怪しい勧誘はなるべくお断りします

「ああ~、助かったぁ~……」

「はっはっはっ、兄ちゃん。お疲れかい?」


 俺を労る言葉をかけてきたこの方、名をシバさんという。この荷馬車の持ち主で、商人をしているのだそう。

 つい先ほど、一人で大量の荷物とデュリンを抱えて歩く俺を見て乗せてくれたのだ。優しいなぁ。


 もしあのまま一人で歩くなんて続けてたら夜になること間違いなしだったからな。ほんと、感謝しかないわ。

 ちなみにデュリンは爆睡中。人の気も知らずにこの女神は……。


「しかし、大変だな。ぱっと見そんなに力がなさそうなのに、大荷物と妹さんを背負って旅なんてねぇ」

「ははは……。ええ、まぁ……いろいろありまして」


 ちなみに、デュリンと俺の関係性は義兄妹という設定で通した。正直に神だなんだと言ったらどんなことになるか分からんからな。


 それにしても商人か。アラビアっぽい感じのフードや濃い褐色の肌もさることながら、荷台に積んである巨大な鱗や牙などの品物を見る限り、これら産出する生物は俺のいた世界に存在しないであろう。


 空気の綺麗さから何となくは察していたが、まさかファンタジーな世界観の異世界だったとはな。これは意外や意外。


 ……いや、よく考えれば最高神は俺に魔導書を渡したのだから、魔法の存在する世界に行くと示唆していたのか。魔法=ファンタジーだからな。


「ところで、この馬車は近くのサン・ルーウィンっていう町を経由して本国に行くんだが……。お前たちはどうするんだ?」


 サン・ルーウィン……。地図にある町の名前か。どうやら目的は違えど行く先は同じらしい。


「じゃあ、俺らはそこで降ります。ほんと、何から何まですみません」

「気にすんな。俺の生まれた国じゃ困ってる旅人を助けると良いことあるって言われてんだ。むしろいてくれて幸先良い出発が出来たぜ」


 良い人だぁ……。俺もこのくらいの器を持てる男になりてぇな。

 転移してから初めて交流する異世界人がこんな良識のある人物なのは、非常に幸運といえる。前の世界はホームレスに冷たかったからな。


 それはそれとして、今後について考えねばならんな。衣食住は大事。

 そうだな……町に着いたら、まずは寝る場所の確保を優先しよう。どこか泊まれる場所があるか商人さんに少し聞いてみるか。


「そういえば、サン・ルーウィンってどんな所なのか分かりますか? 泊まれる所とか心当たりあれば教えて頂きたいんですけど……」

「ん? ああ、俺は一度住んでたしな。そうだな……ソラリオの夜島亭はどうだ? あそこは質が良くない分安いし連続で泊まれる。俺も若い頃はよく使ってたな」

「ソラリオの夜島亭……か。ありがとうございます。俺たち、そこに行ってみます」


 何とも幸先が良い。商人さんから宿泊施設の情報を入手したぜ。

 これで、泊まる所の心配はほぼなくなったな。他にも気にかけるべき点は多くあるが、今はこれで良しとしよう。


「ん? おい兄ちゃん、見えたぞ。サン・ルーウィンの町だ」


 どうやら目的地が見えたらしい。馬車で数十分もかかる距離を歩きかつ大荷物で行こうとしてたのは流石に無茶が過ぎた行為だったようだな。


「おい、デュリン。起きろ。そろそろ町に着くぞ」

「ん~? あと五時間……」

「寝すぎだバカ。いい加減に目を覚ませバカ」


 わりとガッツリ寝てたデュリンを起こす。

 どうやら俺らが馬車に乗ってる状況を理解しきれていないようで、きょろきょろと辺りを見回している。そりゃお前寝てたしな。


「…………スヤァ」

「町に着くって言ってんだろ! 寝直すなバカ!」

「仲良いねぇ」


 二度寝を阻止したところ、商人さんから冷やかされてしまった。

 まったく、みっともない姿を晒してしまった。教育担当としてちょっと恥ずかしいわ。


 寝ぼけ眼のデュリンはさておき、この馬車ともそろそろお別れだ。商人のシバさん、本当にありがとうございました。


 俺らはついに目的地であるサン・ルーウィンの門へと到着。馬車駅で商人さんに別れを言い、ここから再び歩きで町の中を行く。


 商人のような人が本国とやらの中継地にするだけに中は活気がある。おそらく旅人も多く来るだろうから、早く目的地に着かなくては。


「で、ここからどうするの? 今日泊まる場所とかの当てはあるの?」

「お前が寝てる間にさっきの商人さんから色々聞いたわ。つーか町に着いたんだから俺の背中から離れろ」

「いやです」

「この野郎……」


 やっぱり甘えなんてこいつに向けちゃダメだな。今みたいに寄生されてしまう。

 仕方ない。今引っ剥がすのに時間をかけて宿が満席になんていう結末を避けるためにも、今は我慢しよう。


 宿に入れれば自然と離れてくれると信じて、俺はソラリオの夜島亭の場所を探るべく聞き込みを開始する。


「あの、少し聞きたいことがあるんだけど……」

「あ! はいはい、どうぞどうぞ! 何のご用件で?」


 俺が最初に話しかけたのは大体十五~六歳と思われる少女。青色の制服らしき装いでカゴを片手に何かを探しているように見えた。

 この人慣れしてそうな感じから、何かしら人と関わる職に就いていると推測する。


「『ソラリオの夜島亭』って宿を探してるんだけど、心当たりはある?」

「あの宿なら私、場所分かりますよ。ご案内しましょうか?」

「え、本当!?」


 予想的中。どうやらこの少女は宿の場所が分かるらしい。これはラッキーだ。

 早速案内してもらおう。この場合は何かお礼とかした方が良いのかな?


「ふむ、ふむ……」


 嬉しさ半分、心配半分の気持ちでいると、何やら少女は俺のことをじろじろと見てくる。

 前の人生ではよく色んな人から視線を浴びせられてきた俺にはこの目が奇異の目ではないことは分かった。どちらかというと、値踏み……査定に近いのかもしれない。


「……体格は細め。身長は要求値以上。腕力は見た目よりある。総じて期待値は高め……」


 そして、一通り見終わると後ろを振り返って手持ちのカゴからメモ帳らしき紙束を取り出し、小声でぶつぶつ呟きながら何かを綴り始めた。ほぼ全部聞こえてますよ。

 一体何をしているんだ? 体格やら身長やらで俺の身体つきを調べてるっぽそうだけど……。


「あ、ごめんなさい。宿の件ですが、道案内をする代わりに、一つ条件があります」

「じ、条件……?」


 メモの手を止めた少女は、俺の方に向きを直すと何やら条件を突きつけてきた。

 まさか金か? いや、でもさっきのメモのこともあるから、ただ金を要求しようとしているとは考えにくい。


 怪しいな……。もしこれで何かしらの勧誘だったら逃げよう。そうしよう。


「お時間があればでよろしいので、この場所に来ていただけれ──」


 やっぱり何かの団体に勧誘する系じゃねーか!


「あーっと! そうだそういえばこの町に知り合いがいたんだった。ごめんやっぱりそこに行くことにするや手間取らせて悪かったね。じゃあねばいばーい!」


 これで行ったら怪しい宗教団体なら詰みじゃん。くわばらくわばら。

 どことないデジャブを感じつつ、とりあえず食いぎみ早口の嘘で相手の話をかき消して俺はこの場から去ろうとする。だが──


「そ、そんなぁ!? バレバレの嘘でどこかに行こうとしないでください! せめて話だけでもぉ~!!」

「ぬわー!? 足を掴むな足を!」


 足早に立ち去ろうとした俺の足に、あろうことか少女は喚きながら縋り付いて来やがった。服が伸びちゃうだろ!

 ああ、なんか周囲の目が痛い。周りから注目を集めてまでして俺を勧誘したいか!?


「離せぇ~! 怪しい宗教とかなら断固拒否だ!」

「もう始めてから何日も勧誘出来てなくてノルマを達成出来てないんです! というか宗教だなんてそんな団体じゃなくて、むしろ仕事みたいなので就業者を募っても集まらないから、こうして私が頑張ってるんですぅ! せめて、話を聞くご慈悲だけでもぉ~!」


 なに、宗教じゃない? それどころか仕事とな?

 もしそれが本当なら良いニュースかもしれぬ。最高神から貰ったこの世界の僅かな資金はいずれ底を突く上に、働かなければ食っていけない。

 自分から探す手間が省けるのは良い。うーん、しょうがねぇな。


「うぅ……。お願いしますぅ……」

「はぁ、分かったよ。話は聞くから、早く教えてくれ」

「……! ほ、本当ですか!?」


 泣き伏せていた身体を起こし、少女は一瞬の困惑から満面の笑みを浮かべる。

 多分、言ってたことは本当だったんだろうなぁ。この笑顔はあれだ、久しぶりにまともな食い物にありつけた時の表情に似ている気がする。


 そんな訳で、哀れなスカウトウーマンの少女の勧誘に折れた俺は、話を聞くこととなった。

 あのやりとりの中でデュリンはまた寝ていたのは言うまでもない。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る