怠惰な女神、略して惰女神

久保倉晋也の受難

「これより、罪人久保倉晋也くぼくらしんやの裁判を始める!」


 はて、これは一体どういうことだ?

 ぼやけた視界には複数の人影。中央には……椅子に座る裁判官っぽい人がいるのが見て取れる。


 もしかして裁判? あれ、もうそこまで時間が進んだのか? おかしいなぁ、ついさっき人を襲ったような気がしてたんだけども……。


「罪状、最高神の神殺し。これは極めて重く、最高刑は確実。よって懲役千年の禁魂刑を──」

「意義あり。最高刑に異論は無いが、ただの人間の魂に千年の禁魂刑はあまりにも過ぎた──」


 なんか俺の刑罰について議論になってるな。てか、え、なに? 神殺し? えっ、どゆこと? 何がなんだかもう訳が分からない。

 耳に勝手に入ってくる情報を整理するために、俺は自分のしたことについて振り返ってみることにした。


 俺は確かに罪を犯した。金に困り、人生を棒に振るつもりで一人の男を襲ったのだ。

 そうしたら、緊張していたのが災いしてか、そのまま絞殺……をしてしまった。


 それで、確か気が動転したんだと思う。結局殺した男の持ち物に手を着けずに公衆トイレから逃げ出した──まではぎりぎり覚えてる。

 だが、そこから先は覚えていない。今、こうして振り返っている今も正直おぼろ気で夢か現実かも区別出来ずにいる。


 ……あ、そうか。これは夢か。ならば神殺しだの千年なんちゃらも納得だ。どうやら俺は自分の犯したことの罪悪感でこんな内容の夢を見ているらしい。

 でも、仮にそうだとしたら、今の俺は一体どこにいるんだ──?


「静粛に」


 と、議論が過熱しそうになった時に、誰かがその議論に制止をかけた。

 静まり返る法廷らしき場所。おそらく今の発言者のものであろう低い咳払いが次に聞こえると、それは突如として俺の身に起きる。


 誰かが俺の額に触れたかと思うと、次の瞬間には脳内に不可思議な感覚が支配した。

 どんな感じかというと、一瞬で全ての記憶を思い出したってのが一番表現としては正確かもしれない。とにかく、昔の嫌なことから楽しかった記憶とかが一気に甦った。


 そこで、俺のおぼろ気だった意識も覚醒する。はっと目を覚ました瞬間に目に飛び込んできたのは、なんと俺から遠ざかっていく尻だった。それも女性の。

 これは……一体どういうことだ? 何故に尻がっていう疑問も湧いたが、それよりも注目すべきことがある。


 俺のいる場所。そこは石造りの室内にむき出しの石柱と、俺の貧相なボキャブラリーで言い表すのなら、神殿の内部といったところ。


 ぼやけていた人物像もはっきり見える。左右の席に座る数人の男女問わないグループがおり、中央には椅子に座る裁判官らしき人物……の下に行く先ほどの女性。その手には本を持っている。


 ──これは夢ではないのか? 夢にしてはちょっとリアル過ぎる。

 そういえば、俺は動けるのか? そう思って体を動かしてみると思ったようには動いてくれなかった。どうやら背中に手を回されて縛られているっぽい。

 なるほど、拘束中……。ということは、これは夢ではない?


「ど……、どこだここは──っ!?」


 状況の一変に気付いた時、俺は柄にもなく思わず叫んでしまった。

 そのせいで周囲にいた人々も驚いて俺の方向に注目する。あんな大声を出したんだから当たり前か。


「そんな、信じられん……。まさかあの呪術を破ったのか!?」

「じゅ、呪術ぅ……? なんだそれ?」


 左側の席にいた人物の一人が、俺の目覚めについて驚きを見せている。

 呪術という単語を聞くに何か俺に掛けていたみたいだが、それが破られてしまったことに驚いている様子。

 呪術ってことは魔法の類いか。いや、ていうか魔法って……?


「静粛に。……ふむ、まさか強めの昏睡魔法をかけたにも関わらず目を覚ますか。これは珍しいな」


 再びざわめき始める会場を一言で沈黙させる裁判官。

 ……いや、なんだろう。この人の顔、どこかで見た覚えが……?


「驚いているようだな、久保倉晋也」

「……! そうだ、何で俺の名前を? てかここは一体……!?」

「そう慌てるな。ここは天界にある所謂裁判所に該当する施設で、今は君が現世で犯した罪の裁判をしている最中だ」

「て、天界……?」


 一体何を言っているんだ、この人は。いきなり天界とか中二病にしては普遍的過ぎて逆に新鮮だわ。

 え、待て。裁判なのは雰囲気で分かる。最初の神殺しうんぬんもそれに関係しているのだろう。


 でも、俺が殺したのはただの人であって、神様を殺しただなんて──……と、考えた矢先に思い出した。この人の既視感。その答え。


「あんたは、もしかして……」

「貴様、最高神様に向かって『お前』呼ばわりなどと……」


 誰かが俺の呼び方に不服を示したのを、裁判官は無言で右手を挙げるだけで言い止める。

 最高神。先ほども話に上がったな。俺が神殺しなる犯罪を犯してしまったと。つまり……。


「そうか、あんた……いや、あなたはさっき俺が殺してしまった……」

「ご名答だ、久保倉晋也。私はここ天界の長にして、先ほど現世で君に殺されてしまった男だ」


 そうか……。どうやらあの時に殺してしまったのはただの人間じゃなかったらしい。

 あの時、俺が襲って殺した男は目の前にいる裁判官もとい、本物の神様だったみたいだ。


「さて、本題に戻ろう。久保倉晋也、君は現世で私を殺してしまったという罪で身柄を拘束中だ。まぁ、そこは何となく察しているだろうが──」

「お待ちください最高神様。この者を再び眠らせなくてもよろしいのですか?」


 裁判の続きを再開させようと最高神が発言を始めた時、先ほど言い止められた男神が再び声を上げる。

 どうやら俺のことについてのようで、何か重要な話でもあるのか、もう一度眠らせようという考えらしい。


「構わん。どのみち処罰を決めるのは私。今聞かれようとも関係は無いからな」


 しかし、すぐに言いくるめられ、話は再開する。


「で、だ。この件について君自身はどう思っている?」

「……そうですね。神様を殺したなんて神話みたいなことしたなんて今でも信じられないですけど、事実なら事実として受け入れるつもりです」

「ほう、想像以上に達観しているな」


 もしかして褒められた? とにかく、相手が神様だと分かった以上はここからは敬語口調でいかねば。

 にしても信じられないことに神様なる存在が実在していたとは驚きだ。何かのドッキリ番組だと信じたくても、実際に殺しをしてるんだから可能性がゼロなのも悲しい。


「では、久保倉晋也の人生録を」

「人生録……?」


 すると、最高神の隣にいた女性……もとい女神は持っていた本を渡す。


「これは君の二十二年間の人生を記録した本。先ほど君から生成した物だ。これから君が歩んできた人生を審査し、神殺しの処罰の減刑をすべきか否かを定める」


 どうやらあの時に全ての記憶を思い出したのは、人生録アレを生成した時の副作用らしい。

 俺の人生。二十二年間の全てが書き記された本の中身を確認し、処罰を決める……って、まるで俺が死んだみたいな言い方なのはどういうことなんでしょうね……?


「……えっ」


 ちょ、まだ数ページしか捲ってないだろ。早々に「えっ」ってどういうことだよ。なんか心配になるだろ!


「ええ……、いやいやいやいや……。ああ、止せ止せ止せ、ああああ……」

「最高神様、お声が漏れております」


 そんな俺の人生録をぺらぺらとめくる内に、最高神の表情もどんどん多彩に変化していく。特に苦面を中心に口元を抑えたり、時々目を隠して沈黙したりとバリエーションの豊かさに周囲の人々もざわつき始める。

 そして数分の審査を終え、本を閉じて大きなため息を一つ。


「……やばい、無理、つら。私の推しより酷い人生じゃないか……。君、本当に現代人?」

「俺の人生そんなにですか!?」


 生まれた時代を問われる程に同情されてしまった。いや、そもそも推しって何だよって思ったけど、思えばこの人現世でアニメのイベントに参加してたんだった。最高神がアニメオタクとか威厳はどうしたんだ。威厳は。


 話は戻して神様ですらここまでオーバーリアクションするくらい酷いのか、俺の人生……。いや、まぁ、確かに人より多少不幸な人生歩んできたとは思ってるけどさ。

 もはや誇っていいのか嫌悪すべきなのか分からなくなってきたぞ。


「なるほど、不覚にもちょっと同情してしまうとはな。君の人生はあまりにも波乱に満ちあふれ過ぎている。それも人一倍どころではなく五倍くらいにな」

「……それで、俺にはどういう処罰を?」


 俺の人生に同情されたとはいえ、それと神殺しの罰を減刑されるとは思えないけどな。

 せいぜい他の神様が言ってた最高刑の禁魂刑とやらの懲役の期間が少し減るくらいだろう。犯罪を犯した以上、どんな罰でも受け入れるつもりだった。元々そうなるのを承知で行った行動。覚悟は出来ている。


「そうだな……よし、決めた。君の処罰を決定したぞ」


 思いの外早く俺への罰を決めた最高神。手元の木槌で音を出し、この裁判の閉廷が近付いている合図をする。

 緊張が走る法廷内。しばらくの無音を経て、最高神の口は動く。



「罪人、久保倉晋也を『異界追放の刑』に処す!」



「異界……追放!?」

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