第26話

GWOでは、ヒロが将軍からの呼び出しを受け、指令室へと向かっていた。数週間前、裏切り者がアカデミーから脱走したことに関する呼び出しであることに間違いない。呼び出されることはわかっていた。将軍の目を誤魔化せる者などいない。ヒロは呼び出しに向けて準備をしていた。自分に何が起こるかも理解していた。ヒロにとって、唯一予想外だったのは、呼び出しまでに、かなり長くの時間がかかったことだ。

ヒロが部屋に入ると、将軍は机に向かい、山のような書類を読んでいた。

「掛けたまえ」将軍が言った。

「はい、将軍」

ヒロは座り、将軍が書類を読み終わるのを待った。将軍はなかなか読み終わらない。ヒロの首に汗が流れ始めた。ヒロは何とかして、汗を抑えようとするが、コントロールできない。ヒロはこの呼び出しにあたり、取り乱さないと心に決めていた。将軍に睨みつけられただけで震え出す弱虫どもとは違うことだけは証明したかった。脱走しないよう監視することを命じられた、たったひとりの人物に逃げられてしまったとしても、ヒロはGWOにとって重要な存在であり、必要な存在であったのだ。

数分間の沈黙の後、将軍は机の上に書類を置くと、ようやく、ヒロの方に注意を向けた。

「何か報告することがあるはずだ、士官候補生」将軍が抑揚のない声でたずねた。

ヒロは背筋を伸ばした。「将軍、アカデミーの学生が数名、脱走を試みました」

「試みた?」将軍は辛辣な口調で言った。「脱出は成功したと認識しているが?」

「おっしゃるとおりです」ヒロは落ち着いて答えた。

しかし、自分の失敗をまたも報告しなければならないことで、ヒロのプライドは傷ついていた。ヒロはリュウを軽蔑していた。リュウをもう少しで処刑できたのに、みすみす逃してしまったことが悔やまれてならなかった。だが、外見上は、そのような気持ちの動揺は一切見せなかった。ヒロは冷静に報告した。

「自分たちは、施設の外側に多少のダメージを受けましたが——」ヒロは続けようとしたが、将軍がこれを遮った。

「つまらないことを報告するな!」将軍が怒鳴った。

将軍は恐ろしい形相でヒロを睨みつけた。その目にはヒロへの失望があふれている。

将軍の逆鱗に触れてしまったが、ヒロは何とか平静さを装い、沈黙を守ることにした。ここで反論するのは得策ではない。そんなことをすれば、将軍をもっと怒らせるだけだ。

将軍は椅子に戻り、再び机の上の書類に目を通し始めた。将軍は、何事もなかったように落ち着きを取り戻した。

「お前を」将軍は言った。「誤解していたようだな。あるいは・・・渡したツールだけでは、任務を遂行するには不十分だったというのか?」

ヒロは将軍から視線を外さずに、動揺を隠そうとしたが、今度はうまくいかなかった。これで、士官候補から降格だな、とヒロは思った。

「将軍、使用させていただいたツールはすべて、大変役に立ちました。今回の失敗の要因は、すべて自分一人にあります。他に理由はありません。自分の不徳に対して、適切な処罰をお願します」。 ヒロは立ちあがると、将軍の机に一歩、近づいた。

沈黙が続いた。ヒロの額に浮かんだ汗が、顔をしたたり落ちていった。その間、将軍は冷酷な目つきでヒロを凝視し続けた。

「失敗だと?」将軍がようやく、口を開いた。「その反対だよ・・・お前はたくさんの情報を取ってきてくれた。私がずっと、探し求めていた情報をな。お前の行動に報いるという意見には賛成だが、お前の失敗は作戦の主な目的に関するものでなかった。出てきた結果の可能性について理解しなかったことが、失敗と言えば失敗だ」

将軍は再び、目を細めて、ヒロをじっと見た。「士官候補生、これだけは覚えておけ。いかなる危機においても、必ずチャンスの芽は存在する。もう一度言うぞ、我々は決して、失敗を認めない。失敗は選択肢に存在しない。取るに足らない不徳について、二度とつまらない言い訳をするな」将軍が怒鳴った。

「全体像を把握しろ。私が、命じられたことをただ遂行するだけで、現在の地位に上りつめたと思うか? 命令通りに動くことなど、まったく持ってつまらないことだ。私が士官候補生の頃、自分に課せられた小さな命令よりも、もっと大きな全体像を考えることで、現在の地位までのし上がってきた。一兵士の範囲を超えて、全体を見渡したら、無限のチャンスが広がっていることに気がついた。そして、その無限のチャンスを活かしたら、どうなるかということまで、すべてがはっきりと見えた。たとえ、どのような犠牲や虐殺を伴うとしてもだ。こうして、GWOの名のもとに、すべての望みを実行できるような地位を、私はついに手に入れた」

将軍の熱弁が終わり、ヒロはその場に立ち尽くしていた。なぜ将軍がすべてを手に入れたのか、ようやく理解できた。将軍の言葉はヒロの心に響いた。

将軍は、机の上にある書類の山に手を伸ばし、ヒロに向かって投げつけた。ヒロが身体を曲げて書類を見ると、「極秘」、「ニュー・ホライズン」という言葉が目に入った。ヒロは書類を確認しようと机に近づいた。

将軍は椅子にもたれた。「お前のために用意した新しいツールだ。これらを上手く使えば、昇級も夢ではない。 この書類を熟読して、できるだけ速やかに、新しい任務の準備を完了しろ。彼らはスキルも高く、有能な兵士だが、実際の戦闘に求められる意思決定力に欠けている。全員が揃ったら、残りのサイフォンの行方に関する情報を収集して、すべて破壊しろ」

「承知しました、将軍」

「最後にもう一つ」将軍はそう言うと、椅子から立ち上がって、机のわきにある引き出しを開けた。「これを持っていけ」 将軍はヒロに小瓶を渡した。「前祝いだ」

ヒロは将軍の手を見た。それは、将軍が以前見せてくれた小瓶だった。永遠の若さとパワーを約束する血清だ。選ばれた者だけに許される、贅沢を味わう瞬間を、ヒロはずっと待ち焦がれていた。ヒロは小瓶に手を伸ばし、不敵な笑みを浮かべながら、しっかりと受け取った。GWO上層部に足を踏み入れる第一歩だ、とヒロは思った。

ヒロは再び直立の姿勢を取り、将軍に敬礼すると、指令室を後にした。新しい任務の詳細を早く読みたくてうずうずしていた。

ヒロがエレベーターを降りると、「止まれ」という声が聞こえた。トーチだ。

ヒロは歩くスピードを緩めると、トーチに笑いかけた。「どうした?」

トーチは、タバコの煙を吐きながら、注意深くヒロを観察した。「将軍の衛兵がエレベーターから出てきて、お前を連れて行くのが見えたんだ。なにか、悪いことでも起きたのかと思ったら、お前がうれしそうに戻ってくるじゃねえか。将軍はお前に何と言ったんだ?」

トーチはエレベーターのドアから少し離れたところで、壁に寄りかかっている。ヒロはトーチの正面に立った。

「まあ、落ち着け」ヒロが穏やかに言った。「お前が嫉妬するなんて、意外だな」

「くだらない話は止めろ。俺の質問が聞こえなかったか?」トーチがヒロを睨んだ。

「つまりだな、俺たちは、処罰を免れたんだ。将軍と話して、はっきりわかった」将軍の熱弁は、まだヒロの心の中に響いていた。将軍は、どんな危機にも、必ずチャンスの芽があると言った。そして、小さく考えることをやめ、より大きな全体像を見れば、昇級するチャンスはどこにでも転がっている、と。たとえ、どのような犠牲や虐殺を伴うとしても、だ。ヒロは考えるだけで、顔がほころんできてしまった。「とにかく、俺たちは新兵を与えられた。こいつらの能力はきわめて高いようだ」ヒロがトーチに説明した。

「新兵だと?」トーチが繰り返した。

「ああ」 ヒロはトーチに書類を一つ渡した。「これで、俺たちは本物の栄光を手に入れることができる。俺たちは新たな戦場に出向いて、裏切り者たちに鉄槌を加えるんだ。脱走は絶対に許さない。この任務が上手くいけば、俺たちは『死のチーム』としての名声を獲得し、その功績は多くの人々の耳に届くことになるはずだ。それは、俺が保証する。GWOを裏切った奴らがのんびり寝そべっている芝生を探し出して、俺たちがそこに寝そべってやるんだ。勝つのは俺たちだ!」ヒロが高らかに勝利を宣言した。

エレベーターから降りてきたヒロを見つけたときには、ヒロの失敗をあざ笑うような表情を浮かべていたトーチだったが、新たな作戦文書を読み終えた彼の目には、早くも炎が灯っていた。トーチは誰かに命令されることを嫌うが——それはヒロも知っていた——が、それでも昇級するまでは、命令に従順であるべきだということを理解していた。

ヒロはトーチに合図した。残りのメンバーと合流するぞ。とにかく、急がなければならない。現地調査の準備が完了したことをヒロが確認するまでは、チームの誰もが眠ることさえ許されない。

厳しい任務になりそうだ。



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