第8話

残り三十四分。この時間が永久に続くように思えてくる。青チームは、指揮台から一〇〇メートルほど離れた、平坦地の外れに移動した。四人とも、傾斜の陰に隠れている。胸を地面につけ、うつ伏せの姿勢で周囲に目を配っていた。

 「誰か双眼鏡を持ってきたか?」とヒロが言った。

 「いや」とターボが答える。

 「双眼鏡ってキャプテンが持つものじゃないの?」アンジェラがイライラして言った。

 「双眼鏡だって? 俺たちはここだ。双眼鏡は必要ない」聞き慣れない声がした。

 リュウはくるりと体をひねって立ち上がり、ナイフを構えた。その声の持ち主は別チームのメンバーだった。タバコの煙のせいで、顔はよく見えない。彼は二人のチームメイトを従えていた。三人とも赤い腕章を付けている。

 「お前も何とか生き残ったようだな、トーチ」ヒロが立ち上がった。

 リュウは目を細めて、新しく来た男の顔を見た。見覚えのある顔だった。ダーク・サッツ、またの名をトーチ。ヒロの友人で、リュウが知る限り、トレーニング中も、それ以外でも、二人はいつでも一緒にいた。それもうなずける、とリュウは思った。殺しに関しては、ヒロもトーチも同じくらい、どうかしているからだ。

 「トーチですって?」アンジェラが眉を上げた。「変わったニックネームね」

 「タバコを吹かしてるからじゃねえぜ。一応言っておくが」トーチが薄笑いを浮かべた。

 「トーチと俺は、以前、こういう訓練で同じチームだったんだ」そう言いながら、ヒロも不敵な笑みを浮かべた。「こいつは仕留めた相手に火をつけて燃やすのが好きだから、トーチってニックネームがついたんだ」

 リュウは、トーチとそのチームメイトの背後に広がる荒れ果てた大地に目を向けた。遠くのほうで、遺体のようなものが燃えていて、そこから煙が上がっている。

 「残っているのは、俺たちだけか」とヒロ。

 「ああ、昔みたいだな、ヒロ」トーチはニヤリとして、タバコを吹かした。「せっかくだから、楽しいことでもしないか? お前のチーム対俺のチームの対戦というのはどうだ?」

 「面白そうだな」とヒロ。

 「ちょっと待ってくれ」リュウが割って入った。「いい考えがある」

 ターボとアンジェラは当惑してリュウを見た。ヒロは興味津々といった表情を浮かべている。

 「俺は、お前たちの誰かに・・・」リュウは少し間を置き「決闘を申し込む」と言い放った。

 「命をかけた決闘だ」リュウが言った。「どうだ?」

 「ハハハ」トーチは大口を開けて笑った。

 「一対一の勝負か」 トーチは思案顔で顎をなでた。「いいだろう」

 トーチはタバコをくわえたまま、チームメイトを眺めた。栄光を独り占めしたがっているのは明らかだ。ヒロのように、トップクラスに昇級したいのだろう。赤チームの他のメンバーは目を見合わせ、うなずいた。挑戦を受けるようだ。

 「運を天に任せるか」ヒロがリュウの方に近づいてきた。

 ヒロはポケットに手を入れると、コインを取り出した。この新しい世界ではさして重要なものではないが、ヒロは記念品のように持ち歩いていた。ヒロはコインの表と裏を見せた。

 「コイントスで決めよう」ヒロが提案した。「勝った方が、決闘相手を選ぶんだ」

 ヒロはコインをみんなに見せながら、アンジェラとターボに挑発的な視線を向けた。二人に動じる様子はない。もうどんな状況でも受け入れる覚悟ができていた。

 「いいぞ。全員、異論はないようだ」ヒロはそう言うと、コインを親指の上に乗せ、思い切りはじいた。コインは空中に高く舞い上がった。

 「コールしろ」ヒロが叫んだ。

 「表!」リュウがすぐに答えた。

 トーチは黙ったままだ。つまり、自動的に裏ということになる。ヒロはコインを片手でキャッチし、手の甲を下に向け、コインを見せた。

 「表だ、一〇一番」ヒロが言った。

 リュウは赤チームのメンバーを一人一人じっくりと見て、誰を指名するか考えた。もちろん、勝てそうな相手がいい。どうやって決闘するにしろ、自分が勝てそうな相手を選んだ方がいいに決まっている。考えれば考えるほど、リュウはなかなか選べない。

 「簡単に選べるようにしてやるぜ」トーチはポケットに手をいれ、ピストルらしきものを取り出した。

 バン トーチが発砲し、銃声が響いた。

 アンジェラは大きく息を飲んだ。リュウはとっさに首をすくめた。

 硝煙が消えると、トーチのチームメイトが二人とも地面に倒れていた。死んでいる。トーチが放った一発の銃弾が、二人の頭部を一気に貫いたのだ。

 「さあ、簡単になっただろ」トーチはピストルをクルクル回し、地面に投げ捨てた。「選択肢は一つ。俺だけだ」と言うと、ニヤリとした。

 リュウは自分の目を疑った。選択を誤った。ようやくリュウは気がついた。このモンスター以外の誰かを早く選ぶべきだった。

 それでもリュウは恐怖心と嫌悪感を飲み込み、腹をくくった。これは、トーチの顔からあの忌々しいニヤケ笑いを消し去るチャンスなのだ。トーチだけじゃない、ヒロの顔からもだ。あの二人は何か企んでいる。だが、リュウは殺し屋たちの犠牲になるつもりはなかった。

 「構わないさ」リュウは肩をすくめた。 「こっちは準備オーケーだ」



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