第27話

「ベン」マインド・メルドをイニシャライズした教授が叫んだ。 「タイマーをセットしてくれ!」

「はい、教授」ベンが、ガラスの向こうから返事をした。「五分間だ、スタート!」

リュウはベルトで椅子に固定されているため、動くことはできない。リュウは目を閉じた。身体が小刻みに揺れ始めた。マインド・メルドには痛みこそないが、あまりよい気分ではない。片頭痛がずっと続くような感じだ。教授はタブレットに釘付けになって、リュウのバイタルと脳の活動を観察した。タイマーが五分間にセットされたのは、五分を越えると、脳機能が低下してしまうからだ。

リュウは椅子に座ったまま、揺れ続けた。

「教授、もうすぐ三分です。脳の活動は正常です」ベンが言った。

脳波の数値を見た教授は、少し眉根を寄せた。何かがおかしい。五分間のマインド・メルドには四つのフェーズがある。最初は「最適化フェーズ」。このフェーズでは、脳がデータのアップロードを準備する。二番目は「アップロードフェーズ」。文字通りデータがアップロードされる。三番目は「抽出フェーズ」。アップロードしたデータを抽出する。脳の活動に強い負担がかかる。最後は「書き込みフェーズ」。このフェーズでは、脳は最も大きな負担を受けるため、最も危険なフェーズとなる。

「教授、四分です。脳の活動は・・・まだ正常です」ベンは驚きを隠せない。教授も測定値を確認した。こんなはずはない。装置が正常に動作していないのか?

「ベン、君のデータでも、脳の活動はレベル二になっているか?」

「はい、僕のデータもまったく同じです。もう「書き込みフェーズ」に入っているのに、脳の活動はまだ正常です!」ベンが叫んだ。

教授は不安になり、リュウの方を見た。教授はタブレットを置き、リュウのもとに駆け寄った。リュウの身体の震えは収まっている。深いリラクゼーションの状態に入っているようだ。

数秒後、コンピューターが「マインド・メルド、一〇〇パーセント完了」と告げた。

セッションが終了した。

ベンはイヤホンを外すと、すべてに異常がないかを確認するため、リュウのもとに走った。そして、装置を取り外す準備をしている教授の隣に並んだ。

「教授、リュウは大丈夫でしょうか」ベンは唇を噛んだ。

「大丈夫だろう」教授がそう言うと同時に、リュウの目が開いた。「リュウ、気分はどうだい?」

「ちょっとフラフラするけど、何だか、すっきりした気分です」リュウはゆっくり答えた。

教授とベンは、互いに顔を見合わせた。二人はこれまでに何度もマインド・メルドを行ってきたが、今日のようなセッションは経験したことがなかった。誰もが低い脳活動から始まり、五分間の終了時間近くで、きわめて高い脳活動を記録した。しかし、リュウの脳活動だけは、すべてのフェーズを通じて平常値を示し続けていた。

「君はまた、私たちを驚かせてくれたね」教授は笑顔を浮かべ、頭をかいた。

「どういう意味ですか?」リュウは唇をゆがめた。

「君のために微調整が必要だ、とでも言っておこうか」教授はベンの方を見ながら言った。「まずは、立ち上がってくれ。君にアップロードの効果が出ているか、確認したい」

ベンが近づき、リュウが椅子から立ち上がるのをサポートした。リュウはまず自分の身体を確認し、次に、教授の指示に従って、手や足を動かした。

「異常なし。手足の動きは正常だ」教授はそう言うと、顎をなでながら、リュウのまわりを一周して身体を確認した。「どんなデータを君の脳にアップロードしたかわかるかい?」

 「もちろん、わかります」そう言うと、リュウは刀で何かを斬る動作をした。「刀が使えるようになりました」

「その通りだ」 教授の顔に笑みがこぼれた。「君には、剣術のプログラムをアップロードした。だが、君は刀にも興味があるようだから、日本の剣道もプログラムに加えておいたよ」

「だから、サムライのポーズができるようになったのか」リュウは身体をかがめて、刀で切り下げるポーズを取ってみせた。

「リュウ、素晴らしいです!」ベンが興奮して言った。

リュウは姿勢を戻し、ベンを見てうなずいた。リュウの目は自信で輝いていた。「もっと、アップロードしていただけますか?」リュウはマインド・メルドに近づきながら言った。

リュウからこんなリクエストが出るとは、教授は予想もしていなかった。「ちょっと待ってくれ、リュウ。君は疲れていないのか?」 教授はリュウの腕に軽く触れてみた。

「いいえ、ちっとも。どうしてですか? 何か問題が?」

教授は躊躇した。マインド・メルドを受けたこれまでの被験者たちとは異なり、リュウには少なくとも疲労の兆候が出ていないことは確かだった。教授に名案が浮かんだ。「一つだけ確認させてくれないか」 そう言うと、教授はベンの方を向いた。「すぐに、リュウにストレステストをしてみよう。僕がリュウにシートベルトをつける」

「了解」コントロールルームに入ると、ベンは飛び込むようにして椅子に座り、ヘッドセットをつけた。それから、スクリーンのボタンを押し、様々なプログラムを検索した。「あったぞ、これだ」ベンはスクリーンのプログラムをクリックし、教授に親指を上げて合図した。「いつでもスタートできます、教授!」

教授は頷いた。そして、リュウはふたたび、マインド・メルド三〇〇〇の中に入った。

「リュウ、これから、簡単なストレステストで、君の脳活動の限界を確認する。そんなに長い時間はかからない。さっきと同じように、リラックスして座っていてくれ」それから、教授はベンの方を向き、「準備はいいぞ、始めてくれ!」と叫んだ。

ベンがスクリーンをクリックすると、プログラムが始まった。

「ストレス・レベル一〇、脳活動は正常です」ベンがインターコムを通して数値を告げた。ベンはコントロールキーの上で指を滑らせた。

「ストレス・レベル二〇、脳活動は正常です」

教授は数値が正しいことを確認しながら、タブレットの数値を追った。

「ストレス・レベル三〇、脳活動は正常です・・・」ベンがレベルをさらに上げた。

ベンは下唇を噛み始めた。「ストレス・レベル五〇、脳活動は正常です!」ベンが大声で叫んだ。「教授、このまま続けますか?」ベンは、とまどいを隠せなかった。

「続けてくれ」

「ストレス・レベル七〇、脳活動は正常値を越えました・・・」

「続けてくれ」

「ストレス・レベル八〇、脳活動が高くなりました」

「あと一〇レベル、上げてくれ」

リュウの身体が揺れ始めた。震えも出ている。明らかに不快な様子だ。

ベンは怖くなってきた。「教授、本当にいいんですか?」

「構わない、あと一〇レベル、上げてくれ」

「ストレス・レベル九〇、脳活動が極限に達しました」

「もういい、止めてくれ、ストップ!」教授は手を横に大きく振りながら叫んだ。

ベンはすぐに、ストレステストをシャットダウンした。テスト結果を見たベンは、自分の目を疑った。教授もこの結果に驚き、リュウのもとに走った。ヘッドピースを外すと、リュウは汗びっしょりだった。

「今のは、ちょっときつかったな」リュウが顔をしかめた。

教授は呆然としてベンに視線を送った。教授は人間の脳の限界を誰よりも知っていたが、このようなテスト結果は初めてだ。ストレステストの結果によれば、リュウは頭脳のほぼ一〇〇パーセントを使用することができる。そんなことは、あり得ない。まったくもって、正常ではない。自分の頭脳をほぼ一〇〇パーセント使用できる人間などいるはずがないんだ。

だが、リュウは違う。特別なんだ、と教授は改めて確信した。教授の好奇心は、ますます強くなり、もっとリュウを実験したくなった。教授はリュウに特大の笑顔を向けると、「さて、リュウ、他に何を学習したいのかね?」と言った。

リュウは息を切らしていたが、教授に笑顔を返すと、

「接近戦をお願いします」と大きな声で答えた。



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