この女神、男神につき?

 風呂。それは命の洗濯。

 という訳でやってきたのが監神館の入浴施設。俺としてはほぼ年単位ぶりの風呂である。


 懐かしい……前の生活では湯に浸かるなんて考えられなかった。風呂の代わりに噴水の水とかで顔を洗ったりしてたからなぁ。


「おじゃましまーすっと……」


 早速中に入ると、そこは湯気の世界。そこかしこに湯の張った浴槽が並べられており、俺の知る限り一番広い入浴施設だ。

 人影は見える限りじゃどこにもいないな。よし、浴槽に浸かれる。


 しかし、ここまで風呂があるとどれから入ればいいのか全然分かんねぇな。まぁ、最初にするのは身体を洗うことなんですけども。


 俺はやっとのこさ見つけだしたシャワールームに入り、すぐに身体や髪を洗う。

 いいねぇ! この感覚は何年ぶりだろう。とても気持ちがいい。


「……なんか、前までの生活がマジで虚しく感じてきたな」


 ふとホームレス時代の生活を思い出して白ける俺。こんなに暖かい湯に良い香りのシャンプー、さらには風呂から出れば着替えもあるときたもんだ。涙が出そうになるのもわけないこと。


「熱つつ、っと」


 身体を洗い終えると、俺はようやく浴槽に足先を浸ける。ああ、これはいい。もう身体に良いって分かるもん。これはすごい。


 肩まで浸かり、もう忘れかけていた入浴の感覚を取り戻す。今よりずっと昔にこうして全身を湯に当たれた幼き頃の記憶が、またさらに虚しさがこみ上がらせてきたぞ。


 刑執行までは監神館ここでの生活を余儀なくされる以上、この体験を明日も行える。神殺しの罰があるとはいえ、これ以上の幸せがあっていいのだろうか?


「いや、今は今の状況を楽しもう。異世界っていってもどんな世界に飛ばされるか分からないんだ。今くらいゆっくりしてても罰は当たらない……って、もう当たった後だしな」


 そうだ。今はこれでいい。俺が異世界に行っても努力を重ねれば今のような生活も手に入るかもしれない。

 あ、そうだ。もし俺がデュリンの更生に成功したらどうなるんだろう。まさか願いを叶えてもらえるなんてことはあるまい。元々として受けたし。


 最高神の発言も考慮するとなると、俺だけ異世界に取り残される可能性が高い。異世界行きは酷い人生を送った俺への、でもあるらしいしな。……ん?


「そういえば、何でなんだ……?」


「お詫びがどうしたって?」


「あ、うん。昨日最高神様が言ってたんだけど──……ど?」


 ど、ど、ど? 人の声。若干ハスキーな声だが、それでも高音の域に入る。

 あれれ~? おかし~ぞ~? さっきまでは人影なんてなかったのに、何で?


 俺は恐る恐る声の聞こえた方向。向かって左側に首を回す。

 視界を遮る湯気の奥に一人の影。俺との距離はそう遠くない。ギリギリ四メートル……いや、もっと近いか?


「そんなにじろじろ見なくてもいいよ。見えないなら近付いてあげる」


 影の主はそう言うと、湯気の煙壁を突破してその姿を鮮明にさせる。

 第一印象、褐色。小麦色の肌が白っぽい世界には目立つ。

 第二印象、中性的な容姿。しかし、その肩や全体的な細さを見るに性別は明らか。

 第三印象、目下のW字状に広がる波紋。相手から見ればM字か。わりと大きめ。


 …………女性おんな、だな。



「どぅわああああああっはああっ!?」


「ぅわぷっ!?」


 何だと!? 何やて!? 何で!?

 俺はその驚愕の事実にたどり着いてしまった時、思わず飛び跳ねて水面に水しぶきを発生。それをあろうことか今の褐色少女に当ててしまうという二重の失敗を重ねてしまった。


「うわああああ! ごめんなさいごめんなさい! 今出て行きますぅぅぅ!」


 うわぁ、最悪だ! 意図的にしたことではないにせよ、もう約束を破ってしまったではないか! しかも、よりにもよって女性の神!

 畜生、何でだよ! タイミングが悪すぎる。最っ悪だ!


「……っ、え? いやいや、そんなことしなくていいって……。あ、そっか」


 構わず浴場から出ようとする俺。しかし、当の褐色女神は引き留めようとしたところで何かに気付く。

 でも、そんなの関係ねぇ! 今風呂場を出れば、もしかしたら天文学的確率で見逃してもらえるかもしれぬ。一縷の望みに希望をかけ、出口へレディ──……。


「よいしょっと」

「ごっ……!?」


 ゴー! しようとした瞬間、俺は何者かに手首を捕まれ、そのまま後ろへと引き落とされてしまった。あれ?

 今一度浴槽の中へ、今度は背中からダイブする形で再度入浴。


「まぁまぁ、落ち着きなって」

「…………?」


 俺は混乱している。さっきのダイブで頭を軽く打ったのも原因かもしれないが、それでもわけの分からない事態に見舞われている。

 水面に浮かぶ俺。それを見下している一人の

 さっきの褐色女神の姿がどこにも見当たらない。


「僕、君のこと少し知ってるんだよ? 監神館の神族なら大丈夫だよ、ね?」


 ばっちり華麗なウィンク。訳もわからないまま、俺はとりあえず体勢を戻した。







「あっはっは。今の君、面白かった~」

「はいはい、お楽しみいただけてなによりです」


 先ほどの行動を笑われ、ちょっとむすっと来てる俺は棒読みで返す。人の失態を笑うなんて神様のすることじゃねぇな。

 てかいたなら最初っからいたって言って欲しいもんだよ。かなり焦ったぞ。


「ふふふっ、僕はハウザー。君は久保倉晋也君だね? まぁ、そうだろうね」

「俺の名前……もう広まってるんですか」

「そうだねぇ。何せ最高神の神殺しだ。異体だけとはいえ今までどんな反逆者でも出来なかったことをやってのけたんだもん。そりゃ噂にはなるよ。あ、僕のことは呼び捨てで良いしもっと砕けた感じの口調でも気にしないから」

「そ、そっか……。分かった。俺のことも好きに呼んでいいよ」


 まぁ、本人が言うなら遠慮なくそうさせてもらう。しかしこの神、ずいぶんとフレンドリーだな。

 仮の姿だったとはいえ同族を殺している俺に対して気にしてる様子が一切感じられない。おまけに聖帝みたいな名前しやがって。

 ハウザー……一体何者だ? 監神館の神とは言ったが、なんか逆に怪しくなってくるな。


「また僕のことを見てる。もしかして、どっちの僕が好みか値踏みしてる?」


 ふと、そのからかいで俺はまたハウザーを見ていたことに気付く。いやはや、恥ずかしいな。別にそんな気がある訳でもないのに……って。え、


「どっちの……って!? や、やっぱりさっきの人……じゃなくて女神は……!?」

「おお、良いね。理解が早い人は……、好きだよ」

「おわっ!? また変わった!」


 俺の推理に賞賛を送ると、ハウザーは俺の背中に回る。そして、右側に移動をした時には再び性別が変わっていた。

 ど、どういうことだ? 諸条件で性別が変わる生物がいるのは知っているが、神様でもそれは通用するのか? てか、自在に変えれるのかよ!?


「僕は神族の中でも希有な両性を持つ特異体質なんだ。ちなみにこっちの姿ではハウゼッテと呼ばれる。これでも魔法は使ってないんだよ? 証拠に……触らせてあげようか?」


 そういってまた俺の手を掴み、ハウザー改めハウゼッテはあろうことか女性としてのシンボルに近付けさせるという奇行に走る。

 おいおいおいおい、それは流石にまずいって! ここで淫行は本当に罰が当たる!


「ええいやいいですいいです! 見ただけで十分、十分だ!」

「えー、そう? 僕自身、性格は男よりだと思ってるから別に触られても気にしないんだけど」


 お前のことだけを気にしてるんじゃないんだよ! 俺のモラルとこの身に受けた罰の問題なんだっつーの!

 まったく……。距離感まで狂ってやがる。もしかしたらヤベー奴と知り合いになってしまったかもしれない。


「……あ、そっか。君は所謂童て──……」

「あー! そろそろ風呂から上がらないとなー!! このままだと逆上のぼせちゃうからなー! それじゃあお先に失礼するねー! じゃあねばははーい!!」


 駄目だ、やっぱりこの神様やばい人だって! 距離感どころか倫理観も絶対おかしいよ!

 ハウゼッテから逃げるように浴槽を出ると、急いで出口へと向かう。浴場で走るのは危ないから早歩きだが。

 しかし、時間が近付いているのもまた事実。監神館最強の召使い様からのお叱りも遠慮したい。……が。


「おーい、待ってくれよぉー」

「いや、わざわざ着いて来なく……ってお前! 女の姿のままじゃねーか! ちょっ、追いかけるならせめてハウザーの方で! いろいろ気になるだろ!?」


 なんとハウゼッテのまま着いて来た。女性体はグラマー故にいろんな箇所がぶるんぶるんしてて目のやり場に困ることこの上ない。

 とまぁ、なんとか男体に戻ってもらったところで、何故追って来たのだろうか。その理由を尋ねる。


「いや、流石に馴れ馴れしく接しすぎたかなって思って。まぁ、それのお詫びっていうか、僕の宝物を一つあげたくてさ」

「宝物……?」


 あの馴れ馴れしさには自覚があったのは意外だ。てっきり無自覚なのかと思ってた。

 それにしても、宝物とは? 確かによく見るとハウザーの身体にはピアス類のアクセサリーとかが少し付いているが、それを渡されてもなぁ。俺、それ目的で空けた穴なんてないし。


 何を渡してくるのかの予想をしていると、ハウザーは両手を動かし、何もない虚を練り込むような動きをする。すると、何もなかった虚から腕輪のような何かが出現した。


「君と出会えた運命に感謝。そして少しだけ無礼をしたことへの僕からの贖罪。受け取ってくれ」


 虚空からの生成を終え、軽く出来を確認するとその物体を俺に手渡そうとしてきた。

 銀色の腕輪。装飾は少ないが、どことない中二感。ちょっとカッコいいかも。


「これは……?」

「君と僕との友情の証さ。君は天界には長くは居られない。そうだろう? いつかまた君に会えると信じて作ったお守りだよ。捨てたり売ったりしても構わないけど、価値に関しては期待しないでね?」


 友情の証、ねぇ。出会って十数分の俺にそれをくれるのか。なんとも胡散臭いな、この神様は。


「……しないよ、そんなこと。ありがとう、大切にするよ」

「……! そっか、ありがとう、シンヤ君」


 ま、悪い気もしないけどな。腕輪を受け取り、早速装着しようとしてみる。ハウザーからの補助もあって、左腕の二の腕辺りに腕輪は着けられた。

 天界での初めての友人か。もしかして、人類史上初めて神様と友達になれた男なのかもな、俺。


「それじゃあ、俺は出るから。メイドのイレリスさんにお叱りを受ける前にな」

「ああ、あの人は確かに怖い女性ひとだ。引き留めたのはなおさら悪かったね」


 やっぱりイレリスさんは怖い人なんだな。改めてイメージの確認が取れて良かった。

 これ最後に、俺とハウザーは浴場で別れた。思わぬ出会いに驚きつつ、内心では少し嬉しいと思ってたり。


 さ、着替え終わったら次は準備の続きだ。イレリスさんを怒らせてしまわぬよう、急いでホールに戻ろうか。













 更衣室から姿を消したのを見届け、一人になったハウザー。その手には先ほど作り出した銀の腕輪と瓜二つの形状をした金の腕輪を持っていた。


「……そう、これは君と僕との友情の証。またに会えるよ」


 不敵に浮かべる笑み。中性的な顔立ちで見せるそれは、どこか怪しげな表情にも捉えられる。


「僕の……手段ともだち!」


 再び性別を転換させ、ハウゼッテの姿で先ほどの腕輪を装着。妖しく黄金色の光を放つそれは、ものの数秒で光を失う。

 しかし、それが失敗を意味するものではないことを知っているハウゼッテは、怪しい笑みを維持しつつ再び浴槽のある方向へ戻っていった。

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