物に触れ始めております。僅かずつではありますが、成長をしているかと思います」


 うん、今度は普通に俺がイメージしてる感じの最高神の声が。やっぱりさっきの歌声は気のせいだったんやな!

 それはそれとて、すぐに本題に移ろう。一時間しか念話は持たない上に、俺自身の睡眠時間も削られるのはいただけない。


「最高神様。今回の念話をした理由なのですが、魔法陣についてお聞きしたいことが」

『魔法陣か。その世界では君の世界で例えるならCPUなどのような回路のような扱われ方をされているが……』

「あの、ご説明を遮るような形になって申し訳ないのですが、実はかくかくしかじかで……」


 俺は早速、今日起こった出来事や例の紙片に描かれた魔法陣のことを説明する。

 といっても、説明に自信が無いから重要な部分だけを手短に。あっちも何も言わずに聞いてくれている。


「……ということがありまして、最高神様の叡智を授かりたく思い、この念話をさせていただきました」

『…………』


 説明を終えたものの、最高神は何故か無言だ。ちょっと怖いって……。

 びくびくしながら応答を待っていると、軽い咳払いが。そして、やっとのこさ最高神が言葉の続きを言う。


『晋也よ。その紙片とやらをこの魔法陣に乗せることは可能か?』

「一応は……」

『では頼む。魔法陣が描いてある面を下にな』


 何やら例の紙片を本の陣に乗せろとのご命令が。言われた通りに乗せると、魔法陣がスキャナーみたいに下から上へと通り過ぎるように光る。

 そして、再びの無言タイム。今度はそれほど長くは続かず、すぐに返答。


『これは召喚陣と呼ばれる物だ』

「召喚陣、ですか……?」

『うむ。これは二枚で一組となっている魔法陣でな、もう片方である捕縛陣に魔力を込めるとこの陣に召喚される転移系の魔法陣だ。そして、その世界には存在しない天界由来の代物だ』


 流石は最高神、この魔法陣が何なのかをすぐに教えてくれた。やっぱり天界由来っていう推理は当たってたみたいだ。

 にしても便利そうな効果だな。でも、何でこの世界にはないはずの魔法陣があるんだ? そこが不可思議である。


『晋也よ。実は刑を執行し終えた後、色々と調べていく内にあることが分かったのだ。もしかすると今後に影響が出る事態になりかねない話なのだが、聞いてくれるか』


 え、な、何ですか急に……。俺、怖いのちょっと苦手なんですけど……。

 とはいえ、最高神が直々に調べた情報を聞かないという選択肢はない。あんまり酷い内容じゃないと信じつつ、それに耳を傾けてみる。


『刑の執行に乗じて君のいる世界に不当に侵入した者がいる。最初の転移時の失敗もその者のせいだろう。くれぐれも気を付けてくれ。私の目をすり抜けて異界へ侵入するということは、それほど実力のある者。その気になれば世界を大混乱に陥れることも容易かろう』

「大混乱……」


 俺らの刑を使ってこの世界に不法侵入した者がいて、その人物は相当な実力者だと。うわぁ、マジでか……。

 まさかの第三者説が的中してしまうとはな……。その最悪な事態になる前に何とかならないのだろうか。


『私もその人物を排除したいのはやまやまだが、今は何も出来ない』

「それは何故ですか? 最高神様なら出来ないことはないはず……」

『君が私の異体を殺してしまったからだ。神の最高位とはいえ代々から繋がれ続けた掟は破れん』


 あっ、そっかぁ……。まさか、こんなところで廻り廻って俺の罪が影響を出してしまっているとは。後悔先に立たずだな、くそう。


『とにかく、その侵入者は何を目的にしているかは調査中だ。もしかすれば本当に世界を崩壊させる気かも分からん。もし接触した場合は無闇な刺激は避け、速やかに私に報告するのだ。いいな?』


 これで、天界との通信は終わる。俺もすぐにキャンプに戻って再び就寝につく。

 それにしても、天界から侵入した第三者……。神族も見た目は案外普通の人と変わらないからなぁ。区別はつきづらいな。


 もしかしたらデュリンなら同じ種族同士、出会えば何かしら分かるのかもしれん。すぐに聞いてみたいところではあるが、事情が事情だから今すぐは無理。あいつみたいにテレパシーでも使えればいいのだが。


「魔法……使ってみてぇな、俺もな」


 ここに来て、最高神によって打ち砕かれた魔法に対する憧れがちょっとだけ込み上がってきた。

 練習すれば俺も出来るようになるかな? せっかく魔導書があるんだし、気休め程度にチャレンジしてみようか。

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