その女神、怠惰につき

 ついに明かされた処罰内容に、俺も他の神々も驚きを隠さない。もっとも俺の場合は罰の内容を理解するのに悩んでいるのであって、他のとはベクトルが違うのだが。


 異界ってことは元の世界でも、この世界でもない別の世界に追放されるっていう解釈でいいのか? つまり地獄行きってこと?


「久保倉晋也。君はもうしばらくここに残ってもらう。他の者たちはここで閉廷だ。はい、解散解散!」


 俺だけ居残りを命じられ、他の神々は最高神に追い出される形で消えてしまった。あんな適当な終わり方でいいのか?


 なにはともあれ、ここからは俺と最高神とのマンツーマン。正直何をされるのか分からないから怖いったりゃありゃしない。

 なにせ俺はこの人を殺してるからな……。報復とかされないか心配だ。

 というか、何で殺したのに生きてるんだ? 神様パワーかなんかか?


「とりあえず、着いてきなさい。これから君がする処罰……いや、使命の方が正確か。それを行うための準備をするからな」

「使命……ですか?」


 処罰ではなく使命とはどういうことだろうか。それを知るためには、まず言う通りに最高神の後を追うしかない。


「目的地に着くまで歩いていくのも何だし、少しばかり説明しよう。君が何故、天界にいるのか。そして使命の内容を少しばかりな」


 何やら目的地とやらに着くまでに色々と教えてくれるそうだ。確かに今の俺は分からないことだらけだったから、かなりありがたい。


「おそらく気になっていることだろう。現世で殺された私が、何故生きているのかを」

「まぁ……少しは」

天界ここの決まりで現世へ行ける許可が降りた者は現世用の『異体』という仮の肉体に受肉される。それは最高神である私も例外ではなくてな、君に殺されたのは私の『異体』だったのだ。だから殺されてもの私はこの世界では生きているという訳だ」


 ふむ……そういうこと。

 つまり俺は神様が現世で活動するための肉体スーツを壊したという訳か。どうやら本当の意味で神様を殺した訳ではないみたいでちょっと安心。しかし、まだ気になることがいくつか残ってる。


「あの……。さっきの裁判で俺の二十二年の人生だとか言ってましたけど、もしかして俺って死んだ……んですか?」


 気になるのも致し方ない。何せ死んだみたいな言い方をされたんだから、神殺しを行った直後の俺がどうなったのか知りたくもなる。


「死んだ……君はそう思っているのか」

「違うのですか?」

「ああ、死んではいない。ただ、一時的に現世から存在を抹消され、ここに拘束されているのだ」

「へぇ、存在を抹消……。抹消!?」


 嘘だろ!? てことは今の俺って、生まれ故郷の世界から存在が無かったことにされてんの!? マジで?

 神様スゲーな。いや、最高神だから出来ることか。存在を消すって……スゲーわ。


「そうだ。君が生きてここにいるのは、処罰の内容次第で元の世界に帰す可能性もあったからだ。もっとも、今はその可能性は限りなくゼロに近いがな。……これで君の疑問はある程度は解消されただろう。次は処罰の内容についてだ」

「処罰の方はまぁ……。それとなくは察しが付いてますけど……」

「ほう、そうか? ということは実は内心嬉しいとか思っているのだろう。何せ今からするのは君のいた世界では『異世界転生』などと呼ばれているからな」


 そう話を振られたが、俺の頭にはピンとこない。ここ数年のトレンドなど一切分からないので当たり前だ。

 頭にハテナマークを浮かべる俺の反応を見たのか、最高神はその顔にまたもや驚きの表情を浮かべる。ほんと表情豊かだな、この人。


「なんと……。若いのに異世界物を知らんのか!?」


 はい、本当に知らないです。心の中で返答しつつ、行動では顔を縦に振る。

 その日生きることだけで精一杯だった俺の人生に娯楽というものはほぼ皆無。本も読まなかった訳ではないが、おおかた捨てられた雑誌を暇つぶしに読むくらいしかなかったから、頭にある社会情報は他の人と比べて一歩も二歩も遅れている。当然、アニメやマンガは論外だ。


「そうか……。まぁ、説明をするに越したことはない。要は君にはこれから別の世界で新しい人生を送ってもらうことになる」

「新しい人生、ですか」

「ただし、ただ普通に暮らすのではなく、ある人物のを頼みたく思っている。法廷では異界追放を罰として下したが、それは君の悲惨な人生のやり直し……つまりお詫びみたいなものだ。どちらかと言えばこっちが罰なのかもしれない」


 教育。……教育? え、どういうこと?

 元の世界から存在を抹消された以上、別の世界で新しく生活出来るのは嬉しい限りだが、それとは別に教育の方が罰に近いとはこれ如何に。


 そして、もうしばらく進んでいくと外に出た。一際明るい世界が目の前に広がっている。自然豊かな光景のその奥に、石造りと見られる縦長の建物が存在していた。


「あの建物に目的の人物がいる。ここからはショートカットだ」

「え?」


 と、発言の読解よりも早く、最高神は俺ごと一緒に建物の前にワープしてみせた。

 すげーな。気付いたら移動してんだもん、ほんとすげーわ。

 さっきまで俺らがいたとされる場所を振り返りつつ、語彙力の無い初ワープの感想を思っていると、最高神は建物のドアを開けて中に入っていく。


「君に教育してもらいたい人物というのは、私の孫娘。名はデュリンという」

「孫娘!? え、えぇ……!?」


 移動中に告げられた前情報に驚きを隠せない。

 なんと相手は最高神の孫娘なのだという。てかいいのかよ。仮の姿であったとはいえ自分を殺した相手に孫娘を預けるなんてどうかしてる。


「……少々言いにくいのだがな、彼女は天界のとあるタブーに触れてしまってな、こうして時が来るまでこの場所に幽閉されていたのだ」

「タブー……? つまりその子は俺と同じ……」

「まぁ、近いと言えば近いな。君と同じ犯罪者のようなものだ」


 なるほど……そういうことか。訳ありには訳ありをぶつけるって魂胆か。

 それにしても、最高神の孫娘が犯罪を犯した人物だとは思わないよな。本人も身内に犯罪を起こした人がいるってのも快くは思うまい。


 一体何の罪で幽閉されていたのだろうか。詐欺か泥棒か、あるいは俺と同じ殺しなのだろうか。ちょっと気になるところだ。


「彼女はまだ未熟ながら運命神ウルドと呼ばれる役割を担っていてな、人の運命を操る権限を持っていた。だが、ある日彼女は全ての運命を放棄し、担当していた人間の人生を崩壊させてしまったのだ」

「運命……」

「昔から面倒くさがりだった彼女のことだから、いつかは起こり得るのかもしれないとは考えていた。だが、本当にそうなるとは思いもしなかった。彼女を運命神ウルドにした私の判断ミスが原因だよ」


 ぽつりぽつりと語り出したデュリンの過去話に、俺はただ静かに聞くしか出来ない。

 人の運命を操る、か。そんな責任の重い仕事を放棄するとはな。一体何様のつもりなんだろうか。あ、神様か。


 いやいや、そんなくだらないダジャレを思ってる場合じゃねぇや。これから俺はその女神の教育担当になるんだ。俺がしっかり更生させてやらねぇと。


「まぁ、そういうことだ。君には異世界で彼女の性格を直して欲しい。それが、君に与えられた本当の使命だ」


 改めて、俺は最高神からの処罰……もとい、使命の内容を知る。

 異界で女神デュリンの性格を正す。それが俺の神殺しの贖罪にして仕事。


 正直なところ心配しかない。教育者の立場になるなんて当たり前に初めてな上に相手は神。そもそも人間である俺の話を素直に聞いてくれるとは限らない。


 神って何となく人に対して高圧的で見下してるイメージがあるからな。事実、廷内にいた他の神々は俺に対して上から目線の人しかいなかったし、正直ちょっと怖い。


「ここだ。デュリン、入るぞ」


 どうやらデュリンが幽閉されている部屋の前についたらしい。最高神がドアをノックして中に入る。

 俺も緊張で体がガチガチに固まってる。ああ、頼む。せめて素直な子であってくれよ……!






 ……なんて心配は杞憂だった。



「んぐごおおおおお……。すぴー……」



 終始聞こえるこの騒音はいびき。目の前の空間に散らばるのはどこかで見た覚えのあるような無いようなお菓子の残骸。


 そして何より目を引いてしまうのは、部屋の最奥に設置されたベッドから上半身がほぼ床に落ちた状態でほんのり紅色の白髪を床にぶちまけながらとても幸せそうに眠りにつく一人の少女。


 俺はそのあまりにも衝撃的な光景に文字通り開いた口が塞がらなかった。


「…………」


 あ、最高神も眼前の光景に目を背けていらっしゃる。いや、この惨劇を目の当たりにすれば、誰もがそうなるだろうな。


「うへへ、おかわりぃ……フヒッ」


 その寝言のあと、ほとんどベッドから落ちかけだった体は完全に落下する。それでも彼女は起きることは無かった。

 なるほど、怠惰の女神。その難しさがどれほどのものなのか大方見当は付いた。


「……あれを君が更生させるんだ。出来るな?」

「むりです」




 俺への刑罰はとどこおりなく執行されるのは言うまでもない。

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