ファースト・コンタクト
異界追放の刑という名の女神デュリン更生計画の執行までの猶予は二日間。その間、俺こと久保倉晋也は天界での自由行動を許されていた。
自由って言っても、やはり神殺しの罪人。神々の住む町には行けない上に一部を除いた他の神たちとの接触も禁止。場所も
わりと制限は多いが、正直言ってあんまり不便さは感じられない。なにせ元々の生活も家無し金無し人脈無しの無い無い尽くしだったからな。むしろ寝泊まりが出来る場所があるだけでも十分過ぎる程だ。
そんな俺に出来ることがあるとすれば刑執行の準備くらい。つまり女神デュリンとコンタクトを取り、今後について話し合うことだ。
昨日は少なくとも俺の知る限りでは丸一日寝っぱなしで終わったからな……。そろそろ相手がどんな奴なのか知らなければならない。
それはそれとして、早くも壁にぶち当たっている。一体何の壁なのかというと、それは……。
「……デュリン様。早くお着替えください」
「い~~や~~だ~~……! 出たくない~~……!!」
「……はぁ」
女神デュリン。部屋から出るのを拒む、の巻。
監神館の専属召使いが人前に出る用の服を持ってデュリンの部屋で奮闘しているのだ。勿論、俺はその着替えが終わるまで廊下で待機中である。
面倒くさがりな性格なのも、それが原因で監神館に幽閉されたのも知っている。だが、もはやここまでとは思いもしなかった。
ファーストコンタクトを開始しようとしてからすでに一時間が経過。扉の奥から聞こえる戦いに俺は現在進行形で辟易中だ。
「……いい加減になさってください。付き添いの方とのお顔会わせは最高神様からのご命令。いくら実孫である貴女でも逆らうことは許されませんよ!」
「いいもん! 別におじいさまの命令なんて罪人の私には関係の無いこと。叛逆の裁徒とでも罵られようとも私は一向に構いません! べー、だ!」
「……最高神様の直系の血縁で元とはいえ
めっちゃ迫熱した戦いになってきたな。いやほら、だってもう自分のしたことを完全に開き直っちゃってるし。これは止めに入らないといけないパターンか?
でも、相手は元とはいえ人の運命を操る役目を受けていた女神。力のない俺が行ったとしてもどうにかなるとは思えない。いや、しかし……。
少しだけ悩む俺。だがすぐに考えを決めて行動に移る。
「すいません。ちょっと」
「……え? あ、はい。少々お待ちください。……デュリン様、少々お時間を取らせて頂きます」
「ふん、勝手にどうぞ」
俺は意を決してデュリンの部屋にノックをした。応答したのは部屋の主ではなく、絶賛奮闘中の召使いである。
デュリンに一時休戦の誓いを立てると、召使いはドアを若干開けて顔を覗かせる。
黒髪のお下げと丸眼鏡がどことなく和の質素さを醸し出している彼女。実はこの監神館職員の中でも随一の実力者──と最高神からお伺いしている。
「……晋也様。いったい何のご用時で?」
「あ、はい。あの……もう大丈夫なので、着替えとか強要しなくても俺は気にしないし、このまま話だけさせてもらっても……」
上記の理由もあって念のために召使いにも敬語を使う。メイドとはいえ神族だから、下手に気を損ねてしまったら怖いしな。
話は戻って会話内容。俺はこの諍いに終止符を打つべく、このままの状態で女神デュリンとの対話を求めたのだ。
これ以上の争いは明らかに不毛。相手もこっちもいいこと無しだ。ならば、もう先に話を進めることが重要なのではないかと思う。
「……ですが晋也様。流石に
「あ、いや。昨日の時点で今より酷い姿を見てるので、全然大丈夫ですから。本当に。もうこれ以上の時間の浪費はお互いに良くはないかと……」
昨日のは本当に酷い格好だったからな、うん。最高神でさえも目を背けるくらいだったんだから、別に寝間着姿で我が儘言ってる程度なら許容範囲内だ。
「……それもそうですね。私としてもこれ以上時間を潰されるのは頂けません。では中にお入りください。ですが、もしもの時に備えて私はすぐ後ろに控えておりますので」
「恐縮です」
許可が降り、昨日ぶりにデュリンの部屋へ入室。
うん。家具の配置、ゴミの量などもたぶん同じだ。数少ない違いは、昨日はベッドからほぼ落ち掛けていたデュリンが今回は布団に包まわれているのと、付き添いが最高神でなく召使いということくらい。
難攻不落の神の繭(直喩)。嘘は言ってないな。さて、始めるか。
──
「お初にお目にかかります、女神デュリン様。私は貴女様の祖父である最高神様の命により現世から遣われました、久保倉晋也という者です。以後、お見知り置きを」
「クボクラ……!?」
事前に練習した台詞で女神デュリンにファーストコンタクトを図る。
最初は俺の名前に反応を示した。まぁ、俺の名字はそこそこと珍しい部類に入るらしいから慣れっこだけどな。ファンタジックな名前の多い神様ならなおさらか。
「お話はお伺いになられているはずですが、改めて自分からご説明させて頂きます。私が貴女様の教育担当として異界行きに同行することになっております」
「異界行き……? 同行……!?」
独り言みたいな反応はするが、一向に布団から出てきてくれないな。強行手段を取るつもりはないにしろ、そろそろ顔出しくらいはしてもいいのでは?
まぁ、最低限のことは出来てるからこれはこれでいいか。結果的には顔を会わせるし、多少の妥協はね?
「もしかすると長いお付き合いになるやもしれませんが、そこはデュリン様の努力と私の指導でなるべく早いご帰還を──」
「──てない」
期待しております──と最後の台詞を言い掛けたところで、デュリンが俺の台詞を遮る。そして次の瞬間……。
「そんなの──聞いてないっ!」
その叫びが部屋中に響くと、あの召使いでさえ攻略出来なかった繭が弾けた。
中から高速で現れ、俺の脇を通る。急な突風のように過ぎていったデュリンは俺を無視して後ろに待機していた召使いの胸ぐらを掴んでいた。
「どどど、どっ、どういうことなの!? なんであの人間が私の異世界生活の付き添い!? なんでなの!?」
「……お、お、落ち着いて下さい、デュリン様。私も全てを知っているという訳では」
「じゃあ、知ってること全て教えなさい! 今すぐ、ホラ。さんはい!」
えぇ……? これはいったいどういうこと……?
デュリンが目覚めたと思ったら、俺を無視して召使いに今回の件の問い詰めている。異世界追放のことは知っていたようだが、どうやら俺が同行するということを知らされていなかったらしい。
ってか知らされていなかったとはいえ、そこまで拒絶反応をするのか……。うっ、何だこの胸の痛み。
そんなこと思ってる場合じゃねぇ。流石の召使いも困ってるし、早く止めないと。
「あ、あの……」
「おら! はやくしってること、はけ!!」
やめたげろよぉ! と、思わず言ってしまいそうになった時、その声はどこからともなく部屋に響く。
「──お前の疑問は、この私が答えてやろう」
「そ、その声は!?」
咄嗟に全員が声の聞こえた方向を見やる。そこはこの部屋の唯一の出入り口……ではなく、その手前。
「てってれてってって~♪」
「どっかから出て来てんだ!」
突然の闖入者。その名を最高神様。床から生えてきた謎の筒からご光臨。
すかさずツッコミを入れねばならぬと思って実行に移したのは秘密だ。
「最高神様!」
「お、おじいさま!」
「ふむ、目覚めたか。我が孫娘よ」
この人物の登場により、召使いもデュリンも驚いた模様。召使いは心なしか心底安堵したようにも見える。
というか、みんなさっきの登場の仕方が気にならないの? 嘘だよね?
「おじいさま。これはいったいどういうことなのですか!? なぜ私の刑罰に人間が付き添いを? それもよりによってあの──」
「しーっ、デュリン。そこから先の話はここでは言えん。知りたければ場所を変える必要性がある」
「……わ、分かりました。部屋を出れば教えて頂けるんですね……」
必死にまくし立てるデュリンを、最高神は一瞬で静かにさせる。祖父の前では流石に少しは大人しくなるな。
それにしても、デュリンの知りたいことがここでは話せないとはどういうことか。話の感じから、多分俺がいるからだと思うけど……。
いや、今は気にしないでおこう。俺に聞かれたくないってことは、俺にとってもあまり好ましくない話に違いない。触らぬ神に祟り無しってか、相手が神様なだけに。
「という訳でイレリスよ、私たちは一度監神館から出る。帰るまでの間、彼の準備を手伝ってやってくれ」
「……かしこまりました、最高神様。刑執行までの準備は私にお任せください」
このやりとりの後、最高神とデュリンはそのままどこかへとワープしてしまった。あの変な筒もいつの間にか無くなってる。
残されたのは俺とイレリスという名前が判明した召使いの二人。一瞬の沈黙の後、すぐに行動に移される。
「……では晋也様。晋也様用の準備を支度致しますので、まずは当館に併設されている浴場にて入浴して頂きます」
「え、風呂? 風呂に入れるのか!?」
「はい。入浴時間は余裕を持って三十分程度まで。それと先に身体を洗ってから浴槽に浸かってください。もしかすると他の神々もご使用なさっている場合がございますので、その時はなるべく個室のシャワーでお済ましください。それから入浴後に着替えをおいて置きますので、それに着替えたら真っ直ぐホールに戻り、私が来るまで待機。その後、必要な物を持ってきます。私一人では全てを持って来れない可能性がありますので、その時は手伝いをして頂くかと。それから──」
俺は思った。
(あ、この人面倒くさいタイプの人だ)
……と。
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