第6話

ヒロが青チームにいるのは偶然じゃない。リュウはそう思った。ヒロが近くにいると、どうにも薄気味悪い。

ヒロはアカデミーの模範生だ。ゴーハン将軍自らがヒロの才能を見出してアカデミーに入れたと言われている。入学後、ヒロは、トップクラスの生徒に果敢に挑戦していった。そうしたストイックな姿勢が、またたく間にヒロをトップレベルにのし上がらせた。ヒロはターボと同じくらいの背丈で、ミドル級のボクサーのように身のこなしが軽い。ダークブラウンの髪には赤みがかかり、瞳は戦争前の青空のように、澄み切ったブルーだ。アカデミーの女子生徒たちが、ヒロに熱を上げていることはリュウも知っていた。アカデミーの規則によって隔離部屋に送られるリスクもあったが、それでも彼女たちはヒロの周りに群がった。

そのヒロが今、彼の言うところの凡人グループを育成し、〈レジスタンス〉を立派に撃退できるチームへ育てるという役割を与えられたのだ。

リュウとターボは顔を見合わせた。ヒロは構わず任務について説明を続けた。

青チームはGWOの部隊として参加するが、他のチームのうち、二チームは〈レジスタンス〉役として演習に参加する。演習の目的は至ってシンプルで、敵を撃退することだけ。GWOの全部隊は全力を尽くして〈レジスタンス〉に勝利しなければならない。数分後には敵が動き出す。以上の内容がいわゆるGWO用語で伝達され、それ以外の説明はほとんどなかった。そのため、リュウたちには分からないことだらけだった。

「どうやって戦うの? 素手なの?」アンジェラが質問した。

「素手も悪くないが」ヒロが答えた。「その箱を開けろ」 ヒロは、青い旗がついた棒の根元を指さした。古ぼけた木箱が置かれている。

そう言われて、リュウは初めて木箱の存在に気がついた。木箱が棒の一部のように見えたからだ。古ぼけてはいるが「装備」と表記されている。 リュウは早速木箱を開けて中身を確かめようとした。取っ手に手を伸ばすと、ヒロがその腕をつかんだ。

「待て」ヒロが鋭い声で言った。

「待てって、何だよ?」 リュウはヒロの手を振り払おうとした。

「覚えておけ」ヒロはその視線をリュウ、ターボ、アンジェラへと送り、念を押した。「この中に入っているのは、ただの道具にすぎない。一番信頼できる武器は、お前たちの身体だ。敵と対峙するときに最も重要なのは、身体的、精神的スキルだということを忘れるな」

ヒロはその後も数分にわたり、武器に頼るのは弱者の証であり、GWOの兵士は素手で相手を倒すことに至上の喜びを感じる、ということを話し続けた。ヒロの話は基本的に、将軍が執筆した『冷酷な戦士になる方法』というハンドブックに書いてあることの受け売りだった。

リュウはターボに目配せして、声を押し殺すようにして言った。「おい、ターボ」

 「何だ?」ターボも小声で囁いた。

 「ここで何が起ころうとも、警戒を怠るなよ。あいつは信用できない」

 「言われなくてもわかってるさ」 ターボは悪だくみをするような顔つきでヒロの方を見た。「ずっと前から、あいつをぶっ殺してやりたいと思っていたぜ」

 ヒロの話がようやく終わった。リュウは木箱の取っ手をつかみ、蓋を開けた。リュウ、アンジェラ、ターボは木箱に覆いかぶさるようにして、中身を見た。木箱の中には、ライフルが一式、軍用ナイフが二本、手りゅう弾が一組、それから双眼鏡が一つ入っていた。装備品はどれも酷い状態だった。ハンドル部分に「死ね」と刻まれているライフルもあった。リュウは軍用ナイフの刃に親指を当ててみたが、お世辞にも切れはよくない。砥石も入っていない。ライフルの弾薬もない。どの武器も訓練専用のようだった。

 アンジェラは壊れかけのライフルを取り出し、グリップについた埃を吹いた。「これって、ちゃんと撃てるの?」アンジェラが言った。照準器は壊れ、ライフルを肩にのせて構えると、カタカタと変な音がした。リュウは、これじゃ発砲できないだろうなと思った。

 「何でもいいから、武器を取って、戦闘態勢に入れ」アンジェラの質問には答えず、ヒロは命令した。「敵が来るぞ」 ヒロは木箱に手を伸ばすと、軍用ナイフを取った。

 「こんな武器でいったい、何ができる?」 リュウは、二本目の軍用ナイフを木箱から取り出し、クルクル回しながら、ヒロに近づいた。「偽物の武器を持って待ち伏せして、やつらを降服させられるのか?」

 「そんな心配はしなくていい」木箱の後ろに身を伏せながら、ヒロが答えた。「全員、俺に続け。敵を迎え撃つ」

 そう言い放ち、ヒロは駆け出した。さっきまでの偉そうな態度は鳴りを潜め、今は獲物を追うライオンのような雰囲気を漂わせている。リュウも負けじとナイフを握り、ヒロの後に続いた。ターボとアンジェラも姿勢を低くしながら、すばやく後に続く。四人は廃墟にたどり着いた。まるで迷路のようだ。ドアも窓もないが、隠れる場所は十分にあった。他のチームが射程距離に入るまで、待ち伏せできる。

 「敵の息遣いが聞こえるまで待機だ」ヒロが小声で言った。「俺たちがここにいれば、敵は入り口から一人か二人ずつしか入ってこられない。入ってきたところをすぐさま攻撃する。一九〇番、六時の方向(真後ろ)の入り口を見張れ。敵が一人、近づいてきた」

 リュウはヒロに、なんともいえない不気味さを感じた。これって訓練だよな? 訓練生同士が本気で殺し合うわけじゃない。そうだ、おそらく、ヒロはこうやって自分の役に入り込むのだろう。GWOのキャプテンのあるべき姿をチームに示したいのだ。

 「シーッ」半壊している柱の陰に頭を隠しながら、ヒロが合図した。

 コツコツと歩く音が聞こえてきた。間違いなく、人間の足音だ。リュウはターボがいる方に目をやった。足音はターボの後ろから響いてくる。ターボはライフルを構え、足音が近づいてくるのを待った・・・一歩、また一歩・・・

 「動くな!」ターボが飛び出し、ライフルを敵に向けながら叫んだ。リュウには敵の姿が見えなかった。辺りは暗かったが、敵が驚いて息をのんだのはわかった。「お前は完全に包囲されている」

 「待ってくれよ、何だって?」〈レジスタンス〉チームの生徒は慌てて叫んだ。すぐに四人に囲まれていることを理解したようで、後ずさりを始めた。彼はリュウたちの存在に気づいていなかったのだ。ヒロの計画はうまくいったというわけだ。

 「撃て! 何をやっている、早く敵を撃て!」 ヒロがターボを怒鳴りつけた。

 リュウは思わずヒロの方を見た。「撃て?」 彼らの武器は偽物で使い物にはならない。実際に攻撃するのか、相手を追い詰めるだけなのか、具体的には指示されていない。ヒロは妄想に取りつかれているのか、訓練に入り込み過ぎているのか。「おい、あいつは完全に包囲されたんだから降服するよ」

 「このライフルには銃弾は装填されていないんだよな?」ターボが声を上げた。

 ヒロはすでに猛スピードで敵に突進していた。〈レジスタンス〉役の生徒は、なんとか自分の武器を握り、振り上げた。だが、それは遅すぎた。

 「やめろ!」リュウは叫んだが、それも遅すぎた。ヒロは切れ味の悪いナイフで、敵役の生徒の首を掻き切った。生徒は苦しげにヨロヨロと床に倒れ込んだ。軍服が赤く染まった。リュウは言葉を失った。生徒の身体がピクピクと痙攣している。

リュウが立ちつくしていると、また足音が聞こえてきた。こっちへやって来る。敵チームの残存メンバーが、叫び声を聞きつけ急いでやってきたのだろう。

「気をつけろ、三時の方向だ(右側)」ヒロがアンジェラに言った。

アンジェラは凍りついたように動かない。視線は倒れた生徒に釘付けになっている。あっという間に血だまりができていた。ヒロは飛ぶようにしてアンジェラからライフルを奪い、すぐさま発砲した。

バーン

銃弾がうなりを上げ、標的の生徒が倒れた。頭部に命中している。

「おい!」リュウが叫んだ。状況がよく飲み込めない。これって訓練だろ? 

敵チーム四名のうち二名を、ヒロは一人で仕留めた。それもほんの数秒だ。

「本物の血?」アンジェラが言った。声が震えている。

リュウは倒れている生徒のそばにかがみこみ、頭部から流れる赤い液体を触ってみた。生徒の身体はピクリとも動かない。心臓も動いていない。血はまだ暖かく、ベトベトしている。これは本物だ。間違いなく、本物だ。

「もちろん、本物の血だ」 ヒロが冷ややかに言った。「芝居に付き合う時間はない。状況を考えろ」

ヒロは、怒りをあらわにしてリュウに近づき、襟元をつかんだ。リュウはヒロを見上げた。ヒロは、将軍と同じ目をしている。「いいか、生きるか、死ぬかだ。ここにあるのは、それだけだ。戦うか、死ぬかだ」

ヒロはリュウをにらみつけ、その手を離した。そして、周囲を見渡し、敵の残存メンバーがいないかと目を凝らした。「残りのやつらがいるはずだ」ヒロが怒鳴った。「いいか、気を抜くな」

リュウはヒロをじっと見ていた。そして大きく息をついた。これはただの訓練ではない。現実の戦いなのだ。殺るか、殺られるかだ。


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