第7話
戦う決意を固めたリュウは、戦闘に備えつつアンジェラをちらりと見た。アンジェラは隅で、背中を丸めてうずくまっていた。顔は青ざめ、冷や汗をかいている。
「アンジェラ」リュウはアンジェラに駆け寄り、腰をかがめた。「アンジェラ! 戦うんだよ! 俺の声が聞こえるか?」
アンジェラはうつむいたまま、リュウの呼びかけにも答えない。まばたき一つせず、ただ、その場で凍りついたように座っていた。
「敵はあと二人いるはずだ」ヒロはリュウの隣で外の様子をうかがっている。
リュウはうなずき、ターボを見た。「ターボ、配置についてくれ」
かすかな話し声が聞こえてくる。ヒロ、リュウ、ターボに緊張が走った。どの方向から声が聞こえてくるのか、リュウには正確な位置が分からない。風が吹き始め、敵が近づいてくる音が聞こえにくくなった。
カツン、カツ、カツ
「手榴弾だ!」ヒロが叫んだ。
最悪の事態が脳をよぎり、リュウは振り向いた。手榴弾はアンジェラの近くに落ちていた。
「アンジェラ、逃げろ!」リュウが叫んだ。
アンジェラは抜け殻のように、膝を抱えうなだれている。
「まだゲームオーバーなんかじゃ・・・ない!」 リュウは手榴弾めがけて飛んだ。爆発まで数秒。アンジェラの頭上の壁に小さな穴が空いていることに目をつけたリュウは、アメフト選手のように手榴弾をつかみ、その穴に向かって投げた。
リュウが投げるとすぐに、手榴弾がシューッと音を立て始めた。
リュウは急いでアンジェラを引き寄せ、爆弾から守るべくアンジェラの盾になった。
「うわぁ!」外から絶叫が聞こえた。
ドーン
壁の向こうで、手榴弾が爆発した。
ビシャ ドシン
敵の身体が壁に叩きつけられた。
リュウはゆっくりと顔をあげた。心臓が激しく脈を打っている。無事、撃退できたようだ。リュウは、何とか手榴弾を投げ返して敵を返り討ちにした。
残った敵がすぐにでも攻撃してくるかもしれない。リュウはアンジェラの両腕をしっかりとつかみ、その目を見ながら言った。「お願いだよ、アンジェラ。立ってくれ。頼む。お前をここで死なせるわけにはいかないんだ」
「一〇一番、一九〇番、ここを離れるぞ。敵に俺たちの位置がばれた」ヒロは抜け道を確認している。「武器を持て。行くぞ」
「リュウ」アンジェラが口を開いた。リュウはまだアンジェラの腕をつかんでいた。「ありがとう。また助けてくれて」
「礼を言うのはまだ早いぞ。まずは、ここから生きて帰らないと。わかったな?」 リュウはアンジェラを立ちあがらせながら言った。
敵はまだ一人残っている。どこにいるのかはわからない。ヒロは、リュウとアンジェラのじゃれ合いが気に入らないが、とにかく手を振って合図をした。
「こっちだ」ヒロは壁の裂け目を指さした。
その小さな隙間を通り抜けるには、身をかがめなければならなかった。ドアを開けてすいすい進むというわけにはいかないが、こっそり脱出するにはもってこいの道だろう。ターボはヒロに続き進もうとしたが、その前に振り返ってリュウを見た。
「おい、行くぞ。アンジェラはもう大丈夫だ」ターボが小声で言った。
リュウはうなずき、アンジェラに先に行けと合図した。アンジェラはライフルをつかみ隙間に向かった。隙間を抜けた先では、ヒロとターボが周囲を警戒している。
「このクソ野郎!」突然大声が聞こえた。
まだ建物の中にいたリュウに、その声の主が、背後から飛びかかった。敵チームの最後のメンバーだ。リュウはさっと身構える。敵はナイフで切りつけてきた。
「死ね! 〈レジスタンス〉のクズ野郎!」そう叫びながら、敵は刃を持ってリュウに肉薄してくる。
リュウは敵の両手をつかんだが、その男はリュウよりも大きく、ずっと強靭だった。こんなやつを長時間押さえつけることは難しい。
リュウは、相手の鼻めがけて思いきり頭突きおした。わめきちらしている敵の顔に鼻血が飛び散った。敵は逆上し、リュウを地面に押し倒した。ナイフの刃は目標——リュウの心臓——まで、あと数センチというところまで迫った。
ドン
敵が白目をむき、ぐったりして、リュウの上に倒れた。
その後ろにアンジェラが立っていた。ライフルを持ち、息遣いは荒い。アンジェラがライフルで敵を殴りつけたのだ。リュウは驚きアンジェラを見上げ、倒れてきた敵の身体を地面に押しやった。
「アンジェラ、どうして?」
「あの隙間を通ろうとしたとき、ちょうど声が聞こえたの」
左手に握ったライフルの柄の部分からは血がしたたり落ちている。アンジェラはリュウに右手を差し出した。
「よし行こう。二人と合流だ。ここで死ぬわけにはいかない」リュウは、アンジェラの手をしっかりとつかんで、立ち上がった。「ありがとう、アンジェラ。君は命の恩人だ」
アンジェラはリュウの言葉を聞いて軽く頷いたが、笑いはしなかった。
今では二人とも、この演習の重大さを理解していた。
二人は隙間を通り抜け、建物の外へと出た。アンジェラとリュウの姿が見えると、ヒロはすぐに二人に合図を送った。二人は頷き、引き締まった表情でヒロのもとに向かった。敵の不意打ちを警戒しながら、一歩一歩確実に足を進めた。
「何かあったのか?」二人が到着すると、ターボが尋ねた。
「待ち伏せにあったんだ。向こうのチームの最後の奴だ。たぶん、そいつがキャプテンだったと思う」
リュウは事のあらましを説明し始めたが、ヒロがそれを遮った。
「おい、向こうを見ろ」 ヒロが指さした。
みんなが振り向くと、そこには、タイマーがあった。教官が訓練の説明をした、あの指揮台の上に置かれていたタイマーだ。カウントダウンしている。一時間二十六分が経過していた。リュウは教官が訓練は二時間だと言っていたことを思い出した。
「俺たちは早く終わったみたいだな」とリュウ。
「それは間違いだ」ヒロが答えた。「まだ三十四分ある」
「どういう意味だ? まだ終わりじゃねえのか?」ターボがうんざりした様子で言った。
「タイマーが二時間ちょうどで止まるまで、訓練は続く」ヒロが言った。
「続く、ですって? でも、敵は全員やっつけたでしょ? 四人とも死んでしまったはず・・・」アンジェラが当惑して言った。
「そのとおりだ。あのチームは全滅したが、他にも敵はいる。今度は俺たちから攻撃を仕掛けるんだ。容赦はするな」ヒロが答えた。
今日の演習の出来に満足できないまま、リュウは自分の両手をじっと見つめた。今日の戦闘で受けた傷が残っている。トレーニング中にできた傷とは違う。この新しい傷はいわば実戦デビューの証。それは、これから続く戦いの始まりでしかない。
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