遊びの始まり
目的地に着いてからの指示は案外簡単だった。
事前に説明をされた通り、後続のためのベースキャンプを作るということで、いくつかの班に分かれて材料だとか食料になりそうなのを集めるといった感じ。
ただ一つ予想外なことが。それは──
「何で俺が調達の班になってんだよ!!」
ついぞ出てしまった心の叫び。そう、俺はあろうことか拠点を作る班ではなく食料とかを集めてくる班に選ばれてしまったのである。
なんというか、アレだ。人生そう上手くはいかないんやなって。がっくし。
「選ばれた以上は仕方ない。文句を言う暇はないぞ」
「そうだぞー。ま、俺はこういうのには慣れてるから気にしないけどな」
俺の叫びに苦言する二名。そうそう、さっき俺はと言ったが正確には俺たちが正しい。実はエヴァーテイルが調達班の一つに任命されたのだ。
ちくしょう。ザインは元旅人、ライバンは経験者という差が俺を苦しめる。元ホームレスでも所詮現代技術の下で生きてきた軟弱物ですよーだ。
「それにしても、ライバン。それは食えるのか?」
「ん~? こいつのことか。確かにこのままじゃ食えんが簡単な下処理で解毒薬になる。そういうお前こそそんなクソ不味そうな実を拾って何になるってんだ」
「これは煮ると美味い。あと煮汁も甘い」
あの二人は経験から持ち前の知識を披露しあっている。あー、なんか俺だけ疎外感がすごい。
この世界の雑学について何にも知らない俺は、一人寂しく薪拾い。楽といえばそうだが、ほんとそこはかとなく悲しいわ。
このままでは深刻な孤独感に見舞われてしまう。なんか話を作って仲間に入らないと……!
「そういえばライバンってレンズさんのことを恋人だとかなんとか言ってたけど、いったいどういう関係だったの?」
「俺とレンズの関係?」
疎外感からの脱出のために話題にしたのは、例の関係性についてだ。常々気にはなってたから、暇つぶしも兼ねて聞いてみることにする。
すると、作業の手を止めて何故か長考の姿勢に。仕事しながらやってください。
「そうだな……。一番誤解されない言い方をすれば、元同士ってのが近いな」
「同士?」
「ああ。俺、今はフリーの冒険者だけど、実は三年くらい前まではギルド作ろうってことで一緒に住んでた時があったんだよ。そしてらいつの間にか恋仲になったってわけ」
はーん。やっぱり同棲してたんだな。まぁ、元とはいえ恋仲だからそれくらいの予想はついてたけど。
それはそれとして、やっぱり一番気になるのは破局の理由だ。元々ギルドを作る同士として考えていたならば、ありきたりな理由で別れるなんてことはしないはず。
「でも、俺には夢があってな。そのことでちょっと言い合いになったのさ。そんで、そのまま喧嘩別れして俺はこの町から出て行った──それだけさ」
何というか、案外ありきたりな内容だったな。なんか安っぽいドラマとかの回想シーンにありそう……そんな感じ。
ん、でもあの時に俺の独り言に反応した時は『好きでやった訳じゃない』とか何とか言ってたような……? それはいったいどういう意味があるのだろうか。
「それで、ライバンはレンズさんに何をしたの? もしかして金銭的な?」
「いいや、金が別れたら理由じゃねーんだ。なんつーかな、うーん……」
またしばらくうーんと悩み始め、作業に支障が来たし始めた頃合い。ライバンの口が開──こうとした瞬間だった。
「──シンヤ! 何か来るぞ!」
「えっ、ええっ!? な、何!?」
突如として、話の外にいたザインが何かに反応を示した。何? ちょ、怖いんですけど!?
見やる先は森の奥。薄暗い木々から何かの足音。……確かに、ただの一般人である俺にもなんかが近付いてくるのが分かる。二人はすでに戦闘体勢に入ってる。
何だろう、こういう感じの恐怖は久しぶりかもしれない。得体の知れない物が近付いてくる感じの恐怖感はいつぶりだろうか。
「…………!」
すると、いきなりザインは動いた。謎の気配がする森の奥へとダッシュで向かって行ったのだ。
先手必勝ってやつか!? お、俺も行くべきなのかな……?
「シンヤ! 俺のそばから離れるなよ。こいつぁ、俺の勘もクソヤバい奴って言ってやがる!」
「マジで!?」
おいおいおいおい、それってよ、もしかして例のモンスターって奴と遭遇したってことか!?
ああもう、何なんだよ! 一昨日といい今日といい、起きて欲しくないことが何でこうも連続で起きるんだよこんちきしょう!
ってか、そんなヤバい奴のいるとこにザインが行っちまったけど、いいのかよ!?
そうこう心配していたら、今度は奥からすごい音が聞こえた。音とは言っても声とか金属音とかじゃなくて、何というかこう……クラッカーっぽい破裂音のような軽い音が聞こえた。
何の音だろうか? まさかザインか?
「…………? あれ?」
あの変な破裂音からわずか数秒。どういうわけかあの変な気配を感じなくなった様な? それはライバンも同じで、気配は完全に消えたことを察していた。
やっぱりザインが追っ払ってくれたのか? しかし、もしそうなら何で帰ってこないんだ……? あいつは人を驚かす様な性分じゃないのは知ってるし、もう戻ってきてもいいじゃん……。
「……嫌な予感しかしないんだけど。大丈夫かな、ザイン」
「とりあえず確認してみないことには分かんねぇだろ」
てことで謎のモンスターの迎撃を成功させた(?)ザインを探すべく、残された俺らも奥へ進んでみることに。ライバンの後ろに隠れつつ、代わり映えしない空間を歩く。
もし、最悪な事態に陥ってたらどうしよう。あいつは無愛想さに反比例してめちゃくちゃ良い奴だし、そうなったらギルドのみんなが悲しむのは目に見えてる。
頼む、無事であってくれよ……!
「……!? これは……」
「そんな……!? もしかしてザインは……」
最初の地点からしばらく進んでみたが、どこにもあの無愛想な男の姿は無かった。あいつは何かあったら絶対メッセージを残すような奴なのに、それらしき物は見つからない。
本当、今日という日はついてないってレベルじゃねぇ。こんなことは俺の元いた世界でも経験したことねぇよ……。
「あのモンスターに何かされた可能性が高い。良くて遭難……だが、そう考えるにはちょっとばかし証拠が過激だ」
あの常に飄々としているライバンの妙に冷静な判断がいやにこれが現実なのだと感じる。
目の前にある物。それは赤色の何かに塗れた地面。鼻に通ってくる匂いも、何度か嗅いだこともある。
もはや衝撃的なんてもんじゃねぇ。初めてこんな状況に陥ったってのに、驚きすぎて吐き気すら出てこない。
血──。それは紛れもなく、ザインの物と決定付けるには十分過ぎる。
一般人の俺が萎縮するには十二分以上。何よりあのザインが何も出来ずに消えてしまったというショックが大きかった。
そんな謎のモンスターはこの先、俺らを翻弄するかのように現れ、そして蹂躙していく。そんな予感を感じていた。
†
サン・ルーウィン町、某所。ギルド『エヴァーテイル』。
今は派遣員の不足により受注の仕事は休止中。リアンも普段の職務を休止し、今は買い出しに出かけている。
レンズとデュリン。二人だけで構成されている現状。そして設立間もないが故の知名度の低さが招く客不足。退屈に支配されていた。
もっとも──デュリンにとってはそれが最高の時間であるのは言うまでもない。
「毎日がこうだったらいいのになー……」
「そんなことになったら、お金は入ってきませんよ」
「分かってまーすっと。でも、退屈なのは平和の証だよーっと」
ロッキングチェアに揺られ、退屈を満喫するデュリン。仮にもギルドの職員である自覚も無いような無様な姿勢である。
そんな怠惰の権化が言い放つ妄言に返すのはレンズ。彼女もまた、やることがないがためにテーブルを拭いて清掃中だ。
「今頃シンヤたちはどうしてるかなー? 上手くやれてるかな?」
「私たちが同行出来ない以上、現状を知ることは出来ません。信じて待ちましょう。一応はあの人もいますし」
あの人、というのは当然ライバンのことである。なんの運命か再び巡り会ってしまった憎き存在ではあるものの、実力は本物と知っている。悔しいが実力なら信頼に足る存在だ。
もし、夢を諦めて定住先を探しにここに来ていたら……などとついぞ考えてしまう。まだ未練があるのも悔しいところだ。
「そういえばー、ライバンって人、本当はどんな関係なの? ていうか、なんであんなに厳しくするの?」
「前も言った通り、元恋人というだけの人ですよ。まぁ、あの人がずっとここにいたら、もう少し早く正式なギルドとして活動は出来ていたかもしれませんけどね」
デュリンはレンズとライバンの関係性に興味があるのか、暇があればこうして聞き出そうとする。嫌ではないが、こうも連続して訊ねられると返答が面倒になる。
もういっそ教えた方が楽になるのでは? と考え始めた時、不意にギルドの扉が開くのを知らせる鈴が鳴る。
「ん? あ、おかえりー」
「ただいま。言われた物を買ってきたよ。それと、お客さんだよ」
鈴の音を鳴らしたのは買い出しに出ていたリアン。両手に袋を抱えているのにも関わらず、器用に開けて入って来るとその後ろからさらに人が入ってくる。
黒いローブを着た長身の人物。しかし、服の輪郭から浮き出る体格は女性のもの。そして、隙間から見える肌は褐色。
レンズは何となくだが、この客にザインの姿が重なった。勿論、たまたま似たような人種なだけだというのは頭の中では理解している。
「いらっしゃいませ、こちらはエヴァーテイルです。何かご用件でしょうか?」
「食事を頂けないだろうか。ここのは美味と聞いている」
「お食事ですか? 分かりました。では、そちらの席にどうぞ。注文の内容がお決まりになられましたら、お呼びください」
相手は食事をしに来たらしい。当然、断る理由はないため、カウンター席に誘導させる。
ここでレンズは仕込みのために厨房に入り、リアンも買った物をしまうためにホールから姿を消す。
残ったのはデュリンと客。そして、何故かデュリンは席に座ってメニューを見る客のことを凝視していた。
「この世界での生活は慣れたかい?女神デュリン」
「……!? 私のこと、知ってるの?」
「当然さ。僕も君と同じような形でここにいるんだから」
すると、客はデュリンの方を見やることなく語りかけた。これには思わず本人も驚いてしまう。
自分の知らない存在が自分の真の種族を知っている。鈍いデュリンとて、この客がこの世界の人間でないことは瞬時に分かった。
さらに今し方発した『同じような形でここにいる』という発言。それ即ち、デュリンが天界から追放を受けたのを知っているということ。間違いなく、この人物は神側の人物だ。
「君は僕のことを知らなくて当然だけどね。君の引き籠もり体質が僕を引き会わさせなかったからだよ。まぁ、その代役を見つけられたから気にしてはいないけど」
「……あなたは一体。もしかして、おじい様の……」
「まさか。僕はあの人の使いじゃない。僕は僕の意志でここにいる。それだけは譲れない」
どうやら最高神の使いではないらしい。では、何を目的にこの世界にいるのだろうか。そもそもどうやってこの世界に来たのか。デュリンの中で多くの疑問が湧き起こる。
すると、この謎の神族は席から立ち上がり、そのままデュリンのいる方向へと近付いて来た。そして、目の前までにやってくると目の高さを同じ位置に合わせ、さらなる発言をする。
「僕がここに来たのは君を招待するためさ」
「招待?」
「うん。ヴィッシュ森林って所で色んなギルドの人たちが集まってる。それくらいは知ってるよね。そして今、このギルドのメンバーが一人、犠牲になりつつある」
「ぎ、犠牲……!?」
「それが誰かはひ・み・つ。怠惰でも心優しい君には放ってはおけないんじゃないかな? それが君にとって一番後ろめたく思ってる彼だったらなおさらだ」
「…………!」
この囁きにデュリンは心臓を打たれたかのような衝撃と共に硬直してしまう。
ギルドメンバーのこともそうだが、まさか一部の神族にしか知らない秘密をこの人物は知っているという事実。それが一番の衝撃だった。
「まぁ、来る来ないは君の勝手だ。一応、招待状を出しておこう。来る時はしっかりと準備をして、後悔しないよいうにね。使い方はご存じのはず……。ふふふ」
最後にそう言い残すと、デュリンの着ている制服の胸ポケットに紙片のような物を入れ、そのままギルドを後にした。
扉を開けたことによって再び鈴が鳴り、それに気付いたレンズが再び表に出る。
「いらっしゃいま──って、あれ? さっきのお客さんは……?」
歓迎の言葉も虚しく、先ほどの客が消えたことに気付いたレンズ。少し残念そうな寂しい表情を浮かべるも、自分とは別に表情が固くなっている者の存在に気付く。
わなわなと小刻みに震える姿は、まるで何かに戦慄しているかの様。普段の暢気さが微塵も感じられない。
「……デュリンさん? どうかしました?」
「レンズ……、どうしよう。どうしようぅっ……!?」
「っ!? 何ですか、何かあったんですか!?」
様子がおかしかったデュリンに話かけた途端、突然泣き崩れながら縋りついてきた。
得体の知れない恐怖に怯えているかのような姿のデュリン。そうなってしまった原因は不明にせよ、何かが起きたことは明らかだった。
嫌な予感──。言葉に言い表すならば、これが最も正しいだろう。それを感じ取ったレンズの手も無意識に震えていた。
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