第15話
CBEは動きを止めた。射撃装置の回転も止まった。コックピットの中では、若い女性ドライバーが目の前のスクリーンを見つめていた。
「何ですって?」
生体スキャンの結果を見ていたアイリは驚いた。
「教授が探しているのは、この男の子?」
アイリは故障やエラーを疑い、生体スキャンの結果を見直した。DNA構造をはじめとして、CBEに解析できないデータはほぼない。スキャン結果は、はっきりとDNAの一致を示している。ということは、アイリの目の前に倒れている青年は、教授にとってきわめて重要な人物ということになる。もしもその青年を見つけたら、〈レジスタンス〉の全兵士は、あるプロトコルに従うことになっていた。
CBEは脚部を曲げ、両腕を床について四つん這いのような姿勢になった。コックピットが前方に押し出され、ドアが開き、中から黒いジャンプスーツを着たアイリが出てきた。アイリはコックピットから飛び降りると、警戒する様子もなく、意識を失ったリュウに近づいた。
「こんなことがほんとに起こるなんてね、信じられないわ」アイリが小声で言った。「いいわ・・・ミッションを完了しないと」
アイリはジャンプスーツの内側から封筒を取り出した。封筒には「プロトコル四四四番」と書かれている。アイリはプロトコルを読み返し、リュウのジャケットの中に封筒を押し込んだ。そのとき、アイリのブレスレットが光った。CBEが彼女に警戒信号を送ってきたのだ。
アイリはさっと立ち上がり、安全なコックピットへと避難した。CBEは速やかに戦闘態勢にトランスフォームした。コックピットの内部では、アイリがエリアをスキャンしていた。レーダー・スクリーンは、彼女の方に近づいてくる一つの点を捕えていた。
「たぶん、あの子のパートナーね」アイリは言った。
アイリは武器をチェックした。レーダー・スクリーン上の点はどんどん近づいてくる。アイリにはそれが生身の人間だということがわかっていた。だとすればアイリの方が有利だ。アイリはドロイドを攻撃モードに戻した。
ドロイドは入り口に移動した。その数秒後、レーダー・スクリーン上の点が、室内に入ったことを示した。アイリが入り口に視線を移すと、一人の人間が立っていた。その人物は片手に何らかの装置を持ち、もう片方の手に時限爆弾を持っていた。
アイリはドロイドに、目標に向かえと命令した。
* * *
ヒロが中央室に入るとすぐに、床に倒れているリュウの身体が目に入った。
「何てことだ。今回の作戦はたっぷりと楽しみたかったのにな」
あのCBEがリュウを殺したのだろう。ヒロは目を細めて、CBEの方に体を向けた。
「おい、お前。コックピットの中にいるお前だ。邪魔はするな。俺には時間がないんだ」
ヒロはコックピットに向かって、時限爆弾を見せた。戦況を有利に進めるつもりだ。
* * *
アイリはたじろぎもしなかった。〈レジスタンス〉のベテラン兵であるアイリには、敵の心理が手に取るようにわかる。
「攻撃開始」アイリはコントロールパネルを指で操作し、クモ型ドロイドに命令した。ドロイドは群れになって、ヒロめがけて進み始めた。ところが、ヒロは逃げようとも戦おうともしない。ヒロはポケットからある装置を取り出し、スクリーンを押した。
装置から、ブーンという音がして、衝撃波が広がった。
ドロイドは動きを止めた。アイリは歯ぎしりして攻撃に移ろうとしたが、CBEもドロイドと同じく機能停止した。コントロールパネルはまったく動作しない。CBEのシャットダウン音がコックピットに響いた。スリーンの光が弱くなり、やがて真っ暗になった。
「どうなってるのよ」アイリが叫んだ。あれはEMPなの?
アイリはEMPの噂を耳にしたことはあったが、これまでそのような装置を持つ人間に遭遇したことはなかった。アイリは出鼻をくじかれ、有利な状況を失った。ドロイドもCBEも使えない。あまり気が進む展開ではないが、一対一で戦うしかない。
アイリはコックピットから出て戦いを挑もうとしたが、コックピットの脱出システムも反応しない。EMPは室内すべての回路を動作不能にしてしまったのだ。
コックピットの濃いガラスの向こう側で、ヒロがアイリを見上げ笑っている。
「動かないだろう。お前はもうどこにも行けないんだよ」ヒロはそう言うと、クリスタルの前にあるパネルに時限爆弾を取りつけた。「でも心配することはない。どうせ、ここもおしまいだからな」 ヒロは興奮気味に、にやりと笑った。「お前たちの貴重なエネルギー源がもうすぐなくなってしまうぞ。これでお前たちの哀れな野望は完全に打ち砕かれる」
「この野郎!」アイリは怒鳴った。ヒロに聞こえないことはわかっていたが。
時限爆弾のタイマーがカウントダウンを始めた。あんなプロトコルを守ったばかりに、時間を無駄にしてしまった。コアを保管庫に入れ、中央室から出てしまえばよかった。
ヒロは中央室を出る前に、CBEと地面に倒れているリュウに最後の一瞥を送った。
「オ・ルヴォワール(さようなら)」ヒロが言った。アイリは、遠ざかるヒロの背中を忌々しそうに見つめながら、脱出方法を考えた。
* * *
ターボは行ったり来たりを繰り返していた。アンジェラや他の生存者とともに、丘で待機しているところだ。アンジェラはずっと唇をかみしめていた。トーチによると、ヒロが最後の爆弾を所定の位置に仕掛け、こちらに向かっているそうだ。リュウのことは何も言わなかった。
ヒロが換気シャフトから現れるとすぐに、ターボが駆け寄った。「リュウはどこだ?」
ヒロはゆっくりと、ある装置を取り出した。爆弾の起爆装置だ。「ああ、一〇一番のことか?」ヒロが嫌味たらしく言った。「あいつなら、まだ中にいるぜ」
もう時間がない。ターボはアンジェラを見てうなずいた。「俺が助けに行く」と言う意味だ。ターボはすぐさま走り出し、換気シャフトに飛び込むと、階段を滑るように降りていった。親友を助けなければならない。ターボを本当に大切に扱ってくれるのは、リュウだけなのだ。
ターボはうなり声を上げて階段を滑り降り、着地した。通路を駆け抜け、トンネルへと向かった。まるで、リュウが案内してくれているかのように一直線に進んでいった。トンネルの向こうに光が見えた。中央室に入ると、ドロイドとCBEの姿が目に入ったが、敵を気にしている場合じゃない。ターボの眼中にあるのは、リュウだけだった。
「リュウ!」ターボが叫んだ。「どこにいる?」
ターボはリュウの返事を求め、必死に四方八方を見渡した。
ほどなく、地面にぐったりと横になっているリュウを発見した。
「神様、ありがとう。そこにいるのなら」ターボはそう言いながら、地面に横たわるリュウを抱き起こした。生きていてくれよ。頼むから、生きていてくれ。
ターボはリュウを背負った。そのとき、ピピピという音に気がついた。ターボは反射的にコアの方を見た。爆弾のタイマーの音だ。ついさっき、ヒロがスイッチを押したやつだ。
「くそっ」
タイマーは六〇秒からカウントダウンを始めていた。ターボは通路に向かって走り始めた。
「頑張れ、ターボ。もっと速く走れるだろ」ターボは自分を奮い立たせるように叫んだ。
* * *
アイリはまだ、コックピットに閉じ込められていたが、CBEのスクリーンが明るくなったのを見て、歓声を上げた。EMPの影響は一時的なはず。そうでなければ、爆弾さえ作動しない。
コンソールに、「全システム作動」と表示された。アイリは爆弾のタイマーを見た。
十七、十六、十五、十四・・・
「ドロイド、コアを囲め!」アイリは大声で命令した。ドロイドがコアを囲めば、ある種の盾のような役割を果たし、コアを守れるかもしれない。もちろん、リスクはある。ドロイドの鋼鉄がそのような爆発に耐えきれる保証はない。しかし、やってみる価値はある。
「コアを囲め!そして、コアを完全に覆いつくせ!」アイリが叫んだ。
アイリはまた、コアのそばにCBEも移動させた。CBEも盾の役割を果たすことができるかもしれない。残り三秒。アイリは身構えた。
* * *
大きな爆発音は丘の上にも轟いた。
アンジェラは地面の揺れを感じた。複数の爆発が続き、地面は揺れ続けた。ターボは換気シャフトを目指して、通路を走っているところだった。急がないと、階段も炎に包まれてしまう。
ドカーン ドカーン ドカーン
「助けてくれ!」何とか換気シャフトの下までたどり着いたターボは叫んだ。「誰か!」
ターボは通路を振り返った。あと数秒でトンネル内の温度が急上昇し、爆風が襲ってくるはずだ。ターボは決死の覚悟で、階段を一段一段上り始めた。
あと二段というところで、リュウの身体が背中からずり落ちてきた。ターボは慌ててリュウの腕をつかんだ。炎が換気シャフトに迫ってくる。
「こっちよ!」アンジェラが叫んだ。換気シャフトの入り口から頭をのぞかせている。「私の手をつかんで!」
ターボは左手でリュウを抱え、右手で階段の手すりをつかんでいた。アンジェラの手をつかむには、手すりを離さなければならない。一か八かの賭けだ。ターボは雄たけびを上げ、右手を伸ばした。
アンジェラの手は、がっしりとターボの手を捕まえ、ものすごい力で二人を引いた。
ターボとリュウが引っ張り出された瞬間、換気シャフトから炎が噴き出した。
* * *
中央室では、爆発後、コアを囲むドロイドの壁にほころびができた。炎が、溶けたドロイドの隙間からコアに向かっていく。ドロイドだけでは守り切れない。アイリはCBEの腕を回し、抱きしめるようにしてコアの盾となった。コアを守る最後の手段だ。アイリは目を閉じた。
「ぐっ・・・」
爆発による温度の上昇はすさまじく、CBE内部にも伝わってきた。アイリはきつく目を閉じて時が経つのを待った。ゆっくり、熱の威力が弱まっていく。地面に落ちた金属片が、ジュージューと音を立てている。
アイリは自分の肌を、顔を、身体を確認した。どこも傷ついていない。コアは無傷のままで、そのエネルギーは輝き続けていた。
「やったわ!」アイリは歓声を上げた。
ドロイドはどれも溶けて、金属の山になっている。ドロイドはまたつくればいい。コアの方がずっと重要だ。コアがなければ、〈レジスタンス〉は電力を供給しすることも、地球を再生するために必要な機械を開発することもできなくなってしまう。
アイリの次の任務は、コアを安全な容器に保管し、施設から脱出することだ。CBEは短い時間なら、コアを取り扱うことができる。しかし、所定の時間内に保管作業が終わらなかったら、これまでの努力はすべて無駄になってしまう。「サイフォン」は取扱不可能となり、最終的には爆発してしまうからだ。
コアを安全に保管する作業が終了すると、アイリは脱出手段として用意しておいたシャトルに搭乗した。
* * *
丘の反対側では、ターボとアンジェラがトーチの指示に従い、傷つき意識不明となっているリュウをランディング・ゾーンへと運んでいた。ヒロは彼らの後ろで、ヘッドセットを使って、誰かと交信している。
「はい、わかりました。了解です」 通信を終えると、他のメンバーのところにやってきた。
そして、トーチと何やら話し始めた。「コアはまだ動いている」
「何だって?」トーチはタバコに火をつけながら言った。
彼らの左手から大きなエンジン音が聞こえてきた。みなが空を見上げた。一機のシャトルが夜空を飛んでいく。パイロットはあのCBEをコントロールしていたやつだな、とヒロは思った。やがてシャトルは雲の間に消えた。
「将軍が、コアが動いていることを確認した。あのシャトルもコアが動いている証拠だ」ヒロが遠くを見ながら言った。
「これは大変なことになったな」トーチが煙を吐き出しながら言った。
「ああ、そのとおりだ」ヒロは不敵な笑みを浮かべながら、次の策略を練り始めた。
* * *
ランディング・ゾーンは光に包まれた。大きな音が近づいて来たため、アンジェラは空を見上げたが、あまりの明るさにほとんど見えなかった。
「シャトルだわ」降下してくる機体を見て、アンジェラが言った。
「ああ」ターボも見上げた。機体にGWOの大きなエンブレムが輝いている。
二人とも悪の巣窟のようなアカデミーには戻りたくなかった。しかし、二人には他には行く所がないこともわかっていた。特に今のリュウには治療が必要だった。
「リュウは全快すると思う?」アンジェラがささやくように言った。二人はリュウをシャトルに乗せた。アンジェラはリュウの頭の下にバッグを押し込み、枕の代わりにした。
「もちろんだ」ターボが答えた。「こいつはゴキブリみたいなやつだから、簡単には死なないさ」
ターボの口ぶりから察するに、それは本当なのだろう。リュウはこれまでに何度も、信じられないような強靭さを見せてくれた。アンジェラは、リュウのような人間は何か崇高な目的のために生まれてきたのだろう、と思っていた。アンジェラ自身は、ずっと昔に自分の感情というものを失ってしまったが、リュウだけは、希望の象徴だった。
アンジェラはシャトルが離陸すると、リュウの手を握った。リュウは真っ暗な世界に輝く、たった一つの灯りだった。
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