第16話

夕方、シャトルはアカデミーに到着し、空いているスペースに牽引された。ヒロがシャトルから降りると、衛兵が走ってきた。

 「ヒロ士官候補生」ヒロが衛兵に気づき、振り返ると、衛兵は少し息を切らせて言った。「将軍が報告をお待ちです。すぐにいらしてください」衛兵はどこか緊張している。

 衛兵は直立不動で、完璧な敬礼の姿勢を取っていたが、よく見ると少し震えているのがわかる。それを見て、ヒロは笑みを浮かべた。あの衛兵は明らかにヒロを恐れている。衛兵がやたらと汗をかいているのも、ヒロを恐れている証拠だった。

 「そうか。まあ、予想どおりだな」 ヒロは言うと、振り向きざまに、「トーチ!」と叫んだ。

 「何だ?」トーチが答えた。

「残りの兵を任せる」

 「ああ」トーチは煙を吐きながら答えた。あまり嬉しそうではない。トーチは他人から命令されるのが大嫌いだということをヒロは知っていた。それに、トーチは自分で将軍に報告したかったのだ。ヒロにはトーチの目に嫉妬の炎が浮かんでいるのが見えた。

 「まあ、慌てるなよ。今日はそんなにおめでたいことで呼ばれたわけじゃないからな」そう言うと、ヒロは口元に笑みを浮かべながら、将軍のもとに向かった。


* * *


 ターボとアンジェラはリュウを担架に乗せて、シャトルの出口へと向かった。シャトルの出口に近づくと、トーチが出口をふさいでいるのに気がついた。

 「止まれ!」トーチが叫んだ。

 「何だと?」ターボが怒ったように言った。それでも、本当に言いたい言葉は飲み込んだ。ターボはリュウを一刻も早く診療所に連れて行きたかったので、時間を無駄にしたくなかった。ここでトーチを軽んじるような発言をしたら、厄介なことになる。

 「ここからは俺たちが連れて行く」トーチが改まった口調で言った。

 「どういうこと?」アンジェラが言った。

 「いま言ったとおりだ」トーチはそう答えると、追い打ちをかけるように、「担架をすぐに下ろせ!」と怒鳴りつけた。

 「ばか言わないで」アンジェラは担架をしっかりと握っている。「あなたたちがリュウを助けるですって? 信用できない。リュウは渡さないわよ」

 ターボにはどうすればよいのかわからなかったが、命令に従ったらリュウがどうなるかを想像してみた。トーチがリュウを引きずって、遺体捨て場に放り込む姿が思い浮かんだ。衛兵がリュウを独房に連れて行き、狂犬のエサにしている場面も浮かんだ。それに、トーチがリュウの遺体に火を放ち、高笑いをしている声さえ聞こえる。どのシナリオも残酷だ。

 ターボが、お前の命令には従えないぜ、と言おうとした瞬間、ターボの頭の中に、誰かの声が響いた。

 「やめろ」その声が言った。

 「何だって?」心の中でターボが答えた。

 「下ろしてくれ、俺は大丈夫だ」

 「何だって? お前は誰だ?」

 「頼む、ターボ」その声が答えた。

 ターボは咳払いをした。リュウの声に似ている。

 「でも、お前は・・・」ターボはリュウが意識のないまま担架に横になっていることを、もう一度確認しながら言った。

 「俺にはトーチの考えていることがわかるんだ。だから、奴の命令に従ってくれ」意識を失っているはずのリュウの声がした。

 「いいや、俺にはできない」ターボはやり場のない怒りがこみ上げ、目を閉じた。「お前をこんな奴らに渡すわけにはいかない」ターボの閉じた目から、涙が一粒こぼれた。

 「聞いてくれ、ターボ。俺は大丈夫だ。俺の言葉を信じてくれ。お前とアンジェラの命を危険に晒したくない。頼む。俺を信じてくれ・・・」リュウの声が小さくなっていく。

ターボは決断しなければならない。トーチは見るからに苛立っている。

「担架を置こう」ターボが決断した。ちょうど、トーチが目を細めて近づいて来た。

 「何ですって?」アンジェラが言った。

 「トーチの言う通りにしよう」ターボが言った。

 ターボは担架を下ろそうと腰をかがめた。ターボはアンジェラの方を見たが、アンジェラは命令に従いたくないようで、担架を握りしめたまま動かない。ターボは、話し声がトーチに聞こえない距離までアンジェラに近づいた。

 「リュウは大丈夫だ。奴らはリュウを殺したりしないよ」

 どうしてそんなことがわかるの? そう言い切れるの?」

 「とにかく、俺のことを信じてくれ。お願いだ、アンジェラ」

 アンジェラは口を真一文字にしたまま、トーチを見た。それから、もう一度リュウの方を見た。そして、ゆっくりと担架を下げて、リュウから離れた。アンジェラはターボに不満げな視線を向けた。

 大丈夫だよ、とターボは目で返事をしたが、やがて居心地悪そうに視線を外した。そして、これは正しい選択なんだと自分に言い聞かせた。

 「担架を持ち上げて、俺についてこい」トーチが近くにいる衛兵二人に命令した。衛兵がリュウの担架を地面から持ち上げ、運んで行った。

 ターボはもう一度、アンジェラを見た。彼女は泣きそうだったが、何とか涙をこらえていた。

 「すぐに会えるから、大丈夫だ」ターボが小声で言った。

 アンジェラが強くうなずいた。


* * *


 ヒロは将軍の指令室に着き、ドアの外で待機していた。

 「将軍が中でお待ちです」衛兵が言った。

 衛兵がドアを開け、入室するように合図した。ヒロは部屋に入ると、将軍にどんな言葉で報告を始めるべきか考えた。任務に失敗したことは明らかだ。当然、非難されることになるだろう。だが、ヒロはあまり恐怖を感じていなかった。心配は愚か者のすることだ。ヒロは何度も実力を証明してきた兵士だ。行動は常に厳格、GWOの信念を厳密に実践してきた。それに、将軍への忠誠心も証明済みだ。ヒロは今回の失敗も許してもらえるはずだと確信していた。

 そう思っても、奥に進むときは、深呼吸せずにはいられなかった。

 将軍は机の手前のソファに座っていた。将軍は一人ではなかった。小さな女の子と話していた。ヒロは眉を寄せ、二つのソファの間に敷かれたじゅうたんの手前で立ち止まった。あの子は誰だろう? ヒロは敬礼を止め、気をつけの姿勢を取ると、将軍の会話を邪魔しないようにした。

 将軍は笑っていた。「お前はお話が上手だな、アリソン」

 女の子は嬉しそうに将軍を見上げた。会話を聞いていると、二人は、征服することや戦いの栄光について話しているようだった。

 将軍は厳格で、余計なことは口にしない。将軍に家族がいることを見聞きした者はいない。ヒロは自分の目が信じられなかった。将軍が誰かに微笑んでいるところなんて見たことがない。将軍はいつでも、不愛想で無表情だった。しかし、この女の子には満面の笑みを浮かべている。

 「ああ、ヒロ士官候補生か。入りなさい」将軍がヒロの存在に気がついた。

 将軍の口調は、どこか寂しげだった。そのこともヒロを驚かせた。いったい、どうしたっていうんだ?

 「ごらん、アリソン。この人がヒロ士官候補生だよ。このお兄さんは期待の新人で、熱い戦いが大好きなんだ」将軍が続けた。

 アリソンは大きな笑顔を浮かべて、気をつけの姿勢を取ったままのヒロに視線を移した。アリソンは興味津々といった表情で、ヒロを見つめた。

 「このお兄さんは、私たちのために戦ってくれているんだよ。GWOのために血を流してくれている」将軍が言った。

 「パパ、パパ」驚いたようにアリソンが言った。「このあいだ、パパが話してくれたヒーローって、このお兄さんのことなの? このお兄さんなんでしょ?」 アリソンは手を伸ばすと、興奮して将軍の手を握った。

 将軍がまた笑った。「今日はもうこれくらいにしておこう。パパはお仕事に戻らないといけないからね」将軍が言った。

 「えーっ。つまんない。パパはいつも、途中でお仕事に行っちゃうのね」アリソンは口をとがらせ、うつむいてしまった。

 将軍が立ち上がると、すぐにドアが開いた。衛兵が一人の女性を連れてきた。

 「アリソン、行きましょう。また、今度来ましょうね」女性が言った。

 アリソンはため息をつき、将軍の方を向くと、じゃあね、とでも言うように、うなずいた。それから、ヒロを見て、嬉しそうにスキップしてきた。アリソンはヒロの顔を見上げた。ヒロはまったく動かなかった。規則に従い、姿勢を崩すようなことはしなかった。たとえ、相手が小さな女の子であろうとも、規則を破る理由にはならない。

 「あたしね、お兄さんがヒーローだって知ってるのよ」アリソンが嬉しそうに言った。

 ヒロは気をつけの姿勢のまま、前方だけを見ていた。ヒロにもアリソンの言葉が聞こえてはいたが、子どもに返事をする必要はないと思った。将軍がアリソンに何の話をしたのか知らなかったし、興味もなかった。ヒロはただ、報告を始めろ、という将軍からの指示を待っていた。

 女性はアリソンの手を引いて、ドアに向かった。アリソンは将軍の方へ振り返るとさよならと手を振った。後ろでドアが閉まった途端、部屋の雰囲気が、明から暗へと一転した。将軍もジキル博士からハイド氏に変わった。

 「将軍、任務についてご報告があります」ヒロは将軍に敬礼しながら言った。

 将軍は机に向かい、椅子に腰かけた。それから引き出しを開けて、葉巻を取り出した。将軍はマッチで葉巻に火をつけ、深く吸い込むと、煙を大きく吐き出した。

 「もういい」将軍が言った。

 「はい・・・将軍」ヒロは、将軍に発言を遮られたことに少し動揺した。たぶん、将軍は事後報告の前に、葉巻を楽しみたいのだろう。

 「任務が失敗に終わったことは聞いている」将軍が言った。「だが、そのために、君をここに呼んだわけではない」

では、いったい何の用があるというのだ? 将軍は葉巻を吸い続けている。将軍は立ち上がり、机の上に手を置くと、前かがみの姿勢になった。ヒロの身体に緊張が走ったが、顔を上げ、将軍に何を言われても大丈夫なように身構えた。

 「君は・・・何か普通ではないことに気がついたか?」将軍がゆっくりと聞いた。

 「将軍?」ヒロは眉根を寄せて言った。

 「何かが、あるいは、誰かが、何か説明できないようなことをしているのを目撃したか?」

 「いいえ、将軍。〈レジスタンス〉から予期せぬ攻撃を受けた以外は、何も変わったことはありませんでした」

 「結構」将軍はそう言うと、椅子に腰かけた。

 将軍は椅子に座っても、まだ何かを深く考えているようだった。おそらく、失敗した任務を細かく分析しようといるのだろう、とヒロは思った。ヒロの脳裏にいろいろな考えが駆け巡った。将軍はどのような情報に関して質問しているのだろう? 将軍はヒロに何を見てほしかったのだろう? 批判されたことは何度もあったが、このような質問をされたことはなかった。

 「士官候補生」将軍がもう一度言った。

 「はい、将軍」

 「二度と私を失望させないでくれ」将軍が厳しい口調で言った。将軍の目に怒りの炎が見えた。「GWOは失敗を受け入れることはできない」

 「承知しました、将軍」ヒロは唾をのみ込んだ。

 「次はしくじるな」

 「はっ」

 「下がれ」

 ヒロは回れ右をすると、足早に部屋を出ていった。エレベーターに着くと、ヒロは拳を握りしめた。「失敗は二度としない」ヒロは小声で誓った。「必ずリベンジしてやる」



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