第24話
リュウとターボが〈レジスタンス〉に救助されてから二週間が過ぎた。今日から二人のトレーニングが始まる。まもなく二人が受けるマインド・メルドに向け、アイリが二人を分析することになっている。アイリには、豊富な戦闘知識と経験があり、この任務には自分が最適だとわかっていた。また、新兵を肉体的、精神的に育てるということに関しては、アイリはベンジャミンよりもずっと男らしく、頼りになった。トレーナーの任務はアイリの天職であり、自分の強さを証明しようと躍起になる新兵に苦しみを与えることは、アイリの喜びでもあった。
今日からアイリのトレーニングを受ける新兵がどちらも男性ということで、なおさら気合が入っていた。これまでの人生で、アイリはいつも男性には失望してきた。男性の多くが、アイリを自分の所有物、あるいは、娯楽の対象として扱かったからだ。たいていの男は、アイリを過少評価した。アイリを優秀な戦士として正当に評価してくれたのは、教授が初めてだった。
アイリは引き受けたからには最後までやるつもりでいたが、武器のトレーニングには膨大な時間が掛かるため、リュウのトレーニングのみ自分が担当し、ターボのトレーニングはドロイドに任せることにした。
「そこのひょろっとした、君」アイリがターボを指して言った。
「誰が、ひょろっとしているって?」ターボが怒って返事をした。
「黙りなさい。返事をしろとは言ってないでしょ。とにかく、君はそこにいるドロイドについて行って。CB一二号とCB一四号、戦闘ロボットよ。彼らが君のトレーニングを担当するわ。わたしがプログラムしたんだから、安心して。君が失敗したら、ドロイドがわたしに報告することになっているの。そうならないように、がんばってよ」
「このマシンが俺に何かを教えるって言うのか?」ターボがいぶかしげにたずねた。
アイリはターボの返事にうんざりした。「あのね、このドロイドは接近戦の戦術を三〇〇種類以上マスターしているの。あらゆる武術の要素もね。人間が作った武器も上手に扱えるのよ。もし君がドロイドを怒らせるようなことをしたら、彼らにぶっ殺されるわよ」
「はいはい、わかりました。もう、どうにでもしてくれよ」ターボが少し肩を落とした。
アイリはドロイドに合図を送った。ドロイドは、命令開始と理解した。ドロイドはターボの方を向くと、人間と変わらぬ口調で話し始めた。
「では、こちらにどうぞ。トレーニングはホロウ・ルーム一三号室で行います」とCB一二号が言った。
「お前、しゃべれるのか?」ターボが落ちつかない様子で言った。
「はい。皆さんと同じように話すことができます。人間と誤解なくコミュニケーションできるように、プログラムされているのです」CB一四号が答えた。
ドロイドに連れていかれるターボの顔を見て、アイリは噴き出しそうになった。それから、踵を返して、ホロウ・ルーム一〇号室へと向かった。リュウに、そこで待つよう伝えてある。
* * *
リュウは壁を背に座りながら、指を鳴らしていた。父親の手紙を読んでからの出来事を振り返っていた。アカデミーから逃げ出したこと、アンジェラを失ったこと、ここに辿りついたこと、自分が住んでいる世界の現実を知ったこと、そして、両親が戻ってくる可能性がほぼないということ。短い間に、あまりにも多くのことが変化したが、ここ数日間の身体の回復状況は、リュウにとっては明るい材料だった。痛みはうずきへと変わっていた。
アンジェラを失ったという記憶が、リュウを次のステップに駆り立てる原動力となっている。それは、限界までトレーニングを積むこと、〈レジスタンス〉のテクノロジーを熟知すること、そしてそのテクノロジーを使って、ヒロとGWOに復讐することだった。GWOが流ことを強いたすべての血に報いるために。俺は失敗しない。俺は誰よりも強くなる。俺は復讐を果たす。リュウは拳を握りしめながら、自分自身に誓った。
「そんなに思い詰めちゃだめよ」リュウが見上げると、アイリが入り口に立っていた。
「全部を一度に何とかするなんて、ばかげているわ。まずは、治療の一環として、トレーニングに集中して。雑念がない方が、トレーニングもうまくいくのよ」
「わかった」そう言うと、リュウは立ち上がった。
「じゃあ、戦闘用のスーツと、ここでのトレーニングについて説明するわね。君がいま、身に着けているのがパワードスーツ。このホロウ・ルームで使う戦闘用スーツよ。トレーニング中に使いたいと思う武器をイメージするだけで、その武器が出てくるの」
「パワードスーツ?」
「そうよ。そう言ったでしょ」アイリはむっとして答えた。「ベンジャミンがコントロールセンターで、トレーニング環境を設定してくれるわ。この中ではすべてが本物に見えるけど、実は、ホロウ・プログラムが作ったイメージに過ぎないの。だから、ここで命を落とすことはないわ。でも、怪我ぐらいはするかもね。それだけは覚えておいてね、新兵君」
アイリがトレーニングについて説明をしている間、リュウはパワードスーツのさまざまな部分を確認していた。アイリがこのトレーニングを、一人の兵士との闘いではなく、単なる任務として捉えていることが、リュウにはわかっていた。アイリがリュウとターボを「新兵」と呼び続けていることからもそれはわかる。しかし、リュウは、そうは思っていなかった。俺は、君が思っているより、ずっと能力があるんだ。リュウは自分の力を証明し、このホロウ・ルームのトレーニングを卒業して、できるだけ早く、本物の戦場に出て行くことだけを考えていた。そうすれば、もう一度、ヒロと戦うことができる。
アイリはベンジャミンに、訓練の開始を合図した。ホロウ・ルームが巨大な金属のフレームだけとなり、やがて、地肌がむき出しの荒野へ変化した。頭上には灰色の空が広がっていた。
「いいわね。さっき説明したように、無理はしないでね。気楽にやりましょう。まずは、君の防御メカニズムをテストしたいから」そう言うと、アイリはリュウから距離をとった。
アイリは自分のパワードスーツをイニシャライズして、空気力学を利用したヘルメットで頭部を覆った。それから、両手にはピストルを、腰には弾薬ベルトをイニシャライズした。
リュウはアイリがトランスフォームしていくのを眺めていた。すべてが本物に見える。今度はリュウが、何かを装着しなければならない。リュウはアイリの説明を思い出した。使いたい武器を想像するだけで、パワードスーツが命令に反応して、その武器が出てくる、と言っていた。アイリはこれをイニシャライズと呼んでいた。リュウは目を閉じた。その方が使いたい武器を想像しやすいはずだ。すると、銃弾が発射される音がした。リュウは瞑想を中断した。
「本物の戦闘では、無駄にしている時間なんてないのよ」アイリが連射しながら叫んだ。
リュウは目を開き、銃弾をうまく避けた。リュウが左側に避けたとき、右腕にかすり傷を負った。すると、それに刺激されたのか、真鍮がリュウの身体を覆った。リュウが視線を上げると、アイリがまっすぐ走ってくるのが見えた。ひるむな。目を細めながら、リュウは、アイリと同じようなヘルメットを自分の頭部にもイニシャライズした。ヘルメットの内部には、心拍数、酸素レベルなど、バイタルの数値を表示するパネルがついている。ヘルメットのバイザーを通して、アイリがものすごいスピードで自分に迫ってくるのが見えた。
「さあ、いくわよ!」アイリがリュウに向けて、大量の銃弾を発射しながら叫んだ。
「第二ラウンドだな」リュウは、山岳部の地下施設での戦闘を、アイリとの第一ラウンドと考えていた。
リュウは銃弾をよけながら、アイリに向かって、ジグザグに進んだ。リュウはスライディングしながら、武器をイニシャライズし、アイリの背後にまわり込んだ。
「面白いわ、刀ね」アイリがリュウとの距離を詰めてきた。
リュウは両手で刀を握り、高く飛び上がった。
「ひあっ!」リュウは、刀を振り下ろした。
「この勝負、受けてあげるわ」アイリはニヤリとすると、自分も刀をイニシャライズした。
二人の刀と刀がぶつかった。
リュウが押し、アイリが押し返す。リュウは、じりじりと後ろに押され始めた。このパワーは何だ? リュウはアイリがこれほど強いとは考えていなかった。二人はしばらく、刀で押し合い、相手の隙を探り合った。自分が劣勢だと感じたリュウは、両腕に巨大なロボットアームをイニシャライズした。パワーを増強したリュウが、再びアイリを押し返した。
「俺の勝ちだな!」 リュウが叫んだ。
「まだ・・・まだ・・・よ」アイリが言い返した。
リュウが刀を振り下ろした。アイリも刀でこの攻撃をはじいたが、リュウの優勢は変わらない。リュウはそのまま押し続けた。俺はただの新兵じゃないんだ。お前に目に物を見せてやる。リュウは歯を食いしばり、さらに強く押した。
アイリも力を込めたが、押し戻すことができない。ヘルメットの中で、玉のような汗がしたたり落ちた。
その瞬間、アイリの口元に不敵な笑みが浮かんだ。
アイリはリュウをつき飛ばし、爆弾をすばやくイニシャライズした。アイリはあっという間に姿を消し、爆弾を落として、リュウの背後にまわった。再びイニシャライズしたアイリは、両腕に巨大な回転銃を構えた。引き金を引くと、銃弾が雨のようにリュウに降り注いだ。
アイリの動きはあまりにすばやく、リュウには何が起きているのか把握できなかった。
「くそっ」
ボン! 爆弾が爆発した。アイリは、タイマーをセットしていたのだ。
煙は大きな雲となった。煙の向こうからは、相変わらず銃弾が容赦なく飛んでくる。アイリは引き金を引き続けた。銃口を離れた薬莢が次々と地面に転がっている。
煙がおさまっても、銃弾は鳴りやまない。リュウは自分の後ろに盾をイニシャライズし身を守った。また、自分の前にも別の盾をイニシャライズして、銃弾の雨を跳ね返した。
「上手いわね」アイリは攻撃を続けながら叫んだ。
リュウはイニシャライズした盾を両手で持ちながら、前進を始めた。銃弾をはじきながら、一歩ごとにスピードを上げていく。「俺を見くびるんじゃねえ!」
リュウにある作戦がひらめいた。これなら勝てるはずだ。リュウはムチをイニシャライズし、アイリに振り下ろした。もう片方の手にはまだ盾を握っている。アイリはムチの軌跡を予測すると、これをあっさりかわし、自分の位置を微調整した。リュウは間髪を入れずに、イニシャライズすると、アイリの銃に小さな装置を取りつけた。
ピッ・・・ピッ、ピッ、ピッ、その装置が音を立て始めた。爆発へのカウントダウンだ。
アイリは爆発直前に銃を手放したが、爆風を受け、地面に叩きつけられた。リュウはアイリの足元に油膜を張った。アイリは態勢を整えようとしたが、立ち上がることができない。アイリは油膜に足を取られてしまっている。
リュウは再びイニシャライズすると、グラップリング銃を装備し、大きな網を発射した。立ち上がろうともがいていたアイリだが、すぐにイニシャライズし、火炎放射器を出した。アイリは膝をつき、引き金を引くと、リュウが発射した網を焼き払った。網の燃え残りが降ってくる。アイリは、自分が油だらけになっていることをはっと思い出した。リュウの作戦に引っ掛かったのだ。
「くっ・・・」
まだ燃えている網の一部が地面に落ち、油にふれた。
ゴォーー! たちまち、炎がアイリを飲み込んだ。
「ぐあっ!」炎がパワードスーツを溶かし始め、アイリが悲鳴を上げた。
すぐに、リュウは巨大な水鉄砲をイニシャライズし、炎を消した。炎が収まると、アイリがびしょぬれで立っていた。皮膚にやけどはなさそうだが、パワードスーツはほとんど、溶けていた。
「あの、大丈夫?」水鉄砲を消し、リュウがきいた。
「ちょっと、なに見てるのよ!」 自分の姿に気がついたアイリが叫んだ。アイリは膝をかかえるようにして座り、リュウとベンジャミンから自分の身体を見られないようにした。パワードスーツが溶けたため、アイリはセミヌードになってしまっていたのだ。「この最低野郎」
アイリの頬が赤くなった。ものすごい剣幕でリュウをにらみつけている。
「あの、ごめん。こんなことになるなんて思わなかったんだ」リュウは毛布を渡すと、反撃を恐れて、すぐにアイリから離れた。
アイリは毛布をつかみ、自分の身体にしっかりと巻きつけた。うまく身体を隠し終わると、アイリはもう一度、リュウをにらみつけた。「君ね、謝らなくていいから」リュウを指さしながら、アイリが言った。「君がわたしの作戦の裏をかいたことは確かよ。せいぜい、今だけは勝利を楽しんでおくといいわ」
「ということは?」
アイリはリュウをさしていた指を下ろし、視線を落としたまま、沈黙した。ようやく、口を開くと、「そうね、合格よ」と、しぶしぶ認めた。
「本当に?」リュウが念を押した。
「そうよ、何度も言わせないでよ」アイリがきつい口調で言った。
「ああ、ごめん。それから、ありがとう。君もすごく強かったよ」
「何でわかったの?」
「えっ?」
「わたしの動きが、どうしてわかったの? わたしが動く前に君が待ち構えていた気がしたんだけど・・・」
「ああ、自分でもよくわからないけど、たぶん、直感みたいなものだと思う」 リュウはヘルメットを消して、手で髪をとかした。「昔から、そういうのを感じるんだ」
アイリは、しばらくリュウを見ていた。それから、頭を横に振った。「とにかく、君みたいに反応する人は初めて見たわ。君は見事にわたしの作戦を読んだの」
「やったぞ」リュウはにこりと笑った。
「もういいわ。シャワーを浴びてきなさい。後で会議室に来て。君たちのトレーニングについて、教授から報告があるわ」
「じゃあ、後で。ありがとう、アイリ」リュウはそう言うと、手を振った。リュウは足取りも軽く、ホロウ・ルームを後にした。
* * *
リュウが部屋を出て行くと、アイリは床から立ち上がった。毛布をもう一度、しっかりと身体に巻きつけ、上階にあるコントロールルームへと向かった。そこでは、ベンジャミンが結果を分析していた。「ベン、リュウの頭脳の活動について教えてくれる?」
「確かに、何か引っかかりますね」ベンはそう言うと、スクリーンを指した。「ここを見てください。セッションの開始直後は、まったく正常でした。それから、最初の数分間は、あなたの活動の方が上回っています。これは、リュウがまだ、パワードスーツの使い方を理解していなかったからだと思います。でも、セッションが進んで、終盤にかかると、ご存じのように、リュウはあなたを・・・」
「そこはもういいわ。で、何がわかったの?」アイリがかみつくように言った。
「すみません。リュウの頭脳の活動は、あなたの防御を崩す直前に、普通の人間のレベルをはるかに越えて、急上昇しています。あなたがおっしゃったように・・・彼はあなたの次の動きを読んでいたのです」
「おもしろいわね・・・」アイリはぼんやりとスクリーンを眺めた。「教授がこれを知りたがっていると思うから、すぐにデータを教授に送って」
「了解」
「あの新兵はもう準備ができているみたい。〈レジスタンス〉にもまだ、チャンスがあるってことね」
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