新メンバーは元恋人である

「あのー、レンズさん。さっきの人って……」

「あんな人知りません!」


 うーむ、何だかご機嫌ななめだな。それも仕方ないか。

 あの男を外に放り捨ててから、もうすぐ就業時間の終わりが見えてきた頃。どうにもレンズさんが怒ったまま機嫌を直してくれない。

 だからといって自分の感情に任せて好き勝手するような人ではないのは分かってるとはいえ、このギルドの長所である人間関係の良好さが損なわれかけてしまっている。

 どれもこれも全てライバンのせいだ。次来たら即追い出してやる。


「レンズ、やっぱり気にしてるんだ……。恋愛って怖い」

「ん? デュリン、お前知ってるのか?」

「あ、うん。この前少しだけ教えてくれたの」


 すごすごと厨房から出ると、出入り口で様子を窺っていた惰女神様がレンズさんとライバンの関係を知っているかのような呟きをしやがった。いつの間に聞いたのやら。

 で、恋愛がどうたらと言ったけど、やっぱり元恋人的な関係だったのか。うわぁ、こじれてそう。


「うーん、でも教えてくれたのはその人に色々あったってことくらいで、詳しい内容は分かんないや」

「やっぱり。あの男、無自覚で人を傷つけるタイプの奴か」


 きっと金銭トラブルとかあったんだろうな……。俺もそれで失敗してるから気持ちは分かるぜ、レンズさん。

 となると、ライバンはギルドを作った元カノレンズさんにせびろうとしていたに違いない。追い出すのは正しい対処方らしいな。


「あーあ、遠出前だってのに変な空気にさせんなよな。ほんと、あの男は……」

「そういうなよ。俺だってあの時は好きでやったわけじゃねーんだから」

「はっ、よく言う──」


 ん? 違和感を察知。発生源は斜め前、カウンター席。

 さっき見たばかりのような軽装甲。若干ニヤついた表情に下顎の軽い腫れ。は?


「うわああああああああ!? 何でいるんだお前!?」

「そう興奮するなよ。歳食うとハゲるぜ」


 さも当然とばかりに席に座ってるのは、さっき外に捨ててきたライバン! いったいいつの間に戻ってきやがったんだ!?

 驚愕の叫びに気付いてか、厨房からレンズさんが出てくる。当然、曇ってた顔がさらに曇る。


「また来たんですか。先ほど言った通り、ここはあなたを受け入れることは出来ません。お引き取りを……」

「あー、待て待て。今回はそういう用事じゃないんだ。話だけでも聞いてくれ」

「信用出来かねます。これ以上居座るのでしたら、リーダー権限で強制退去、および出入り禁止のリスト登録を行使します」


 本当に信用されてねぇなぁ。ブラックリスト登録をちらつかせるなんて、レンズさんは相当あの男のことを嫌ってるみたいだ。

 ちょっと可哀想……とは微塵も思わんが、流石にやりすぎでは?


「……レンズ、頼む! 前にしたことは後悔ってか悪かったと思ってるし、何なら今ここで土下座して謝ったって構わない。だからこの通りだ、頼む!」

「…………」


 すると、ライバンはカウンター席から立つと、一歩下がって土下座をしてみせた。

 この世界でも土下座で誠意を見せるのか……と心の中で密かに学習しつつ、この男はどうやら本気なんだということを理解した。

 土下座こんなことをしてまで頼みたいこととはなんだろうな。ここまで来ると気になってくる。


「……はぁ、分かりました。その話の内容を聞かせてもらいます。ですが、しょうもない話なら即刻出て行ってもらいますからね」


 ライバンの誠意が伝わったのか、レンズさんはため息をついて話とやらに耳を傾けるのを約束する。良かったな。

 図々しく席に戻るライバン。俺とデュリンも野次馬精神で近くの席に座って話を聞いてみることにする。


「単刀直入に言う。俺をエヴァーテイルの遠征に連れて行ってくれ!」

「……はい?」


 話の内容というのは、どうやらレイエックスの例の依頼に参加してる俺らについて行きたいとのこと。えっ、それここじゃなきゃダメな理由でもあるの?

 レンズさんも同様のことを思っていたらしい。頭を下げるライバンに今思ったのと同様の疑問を問いかけた。


「ここじゃないといけない理由もあるんですよね?」

「こういう依頼は何度か経験してる。俺の経験上だと普通は余所から来た奴を遠征に同行するのを許さない。分け前もそうだが、何より信頼の上に成り立つからな。そういう理由があって、今回の依頼を受けるには俺の元恋人のお前が経営してるギルドに頼むしかなかったんだ」

「個人で参加するって出来ないの?」

「よっぽどの内容じゃない限りは個人での参加は出来ないんだ。そもそも宛の依頼だから、相当な実力者じゃないと依頼参加の手紙は来ない」


 なるほど、つまり他のギルドじゃ確実に同行拒否をされるから、知り合いレンズさんがやってるこのギルドを頼りにしたってことか。

 でも、もし参加するとなれば心強くないか? だって、さっき『何度か経験してる』って言ったし、あの鎧もよく見たら傷が目立つ。この男、もしかしてそれなりに実力があるのでは?


「話はそれだけですか」

「ああ。やっぱり駄目か?」


 ギルド内に沈黙が生まれる。

 ライバンの申し出を了承するか否かはリーダーの一存にかかってる。だが、俺は奇しくも了承を願っていた。

 何しろ経験者という点が大きい。人望はともかく腕という点においては信用に当たる人物なのかもしれない。常に戦力不足なエヴァーテイルにいて損はしないはず。


 しかし、普段は物怖じしない沈着な人物であるレンズさんがあそこまで拒否反応を示した相手。感情に左右されて冷静な判断を下せるのかも心配だ。

 もうしばしの沈黙。そして、ついにレンズさんの答えが出される。


「……分かりました。こちらの戦力が不足しているのは見過ごせない事実。特別依頼が終わるまでの間は、このギルドの臨時派遣員に任命します」

「レンズ……! 本当にいいのか!?」

「あまり気は乗りませんが、少しでもギルド員の生還率を上げるためです。あなたがどうなろうとも責任は取りませんけど」


 相変わらずライバンには手厳しいなぁ。でも、自分の感情に揺さぶられずに冷静な判断を下せたのは良いことだ。これで拒否してたら流石に疑うわ。

 同行の了承に喜々とした顔のライバン。本当に嬉しそうだな。一体なにが目的なのやら。


「ほんと助かるぜ、ありがとな! お礼と言っちゃあ何だが、この俺の熱い抱擁ハグを──」


 ギルドリーダーからのご慈悲に感激したのか、ライバンはあろうことは席から身を乗り出す奇行に走った。

 ちょっと待てやライバン! 今お前が着てるのは鎧だろうが! 抱き付いたりしたらレンズさんが怪我するだろ!

 ああ、なんて鈍いんだ俺の反応速度。不思議とスローに感じる空間の中、俺無力にも何も出来なかったが、即座にそれは防衛される。


「ギュペッ!?」


 両腕を広げかけてたライバンの襟が掴まれ、そのままドーン! という音を立てて壁に激突していた。

 情けない悲鳴とまるで潰れたカエルみたいな体勢で壁に激突する馬鹿を余所に、ギルドリーダーの防衛に貢献した人物が口を開く。


「鎧を着て抱きついたらレンズが怪我するだろうが。というか何故にまたここにいる」


 はい分かってました。我らがエヴァーテイルの守護者、ザイン。やっぱり用心棒を任されるなだけあって強いな。てかお前もいつの間に入ってきたんだよ。


「ふふふ、俺としたことが鎧のことを忘れてたぜ……ぐふっ」


 最後にそう言い残し、ライバンは死んだカブトムシみたいな体勢を維持しながら本日二回目の気絶。なんて無様な……くわばらくわばら。

 まぁ、レンズさんに危害が加わらずに済んだのは幸いだ。まったく、この男は……。


「また捨てに行くか?」

「そうして欲しいのはやまやまですが、このギルドの戦力を上げるために特別依頼の完遂までの間、臨時派遣員に採用しました。ああ、リアンにこのことをなんて言えばいいのでしょう……」

「こいつを雇ったのか……」


 そりゃまぁ困惑するよな。当然である。

 かくして新たな仲間を加え入れることになったエヴァーテイル。これが本当に正しい選択だったのかどうかは、まだ分からない。


 そして三日後。俺たち先遣隊とライバンはいよいよ謎のモンスターが現れている区域『ヴィッシュ森林』へと向かうことになる。

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