ゲームスタート
説明通り真っ直ぐ進んでいくと、この焼け野原みたいな所から普通の木が生えている場所の境目辺りに宝箱を見つけた。
たぶん、この中に地図があるのだろう。ってか宝箱とかそんなのゲームの中でしか見たことないんだが。あいつのセンスが疑われるな。
「ん、案外重いな。よいしょっと」
箱を開けてみると、中にはきちんと地図が。その他にも何かが入った麻袋もある。
袋の中身はなんじゃろな。中を開けてみるとナイフのような実用的な物から石みたいな訳の分からない物まで入ってる。持参した物で十分賄えるとは思うが、念のために取っておこう。
とりあえず地図を開いて現在地の確認。この森を上から見たかのような全体図にはいくつものマークが付いていた。
何だこのよく分からない記号は? 三角だの二重丸だの、ただでさえ地理に関しての知識は乏しいというのにこんな訳の分からない記号があると混乱の元になりかねない。
まぁ、気にしないでおこう。とにかく、今は森を出ることだけを考えろ。
「……よし、覚悟完了。いざ行かん」
準備を整えていざ森の奥へ。ここからはゲストとやらが来るまで単独行動だ。
周囲の環境音を聞きながら歩いていく。特に特筆するようなこともないまま、森の中を歩き初めて数十分。ここまでは何事もなく進んでいた。
それが起きたのはスタートから一時間くらい経ってからのこと。ちょうど木の隙間から日が射してる場所があったから、そこで休憩しようかと思って入った時である。
「ん? 何か踏んだか?」
何やら足裏に固い感触。すぐさま確認してみると、そこには三十センチ程の長さをした包丁みたいな形状の剣があった。
人攫いが実際に起きてる森だ。もしかしたら誰かの落とし物かと最初は思ったんだが、よく見てみると同じような形の剣がこの辺りに沢山落ちていたのだ。
一本二本ならともかく、十何個も散らばってるなんて流石に不自然極まりない。一体ここで何が起きたんだ──と考えを巡らせていると、不意に背後に気配が。
「──ッ!? ……って」
「ウキ?」
「さ、猿ぅ……!? うわぁ、マジかよ」
はっと振り向いて目に映ったのは一匹の猿らしき生き物。全身灰色の毛むくじゃらが俺をじっと見つめていた。
もしかして、ここはこいつの縄張りなのか? そうなのだとしたらやっちまったな。野生動物ってのは怒らせると怖いし、例によって猿はわりとやばい。
身体能力で人間が勝てるわけないだろ! それらを瞬時に悟った俺は対処に移る。
「待て……待て……。よし、いい子だ……ん?」
野生動物に遭遇した場合は背中を見せずにゆっくりと下がるのがベストって何かの本で読んだことがある。これは流石の異世界生物でも通用するだろう。そう思っていたら、相手の方にも動きが。
猿が自分の頭を掻いた時、その肘から先が隠れる程長い毛の下から金色の光沢をてからせた何かがちらっと見えた。とは言っても一瞬だったからよく分からなかったが、次の瞬間には両の腕を前に突き出し、腕に装着されている物の正体が判明する。
「あれは……籠手? なんで猿なんかが……?」
そう、あの猿は何故か籠手をはめていたのだ。そういう種族なのかな?
ってんなわけあるかい。あの籠手は遠目からでも新品だって分かるくらい綺麗だし、それに人の防具を奪う習性があるとしたらもっと人が多く集まる場所にいるべきだ。あと遠征前に注意事項に聞かされるだろうし。
ってことはつまり、これは──
「ただの動物じゃないってことか……!?」
「ウキッ」
猿が籠手に包まれた指先を動かした瞬間、俺は地面から何かが飛んで来たのを目撃。一瞬目を閉じた刹那に何かが頬を掠めたのを感じた。
痛い。そして何かが頬を伝わってる。まさか、これは……!?
それの正体を察しながらも、恐る恐る触れてみる。温い液体……否、これは──
「血……!?」
あ、やばい。今とても鮮明に死を感じた。ぞくりと悪寒が背中を走る。
「う……、うわあああああッ!?」
気付いた時には、俺はその場から背を向けて走っていた。いや、だって否応にもそうせざる負えないだろ!?
考えなくてもあの猿がこの傷を作ったのは間違いない。距離はそこそこあったにも関わらずこの威力。未だに傷口から血が流れ出てる。
あの猿、一体何をしたんだ……!? もしかして、あの籠手で何かをしたのか?
「ウッキ」
「うわああ!? 近寄って来んなああああ!?」
嘘だろ!? 後ろからあの猿が俺を追いかけて来てやがった!? やばい、追いつかれちまう!
さっきも言ったが、ただの人間が野生の動物に身体能力で勝ることは出来ない。それが俺のような貧弱な身体の持ち主なら尚更だ。
幹や枝を使ってタタタッと軽やかに移動するのはさながら忍者。異世界の猿もそれは変わらないらしいな。うん、関心してる暇はねぇ!
すでに相手は俺と併走している。俺を標的にしているのは間違いなかった。
「ちっくしょう! こんの猿野郎がっ!」
猿ごときに負けてたまるかってんだこんにゃろう! 俺は今の進行方向から急転換。猿との距離を引き剥がすために向きを180度変えて今まで走ってた道に戻り始めた。
純粋な身体能力では勝てずとも、人間は持久力と小回りに長けた種族。走ってる途中に進行方向を変えるなど造作もないことよ。
この作戦は若干成功したようで、あの猿は俺の急転換が予想外だったのか勢いが過ぎて距離を離してしまう。
これはまたとないチャンス! 今の内に身を隠せばなんとかやり過ごせるか……!?
「……っ、あそこだ!」
辺りを見渡すと何ともラッキー。苔まみれの木の根本に
入ると思ったより中は深く、ちょっと身を縮こませれば全身を隠せられる程度のスペースがあった。うん、ここでやり過ごそう。
「…………」
「キキキ、ウキ……?」
息を殺して耳を立てる。あの猿は俺を見失ってるらしいな。作戦通り。
またしばらく待ってみると足音と共に気配が薄れていき、最終的には完全に無くなる。もういいかな?
「……っはー! 危なかった……」
俺は呼吸を再会させ、緊張に固まった身体を脱力させる。あー、怖かった……。あやうく猿恐怖症になるところだったぜ。
にしても、あの猿は一体何だったのだろうか。俺を追っかけてくるわ金色の籠手をはめてるわ、それに……。
「っ痛ぇ……。傷薬持ってきてたっけ?」
持参してたアイテムの中から傷薬と水、布を取り出して応急処置を施しながら、俺はあの現象についての考察をする。
俺の頬を掠めた謎の攻撃。状況から察するに、あの猿がやったのは間違いない。タネは魔法だろうが、おそらく猿自身の魔法ではなく籠手に秘密があると見た。
もっとも一番の問題はあの籠手がどんな能力を持っているのかだ。遠距離から攻撃出来る物なのだとしたら、かなり厄介な相手になる。
相手が俺を目的に追っかけてきたのなら、今もこの近くを移動してるだろう。ここからの移動をするにはまず、あの籠手対策をしなければ。
「でも、地面からなんか飛んできたのは見えた。石……じゃないはず。この傷は刃物で切られた感じだから、その線は薄いよな。ってことは……」
最初の一撃を食らう直前、俺は遠くの地面から飛び立つ何かを目撃していた。唐突だったが故にそれの正体を視認出来なかったが、ある程度の予測はついている。
ただ、仮にそれが事実だとすると、俺が生きて帰れる保証は極端に低くなるからあんまり考えたくはないんだがな。
「落ちてた短剣……それが飛んできたんだろうな、きっと」
最初の邂逅を果たしたあの場所。そこに落ちていた大量の短剣は遭難者の落とし物などではなく、あの猿の武器だったと考えるのが妥当。つまり、籠手は手を使わずに物を投げることが出来る能力を持っていると仮定出来る。
掠っただけでこの鋭い裂傷だ。下手に当たったら死ぬ。おまけに敵の身体能力とかを考えると、最初の試練は相当ハイレベルと見て取れる。
「対策……対策……。うーん」
俺は悩みあぐねる。そりゃあ、だって相手は人を殺せる武器を持ってんだ。そんな相手を敵に回すなんて愚行はしないし、それ以前にそういう人が少ない現代日本ではまず考えること自体がない。
確かに怖い相手に何度も追っかけられたことはあるが、流石に刃物持参の相手は経験ゼロ。対策なんて避けるくらいしか──
「……避ける、か。あー、いや、でもこれは流石に危険過ぎか……?」
ここでふと一つの案を思いついた。だが、冷静になって考えるとあまりにも無謀な内容だったがために、俺の中の会議では否決されそう。
しかし、これ以外に方法はあるまい。身体能力で劣る俺が少しでも優位に立つためには多少の危険は止む負えない。
「うん、しゃーない。勝つためだ。勝って少しでも早く森から出るためには仕方あるまい」
内心の反対意見を押し切っての可決。こうしたからには失敗は許されない。
外を確認して例の猿がいないことを知ると、俺は早速その準備に取りかかる。あわよくばこのまま逃げられたらいいんだけどな。
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