第28話
こうして、リュウはマインド・メルドのプログラムを次から次へとアップロードしていった。柔道からカンフーに至るまで、あらゆる武術を学び、また、さまざまな乗り物の操縦法を学んだ。しまいには教授やベンが眠り込んでしまったため、コンピューター(「STAR」独習型人工推論マシン)が作動し、セッションを強制終了させた。ベンが開発したAIプログラムは、〈レジスタンス〉のシステム全体を管理しており、日々の活動を支援するために何が必要かを完全に理解していた。
セッションが終わると、さすがのリュウもへとへとに疲れていた。リュウは部屋に戻り、丸一日眠り続けた。その間、ベンと教授はアイリと共に、データの解析を続けた。三人がこの信じられない結果について議論を戦わせていると、ターボが部屋に入ってきた。かなり疲れているようだ。ターボもいくつかのマインド・メルドを受けてきたばかりだった。
「リュウの様子を見に行きたいんですけど、あいつの部屋はどこですか?」
「すぐに見つかるよ。君の部屋の反対側だ。確か、右から四番目だと思う」教授が言った。
「それは、わたしの部屋です」アイリが怒鳴った。
「そうだったね、失礼」教授が慌てて謝った。「じゃあ、リュウの部屋は・・・」部屋の番号が思い浮かばない。
アイリがイライラした様子で会話に割り込んできた。「左から二番目の部屋よ」
「わかった。ありがとう」ターボはお礼を言ったが、アイリをかなり恐れているようで、彼女からは距離を取ることを忘れない。「リュウの様子を見てきます」
「ちょっと待って」ベンが立ち上がると、床に置いてあった箱を取り上げた。「忘れるところでした。これをリュウに渡してください。彼のお父さんからです」そう言って、ターボに箱を渡した。
ターボは箱を受け取ると、少し振ってみた。中で何かが揺れた。
「中身は?」ターボは興味津津だ。
「さあ」 ベンが肩をすくめた。「他人の物を勝手に開けるわけにはいきませんからね」
「そりゃそうだな」ターボが頭をかいた。「リュウに渡しておくよ。じゃあ、お疲れさま」
ターボが出ていくと、アイリは教授に視線を戻した。「ターボがやったマインド・メルドのセッション、ちょっと変なものばかりね」アイリが少し上から目線で言った。
ベンはアイリの方を見て少し笑って言った。「これは手厳しい」
* * *
リュウの部屋を見つけたターボは、そっとドアをノックした。
「どうぞ」リュウの声がした。
ターボはまず箱を渡そうと思った。だが、いきなり足をキックされ、足元をすくわれた。ターボは思わず叫んだ。そして、床に倒れる衝撃を緩和するため、反射的に箱をクッション代わりにした。
グシャ
「おい!」ターボが叫んだ。「いったい何のまねだ?」
ターボは床に倒れ、箱はターボの背中で潰れてしまった。何か硬いものが入っているようだ。ターボはリュウの部屋に入ったことを後悔した。
「カンフーだよ」リュウが、忍者のようにどこからともなく現れた。
「知るか」ターボは大声で答えながら、背中の下から潰れた箱を取り出した。「おい、お前がこれを壊したんだからな。お前がばかな真似をするから、このザマだ」
リュウは眉をひそめたが、箱のことを思い出した。「父さんの箱か?」
「知らないよ。お前に渡すように頼まれただけだ!」ターボはまだ機嫌が悪い。
リュウは箱をすぐに開け、中身を床の上に出した。ターボは床から立ち上がり、リュウは中に入っていた品物を一つ一つ確認した。
「これはペンみたいだな、それに変わった形のリストバンド、布・・・」リュウはそれぞれの品物を鳴らしたり、叩いたりした。
リュウは一瞬ためらってから、ある品物を手に取った。ネックレスのようだが、見慣れないシンボルがついていた。
「おい、これを見ろよ」リュウはターボにネックレスを見せた。
「何だ、そりゃあ? お前の母さんの宝石か?」ターボがしらけた顔で返事をした。
「よく見ろよ。ちょっと変わったの宝石だ。それに、変なシンボルがついている。何語だろう?」 リュウはネックレスをひっくり返し、それからターボに渡した。ターボもしばらく眺めた。ネックレスにしては重いため、何かの金属でできているのだろう。
「せっかくだから、つけてみろよ」ターボはリュウにネックレスを返しながら、からかうように言った。
リュウは肩をすくめた。「そうだな、一度くらいつけてみるか」リュウは立ち上がり、ネックレスの両端を持って、首のまわりにつけようとした。
ネックレスが肌に触れた途端、リュウはのけぞり、耳をつんざくような悲鳴を上げた。
「わああああああああ!」ネックレスがリュウの首に食い込み、絞め始めた。リュウは膝をつき、毒でも盛られたかのように痙攣し始めた。「ああああああああ!」
ネックレスのシンボルが輝いている。ターボは、突然の事態に動揺し、身体が凍りついたように動けなくなってしまった。
「は・ず・し・て・く・れ!」リュウはそう叫んだつもりだったが、声がこもり、きちんとした言葉にならない。
ターボはリュウの言葉を察し、急いでネックレスを外そうとした。
そのとき、得体の知れない力でターボは弾き飛ばされ、そのまま壁に叩きつけられた。
リュウはネックレスを外そうと、その後も一人で、もがき続けた。目は充血し、今にも飛び出しそうだ。ネックレスは複数の針のようなもので、リュウの肌にしっかりと根を下ろそうとしていた。まるで、針から血を吸っているようにも見える。ネックレスのシンボルは輝き続けていたが、徐々に光を失っていった。
リュウは床に倒れ込んだ。どうにか起き上がることができたターボは、急いでリュウのもとに駆け寄った。
「リュウ、リュウ!」ターボはリュウの肩を抱えながら、叫んだ。「しっかりしろ!」
部屋のドアが開き、教授たちが飛び込んできた。「STARが叫び声を検知して警報を出したんだ。いったい、どうした?」 そう言うと、教授はターボの側にしゃがみ込んだ。
「リュウの首についている、あのネックレスです。つけた途端に、リュウが苦しみ始めて」ターボの声が震えた。
教授は眼鏡を掛け直し、ターボが言ったネックレスを近くから観察した。「あのシンボル・・・」教授が静かに言った。「見覚えがあるような」
「なぜ、リュウは叫んでいたんですか?」ベンが聞いた。
「ネックレスがリュウの首を絞めていたんだ」
ターボは壁の窪みを指した。「あそこを見てくれ。ネックレスを外そうと思って、触ろうとした瞬間、あそこまで弾き飛ばされたんだ」
「何だって?」ベンが大きな声を出した。
アイリはターボが指したあたりの壁に近づき、観察を始めた。アイリは窪みを指で触ってみた。「ネックレスにパワーがあることは間違いないわ。でも、攻撃というよりも、防御のために、パワーを使ったんじゃないかしら」
「何で、そんなことがわかるんだ?」ターボが聞いた。
「科学的な根拠があるわけじゃないけど、 もし、ネックレスが君を殺すつもりだったなら、壁を突き抜けるくらいの勢いで、弾き飛ばしたはずだわ」アイリは腕組みしながら言った。
教授は慎重に、ネックレスとリュウに近づいた。「このシンボルを記録しよう。そうすれば、STARが分析してくれるはずだ」教授はそう言うと、手首につけたデバイスを使い、シンボルをスキャンした。スキャンしたデータをすぐに画像に変換し、STARのデータベースに送信した。
それから、リストウォッチに話しかけた。「STAR」
「はい、教授」
「今アップロードしたシンボルを分析してほしい。何かわかったら、すぐに知らせてくれ」
「了解しました」
「正体がわかるんですか?」ターボが聞いた。
「どうだろうな」教授に言えるのはそれだけだった。それから、リュウの頬を軽く叩いた。「リュウ、目を覚ましてくれ。大丈夫か?」
リュウは目を開けた。やがて、みんなが自分を見下ろしていることに気づくと、びっくりして目をパチパチさせた。
教授が立ち上がった。眼鏡を掛け直しながら、リュウの首のまわりのネックレスを指した。
「そのネックレスはどうやら、君と繋がりがあるようだね」教授が言った。
「えっ?」
「おい、リュウ、もう大丈夫か? さっきは大変だったんだぞ」ターボがリュウに近づき、ネックレス騒動の一部始終を説明した。リュウは何も覚えていないようだった。「このまま、お前が死んでしまうのかと思って、本当に怖かったぜ」ターボは、首を横に振った。
「俺が覚えているのは、とにかく痛かったことだけだ。どうやったら、ネックレスを外せるんだ?」リュウは、指でネックレスを引っ張りながら言った。
「わかんねえよ。ただし、俺はもう二度と、そのネックレスには手をふれないからな」ターボが不機嫌そうに言った。
* * *
ネックレスについてあれこれ話していると、STARの声が聞えた。
「教授」STARだ。
「何だ?」教授が答えた。
「アップロードされたシンボルの分析が終わりました。ありとあらゆる言語、文書を検索しましたが、そのシンボルの起源を突き止めることはできませんでした」
教授はがっかりして、ため息をついた。「そうか、やはりわからないか」
「ですが、ネックレス自体は検索にヒットしました。その目的もわかりました」
「何がわかったんだ、STAR?」ベンがすぐに聞いた。
「ネックレスは隕石だけに含まれる物質からできています。また、着用者だけが起動できるテクノロジーが採用されています。つまり、着用者に固定することで起動する仕組みです。以前は戦闘用の道具として使用されていました」
「すごいぞ、STAR。一つ一つをかみ砕いて考えてみよう」
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