予期せぬ事態は何故起きた?

「ったく、ちゃんとやれって話ですよ、ほんと。魔法が使えない俺が言うのもなんですけど」


 やれやれ、まさかこんなことになるとはな。

 つい数時間前のことを愚痴りつつ、俺は目の前に用意されている食事を口に運ぶ。隣に座るデュリンも願い叶ってか料理をとても味わって食べていた。


 本来、俺とデュリンはここにはいない。それなのに、またこうして監神館で夕食を頂いている。原因は明らかだ。


「まさか、転移魔法陣が正常に作動しなかったのは予想外だった。君らではなく、先に荷物の方を優先して転移させてしまうとはな……」


 何故か同席している最高神が考えられる要因について語る。

 聞くによると、あの転移魔法陣とやらは魔力を多く持つ物を優先的に異世界に送るという性質を持っており、別の部屋にて転移と同時に移送させる予定だった荷物から魔導書を入れたバッグを感知。それを最優先で転移させてしまったのだという。


 つまり、今回の失敗は俺に魔導書を渡した最高神にあるというわけ。孫が孫なら親も親だな。


「明日には再度出発の準備を終えているはず。その時は今回のような儀式的なことはせず、すぐに転移させよう。異世界へ先に置いてしまった荷物が奪われては元も子もないからな」


 あの魔法陣をもう一度描くには時間がかかるんだと。延期になったのもこのためだ。

 それ故に幸か不幸か監神館で本当の意味で最後の一泊が出来る。俺もデュリンと同じく最後の生活を噛みしめておこう。うん、飯が美味い!


「だが、魔法陣そのものは完璧だった……。本も魔方陣が優先して転移させる程の魔力を込めなかったはず。他に原因は……」


 用意されている食事を余所に今回の失敗についての思考を巡らす最高神。あんな失敗をしておいて魔法陣の出来は完璧と言い切るのは、自身のプライドが許さないのだろうか。


 ま、なんにせよ俺には分かりっこない話。明日こそ異世界に行くのは確定済みなんだから、その時までゆっくりしておくことにする。


「そういえば、なんでおじいさまは監神館ここにいらっしゃるのですか? 普段はこんなことしないのに」


 と、デュリンは今更ながらに最高神が俺らの最後の晩餐に同席しているかの理由を訊ねてきた。

 おいおい、口に物を入れながらしゃべるんじゃないよ。女神ともあろう者がはしたない。


「ん? ああ……。まぁ、気まぐれというやつだ。ここの食事は美味いからな」


 本人はそう答えたが、俺には分かるぞ。たまたま偶然出来たデュリンと最後に過ごせる時間を無駄にしたくないからだろ。儀式中めっちゃ震えてたし、しまいには大号泣したんだから。

 でも、そんな嘘をつくなら、せめて一口くらい手を付けるべきだと思うけどな。


「でも、食事の方には手を付けられていないように見えますが、もしかして食欲が無いのですか? もしそうなら、そのおじいさまの分、頂いても……?」


 デュリンの皿を見ると、もう全ての料理が平らげられた後だった。食べるの早えーな、おい。もっと味わって食えよ。

 おかわりないし二杯目に最高神の食事に狙いを定めやがった。食い意地も張るなぁ。


「……ああ、私のもやろう。遠慮するな、沢山食べるといい」

「やったぁ! ありがとうございます!」


 嬉々として手渡された皿を受け取り、再び胃に物を詰め込み始めるデュリン。

 おいおい、いいのかよ。ちょっと甘やかしすぎでは……と思ったが、これが最後の日になるのだから、自分の孫が喜んでる姿を見たいのだろう。親心ってやつか。


 まぁ、どっちにせよ俺にそれを止める権利は無い。てか、むしろ俺がこの場にいてもいいのか疑問になってきたぞ。


「……あのイレリスさん」

「……何でしょう」

「俺、今から風呂に行くので、着替えを用意してもらってもいいですか?」

「……分かりました。お着替えの方は更衣室にご用意させて頂きます」


 小声でイレリスさんを呼び、小さく耳打ちで内容を伝えると、真意を悟ったのかイレリスさんは了承してくれた。

 家族水入らずの時間を邪魔するのは駄目だよな、うん。部外者の俺は静かに引き下がろう。


 てな訳で、俺は監神館の入浴施設に移動。最後の入浴だ。ゆっくり入ろう。

 時間帯は夜だが、それでも人はいない。もしかして監神館ってデュリンとスタッフ以外誰もいないのかな? そう思わせるには十分なほどに他の神を見かけない。


「にしても、ハウザーまで姿を見せないとは……。あいつ、ここの職員じゃねーのかよ」


 思い出すのは二日前。ここで初めて邂逅した時は女性の姿をしていたのには驚いた。


 まさか性別を自由に変えられる身体だなんて思わないよな、普通。いきなり女の姿から男の姿になった時は何が起きたのか分からなかったくらいだし。


「ちょっと人との距離感が近すぎるけど……まぁ、わりと良い奴だったよな」


 前の人生ではあそこまで積極的に俺に絡んでくれる人はいなかったからなぁ。会わないは会わないで何かちょっと寂しさを感じる。居ても疲れるけど。


 俺はハウザーから貰った腕輪に触れる。これの着け心地は案外悪くない。こういうアクセサリー類を付けた経験がほとんど皆無だったから、こういったお洒落は初めてだ。


「ま、多分町の方にでもいるんだろ。俺がそこに行けないのは仕方ないし、会えないならしょうがない」


 そう、俺は神殺しの罪人であいつはただの神。そこにある差は埋められないし、埋めようとするのも御法度。


 この腕輪はいつかもう一度会えたらという不確実な願いで作られた代物。つまり、俺とハウザーはもう会えないのが普通なのである。ちょっと悲しいが、これが現実だ。


「……もう一回くらい、腕輪これのお礼を言っておきたかったけどなぁ」


 ここにきて初めて俺自身に課せられた制約に不便を感じてしまった。











 翌日早朝、刑の再執行の日。

 俺とデュリン、そして最高神の三人のみで行われることになった。他にオーディエンスはいない。


「では、始めるぞ。最後に何か言うことはないか?」


 発言の許可それは必ずやるのか。うーん、そうだな。最後くらいなんか言っとくか。


「俺、異世界でも頑張ります。必ず目標を達成させてみせます」

「ああ、期待している。デュリンを頼んだぞ」


 俺は最高神にこの使命の完遂を約束する。時間はかかっても、デュリンの性格を改めさせて罪の償いをするんだ。

 二度に渡って任された以上、絶対に使命の放棄は出来なくなったな。そんなことをするつもりは到底無いが。


「おじいさま……!」


 一方のデュリンは魔法陣の中から出て最高神に抱きつく。これから旅に出る以上、デュリンにとってはしばしの別れになるのだ。こうなるのも当然か。


 しばらく無音の間が続くと、満足したのかデュリンは自ら最高神から離れて陣の中に戻る。その目元は僅かに赤い。


「……では、やるぞ」


 孫娘との最後のスキンシップを惜しむ間もなく、最高神は転移魔法陣を起動させる。

 青白い光を発する陣の模様。昨日と同じで徐々に強い光になるにつれて目を閉じ、ついに転移を果たす。



 一瞬の浮遊感覚、その直後の着地。ふわりを肌を撫でる風が、俺たちの出発の門出を祝っているような気がした。


「ここが、異世界……!」


 目を開けた先は自然。緑色の草木が生い茂る森の中にある古びた神殿跡地が俺たちのいる場所だ。心なしか空気も綺麗に感じることから、どうやら俺の居たような環境開発の進んだ世界ではないと考えられる。


 今度は無事に成功したらしい。まぁ、そう何度も失敗されては困るしな。当然である。


「さぁ、今日から俺とデュリン様……じゃなくて、デュリンの二人旅の始まりだ。とりあえず、人里を探そうか」


 そういえばデュリンとの約束だったな。異世界に来たら丁寧語口調は止めるって。直さないと。


「はぁ……。本当に異世界に来ちゃうなんて……」


 何を今更後悔してるんだ、こいつは。ここに来てしまった以上はこれまでの怠惰が許された生活とはおさらばだぞ。


 これからは二人手を取り合ってこの世界で生き抜かねばならず、それプラス性格の改善というメインミッションもある。


「ほら、もう行くぞ。お前の教育が俺の仕事だ。もう今までの生活は出来ないからな」

「……そんなの分かってますぅ! ちょっとめんどくさいって思っただけですー!」

「その考えがある時点でほぼほぼアウトなんだが」


 異世界に来て早々に顔を覗かせる怠惰。ああ、もう先が思いやられるな。いや、本人が素直なだけまだマシか。

 とりあえず今すべきことは、先に転送された荷物の確認だな。最高神からもらった魔導書付き日誌が無事ならいいんだけど。






 かくして俺たちの刑罰は執行された。この異世界生活という名の女神再教育プログラムの行く末は今の俺にはどうなるのかは分からない。

 まだ恐怖や心配とかの不安要素は残ってる。でも、確かに分かることが一つだけ存在している。それは──



「あーん、シンヤ! 代わりに持ってぇ~!」

「我が儘言うなよ。俺の方が荷物の量も重さもあるんだから」



 この使命は一筋縄で行くほど甘くはないってことくらいだ。正直とても心配である。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る