その男神、女神につき

 拠点に戻った俺は今し方起きた出来事のことを報告。思った通りリーダーの見せる顔は苦い。

 そりゃそうだ。さっきので一気に六人もいなくなったのだ。これで計七名、僅か二日間で発生した行方不明者数は先遣隊総数の約四分の一を占めることになる。レイエックスの精鋭も失敗に終わる訳だ。


 俺がこの二日で得た知見を鑑みるに、あの謎のモンスターとやらは俺にテレパシーを送ってきた存在と同じと考えている。いや、ほぼ間違いはない。

 それが何故に俺を要求したのか、それだけはどう考えても分からないがな。


「……それで、その声とやらは条件を出したんだな。どんなだ」

「はい。俺と引き替えに、多分この隊の目的である行方不明の派遣員を指してたのだと思います。探し人の居場所を教えると」

「それを拒否した結果が混成捜索班の消失。とんでもないことをしてくれたな……」


 現在の会話内容は謎の声が出した条件について。俺も思ったが、一人と引き替えに数十名もの行方不明者を助け出せるのは条件としては悪い物ではない。むしろ良いと言える。

 しかし、それは俺にしか聞こえない上に引き替えた場合の俺がどうなるかが一切示されていない。拒否するのは当然である。


「でも、声はこうも言っていました。『君のとして貰っていく。それを条件に君が来てくれればいい』と。これはつまり、相手はまだ俺を諦めている訳ではないということです」

「つまり、どういうことだ?」

「俺に渡せる武器の中で一番良い物を下さい。俺が直接相手の所に行きます」


 これ以上の被害を増やす訳にはいかない。じゃあ防ぐにはどうすればいいか。それ即ち、相手と直接会って無力化をすることだ。


「……本気か?」

「無茶は承知の上です。このまま行方不明者を増やして終わりだなんて事態にするつもりはありませんし、そもそも相手の要求を独断で拒否した俺の責任もあります。行かせて下さい」


 当然だ。つーか無力化出来るとも思ってない。完全に身勝手な行動をしようとしているのは自覚している。でも、俺が率先してでも知りたいことはある。

 何故最初から俺ではなくライバンなどの仲間を連れ去ったのか。何故俺を要求したのか。そして、天界や神族に何か関係があるのかと。

 俺の考えが正しければ、恐らく相手は──


「……いいだろう。流石はヴォーダンの後頭部を殴っただけでなく、二度も勧誘を断っただけはあるな」

「……褒め言葉として受け取っておきます……っと!?」

「それは先遣隊が持ち込んだ武器の中で一番強い奴だ。使いこなせるかはお前次第だがな」


 なんと、あっさりと了承されてしまった。そして、そのまま持ってた剣を投げ渡されたぞ!?

 見た目の厳つさとは裏腹に優しいなぁ……。てか重。ずっしりくるな。

 とりあえずリーダーからの許可は降りた。後は俺自身の準備を済ませておこう。関係無いとは思うが一応最高神にも日誌を通して伝えておくか。

 拠点の休憩スペースに戻り、サササっと装備を整えてと。日誌に手を乗せ今日の文章。


『今日の日誌:

・昨日の件ですが、隊の仲間数人が何者かに攫われました。これからその人物との接触を試みるつもりです。もし、何か起きた際は申し訳ありませんがお手を煩わせてしまうのを承知で最高神様に頼みます』


 ……よし、多少失礼な物言いになってしまったとは思うが、事の重大さを匂わせるには丁度良いのでは? まぁ、もう記録し終えたから取り消しは出来ないんだけどね。妥協も大事ってことで。

 偉い人にも今回のことは伝え終えたし、これで最悪の事態になっても大丈夫だろう。


「……大丈夫。俺が必要なら殺すなんてことはしないはず。殺すのが理由ならあれだけどもさ」


 深呼吸で緊張を和らげ、考えるのは消息を絶った仲間のこと。全員無事だと良いんだが……、当然ザインもな。

 覚悟完了。いざ出発──


「おい、まさか今から行くつもりか?」

「り、リーダー。一応そうですけど……」


 休憩スペースから出ようとした時、入り口から現れたのはさっき話してた先遣隊リーダー。おおう……やっぱ目の前に立たれると威圧感がすごい。

 それはそれとて、もしかして俺の出立を止めに来た? 許可しておきながら出るのは駄目とでもいうのか?


「止めておけ。これから暗くなる頃合いだ。別のモンスターとかに襲われたら元も子もないだろ。あと飯くらい食っておけ。仲間思いなのは十分だが、それで自分を疎かにするのは馬鹿の証だ」

「あ、はい……」


 リーダーの言葉に俺ははっと気付く。

 そういえば確かに時間も夕方に近い。今森に向かうのは危険極まりないだろうな。俺としたことが考えが先走りすぎて現状確認を失念してたみたいだ。

 仕方ない。心配ではあるがここは大人しく言うことを聞いて出るのは明日にしよう。


「あ、最高神の日誌に書いたやつ、どうしよう。……まぁ、いいか」


 やり直せない以上はしょうがないさ。これも妥協しておこう。











 翌日、俺は二名ほどのお供を付けて昨日ライバンらが消えた場所へと向かう。

 リーダーから俺が体験したことをメンバーに伝えてもらい、その道中を護衛を付けてくれたのだ。やはり有能である。

 緊張するなぁ……。これで本当に殺害目的だったらどうしよう。保険を付けたとはいえ痛いのも怖いのもイヤだなぁ……。


「ん、ここだ。多分この辺りがあの声を聞いた所かもしれない」


 立ち止まって昨日の現場であるのを護衛に伝える。

 とは言っても景色なんてどこを行っても同じだからほぼ適当なんだけど。でも、こうしたのには一つ思いついたことがあるからだ。

 もし、あの声がテレパシー系だとすれば間違いなくデュリンより練度の高い技術であるのは確実。つまり。


「……お──い! 俺が来たぞ!! 昨日の条件について話がある──!!」


 大きく息を吸って、言葉と同時に吐き出す。

 あの声はデュリンのと違って実際の声にも反応した。となると声をどこかで聞いているか、テレパシーが声を拾うように出来ているかのどちらかになる。初めてあの声を聞いたこの辺りで問う様に叫べば何かしらの反応を得られると仮定したのだ。

 とはいえただの憶測。そう簡単に来るとは思えな──


『来てくれたね、シンヤ。信じてたよ』


「うわ、ほんとに反応してくれた」


 期待通り囁くような女声が俺の脳内に響いてくる。

 ふと後ろを振り返って護衛を見てみると、周囲を警戒しながら不思議そうな顔で俺を見てくる。うん、やっぱり俺以外には聞こえてないみたいだな。

 さて、例の声も現れたことだし、さっそく本題入ろう。


「昨日お前が出した条件。一晩考えた結果、それに乗ることにした」


『……! へぇ、一体どんな風の吹き回しだい? 君の約束とやらはどうなるのかな?』


 自分から提示しておいて訳を聞くのか。まぁ、いいだろう。それくらい予想の範囲内さ、問題ない。


「俺だって仲間の安否は心配だからな。俺一人の命で数十人の命が助かるなら約束が守れなくなっても本望だ」


 本当はそこまで強くは思ってないけどな! でも人命救助は本心。ライバンに死亡フラグを立たせたまま本当に死なせるわけにはいかないしな。

 この俺の言葉に何かを思ってるのか声はしばらく聞こえなかった。ちょっと時間をおいてから、ようやく返事をする。


『分かった。その心意義に免じて君を僕の下に呼び出してあげる。そこのお供二人に彼らの居場所を教えておくよ』


 どうやら交渉成立のようだ。それを示すように俺の周りに風が渦巻き始めてることに気付く。これには護衛二名も驚きを見せる。

 いよいよだ。この一連の出来事を起こし続けている犯人とのご対面。あー、どきどきする。

 風の渦が一層強くなると、周りの草葉を巻き込んで大きくなる。そして、一瞬の浮遊感に包まれたかと思えば次の瞬間に俺は軽い尻餅をついて地面に落ちていた。


「いっ……たくはねぇな。ってかほんとに場所変わってる。どこなんだよここは……」


 痛くもない尻をさすりつつ辺りを見渡して見ると、そこはさっきまで俺がいた森の中とは打って変わって枯れ木が多く見られる廃れたかのような場所。

 ……いや、枯れ木っていうか焼かれた森ってのが表現としては近いかも。真っ黒くて葉っぱの付いてない細い木が点々と生えている。

 全く不気味な場所だ。ここにきてホラー要素を出してくるのは勘弁。


「やぁ、ようこそ。シンヤ


 すると、どこからか声が。今度のはテレパシーではなくきちんと耳で捉えた。でも今の声はさっきのとは違って男っぽいような。つーかこの声はどっかで聞いたことあるか……? 


「その様子じゃあ、僕のことを若干忘れてるみたいだね……。なんかちょっと悲しいなぁ」

「……! まさか……!?」


 ここでふと思い出した。それは、天界で出会った一人の神族のこと。

 あの衝撃的な出会い方は忘れたことはないぞ。神様の中でも特異な性質を持ち合わせてる奴の名を。

 そして、後ろから誰かの足音が聞こえてきた。正体はもう分かってる。

 先日、最高神が言っていた。刑執行に乗じて異世界に侵入してきた者がいると。


 後ろを振り返り、ついに対面する声の主。その人物の正体を見て、予想通りだとは理解しつつも俺は衝撃に見舞われて身体が硬直していた。

 ザインの蒸発も、この世にはない魔法陣の存在も、ライバンらをどこかへ連れ去ったことも。その全てがまさか、あいつが一連の出来事を起こしていた犯人だったなんて……。


「久しぶり。腕輪にかけた願い通り、また会えたね」

「ハウザー……。お前、この世界に来てたのか……!?」

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