第9話
リュウはトーチに近づき、構えた。チームメイトは小高い丘の上で見守っている。
「こっちも準備オーケーだ」トーチが皮肉たっぷりの笑みを浮かべた。
「お前が死ぬ、準備がな」そう言うと、トーチがいきなりリュウに突進してきた。
トーチは素手で、武器は持っていないようだ。拳でリュウを叩きのめす自信があるのだ。トーチはリュウよりも大柄で、筋肉も隆々だった。しかもトーチは風のように動きが早く、その大きな腕でリュウを捕まえようとした。しかし、リュウの動きはさらに早く、トーチの腕をひらりとかわした。
「曲芸じみた真似はやめろ、クソ野郎」トーチはもう一度腕を伸ばした。
リュウは笑みを浮かべ、フットボールでもプレーしているかのように、フェイントをかけたり、ジグザグに進んだりして、トーチの腕が届かないところを動き回った。リュウは敵を読みつつ、攻撃の方法を考えていた。トーチはイライラして吠えた。追いかけっこが嫌になったのか、チームメイトの遺体から何かを取り出した。トーチが腕を振り上げると、ムチがしなった。
やれやれ、ここのやつらは本当にムチが好きだな。リュウは、ムチ打ちのことを思い出した。
ピシャ ムチのしなる音が響いた。
トーチは容赦なくムチを打ちつけてくる。
「これでどうだ」リュウの肌にムチが当たった。
「ぐっ」 リュウは思わずうめき声を上げた。胸にムチが当たったのだ。
「リュウ!」近くからターボが声援を送った。「頑張れ!」
リュウは一歩下がり、少し間を置いてから、トーチめがけて突っ込んだ。トーチはニヤリとすると、次の攻撃を開始した。
ピシャリ ピシャリ ピシャリ ムチがうなる。
リュウはムチをかわしながら、少しずつトーチに接近していく。ターボとアンジェラが固唾を飲んで対戦を見守っている。ヒロは腕組みをしたまま、目を閉じて顔を背けている。
「いい気になるなよ!」リュウはぐっと手を伸ばした。
左手でムチをつかんだリュウは、それを自分の腕に巻きあげた。そしてトーチの懐に飛び込むと、すばやく身を低くして股の下をくぐりぬけた。不意をつかれたトーチはリュウのスピードに追いつけず、まごついている。リュウはトーチの背後にまわりこみ、決闘の前にポケットに忍ばせておいたナイフを取り出した。
リュウがトーチの首を切り裂こうとしたその瞬間、大きなブザーが鳴り響いた。
リュウは動きを止めた。トーチの頬から汗が滴り落ちていった。リュウのナイフの刃はトーチの首の寸前で止まっていた。タイマーがトーチの命を救ったことになる。訓練は終了だ。
教官が姿を現わし、指揮台に上った。
「全員、整列!」教官が拡声器で怒鳴った。
リュウはトーチから離れ、赤いラインに戻った。訓練開始前、このラインには十六人が並んでいたが、今はたった五人しかいない。
「訓練を無事に完了した諸君、おめでとう」残っている生徒を眺めながら、教官が言った。
教官は残っている生徒の顔を一人一人確認すると、隣でメモをとっているスタッフに情報を伝えた。リュウの心にある種の疑念が湧いてきた。リュウはヒロに、「あの封筒の中身には何て書いてあったんだ?」とたずねた。
ヒロはコートから埃を払い落としていたが、リュウに視線を移すと、「さっき話したとおりだ」と言った。
「全部は話してないだろ?」 リュウは襲撃してきた敵が最後に言った言葉を覚えていた。アンジェラがライフルで殴る直前、『死ね、〈レジスタンス〉のクズ野郎』と、あの敵は言ったのだ。 あのとき、リュウは攻撃をかわすことに必死になっていたため、言葉の意味を考える余裕はなかったが、なぜ、〈レジスタンス〉のメンバーがリュウのことを『〈レジスタンス〉のクズ野郎』と呼んだのだろう。
ヒロは答えなかった。
「全員、シャトルバスに乗れ!」教官が怒鳴った。
ようやく、訓練が終わった。訓練と言っても、何でもありの大量殺戮といってよかった。十六人が参加して生き残ったのは五人だけだ。リュウは自分と仲間たちが生き残ったことに感謝した。無傷とは言えないが、とにかく生き残ることができたのだ。
シャトルバスに乗り込む前に、アンジェラがリュウの隣にやってきた。
「あいつら、ウソをついていたのよ」戦場を振り向きながら、アンジェラが言った。
リュウとターボは立ち止まって、耳を傾けた。
アンジェラは封筒を取り出した。開封され、しわくちゃになっていたが、中には手紙が入っており、ヒロ士官候補生宛てになっていた。
最初の行には、「戦場では、必要な手段をすべて駆使して、被験者一人一人の真価を審査せよ」と書いてある。「すべての被験者はタイマーが終了を告げるまで、命を懸けた戦いをしなければならない。生き残った者は、次のステージに進む」
「あなたがトーチと戦っているとき、ヒロの後ろのポケットからこれを抜き取ったの」アンジェラが説明した。「あいつはずっとこの計画の一部だったのよ。 この訓練全体が、生徒を減らすための策略だったというわけ」そう言ってアンジェラはシャトルバスに向かった。
「ヒロはウソなんかついてないよ」アンジェラの隣に座りながら、リュウが言った。「ヒロはただ、全部を話さなかっただけだ。俺たちは、やつらを見くびっていたんだ。GWOは狡猾で冷酷だ。俺たちがいずれ死ぬ運命にあったとしても・・・」リュウは少し間を置いて、窓の外に視線を移し、地平線に沈む太陽のきらめきを眺めた。
「俺たちには仲間がいる」リュウは拳を握りしめた。「仲間がいれば、俺はこのまま前に進むことができる」リュウはもう一台のシャトルバスに視線を移した。そこにはヒロとトーチが乗っていた。
訓練中は栄養を補給することができなかったうえ、肉体的にも精神的にも疲れ切っていた。シャトルバスが発車するとリュウたちはあっという間に眠りに落ちたが、すぐに(実際には長い時間が過ぎていたのかもしれないが)大声で目が覚めた。「起きろ、起きろ、クズ野郎ども!」 バスの運転手だ。
アカデミーでは、バスの運転手さえ、教官のように怒鳴る。全員がアカデミー式の口調を訓練されているのだ。リュウがよろよろと立ち上がり、他の二人もそれに続く。シャトルバスを降りるとき、各自に一枚の紙が渡された。今日の訓練の通知と同じような紙だった。
リュウはすさまじい疲労と空腹に襲われていたため、その内容にすぐに目を通すことはできなかった。
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