刑執行の刻
残りの猶予を過ごし終え、いよいよ刑執行の時が迫る。
俺は石造りの内装に腰を降ろし、深めに頭垂れていた。そりゃまぁ、分かってても緊張くらいするわな。
なにせ異世界。俺がこれまで過ごしてきた世界とは全く違うのだ。正直心配だし、怖くもある。監神館で出発の準備は整えているが、心の準備は完璧ではないのだ。
「緊張しているか?」
そう呼びかけて来たのは最高神。これから行われる刑の執行人として直々に名乗りを上げたらしい。つまり、この人が俺らを異世界に追放するのだ。
実の孫娘が遠くの世界に旅立ってしまうからな。親心ってやつがそうさせたんだろう。
「……はい、とても。正直神殺しや異世界追放だなんだって言われて、淡々とここまで来ましたけど、まだ未だにピンときてない部分もあるっていうか……。今もまだ夢の中にいるんじゃないかって。それなのに身体が怠くなるくらいに緊張してたり、もうめちゃくちゃです」
「ふむ、そうか……」
問いに答えると、最高神は俺の隣に腰掛けると否定も肯定もせずにやんわりと相槌を打ってくれた。変にアドバイスされるよりこっちの方が良いな。やはりこの方は分かってる。
ちなみに、今俺がいる場所は刑を執り行うに当たって必要な転移陣なる魔法陣がある施設、その一室。全ての神はここを経由しないと別の世界にいけないんだとか。
「君にデュリンを任せたのは他でもない、君にしか出来ないことだからだ」
「俺にしか出来ない、ですか」
「そうだ。もしかすると、彼女に対し様々な意思が芽生える可能性や、役割を放棄したくなるようなことがあるかもしれない。それでも、最後まであの子の成長を見守って欲しいのだ」
最高神は唐突に俺をデュリンの教育担当にした理由を口にし始めた。
確かに最高神の言う通り、俺が最後まで役割を全う出来る自信があるかと言えば嘘にはなる。
教育者という立場は初めてだというのは勿論、この二日間で見たデュリンの我が儘や怠惰さ。何よりお互いの間にある気まずさと俺の常識が通用しない世界で暮らすこと。それらがこの不安を増幅させている要因。
……いや、もはや不安を通り越して『恐怖』が意味合いとしては正確か。前の世界で経験してきた恐怖とは別次元の怖さだ。
「……善処はします」
「やはり君も人だな。そんな君に私から直々に手渡したい物がある」
曖昧な返事を返すと、何やら最高神は俺に何かをくれるらしい。一体なんだろうか。
その発言後、最高神は目の前に例の謎土管……もとい筒を出現させ、真っ暗な中に手を突っ込む。それ、演出とかじゃなくて収納機能付いてるんですね……。
そして取り出したのは広辞苑くらいの厚さをした一冊のでかい本。しかし、鍵穴のない錠がつけられており、普通に開けられそうにない。
まさか俺から取り出した人生録じゃあるまいな。一体何なんですかねぇ、それは。
「受け取るがいい」
「あ、はい……って重っ! こ、これは……?」
手渡されたそれは見た目を裏切らない重量。ああ、これは鈍器にもなりますね。本の角で攻撃したら一撃でHPを大幅に削れそう。
「私が書いた魔導書だ。その中には生活で使える日用魔法やいざという時の防衛魔法などが載っている。活用するといい」
「俺、生まれも育ちも魔法の無い世界なんですけど使えるんですか?」
「…………」
あ、はい。分かりました。これはただの本の形をした鈍器です。本当にありがとうございます。いらねぇ。
これ持ち運ぶったらめっちゃかさばるなぁ。返品しようにもせっかく作ってくれた最高神にも失礼だし……売っちゃおうか。最高神作成の魔術書なら当分の資金になりえ──
「決して売ってはならんぞ!?」
「ちょ、俺の考えを読まないでくださいよ!?」
汚いさすが神様きたない。人の考えを読むなんて出来るのかよ。
いや、これは結果論だろうな。うん、流石にそこまではしてないだろう。そう信じよう。内心では最高神のことを様付け呼びしてないなんてバレたらどうなるか分からないからな。
「それはただの魔導書ではない。説明をするから本を開けるがいい」
「開けろって言われましても……」
これの説明をしてくれるのはありがたいが、俺魔法使えないし。見た目や内容からして魔法を鍵にしてるタイプだろ。これ。
いろいろ触って確かめるが、無理矢理こじ開けるも失敗。背表紙を撫でるも反応無し。無駄と察しつつ念じるも当然の結果。
思いついた方法は一通りやったが、無意味と化す。これじゃあどうしようもない──と思った時。
バカッ……と。
「開いた……」
「な?」
魔導書開放のトリガーとなったのは、両方の表紙の左右を両手で挟んだこと。こんな簡単な方法が正解とは一本取られたな。なんか悔しいし、さっきまでの試行が恥ずかしいわ。
とにかく本は開いた。説明を聞こうか。
「魔導書の一ページ目は日誌になっている。三日に一度以上、この陣に手を触れて内容を念じればいい。これには君自身の魔法を必要としないから安心しなさい」
教えられた項をめくると、そこには確かに魔法陣が描かれていた。これに触れて文章を考えるだけでいいのなら便利だな。
「それと、七日分の手記につき一時間だけ天界との念話が出来る。もしもの事があったら相談に来なさい」
「なんかポイントカードの特典みたいですね」
「私からの計らいをそんな風に言う者は君が初めてだぞ……」
あ、やべ。思ったことを口にしたら露骨に落ち込まれた。
いやだってそうとしか思えないし……。なんか、ごめんなさい。
「とにかくだ。魔法が使えなくともこれは絶対に手放してはならないからな? いいな?」
今魔法使えないって明言しましたね。俺への当てつけなのだろうか、一縷の望みも摘み取るとは慈悲も情けもないですわ。ちくしょう……!
「もうすぐ執行時間だ。荷物は纏めているな? 転移陣に急ぐぞ」
「もうそんな時間……。うわぁ、ドキドキしてきた」
どうやら、もう天界から出ないといけないらしい。グッバイ、監神館。たった二日間だったけど最高の生活でした。昨日一昨日と食べた食事も生まれてから一番美味しいかったです。
悲しいかな、名残惜しき監神館。
すごすごと、クソ重い本を片手に執行の準備に急ぐ俺。執着はしないつもりだったけど、やっぱ未練は残るなぁ……。
†
「これより、デュリン・ゼイラルと久保倉晋也の異界追放の刑を執行する!」
ついに始まった処罰。これで、俺は隣の女神共々天界から追放され、異世界での生活を余儀なくされることとなる。
俺らの刑執行は他の神族らに非公開にされているのか、法廷の席にいた神々、イレリスさん他監神館職員代表、あとは俺の知らない神々が数名いるくらいで、見に来ている者は案外少数だった。
特に俺は町で噂になってるらしいからもっと来るのかと思ってたけど、そうでもなかったらしい。
ちなみに今までデュリンは町の方にいたとのこと。友達との別れを言いに言っていたのだそうだ。自業自得でこうなってるとはいえ、悲しいな。
てか、デュリンの下の名前って『ゼイラル』っていうのか。一瞬カッコいいと思ったのは内緒である。
「罪人二名、前へ」
その指示に素直に従う俺たち。向かう先にあるのは直系三メートルくらいの魔法陣で、これが俺らの行く世界に繋がる転移陣らしい。
いよいよか……。あ、なんかちょっと怖いわ。
同じ速度で歩いている隣を見ると、案の定デュリンも涙を浮かべていた。
だよなぁ。これまで箱入りだったのに今から見知らぬ世界に飛ばされるんだ。いくら罪人でも怖いものは怖いし、イヤなのはイヤだもんな。
「うう……、イレリスの料理、もっと味わって食べておけばよかったぁ……」
訂正。もらい泣きしそうだったのに一気に引っ込んだわ。もうやだこの女神。
なんでこんな時にそんなことを考えられるのだろうか。あ、でも基本外出が禁じられる監神館の生活は食事くらいしか楽しめる物がないだろうから、ある意味では涙を流すに正当な理由なのかも……。
「ふかふかのベッド……。願わくばもう一眠りしたかった……」
一瞬でもこいつが怠惰な女神だということを忘れていた俺が悪かった。もうこれに同情は二度としないって今誓った。
そんなこんなで魔法陣の中央に到着。すると、目と鼻の先に最高神の姿が。
「刑執行の前に、何か言い残すことは?」
刑執行の前に発言権を与えられた。
言いたいことを言う以前に俺には何かを伝えたい相手は天界にはいない上にハウザーも結局最後まで会うことは無かったし、最高神にはさっき内心の思いを吐露したしな。
問題はデュリンだ。今し方監神館の未練をぼやいていたが、発言権を与えられた今は何を語る……?
「……んっ!」
デュリンは無言のまま、向こうにいる最高神へ向けて全力の笑みを浮かべていた。目元に大粒の涙堪えながら、下唇を吸うように噛んで自分は問題ないとアピールをしているかのようにも見える。
この表情に最高神はというと──
「…………!」
遠目でも分かるくらい、めっちゃもらい泣きしそうになってるのを我慢してぷるぷる震えてた。
やっぱり孫娘だしなぁ。それを自分の手で異世界に追放するんだからそうなるのもわけないよな。悲しいな。
「……では、これより刑の執行を始める。罪人、魔法陣中央にて制止を命ず」
ああ、声まで震えていらっしゃる。もう誰か変わってやってくれよぉ! なんか見てるこっちが可哀想にになってきたわ!
てか最高神もこうなることを分かって手を上げたんだよな!? もっと自分の意志を強く保って。
「では──異界にてその罪を償うがいい。異界転移魔法陣、起動!」
その詠唱をした瞬間、俺らを取り囲む魔法陣の文字が輝き始めた。次第に目映くなっていくにつれて俺もデュリンも目を閉じる。
さらば天界。俺、あっちで頑張ります……!
やがて激しい光は会場を包みこみ、二人の罪人を異世界に追放する役割を果たす──はずだった。
「…………っ?」
「……あれ?」
異世界に到着した──のかと思ったら、目の前にあったのは泣き崩れる男一名。
周囲は少数の人々。真下、魔法陣が起動した証拠と思しき焼け焦げた跡。
「……うっ、デュリ……ン? ん?」
目の前の男こと、最高神は涙に塗れた顔をこちらに向けて戻し、またこちらを見る。
静寂が支配した会場。その現象を前に誰もが言葉を失う中、唯一の人間である俺が発言をした。
「……あれ、これってもしかして……失敗?」
刑執行は翌日に繰り下げられたのは言うまでもない。
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