第29話
「STARが、これは武器だって言いましたよね?」リュウがたずねた。
「まあ、その可能性は高いようだね」教授が、もう一度ネックレスを見ながら言った。「STARは着用者だけが起動できる、と言っていたから、着用者である君が命令か何かをする必要があるのだろう」
「命令?」リュウはよくわからなくなってきた。
「何か言ってみることから始めようか。バズーカ砲とか、マシンガンとか」教授が言った。
リュウは考え込んだ。一番の謎は、何故この武器が父親の所持品の中に入っていたかということだった。父さんはこれを使って、何をしていたのだろう? あのシンボルはいったい何だ?
「リュウ、集中しよう。何か言ってみてくれ。この武器の使い方が分からなければ、外す方法も分からないよ」
「そうですね、じゃあ・・・」リュウは少し考えてから言った。「コルト四五」
みなが固唾を飲んで見守ったが、何も起きなかった。リュウは別の武器も試してみることにした。「バズーカ砲」
「ロケットベルト」
「ええと・・中世のムチ」
何も起きない。
「思ったよりも難しそうですね」ベンが言った。
「ああ、わからないことだらけだな」ターボがつぶやいた。
「もう一度、やってみない?」アイリが言った。
「はあっ?」ターボが答えた。「リュウがいろいろ言ったけど、何も出てこなかったぞ」
「そこよ」アイリがネックレスを指しながら言った。「このネックレスはSFに出てくるような武器だと思うの。だから、普通のコンピューターみたいに、声では反応しないのかもしれないでしょ。集中して、心の中で念じてみる、というのはどうかしら? 何でもいいから、使いたい武器を想像してみて」
ホロウ・ルームでパワードスーツの機能を説明されたとき、アイリが同じことを言ったのを思い出した。あのときは確かに、雑念を払って、武器をイメージすることに集中した。
リュウはアイリの方を見て、頷いた。「わかった、やってみる」
リュウは目を閉じ、息を吐き、気持ちを集中させた。リュウはホロウ・ルームに戻ったつもりで、同じシナリオを想像してみることにした。
「おい、何か起きそうだぞ!」ターボが言った。
ネックレスのシンボルが輝き始めた。「見ろよ!」ターボが興奮して言った。
教授はリストウォッチを上げ、録画を開始した。録画が始まると、その瞬間、トランスフォームが起きた。普段の服装で立っていたリュウが、次の瞬間には、ホロウ・ルームで着用したパワードスーツ姿になっていたのだ。
「いったい、どうなっているんだ? ありえない」ベンが言った。
リュウは驚き、自分の身体を見た。 「こいつは、すごい!」リュウが想像したとおりに、トランスフォームできていたのだ。
「パワードスーツをイニシャライズできるのは、ホロウ・ルームの中だけのはず」ベンが頭を横に振った。「リュウはいったい、どうやったんだろう?」
リュウはアイリを見たが、その表情から感情を読むことはできなかった。
「他の武器もやってみる」
リュウは腕を上げると、ホロウ・ルームでイニシャライズした刀をイメージした。ネックレスはすぐに反応し、刀がリュウの手の中に現れた。
「すごい! 本物みたいだ」リュウはそう言って、刀を振り回した。
教授は部屋に置いてある物を、リュウに投げてみようと思った。そうすれば、刀が本当に切れるかわかるはずだ。
「さあ、これを斬ってみてくれ」教授はそう言うと、近くの床に置いてあった何か——リュウの靴——をつかんで、リュウに向かって投げた。
スパッ 刀がリュウの靴を半分に切った。
教授の顔に笑みが広がった。「思ったとおりだ。そのネックレスには、君が心に想像したものをすべてイニシャライズする力があるようだ。ホロウ・ルームにいるときと同じように」
「教授、『わたし』が思ったとおりって意味よね」アイリがしかめっ面をして訂正した。
一方リュウは、たった今、自分が斬ったものから目が離せないでいた。俺の靴・・・
「何で、俺の靴を投げたんですか?」リュウは教授に向かって叫んだ。
「えっ、ああ、ごめんよ。ちょっと、夢中になってしまって。何て言うか、科学研究に没頭して。それで、すぐ近くにあった物を投げてしまった」教授が面目なさそうに言った。
リュウは自分の靴の残骸を手にとって、しみじみと眺めた。
教授は録画したビデオの方に関心を移し、ネックレスの能力を特定しようと分析を始めた。「アイリ」
「はい、教授」アイリが素っ気なく答えた。
「ネックレスをもっとテストする必要があるようだ。広い環境での動作を確認したい。 早速、明日、テストしてみよう」
アイリは気が進まない様子でうなずいた。リュウはもう片方の靴を見ながら、斬ってしまった靴をイニシャライズしようとしている。だが、うまくいかない。
「もうあきらめなさい」アイリが言った。「そのネックレスがイニシャライズできるのは、君が想像したものだけよ。現実に存在するものはだめなのよ、きっと」
リュウはアイリの方をちらりと見たが、視線をもう一度、靴に戻した。リュウはため息をついた。「俺はただ、ネックレスには他にどんな能力があるか、ちょっと試していただけさ」
「そんなことは心配しなくていいのよ。明日、七時から、テストを続けるんだから」
「残りのみんなは、さっさと仕事に戻りなさい」アイリは大きな声でそう言うと、最初にリュウの部屋を出て行った。
教授はベンとターボと共に、アイリの後に続いた。
誰もがGWOにかなり神経質になっていた。そして、サイフォンへの攻撃が近づいていることも知っていた。リュウとターボは実戦前に、さらに多くのマインド・メルドを受けなければならない。
教授は収集したデータを使って、ネックレスをもっと分析したかった。教授はあのシンボルに何か重要な意味があると考えていた。あのシンボルの意味さえわかれば、ネックレスを複製できるようになる。そうすれば、〈レジスタンス〉は、来るべき戦いで優位に立てるはずだ。
* * *
その夜、リュウはなかなか眠りにつけなかった。しばらくして眠るのをあきらめ、ネックレスの検証を続けることにした。何かわかれば、翌日アイリに自慢できる。リュウは、ネックレスを使いこなせるよう訓練しているうちに、言葉でイニシャライズする方法を発見した。
朝になっても、リュウはまだ検証を続けていたため、約束の時間に十分も遅れてしまった。遅刻はリュウにとって珍しいことではないが、他人には決してよい印象を与えない。
リュウが慌てて走っていくと、アイリはイライラしながら、地面をつま先でコツコツと叩いていた。「遅い」
「ああ、ごめん。昨夜は徹夜して、いろいろ調べて・・・」
「何でもいいから、早く片付けてしまいましょう」そう言うと、アイリは早速、攻撃の位置についた。「君は自分の攻撃に集中しながら、こちらの攻撃もうまくかわしてね。遠慮はいらないから」
「えっ?」
「聞こえたでしょう。遠慮はいらないから。マインド・メルド後の君の敏捷性や反応も見ておきたいの。今回はわたしも遠慮しない。君の変な作戦はもう通用しないわよ」
「わかった、始めよう」 リュウも戦闘のポーズを取った。「イニシャライズ!」
黒い戦闘スーツがリュウの身体を覆った。パワードスーツに似ていたが、いくらか修正が加えられていた。戦闘スーツには光沢が増し、素材はカーボンファイバーを採用。筋肉を際立たせ、空気力学的にも優れたものにした。
リュウの口元から笑みがこぼれた。リュウは準備ができたことを、指で合図した。
アイリはいつものパワードスーツを着ていた。濃緑をベースにしたスーツで、薄い緑がアクセントになっている。ベルトはオレンジ色で爆弾が四つ装着されている。エネルギー弾を発射できる二丁のピストルが今回のメイン武器らしい。 さっそくアイリはピストルを構え、リュウに攻撃を開始した。前回のトレーニングよりも格段に動きが早い。
リュウはアイリの動きが早いことに気づき、さっそく彼女の攻撃を分析した。「ブレード・オブ・ジャスティス!」リュウが叫んだ。
分析を終えたリュウは、光輝くブレードをイニシャライズした。昨日の刀と同じような特性を持ち、新たにエネルギーが注入されている。リュウは前進しながら、アイリが放つ銃弾を一つ一つ、ブレードで斬っていった。リュウは銃弾と同じスピードで移動することができる。アイリは射撃を続けながら、リュウとの距離を縮めてきた。そして、その距離が一メートルほどになると、リュウのブレードをかわし、宙に舞い上がった。アイリは宙返りをしながら、リュウに向けて発射を続けた。
「イニシャライズ、リディマーズ!」
大きなピストルが二丁、リュウの手に現れた。どちらにもエネルギー弾が装填されているため、銃身から発射されると、銃弾は光の線を描く。リュウは重心を左側に傾けて反転すると、背後に着地したアイリに向けて銃弾を発射した。
アイリは背中を反らせながら、地面すれすれで銃弾をかわした。そして、ベルトから装置を抜き、リュウに向かって投げつけた。ビーッという警告音を発している。警告音は一秒ごとに早くなっていく。リュウは、それが機雷だと分かったので、後退することにした。
後退しながら、リュウは地面に落ちていた、硬くて丸い物体を踏んでしまった。
ボーン!
リュウの足元で何かが爆発た。大きな噴煙が上がり、埃が舞った。アイリは宙返りする前に、機雷を落としていたのだ。アイリが姿勢を戻し、ピストルを構えた。
「リュウ!」
煙の向こうから、リュウが無傷で現れた。さすがのアイリも驚いた。リュウは笑っている。リュウの新しい戦闘スーツは、爆発から身体を保護する、特別なファイバーでできているのだ。リュウは最近習得した接近戦のテクニックを駆使して、アイリへの攻撃を開始した。アイリはリュウのパンチやキックを巧みにかわし、直接のダメージこそ避けていたが、リュウのスピードに圧倒されつつあった。
アイリは一瞬の隙をついて間合いを取り、煙幕弾を落としたが、リュウはジャンプしてそれをかわした。リュウはアイリが移動する方向を読んでいた。アイリが空中で、リストウォッチをタップした。リュウは、アイリが何かを起動したことはわかったが、かまわず突進した。
「ツイン・ブレード・オブ・ライト!」
リュウのネックレスが同じ形状のブレードを二本、イニシャライズした。二本のブレードを使って、リュウはアイリに激しく斬りかかった。アイリは太ももに手を伸ばし、軍用ナイフを掴むと、寸でのところでリュウの攻撃をブロックした。アイリはもう一度飛び上がると、リュウの後ろで待機していたCBEに飛び込んだ。CBEはコックピットを開けて、アイリを待っていた。
「なにっ?」リュウは驚いた。
「前とは違うと言ったはずよ」アイリはCBEをイニシャライズし攻撃を開始した。
「やっと、こいつに復讐するときが来たようだな」
リュウは高く飛び上がり、CBEの攻撃をかわした。そして、CBEのコックピット上に着地すると、窓をグローブをはめた手でノックした。
「ここだよ」リュウがからかうように言った。
アイリはCBEの腕でリュウをつかもうとしたが、リュウの動きの方が速かった。リュウは飛び降りながら投げ縄をイニシャライズし、CBEの脚に向けて放った。そして高速でCBEのまわりを走り、縄をきつく巻きつけていった。バランスを失ったCBEは、真横にドスンと倒れた。息をつく間もなく、リュウは前方にまわり、再び、ブレードをイニシャライズした。
「ブレード・オブ・ジャスティス!」リュウはブレードを振り上げた。
何か変だ。リュウは斬りつける直前に腕を止め、 振り向いた。一体のドロイドがまさに、ブレードを振り上げているところだった。リュウはかろうじてかわした。
リュウは周囲を見渡したところ、あまりの光景に身体が凍りついた。いつの間にか、四方から押し寄せるドロイドの大群に取り囲まれていたのだ。アイリは最初からすべて計画していたんだな。リュウは思わず、歯ぎしりした。
リュウは自分に向かってくるドロイドをブレードで一体ずつ斬っていった。リュウはドロイドの頭部を狙った。あの山岳部の施設での対戦で、ヒロが教えてくれたとおりに。リュウはできるだけ早く立ちまわった、ドロイドは次から次へと押し寄せてくる。リュウが防戦を続ける中、倒されたドロイドたちが、斬られた頭部を再結合して、再びこちらに向かってきた。
「勘弁してくれよ」リュウは大声で怒鳴った。
「どう? ドロイドなんか、前みたいに簡単に倒せると思っていたでしょう?」アイリの声がした。笑っている。「残念ながら、それは間違いね。前回の失敗から学んで、改良したのよ。今回は、わたしの勝ちね」
アイリは頭がいい、それは認めよう。リュウは、ドロイドを一体ずつ倒し、それが再生し、再び攻撃をしてきたら、また倒す、ということを続けた。今度はアイリが優勢になった。だが、負けを認めるわけにはいかない。ドロイドを斬りながら、リュウはちらっとアイリの方を見た。
「君が味方でよかったよ。でも、この勝負は俺がもらう」とリュウは大声で怒鳴った。
リュウは息を整えると、「タロン・オブ・ファイト、イニシャライズ!」と叫んだ。
巨大な光の輪がリュウのまわりに現れ、回転を始めた。回転しながら、光の輪は小さな輪に分離していく。その正体はエネルギーが装填された短剣だった。リュウが手を上げると、短剣は一斉にドロイドに向かっていった。短剣は斬ると同時に切り口を溶かすため、ドロイドは再結合することができなくなった。ドロイド部隊は全滅した。
アイリがCBEから姿を現した。アイリはドロイドの残骸を越えて、リュウに向かってくる。アイリが鬼の形相で近づいて来るので、リュウは不安を覚えた。まだ秘策があるのか?
アイリはリュウの正面で立ち止まった。そのまま下を向いて、何も言わない。リュウは一歩前に出て、アイリの表情を確認してから、武器のイニシャライズを解いた。アイリに攻撃する雰囲気はない。アイリは顔を上げ、手を差し出した。握手を求めているようだ。
「リュウ、君が味方だということを光栄に思うわ。今日の戦いをもって、君を正式にわたしの戦友として認めます」 アイリは手を差し出したまま、リュウの返事を待った。
アイリの表情は固かった。彼女の瞳のなかに、悲しみの過去が見えた。GWOとの戦いで多くの友人を失った悲しみが見えた。アイリの大義を果たすためには、リュウの能力は重要であり、不可欠だということを認めて、リュウに握手を求めているのだ。アイリは素晴らしい戦士だ。リュウがこれまでに出会ったなかでも、屈指の戦士といっていい。それでもアイリ一人では、GWOを倒すことはできない。
〈レジスタンス〉は多勢に無勢の状況だ。GWOにその抵抗力を崩されつつある。しかし、アイリは〈レジスタンス〉にもまだチャンスがあることを、再び確信したはずだ。
アイリに信頼してもらえることは、リュウにとっても光栄だった。信頼を受けることは重荷でもあるが、リュウは喜んで重荷を背負っていこうと決意した。
リュウも手を出して、アイリと固い握手を交わした。
「俺を仲間と認めてくれて、ありがとう、アイリ。正直に言えば、この状況がまだ信じられない気分だけど。数か月前には、ここでの暮らしなんて、想像もできなかった。アカデミーでの日々、恐怖を乗り越えて、何とか生き残って・・・」アンジェラのこと、彼女と最後に交わしたキスのことが、頭をよぎった。「でも、俺たちが苦しんでいる間、君たちもずっと抵抗を続け、多くの犠牲を払っていたんだよな。 君が戦いやトレーニングを通じて知り合った人々は、たぶん、ほとんど命を落としてしまったのだと思う。でも、君は恐怖に負けず、戦い続けたんだね」
リュウはあらためてアイリを見た。「もし、君が生き残ったことに罪の意識を感じているなら、それを癒す手伝いをさせてくれ。俺は、頼りにしてくれる人々を守ることを誓うよ。それから、命にかけて、苦難があっても最後まで戦いぬくことを誓う」
アイリも背筋をピンと伸ばして、リュウと拳を合わせた。
「みんなのために」アイリが言った。「みんなのために戦いましょう」
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