良職/悪職

極む怠惰

 俺が思うに、この旅にはデュリンの育成以外にも何か目的があるのではないかと思っている。


「ねぇ~。シンヤ~」


 裁判時に他の神々が求めたのは最高刑とされる禁魂刑。その執行が満場一致の考えだったのにも関わらずに、最高神が下したのは異界追放の刑だった。


「聞いてるの~?」


 お詫びのようなものだと最高神は言っていたが、存在の抹消が出来るのなら生まれ変わらせることだって出来るはず。それなのに俺を別世界に送──


「ね゙~~え゙ぇ~~!」



「うるっさい! うるさい! 何!?」


 だあああああ! しつこい!

 人が考え事してる時にさっきからぶつぶつ俺のことを呼びやがって。用件はなんだよ!


「重いよぉ~、もっと持ってよ~」

「いい加減にしろよ。もう何個分お前の荷物から引き受けてると思ってんだよ! お前の荷物、ほぼ雑貨だけじゃねーか!」

「だってぇ~!」


 女神デュリンの怠惰さは実に厄介だ。今、身を持って実感してる。

 今の俺たちは荷物にあった地図を頼りに町へ行こうと奮闘中だ。ちなみに転移からまだ一時間も経ってない。


 荷物の方もついでに説明しておこう。最低限の雑貨と少量の旅賃をデュリンが持っており、毛布や鍋みたいな重さのある物を俺が全て担当。おまけに我が儘な女神様からの頼みで少しずつ荷物を増やされ、現状は2:8で俺への負担が凄まじい。


 流石にこれ以上は無理。てかあの量で重いとか言っちゃだめだろ。仮にも女神が人間に身体能力で負けるとかプライドもあったもんじゃねぇな。


「お前は天界でどんな風に暮らしてたんだよ。まさか、コップより重い物を持ったことないとか言うんじゃないよな?」

「た、確かにそんなことはないけど……でも、今の私は能力をこの世界の人間レベルにまで下げられてるんだもん!」


 あ、そういえばそうだったな。

 刑執行前に最高神から事前にいくつか説明されていたことを思い出す。


 前に説明してもらった通り神が別世界に行く時は『異体』に受肉するのだが、この異界追放の刑は例外で、神としての能力を下げられた状態で受肉無しに追放されるのだという。それすなわち──


「デュリン。お前、運動能力は?」

「へ、平均より少し下……でも、人視点ならスポーツマンくらいあるし……」

「全能力にセーブが掛かってる今は?」

「……もしかしたら、人間の子供にも負ける、かも……?」


 何となくは予想してたが、案の定の結果が。

 この神、運動音痴につき──。そりゃあれだけの荷物を持って歩いてすぐにを上げるわな。まぁ、監神館で引き籠もり当然の生活をしてればこうなるのも無理はない。


「お前……神様なのに人間に身体能力で劣ってるとか恥ずかしくないの?」

「ぬぬぬ……! で、でも私知ってるもん! シンヤの世界ではあなたくらいの年齢の人間はみんな太ってるって。どうせシンヤもそうなんでしょ? その服の下はぶよぶよのだっらしな~い贅肉が乗ってるはずよ!」


 なんかめっちゃ偏見を持たれてるなぁ、現代日本人。

 まぁ、確かに全てを否定するということはしない。肥満率は年々増加してるのも事実だし、ちょっと都会めな場所に行けばそういう体型の人間は山ほど見かける。 


 だがこの俺までその括りに入れられるのはいけ好かないな。これは訂正をしなくては。


「お前は俺をその類いだと思ってるようだがハズレだ。お前、もう忘れたか? 元ホームレスの俺がどんな生活してたと思ってんだよ。一ヶ月を水と雑草と段ボールで食いつないだ経験のある男だぞ? この服の下にあるのは贅肉じゃない。あばらの浮いた痩せこけた身体だ」

「うっ……そうだった」


 あの日々は辛かったなぁ……。今思い返してもしみじみ思うぜ。

 本当ならここで証拠に俺の服の下を見せるべきなのだろうが、相手は女性な上に荷物が邪魔だ。デュリンもそれに気付いてくれたし、実行には移さないでおこう。


 それはそれとて、運動が出来ないのはわりと致命的では? 断定こそ出来ないが俺のいた世界みたいにデスクワーク職が多く存在するような世界であるわけではあるまい。

 うん、当分の目標は決まったな。


「つーわけで、しばらくの目標はお前の運動不足の解消だな。じゃ、これ」

「えっ!?」


 これもお前のためだ。許せ、デュリン。

 俺はこの一時間で少しずつ持たせられた荷物を全て返却。毛布に食料品など、デュリンの荷物が重くなる一方で俺の荷物は徐々に軽くなる。


 これで、ようやく最初の5:5のバランスになった。これでも重さは俺に偏ってるんだからな。


「よし、これでトントンだ。んじゃ、早く行くぞ。野営道具があるとはいえ夜になる前には町に着きたいからな」

「……うぇぇ、ひどいよぉ……」

「あーあー、聞こえなーい。町に着くまでは一切聞こえなーい」


 教育係だからな、心は鬼だぞ自分。泣きつかれて甘やかしたら元も子もないからな。

 泣きべそをかいているデュリンの方は見ず、俺は地図とにらめっこ。記されている場所までレッツラゴーだ。


 しばらく背後からのすすり泣きをBGMにしつつ下山していくと、人が歩いて踏み固められたと思われる道を発見。

 こいつぁ上々。わりと早くに見つけられてラッキーだ。


 今は静かだが、荷物持ちの苦しさに見舞われているデュリンもこの報には喜ぶだろう。この報告をしようと俺は後ろを振り返るが……。


「よし、デュリン。人の通る道を見つけた。あともうちょっとの辛ぼ……う……?」


 しかし、そこには例の女神の姿は無かった。

 そう、居なかった。この状態の意味を理解するにかかった時間は僅か一秒未満。


「し、しまったぁ──!!」


 抜かった! 途中から妙に静かになったなとは思ってたが、まさか初日にデュリンを遭難させていたとは、何というミス!


 これは非常にまずいぞ。俺の世界の山だって危険な生物が多く生息してるのだ、異世界の山が危険でないはずがないだろう。


 そんな場所にいつの間にか置き去りにしてしまったのは非常に危ない。早急に捜し出さねば。


 俺はせっかく見つけた道に背を向けて、元来た獣道を駆ける。デュリンよりかは運動出来るとはいえ、俺だって筋肉の衰えた男。正直荷物を持って走るのはきつい。


 でも、それとデュリンの失踪と比べればゴミ以下の悩み。最高神の孫娘の教育兼神殺しの贖罪という二つの責任がある以上、無視なんてもっての他だ。


「どこだっ──! デュリ──ン!!」


 山中を叫びながら元来た道を逆走。記憶が導く限り真っ直ぐに進む。

 同じような景色が続く獣道を突っ切っていくと、奥に何かが見えた。あの形状……察しはつく。


「デュリン! 大丈夫か!?」


 たどり着いた先にいたのは地面に倒れ込んでいるデュリン。よかった、怪我とかはしてないみたいだ。


 わりと早く見つけられたのはいいとして、まさかとは思うが、背中の荷物に圧し負けたのか? だとしたら運動神経悪いってレベルじゃないな。とりあえず起こさないと。


「おい、デュリン。起きろ。ここで寝てると危ないぞ」

「……もういい。いっそこのまま果てたい」


 いきなり何言ってんだこいつ。初日に死亡願望とかバカいってんじゃないよ。


「重い、身体が動かない。それすなわち、これが私の終焉、定め……。果てたい」

「こいつ……」


 無駄に語彙力が高いな……。言ってることはともかく、内容はだいたい理解出来た。

 要はめちゃくちゃ面倒臭がってるだけか。果てたいだの何だの言っておきながら、荷物を戻されたことに不満がってこんなことをしてるだけと推測する。


 当然の如く放っておけない上に、このままでは埒が開かない。

 ……本当はこんなことしたくはないし、あんまりやりすぎると本人のためにないからなるべくしないように心がけてたんだがな。しょうがねぇ。


「ほら、デュリン。乗れよ」

「……え?」

「さっさと町に行かないといけないからな、今回だけだぞ。お前の我が儘に付き合うのはこれが最初で最後だからな」


 俺は背負っている荷物を前に直し、無気力に倒れるデュリンに背を向ける。

 そう、これは今回だけ。野宿になるのはまっぴら御免だから、仕方なくだ。


「やったぁ!」

「ぐっ……!? お前ェ……やっぱり元気じゃねーかよ」


 多少の甘えを見せた途端、倒れ込んでいたデュリンは一瞬の内に俺の背中に飛び乗ってきた。野郎、なんて現金なやつ。


 全部の荷物+デュリン=負担増大。屈辱の方程式が決まってしまった。

 お、重……。これは足腰の負担がやばい。耐えられるか、俺……?


「さぁ! 行こうシンヤ!」

「くそ……自分が楽してるからって他人事みたいに言いやがってこの野郎ォ……!」


 途端に元気を取り戻しやがって……。腹立つな、こんちきしょう。

 しかし、この役割を引き受けた以上はもう戻れない。甘えを見せたことをめっちゃ後悔してる。


 このまま町を探し出すのが先か、俺が動けなくなるのが先か。もうどっちも見当がつかねぇよ……。

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