第30話

 来る日も来る日も、リュウとターボは、GWOとの戦に備え、スキルを磨き続けた。二人とも新しい環境で快適に過ごせるようになり、〈レジスタンス〉の仲間たちにも馴染んでいった。二人はいろいろなことをあっという間に吸収していくため、教授たちは明るい気分になった。リュウはネックレスにも慣れ、自分の一部として受け入れるようになったが、シンボルを解読することはできなかった。リュウは毎日、マインド・メルドから習得した知識を活用してトレーニングに励み、新しいテクニックを次々と開発していった。新しいテクニックは、完璧に使えるようになるまで、何度も試行錯誤を繰り返した。

 ターボも、リュウに遅れを取らないようにトレーニングに励んだ。ターボはすでに十四回目のマインド・メルドを修了していた。教授はターボの手足に装着する、四枚の金属ブレースを開発した。もちろん、ベンも開発に携わった。ブレースは手首のデバイスで起動し、手足をしっかりとカバーしてくれる。これで、ターボのパワーは普通の人間の十倍に増強されることになる。また、ブレースは、銃弾を始めほとんどの発射体をブロックできる。速く走ることもできる。ターボは、スーパーヒーローになった気分で、ブレースをみんなに見せびらかした。

 新しい技術と戦力、それに、リュウの能力が揃ったことで、教授は〈レジスタンス〉の計画を進めるときが来たと感じた。ついに、リュウの父親の遺志を引き継ぐときが来たのだ。


* * *


 教授の声が施設のインターコムシステムを通じて響いたとき、リュウは自分の部屋にいた。

 「ペンスキーだ。一六時に第一研究室に集合してくれ。全員に話したいことがある。以上」

 リュウは、その日のトレーニングと雑用を終え、シャワーを浴びたところだった。リュウたちがGWOを脱出してから、ちょうど三か月と二週間が過ぎていた。最近では、リュウとターボは、他の〈レジスタンス〉のメンバーと同じように、任務を与えられるようになっていた。リュウは、アイリと共に〈レジスタンス〉の大義に賛同する新兵をリクルートする任務についた。教授は、リュウとターボにマインド・メルドによる脳障害が出ていないことを、一〇〇パーセント確認できるまでは、重要な任務を与えるつもりはないようだ。能力のある人材は、それが戦闘であれ、〈レジスタンス〉施設内の日常業務であれ、複数のタスクを与えられることは誰もが知っていた。〈レジスタンス〉がGWOに脅威を与えたいなら、豊富なリソースが必要だ。この場合、リソースとは人材と先端技術の両方を意味する。〈レジスタンス〉にとって、幸運と言えるのは、残りのサイフォンが十分なパワーを送ってくれることだった。

 放送が終わると、リュウは部屋を出て、地上へと向かった。リュウは前日、教授から、自分で作った墓標をお参りする許可をもらっていた。墓標は、亡くなったアンジェラと両親を供養するために作ったものだ。もちろん、地上に長時間留まることはできない。数分間以上、地表にいると、GWOスパイ衛星に見つかり、〈レジスタンス〉本部の位置を特定されてしまう危険性がある。そんなことになったら、〈レジスタンス〉にとって、最悪の結末となる。

 リュウが地上に出るハッチを開け、頭を外に出すと、涼しい朝の風が、リュウの肌を心地よくなでていった。リュウは上空と地上に誰もいないことを確認し、墓標へと向かった。地上に出ると、幼い頃の楽しい思い出がよみがえってくる。緑の大地の思い出、草原をどこまでも走っていた日々。春の花の香り、木々を通り抜ける風の音。地上で風に吹かれ、かつての地球を思い出すことは、リュウにとっては、至福の喜びだった。リュウは墓標の前で膝をつくと、地上での時間が短いことを思い出した。ここに来た目的に集中しなければならない。

 やあ、父さん。リュウは目を閉じて、心の中で話しかけた。父さんと母さんにもう一度、会いたいよ。ずっと昔、父さんが僕のことを特別だと言ってくれた意味が、最近、わかったような気がするんだ。この能力を持つにふさわしい人間になれるように頑張るよ。この能力はみんなを助けるために使うよ。それから、父さんたちに誇りに思ってもらえるように頑張るから。

 リュウは両親との会話を追え、目を開けて立ち上がった。深呼吸をして、今度はアンジェラの墓標に向かった。「約束は忘れていないよ、アンジェラ」リュウは墓標に笑顔を向けた。

 両親やアンジェラへの報告を終え、ふたたび地下施設に続くハッチを降りていく途中、リュウは突然、ひどい頭痛に襲われた。ストレステストのときに感じたような痛みだった。

 「あああああ」リュウは頭を抱えた。

 リュウが目を閉じると、見慣れたイメージが浮かんできた。巨大な黒い雲が地表を覆っていく。このイメージは前にも見たことがある。黒い雲が風に吹かれ、形を変えた。巨大な黒い物体に焦点を合わせると、巨大な雲が動くにつれ、ブンブンという大きな音が聞こえてくる。やがて、リュウはその正体に気づく。バッタのような、微小ロボットだ。微小ロボットは、密集して移動し、その途中にある建物や樹木、乗り物を食べつくしていく。

 「ああああ。どうしちまったんだ?」リュウは、下に落ちないようハッチの壁に手をついた。

 黒い雲のイメージは数秒後に消え、頭痛も消えた。リュウは目を開けた。鼓動が早くなっている。黒い雲・・・あれは何を意味するのだろう。

 リュウは施設に入ると、第一研究室に向かった。他のメンバーはすでに着席している。教授はリュウの姿を確認すると、会議を始めた。

 「最初に、リュウとターボがマインド・メルドのセッションで見事にレベル一四に達したことを報告しておきたい」教授はそう言うと、立ち上がって拍手をした。

 ベンも立ち上がって拍手したが、アイリは無表情で座ったままだった。リュウとターボは頷き、教授とベンに笑顔を向けた。「二人とも、脳障害を起こしていないことを付け加えておく」

 「では、本題に移る」教授は席に座り、改まった口調で話し始めた。「みなも知っているとおり、GWOは、残りのサイフォンの一つを攻撃する計画を立てている。その攻撃開始が、いよいよ四十八時間以内に迫っているとの情報をつかんだ。ただ、どのサイフォンかは特定できていない。目の前のスクリーンを見てくれ。サイフォンの位置をマークしておいた」

 リュウがスクリーンを見ると、地図上に小さな点が点滅している。

 「サイフォンは、日本各地に隠されている。サイフォンの所在を目立たなくするためだ。サイフォンが隠されているのは、日光、箱根、江の島だ。今後は、各地点を一時間ごとにパトロールする予定だ。各地点には、二人一組のチームを派遣する。リュウとベンは日光、アイリとターボは箱根、そして、わたしとCB一二号、CB一四号は江の島の施設をパトロールする」

 「でも、教授、人材を分けるのは得策なのかしら?」アイリが眉をひそめ、質問した。「あまり選択肢がないことはわかるけど、よく考えたうえで、この結論に至ったのかしら? ある地点が攻撃を受けた場合、攻撃を受けなかった地点の人員は、どうやって攻撃地点に応援にいくの?」

 「君の懸念はもっともなことだ」教授が言った。「三つの地点を結ぶ、古い地下鉄のトンネルがあったことを覚えているかい?」

 「ええ、もちろん、今は使われていないトンネルよね?」

 「そうだ。君のドロイドと一緒に、そのトンネルを修復したんだ。だから、今は機能的に問題はない。このトンネルを使えば、どの地点からでも数分以内に別の地点に移動できる。新しい技術を駆使した列車を用意したので、高速で移動できるんだ。貨物列車も準備したから、必要な装備を地下で運搬できる」教授が顔を上げた。どうだといわんばかりの表情だ。

 「教授は本当に、すげえなあ」ターボが興奮して言った。

 「続けよう。全員、四時に出発だ。出発に先立って、ベンが新しい装置を用意してくれた。この装置は、私も早く使ってみたいと思っている」 バッグにはそれぞれの名前が書いてある。

 「バッグのなかには、小さなヘッドピースが入っている。これを使えば、グループ間で絶えず通信することができる。それから、パネル付きのブレスレットもある。このブレスレットは、きわめて重要な装置だ。ブレスレットには君たちのDNAが暗号化されているので、装着するときに、DNAが一致しなければブレスレットは作動しない。ブレスレットを使えば、グループから離れて孤立してしまった場合でも、自分の場所を確認できる。また、ブレスレットはランダムな六桁のコードを生成するから、君たちのIDを確認することもできる」教授が興奮気味に言った。

 リュウは自分のバッグを手に取り、中身を確認した。あらゆる可能性に対して緻密に対処している教授には感心するばかりだ。これから起こりそうなことを考えただけで、気持ちが高ぶってくる。あと数時間だ。サイフォンを守ることは、もちろん重要だ。しかし、正直なところ、自分の宿敵を倒すことの方が重要だった。リュウは、このときのために備えを万全にしてきた。

 リュウはついに、復讐を果たすことができるのだ。たとえそれが、どれほどの犠牲を払うことになろうとも。

 「さて、これで全部説明したかな」教授が眼鏡を掛けなおしながら言った。「ああ、そうだ。最後にもう一つ。アイリ。ベンがCBEを改良したんだ」

 「何ですって?」アイリが驚きの声を上げた。

 「落ち着いてくれ、何も悪いことは・・・」教授が急いで言った。「ベン、説明してくれ」

 「はい、教授」 ベンは咳払いをした。「僕たちは、CBEには何かが足りないと感じていたんです。それは、飛行能力です。小型ジェットエンジンを加え、軽量化も実現したので、飛行中もパイロットが操作できます」

 アイリが席から飛び上がった。すぐにベンのところに行き、彼のシャツをつかみ、軽々と持ち上げた。そして、ツバを飛ばしながら大声で怒鳴った。「軽量化を実現ですって?」

 「は、はい。でも、そこまですごい・・・」ベンが口ごもりながら話した。

 「よくも・・・」

 「みんなの安全のためなんです」ベンが言った。ベンはアイリに殴られると思い、目をつぶった。「あなたの安全のためでもあります」

 アイリは手を上げていたので、CBEを勝手に改良した罪で、ベンを殴るのではないか、と誰もが思った。だが、しばらくすると、アイリも落ち着きを取り戻したようで、手をゆるめ、椅子に戻した。アイリはリュウの方を見た。リュウにはアイリが先日のトレーニングを思い出しているのがわかった。リュウがCBEの唯一の弱点である、脚を縛り上げたとき、CBEはまったく動けなくなってしまったのだ。CBEが飛ぶことができれば、脱出方法が増えることになり、パイロットが生き残るチャンスも増えるはずだ。

 アイリは黙って席に戻った。そして、教授に、会議を続けて、と合図を送った。

 「問題はないようだな」 教授が手を叩いた。「では、みんなの気持ちが一つになったところで、それぞれの任地に向かってくれ。 夜警作戦、開始だ!」  


 

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