避けられぬトラブルは運命と言えるか
「あ、自己紹介がまだでしたね。私はリアンといいます」
「俺はシンヤ。この寝てるバカはデュリンだ」
スカウトウーマンの少女改めリアンの道案内で向かっているのは例の宿。しかしまぁ、質は良くないとは聞いていたが、その道中までもそうだとは思わなかった。
何故ならば、今歩いているのは薄暗い裏路地。ゴミとかネズミっぽい生き物をちょくちょく見かけるのだ。
……思い出すなぁ。俺の世界だったらこういう所に捨てられた段ボールとかあるんだよ。飲食店の裏だったらたまに廃棄の商品だったりとかな。
「歩いてるのも勿体ないので、先に私たちの活動について教えますね」
何やら唐突に勧誘をしている団体について説明をするという。
怪しい宗教ではないとリアンは言っていたが、ぶっちゃけ信用度は無いに等しい。こういう手口でいつの間にか入ってた、なんて話もあるからな。警戒はしておく。
「私たちは『ギルド』という活動をしています。まだ始めてから日は浅いんですけどね」
「ギルド?」
「はい。ご存じありませんか?」
はて、ギルドとな。俺の知る範囲でなら同業者組合のことになるが……それとは違うのだろうか?
「知らない人もいるんですねぇ。すごく簡単に言うと何でも屋のことです。物探しやお店の手伝いみたいな依頼をこなして報酬をもらうのが世間一般に知られてる『ギルド』の活動なんです」
ふーん。つまり派遣会社みたいなものか。それを個人でやろうってこと。
ん? でもそれならさっきの身体つきとかは何故に行ったのだろうか? 期待値なんやら言ってたけど。
「なあ、さっきメモしてたのって何の意味があるんだ? ただ人を派遣するだけなら運動よりも能力を見るべきじゃないのか?」
「それなんですけど、やっぱり男手が必要なのも理由にありますが、たまーに魔物討伐みたいなハードな内容の依頼が舞い込んでくるんですよ。女性でそれをこなせる人は少ないので、なるべく男性が多く必要なんです」
魔物討伐!? マジで?
やっぱりここはファンタジーの世界なんだな……。魔物ってことは、ドラゴンとか悪魔みたいなのも存在してるわけか。
「……やっぱりいいや。死にたくないし」
「え!? そんなぁ!?」
いや、だってそうでしょ。危険な仕事は報酬が多く貰えるだろうけど、痛いのは嫌だし。
それに、俺にはデュリンの更生っていう指名がある。派遣先で死んでしまうわけにはいかないのだ。
「で、でも、ギルドの意向によっては討伐とかの危険度の高い依頼は受入拒否したりするんです! 私たちのギルドはまだ弱小なのでそういうのは滅多に来ません。来てもせいぜいネズミの追い払いくらいだし、そもそも人手が足りない今はそんな依頼来ても受け付けませんから!」
「ひ、必死だなぁ……。嘘だよ、ごめんごめん」
ちょっと拒絶の意志を見せつけるだけでここまで焦るとはな。ちょっと悪いことした気分だ。
色々と話を聞いている内に目的地に着いたらしい。ソラリオの夜島亭、今日からしばらくの間の拠点となる施設。
「あ、あの……。えと、これ、私のギルドまでの地図です。説明はしましたので、もしよろしければお考え頂ければと……」
おずおずとした様子でそう言うと、最後に一礼をして元来た道を戻って行った。最初は駆け足で進み、途中で徒歩に変わり路地の角に消える。
なんか、可哀想だったなぁ。多分、俺が就職拒否の意志を見せたから脈無しと判断したのかもしれない。
ノルマも未達成とか言ってたし、外での勧誘も人目をはばらかずに縋るくらいだったから相当
他人事のように──実際他人事だが──思いつつ、俺は宿の扉を叩いた。
†
宿にて受付を済まし、俺はやっとのこさ大量の荷物とデュリンの拘束から解放されることに。
肩も腰も痛むが、それを凌駕するこの清々しさ! 実は背中とか蒸れてたからめっちゃ涼しい! 何物にも縛られないって素晴らしいな、本当な!
「おい、デュリン。行くぞ」
「んん……? え、どこに……?」
それはそれとて、早速次のステップへ。俺は眠りこけるデュリンを叩き起こした。
衣食住の内、『住』はクリア。残るは『食』。これが次の目的となる。
デュリンを起こす必要性があるのかどうかと問われれば、正直無い。しかし、なるべくコイツを一人にするわけには行かない。
何せここはファンタジー世界。俺の乏しい知識にでさえ悪漢やコソドロみたいな素行の悪い奴らが彷徨いていることを知っている。仮にも女神であるデュリンがそんな奴らの餌食にされるのは絶対に回避しないといけない。
それらが俺の目が届かない場所で起きてしまえば、どうしようもなくなるからな。
「飯だ飯。あんまり手持ちがないから、そんなに多くは食わせられないけどな」
「ご飯! やった!」
ま、
ということで最低限の荷物を整え、今度はコイツを背負うなんてことはせずに再度心を鬼として出発だ。
「ねー? どこで食べるの? それも聞いてるの?」
「……いや、飲食店に関しては何も聞いてない。こればかりは手探りだな」
うーん、それも聞いておけば良かったと今更後悔しておこう。来て間もないどころか直後の俺らには町のどこで飲食出来るのかなんて分かるわけ無い。
そういえば、この世界の食事ってどんなのだろう。天界での食事は案外俺のいた世界のと代わり映えはしなかったけど。
とりあえず聞き込み……しかないよな。てなわけで俺は再びそこらの町人──なるべく装いと愛想の良い人を中心に──へ片っ端から情報を集めていく。
情報収集の末に露天街という場所に行き着いた俺らだが、そこで何やらトラブルが起きているのを目撃した。
「何だ、喧嘩か?」
どうやらそのようだ。人だかりの隙間から見える現場には、数名の男が声を上げて誰かを責め立てているのを確認。
あーあ、一体責められてる奴は何をしたんだか。多分、俺の予想では食い逃げなり万引きみたいなのだろう。もしそうなら自業自得だな。
「…………」
「どうした?」
「……喧嘩はあんまり好きじゃない」
ふとデュリンを見やると、両頬をハムスターさながら膨らまさせて何故か不服そうな表情を浮かべていた。
あの喧嘩を見てストレスを感じているそう。おいおい、監神館でイレリスさんとやり合ってたのは何だよ。あれも立派な喧嘩だろうに。
にしてもコイツは飯とだらけること以外に関心を寄せなさそうなイメージがあっただけに、他人の喧嘩を見ただけで不満になるなんてな。そういうところは案外繊細らしい。
「確かに聞いてるだけでも耳障りだな。さっさと食いに行──……」
そう納得して再びデュリンの方を向いた──時、ここで本日二度目のデジャブ。
そこにあの女神の姿は無かった。はい、いませんでした。畜生、またかよ。
「え!? デュリン!? またどこに行った……って!?」
再び姿を眩ました女神だが、今回ばかりはすぐに見つけられた。いや、正確にはそこにいるであろう場所の特定が出来たと言うのが正しいか。
何故ならば、デュリンは──
「こらーっ! そこの男たち、弱い者をいびるのは止めなさい!」
「……あ? なんだお前」
「……あ、なん、え? な、何やってんだアイツぅ!?」
嘘だろう。いやぁ、これは流石に嘘であって欲しいが、この声は完全にアイツの声だ。デュリンは今、あの喧嘩が起きている人集りの中央にいる。いつの間に……。
この乱入にしらけた会場のおかげで喧噪に紛れてた責める側の男の声を初めて聞く。なんというか、ドスの効いた声してんな。怖い。
いや相手の声質なんて気にしてる場合じゃねぇ! 早くアイツを止めなければ!
「男三人で一人の女の子を責め立てて、一体彼女が何をしたというの? 泥棒も食い逃げもしたようにはとても見えないけど」
「はっ、何だお前、そいつの仲間じゃねぇのか。だったらさっさと消えな。これはお前には関係のないことだからな」
「そういうわけにはいかないの。私、喧嘩は嫌いだから、消えるのは私じゃなくて、あなたたちだと思うのだけれど?」
何とかして人垣を越えて現場に出ると、案の定デュリンが三人の男を前に、勇ましくも立ち向かっていた。
あいつ……中々煽りおる。止めとけよな、後が怖い。ってか今すぐ戻ってきて欲しいんですけど。
「言うねぇ、嬢ちゃん。俺たちが何なのか分かって言っているんだよなぁ?」
「知らないわよ。私、さっきこの町に来たばっかりだもん」
「さっきこの町に来たァ!? ウッソだろお前! 笑わせてくれんねぇ!」
相手も煽ってくるが、デュリンは涼しいというか冷ややかな表情で気にも留めてない様子。結構煽り耐性高いな。
関心してる場合じゃねぇ。とりあえず俺はデュリンの視界に入る位置にまで移動し、そのままジャスチャーで帰還を指示。だが、あいつはこれを無視し、代わりにこんなものを俺に送って来やがった。
(聞こえますか……聞こえますか……今、シンヤの脳内に直接語りかけています……)
「こいつ、直接脳内に……!?」
まさかのテレパシー。あいつ、こんな能力を持ってるのか……。
ま、まぁ遠くから他人に悟られずに会話出来るのに越したことはない。早速俺も脳内でメッセージを綴る。
──お前何でそっちにいるんだよ。喧嘩の仲裁なんてしなくてもいいから、早く戻ってこいよ!
(もしかしたら何かを伝えようとしてるのかもしれないけど、実はこれ私からしか送れないから)
俺からの送信は出来ないんかいっ!? なんて地味に使い勝手の悪い能力なのだろう。
いや、でもそれで十分だ。とにかくジェスチャーで撤退指示を送る。
(ふふふ、シンヤ。残念だけどその相談には乗れないわ)
きちんと俺の意志は通じてんのかな? ともかく相談に乗れないとはどういうことだ。もしかして、この喧嘩を沈めさせられる策があるのだろうか──!?
(こ、怖くて足が動かないせいで逃げるタイミングを見失っちゃった……。助けて)
自分から喧嘩にしゃしゃり出ておいて何やってんだデュリィィィィィンッ!!
俺の心の奥底から出た絶叫は誰にも聞こえることなく俺の中で反響して消えた。
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