第31話

 「準備はいいか、ベン?」改良されたばかりの軽量列車の前にやってきたリュウは興奮気味に言った。「じゃあ、俺たちも身だしなみを整えるとするか」

 「了解です」ベンは満面の笑みを浮かべた。

 二人は、軽量列車の貨物室に走った。そこにCBEが格納されている。各自CBEに飛び込むと、コックピットのドアが閉まった。

 「システム、チェック」コックピットのスクリーンをタップしながら、リュウが言った。

 「こちらは準備完了」 ベンが親指を上げて合図した。

 「アルファ・チーム、準備完了」リュウがヘッドセットで通信した。

 雑音のあとで、アイリの声が聞えた。「ブラボー・チーム、準備完了」

 「了解。すべてのシステムが準備完了だ。STAR、カウントダウンを始めてくれ」教授が言った。

 「鉄道輸送開始まで、十・九・八・七・六・五・四・三・二・一」

 「座席にしっかり、しがみついてろよ、お前ら!」ターボがインターコム越しに叫んだ。

 リュウは、シートベルトを確認した。

 シューという音と共に、列車がそれぞれの目的地に向けて出発した。

 列車は徐々にスピードを上げ、時速四八〇キロに達した。リュウはGの力を感じたが、目的地に着くまで、じっと我慢することにした。列車が超高速で走行しているため、時おり、フラッシュのようなものが見えた。フラッシュを見ているうちに、リュウはヒロとの対決を思い出した。リュウがヒロを説得しようとしたとき、ヒロの心が揺れていたことは確かだ。もう少しで、ヒロの心の琴線に触れるところまでいった、もう少しで。

 俺はまだ・・・いや、だめだ。リュウは首を横に振った。あいつにはそんな価値はない。


* * *


 十分後、列車がそれぞれの目的地に着くと、メンバーたちはヘッドセットを使って、位置を確認した。リュウとベンは、CBEの中で充電ドックとの接続を切ると、列車の外に出て、補給品を下ろし始めた。それが終わると、サイフォンの確認に行った。サイフォンは日光の施設の中央部にあった。他の二か所の〈レジスタンス〉の施設と同じように、日光の施設もクモの巣のような設計になっていた。サイフォンは中央部に保管されており、中央部からは六本の長い廊下が伸び、それぞれ他の部屋に繋がっていた。〈レジスタンス〉が少し前にこのような設計に変更したことで、サイフォンの安全性が向上した。警備を担当するドロイドが施設の他の部屋に行くときには、必ず中央部を横断するからだ。

 「町の人々は、自分で自分の身を守れるのか?」リュウは、CBEのインターコムを通じて、ベンにたずねた。リュウは中央部に繋がる配送エリアで装備を運び出していた。

 「そうですね、町の人々は人材豊富ですよ」ベンはCBEの武器システムを点検しながら言った。「町の人々は、四か月ごとにGWOの施設で働かなければなりませんが、家にいるときも働き者です。彼らは〈レジスタンス〉とは、ある種の秘密同盟を結んでいます。〈レジスタンス〉が技術を提供し、町の人々はその技術を使って土地を耕し、農作物を育てるのです。それから、町の人々は、残りのサイフォンの位置も秘密にしてくれます」

 「でも、GWOがもし、町の人々と〈レジスタンス〉との関係に気がついたら?」

 「もちろん、彼らは危険な目にあいますよ。でも、GWOに見つかる危険があったとしても、町の人々は僕たちと同じように、この世界にはもっと明るい未来がふさわしい、と考えているんです。よりよい世界のために、自分を犠牲にする覚悟がないような奴は、いずれにせよ、役立たずで、死んでいるも同然ですよ」とベンが言った。

 中心部に到着したリュウとベンは、サイフォンの状態を報告しようとした。

 「教授、サイフォンは正常に動作中で、機能的にも問題ないことを確認しま・・・」

 ベンが報告を終える前に、爆音が轟いた。突然、施設全体が衝撃を受け、サイレンが鳴った。

 「いったい何だ?」リュウは、四方を見まわし、それから、天井を見上げた。

 「爆発です、地上で爆発があったようです」ベンが言った。

 施設では様々なライトが点滅を始めた。リュウとベンが、サイフォンに近づいた瞬間、遠くから複数の爆発音が続けざまに聞こえてきた。

 「教授、攻撃を受けています!」ベンがヘッドセットに向かって叫んだ。

 また、施設が揺れた。リュウのCBEがガタガタと音を立てていたので、リュウは調整して、姿勢をまっすぐにした。

 「さっきの爆発は大きかったな」リュウが言った。

 二人は地下にいるが、爆発は地上で起きている。町のなかで。リュウはベンが話していた町の人々のことを思い出し、顔が青ざめた。

 「町の人たちは大丈夫か? 隠れる場所はあるのか?」

 「そんなもの、ありませんよ!」 ベンは首を大きく横に振った。「町の人たちには普通の家しかありませんから、爆撃には耐えられません——」

 リュウはベンの話が終わる前に動き出した。CBEでできるだけ早く地上に出ようと思った。

 「リュウ、待って!」ベンが叫んだ。

 しかし、リュウは止まらなかった。施設の上で何が起きようとしているかは、簡単に想像できる。数えきれない人々が命を落とし、地面に遺体が散乱する。手遅れになる前に、地上に出なければならない。

 「そうだ、CBEは飛べるんだ! テストも兼ねて、早速飛んでみよう」 リュウはコントロールパネルを操作し、飛行を選択した。

 シューッ 小型ロケットエンジンが音を立て、CBEが飛び上がった。

 リュウは思わず、大声で笑ってしまった。「こういうのが欲しかったんだよ!」

 ヘッドセットから声が聞えてきた。「リュウ、ペンスキーだ。聞こえるか?」

 「はい、教授。リュウです」

 「GWOが君たちの地点のサイフォンを狙っている。GWOは地上から攻撃を開始して、その後、施設内に入っていくようだ」

 「了解しました。最初に爆発音が聞こえたときから、そんな気がしてました」

 「何としても、GWOを阻止してくれ。アイリとターボがそちらに向かっている。とにかく、GWOを食い止めてくれ」

 「了解です。任せてください」リュウはそう答えると、地上に向かった。

 「ベン、聞こえるか?」教授の声が聞えた。

 「はい、教授。ベンです」ベンはまだ中央部にいるようだ。

 「サイファンを安全に運び出すためのシャトルを送った。君は、CBEを使って、レシーバーが表示する地上の座標までサイフォンを運び、迎えのシャトルに乗せてくれ」教授が言った。

 「了解しました。直ちに作業を開始します」


* * *


 地上に出ると、リュウはCBEを着地させ、周りを見渡した。爆発と火災により傾いた建物が倒壊し、通りに大きな噴煙が上がっている。町は完全にカオスと化している。町の人たちは、爆撃を逃れるため、シェルターのようなところを必死に探している。リュウの近くで大きな叫び声が聞こえた。リュウが振り返ると、一人の女性が、自分の家だったと思われる瓦礫のそばで泣いている。女性の叫び声がどんどん大きくなっていく。爆撃によって犠牲となった、大切な人の名を呼んでいるようだ。

 ブーンという大きな音が聞こえ、リュウは空を見上げた。GWOのエンブレムが入った飛行機が近づいてくる。大量の爆弾を落としていく。リュウは小型ジェットエンジンを使ってCBEを飛び立たせた。リュウは町の人たちを地下のシェルターに誘導しようと思った。

 「みなさん、こっちへ!」リュウはCBEのスピーカーを使って、地下施設への誘導を続けた。リュウは、瓦礫だらけの通りを、逃げまどう人々に向かって呼びかけたが、なかなかうまくいかない。騒音でリュウの声がかき消されている。あまりの恐怖からリュウの声が耳に入らないのかもしれない。三十メートルほど左で、また爆発があった。「今のは近かったな」爆風を受けたリュウは態勢を立て直し、CBEの腕を上げて、飛んてくる瓦礫や塵から身をを守った。爆風が収まり、視野が開けると、爆破の範囲内に、数十人の遺体が散乱していた。

 リュウは愕然とした。地面には大量の血が飛び散り、多くの遺体に火がついていた。人々は硬直し、動かない。リュウがアンジェラを最後に見たときのように。

 「こんなことは、あってはならない。彼らに罪はない」心の底から怒りがこみ上げてきた。

 リュウはふいに懐かしさを感じた。リュウの恐怖を怒りに変える存在。リュウの直感は、振り返れ、と言っているが、リュウは少し間を置いた。リュウにはそれが誰だか分かっている。

 「お前がまだ生きていることは知っていたぜ、一〇一番」。あざけるような大きな声が、リュウの二、三メートル後ろから聞こえた。「お前は猫みたいな奴だな。猫には九つの命があるというだろう」

 リュウはゆっくりと振り返り、自分の直感が正しかったことを確かめた。自分と友人たちに酷い苦痛をもたらした張本人の姿を再び視野にとらえたかった。アンジェラの死の責任を負うべき人物の姿を確かめたかった。

 燃え盛る瓦礫のなかで立っているのは、言うまでもなくヒロだった。相変わらず、気取った笑みを浮かべている。

 「この野郎!」リュウが怒鳴った。「町の人々を虫けらみたいに殺しやがって。お前の傲慢さには、いつもはらわたが煮えくり返る」

 「待てよ、何か誤解してるんじゃないか」ヒロが落ち着いた様子で言った。「俺がここに来た理由はたった一つ。お前たちの大切なサイフォンを破壊することだ。こいつらは、ただ、俺の通り道にいて邪魔だったから、どかしただけさ」

 「相変わらず、頭のおかしい野郎だな!」 リュウはツバを飛ばしながら、怒鳴った。

 ヒロは肩をすくめた。「まあ、何とでも言うがいいさ。もうどうでもいいことだ。お前の九つ目の命が、最後の命がここで終わるんだからな」 ヒロはリュウを指さし、手を上げて、EMPを出そうとした。

 リュウの怒りは爆発寸前だ。リュウはヒロとは一対一で戦い、素手で殺してやりたいと思っていた。それが、誰かを殺すときに最も尊敬に値するやり方だと、言っていたのは、ヒロ本人ではなかったのか。リュウはシートベルトを外して、CBEを降りた。「いつでも、一対一の戦いが最も品位があると偉そうに言っていた、将軍の見習い野郎が、テクノロジーに頼るつもりなのか? お前の戦闘技術とやらは、どこにいっちまったんだ、この腰抜け野郎!」そう言いながら、リュウはヒロと同じ地面に降り立った。

 「お前には、これまでの蛮行に対する代償をしっかりと払ってもらうからな」リュウは怒りに震えながら、一歩一歩ヒロに近づいていき、その手首をつかんだ。

 「父さんのために・・・母さんのために・・・アンジェラのために・・・町の人々のために」

 「おいおい、勘弁してくれよ。少し熱くなりすぎてないか」そう言いながらも、ヒロはリュウの手振り払い、身をかがめ、攻撃態勢を整えた。

 「イニシャライズ!」リュウはパワードスーツに身を包んだ。「今夜、ここで、すべてを終わらせる。ここから生きて帰れるのは、俺かお前か、どちらか一人だけだ、覚悟しろ、ヒロ!」

 リュウはヒロに向かって突進した。

 「名前で呼ぶなと言っただろう、何度言えばわかるんだ?」ヒロも叫びながら、リュウに向かってきた。

 「ブレード・オブ・ジャスティス!」リュウが叫んだ。

 リュウの刀はすぐにイニシャライズされ、ヒロは小さなブレードで応戦した。

 キーン

 リュウはじりじりとヒロを押した。大きく見開かれたリュウの目は、怒りで満ちていた。リュウを押し返したヒロの口元には笑みがこぼれていた。リュウが斬りつけてくるたびに、ヒロはそれをブレードで受け止めた。

 「お前、強くなったな」ヒロは姿勢を調整しながらリュウの攻撃をさばいた。

 リュウは攻撃の手を緩めなかった。斬りつけるごとに、動きが研ぎ澄まされていく。ヒロは防戦一方で、リュウの攻撃への対応にも遅れが生じつあった。リュウにこれほどのスピードがあるとは、予想していなかったようだ。ヒロは、次の攻撃をブレードではじくと、ピストルに手を伸ばしリュウの顔に向けて発砲した。リュウはすでにこの動きを予測していたので、発砲と同時に身をかがめ、しゃがんだ姿勢からトップスピードで突進した。ヒロは二発目を発砲することができない。

 「撃てないだろう」リュウはヒロの懐に飛び込み、ヒロの顔を思いきり殴った。

 ヒロは少し後ずさりした。リュウは間髪入れず殴り続け、ヒロに自分の顔の状態を確かめる隙も与えなかった。リュウは蹴りも織り交ぜながら猛攻を加え続けた。

 「お前が小突き回し、あざ笑った、昔の俺とは違うんだよ」リュウは攻撃を緩めない。「俺は生まれ変わったんだ。お前を倒す!」 リュウはそう宣言すると、ヒロの腹を蹴り上げた。

 ヒロは少し前かがみになり、苦しそうに喘いだ。ヒロの防御が一瞬甘くなったので、リュウはさらに二発殴り、最後にヒロの顔にアッパーを決めた。ヒロの身体は弧を描くように地面に落ちた。ヒロはなんとか起き上がったが、膝に手を置いて体を支えるのがやっとの状態だった。ヒロは口に溜まった血を吐き出し、ゆっくりと近づいて来るリュウの姿を見上げた。

 「いいぞ、今のお前の方がしっくりくるな」 ヒロが笑った。その顔はまるで狂人のようだ。「いいぞ、もっと近づいて来い、もっとだ!」

 リュウは構わずヒロに近づいた。

 「お前の好きなやり方で、素手で、お前を叩きのめしてやる!」リュウはふたたび、ヒロに向かって突進した。

 ヒロは薄笑いを浮かべながら、手首を上げると、手首についているデバイスのスクリーンをクリックした。リュウはこれに気づき、ヒロの脇から飛んできたナイフをかわした。リュウが左を見ると、白と青の戦闘スーツを着た兵士が近づいて来た。リュウはいったん下がり、見慣れない兵士に注意を向けた。

 「お前は誰だ?」リュウが距離を保ちながら言った。

 ヒロは立ちあがり、口元の血をぬぐった。

 「俺の新しい友人だ」ヒロはそう叫び、兵士の隣に立った。「こんなに早く、こいつを紹介したくはなかったが、俺には大事な任務がある。まあ、仕方ないな」ヒロがニヤリとした。

 リュウはその兵士に目を向けた。こいつをうまく説得して、武器を放棄させ、ヒロの命令を拒否させようか、とも考えた。リュウが倒したいのはあくまでもヒロだけだった。

 「お前はそんな——」リュウは話しかけようとしたが、すでに遅かった。兵士はすでにリュウに対して攻撃を開始していたのだ。

 リュウは何とか攻撃をかわし、後ずさりした。兵士を説得する暇はなさそうだ。まずはこの兵士を叩きのめそう。ヒロと対決するにはそうするしかない。リュウは目を細めて、兵士に突進しようとした。

 リュウは何かを感じ、動きをとめた。遠くで銃声がして、銃弾が兵士の頭部をとらえた。

 ビシャ 銃弾が貫通し、兵士は地面に倒れた。

 「大丈夫よ、リュウ。援護は任せて!」ヘッドセットから声が聞えてきた。アイリだ!

 リュウは顔を上げ、銃声がした方向を探した。距離を計算し、少し高い場所にある尾根を見上げた。リュウは親指を上げて、アイリに合図した。

 「まだ終わりじゃないぞ」ヒロが叫んだ。リュウが振り返ると、ヒロはまたデバイスを操作していた。

 すると、さっきの兵士と同じ色の戦闘スーツを着た兵士が六人現れ、リュウのまわりを囲んだ。リュウは戦闘態勢に入った。

 「ちっ!」アイリの声がヘッドセットから聞こえた。アイリの方をみると、尾根にドローンが飛んで行くのが見えた。アイリはまず、ドローンを片付けなければならない。リュウは一人で六人の兵士と戦わなければならなくなった。

 「イニシャライズ、リディマーズ!」

 ピストルがイニシャライズされると、リュウは空高くジャンプした。数秒のうちに、各兵士に向かって銃弾が飛んでいった。

 兵士たちは軽々と銃弾を避けた。どうやらただの一般兵ではないらしい。

 リュウが着地すると、再び六人の兵士に囲まれた。武器をイニシャライズしようとした瞬間、後ろから声が聞こえた。

 「来たぞ、リュウ!」ターボが戦闘に加わった。動きがあまりに速いため、ターボ本人なのか残像なのかわからない。

 ターボは兵士たちのまわりを素早く移動しながら、パンチをお見舞いしていく。ターボのスピードを増強するブレイサーが、見事なデビューを飾った。ターボが矢継ぎ早に攻撃を繰り出すため、六人の兵士は防戦一方となった。

 「そいつらを頼む」リュウが言った。「俺はヒロを倒す」

 「了解」ターボが言った。

 リュウはふたたび、ヒロに注意を向けた。ヒロはターボのスピードに驚愕しているようだ。

 「まだ終わっていないぞ」そう言うと、リュウはヒロの方に向かっていった。

 「そのようだな」ヒロもリュウの方に向かって来た。

 リュウの攻撃で戦いが再開した。ヒロは素早く右に身体をかがめ、リュウのパンチをかわした。相変わらず、ヒロは不敵な笑みを浮かべている。次の瞬間、ヒロは後ろにジャンプしてリュウから離れた。リュウのパワードスーツ上で、複数のライトが点滅している。ヒロはリュウのパンチをかわした瞬間に、パワードスーツに爆弾を仕掛けたのだ。爆弾がビープ音を発している。

 「あばよ」そう言って、ヒロが手を振った。

 次々と爆発が起こり、リュウは炎と煙に包まれた。


* * *


 爆発音を聞いたターボは、戦いの手を止めた。リュウの姿が見えない。

 「リュウ」ターボは叫んだ。「リュウ!」

 返事はない。

 突然、炎の固まりがターボの方に飛んできた。ターボは身を伏せた。火炎放射器だ。

 トーチが来たのだ。

 「俺を忘れたか?」トーチはそう叫ぶと、ターボに向かって、さらに炎を浴びせた。

 ターボはふいを突かれた。炎から身を守らねばならないが、リュウが心配だ。

 「リュウ!」ターボはもう一度叫んだ。


* * *


 「サイフォンを見つけ次第、破壊しろ」ヒロが命令すると、兵士たちは走り去った。トーチに加勢しようとしたヒロは、背後に何かを感じた。振り返ると、リュウが炎に包まれながら、ゆっくりと歩いてくるのが見えた。何だと?

「簡単に勝てると思ったか」リュウが言った。

 ヒロが驚いて、後ずさりを始めた。「なぜだ?」 ヒロは、幽霊でも見るかのようにリュウを見ていたが、やがて、その目には怒りが浮かんだ。

 「お前は俺を殺せないようだな?」リュウは笑みを浮かべ、ヒロを煽った。

 リュウはトーチの方を見た。トーチがターボを追いつめている。

 「タロン・オブ・ファイト、イニシャライズ!」

 リュウの身体がオーラに包まれた。その光の輪は、トルネードのように回転していた。やがてその輪が崩れ、大量の短剣が現れた。 驚くヒロを見て、リュウはニヤリと笑った。

 リュウはトーチを指さした。短剣は一斉に、光のような速さで目標に向かって飛んで行った。短剣の大群を目にしたトーチは、慌てふためき、地面に倒れ込んだ。

 「ターボ、町の人たちを安全な場所に誘導してくれ。ここは俺が片付ける」リュウが言った。

 「いやだ、お前と一緒にここで戦う!」

 「ターボ、頼む! 町の人々を助けてくれ!」 リュウが怒鳴った。

 これは本気だな。リュウの目を見たターボは反論するのをあきらめた。ターボは口を真一文字に閉じると、首を大きく縦に振った。

 「すぐに追いつく」そう言いながら、リュウはヒロの方に向き直った。

 「兵士たちの攻撃をやめさせろ、ヒロ」リュウは短剣の大群を空中に待機させながら、叫んだ。短剣はいまにでも、ヒロとトーチに向かって飛んでいきそうだ。「すぐに命令を撤回しろ! さもないと、お前は死ぬぞ!」

 ヒロはリュウを見ながら、ぼんやりと立っていた。その顔にはショックも怒りも浮かんでいない。ヒロはただ、リュウをながめているだけだった。

 「聞こえないのか? 攻撃を中止しろ!」

 その怒鳴り声を聞いて、ヒロは我に返った。

 「これでわかったぞ」ヒロが小声で言った。「これで、全部説明がつく」 ヒロの目が大きく見開かれた。何かに取りつかれているようだった。リュウはヒロを見ながら、応戦できるように構えた。リュウは、将軍と同じくらい狡猾で悪だくみが上手なことを知っている。ペテンとインチキにかけては、天才的だ。

 「何を企んでいる?」リュウは警戒して言った。

 「将軍がなぜ、いつもお前を見張れと言ったのか、その理由がわかったよ・・・」ヒロがゆっくりと言った。

 「お前が誰だかわかったぞ」

 ヒロがあまりにも不気味に見えたので、リュウはそれ以上近づくのをやめた。「俺が誰だかわかった? いったい、どういう意味だ?」

 混乱させて、時間稼ぎをしたいだけか? ヒロは相変わらず、もったいぶった嫌味な奴だ。だが、今は何かを確信しているようだ。リュウの正体を本当に知っているような口ぶりで、ヒロは話を続けた。「ずっとムカついてたんだ。自分よりも劣った奴の後ろにいなきゃいけないことにな、一〇一番」ヒロが穏やかに言った。「なぜ、将軍が俺の前の番号をお前にやったのか?」 ヒロは、息を吐き出しながら、少し笑った。「今、やっと分かったよ・・・お前の能力だよ。以前のお前にはこんなことできなかった。それに、お前の動き、そんな動きは短期間に身に着けられないはずだ。こんなことは誰にも、誰にもできないはずだ。でも、もしも・・・お前が人間じゃないとすれば、すべて納得できる」

 リュウはヒロの話に集中していたので、ヘッドセットから何度も名前を呼ばれていたことに気がつかなかった。

 「リュウ!」アイリが叫んでいる。「リュウ、聞こえる? リュウーーー!」

 リュウはヒロとターボの様子をうかがいながら、ヘッドセットに触った。「何だ?」リュウが言った。

 「リュウ、早くそこから逃げて!」 アイリの声が震えている。

 「何だって? どうしてだ?」リュウは周りを見渡しながら答えた。

 「サイフォンが不安定なの! ベンが攻撃されて・・・敵に襲撃されて」

 「でもどうやって?」

 「もう説明している時間はないわ・とにかく、今すぐ逃げて。サイフォンが爆発するの!」アイリが大声で言った。

 ヒロは、不気味な表情でまだそこに立ち尽くしている。俺が人間じゃないなんて、本気で思っているのか。でもここに残って、ヒロと話している時間はもうない。リュウは振り返り、自分の直感を信じて走り出した。できる限り、速く。

 走りながら恐怖感が身体を突き抜けた。もしもサイフォンが爆発したら、ここにいる全員が死んでしまう。早くサイフォンを何とかしないと・・・俺は・・・俺がみんなを助ける。アンジェラとの約束だ。

 リュウは、教授が送ってくれた座標を確認するため、バイザーをのぞいた。町の反対側に、小さな輝点が見えた。リュウはスピードを上げた。一秒でも早く輝点に辿り着くため、町の中心部をまっすぐに進むことにした。倒壊した建物を巧みに避け、燃え盛る家を通り抜け、爆発でできた窪みを飛び越え、ひたすら進んだ。

 輝点に着くと、住民はすでに避難したようで、辺りに人気はない。リュウは必死でサイフォンを探した。時間がない。

 「ベン」リュウは叫んだ。「ベン!」

 返事はない。

 すると、左の方に、明るいオーラが見えた。何か小さなものからオーラが出ている。リュウは、オーラに向かって走った。そこにはベンのCBEがあり、サイフォンが制御不能の状態で光を放射していた。ヒロに指揮されていた兵士の一人が近くに倒れている。もう息がない。ベンがシャトルに向かう途中、ここで敵と遭遇したのだろう。

 その瞬間に、これしか方法はない、とリュウは悟った。教授からサイフォンの爆発半径とその威力を教えてもらったことがある。それは小型の核爆弾にも匹敵する威力だった。リュウはCBEを見て、それから、サイフォンへと視線を移した。

 決断より早く、足が動き出していた。歩みを続けるうちに、思い出の瞬間がすべてフラッシュバックしてきた。リュウは不思議と安らかな気持ちになった。アンジェラの言っていたとおりだ。リュウの心に友人たちとの記憶がよみがえってきた。ターボとふざけあったこと、教授の茶目っ気、アイリがすぐに怒ること、ベンのオタク丸出しの笑顔、それから、アンジェラの柔らかい唇。リュウの心に今も鮮明に残る、すべての瞬間が、この狂った世界の中で、リュウに平和と安らぎを与えてくれたのだ。だから、自分の結論に後悔はない。そう考えると、少しだけ口元が緩んだ。俺の人生、悪いことばかりじゃなかったな。

 「リュウ、早くこっちに来い!」ターボの声がヘッドセットから聞こえてきた。リュウが何をしようとしているのか、わかっているような口調だった。「リュウ、リュウ!」 リュウの応答を求めて、ターボは思いのたけを込めて、リュウの名を何度も何度も呼んだ。

 リュウは、きっと、この瞬間のために、生まれてきたのだ、と思った。ようやく、両親やアンジェラに、もう一度、会える瞬間がやって来た。愛するみんなのためなら、何でもできる。

 リュウはCBEに駆け寄り、コックピットに飛び乗った。システムをセットし、CBEを起動した。サイフォンをつかみ、空を見上げると、ヒロが乗ったGWO軍機が飛び去っていくのが見えた。あいつらも何が起きているのか気づいて、逃げ出そうとしている。そもそも、あいつらのせいなのに。

 リュウは小型ロケットエンジンを始動させると、空に向けて出発した。リュウは、友人や、爆撃から生き残った住民を救うために、できるだけ速く、できるだけ高く、上昇しなければならない。リュウはヘッドセットをオンにして、ターボと話すことにした。ターボはまだリュウの名を呼んでいた。

 「ターボ」リュウが言った。

 「リュウ、リュウ!」ターボが答えた。「大丈夫か?」

 「元気でな、ターボ」リュウは必死で涙をこらえた。

 「やめろ。リュウ!」ターボが泣いている。 声でわかる。「だめだ、そんなことは、頼む、やめてくれ!」

 「教授、ターボをよろしく」リュウには、教授も聞いていることがわかっていた。

 「さようなら」

 「リュウ! いやあああああ!」アイリが叫んだ。

 リュウはヘッドセットを外し、通信を切った。 リュウは澄み切った心で、自分の決断を痛みではなく、喜びに変えたかった。

 リュウは深く腰かけ、満点の星空を眺めた。CBEは一筋の煙を残しながら、夜空を上昇していく。リュウの頬を一粒の涙が伝った。怖くなんてない、と思いながらも、鼓動が早くなった。これは俺が決めたことだ。俺が選んだ死に方だ。ヒロやGWO、ほかの誰かが、俺に強制したことではない。強制されるのは、もうたくさんだ。

 大気圏を出ると、CBEがガタガタと音を立て始めた。リュウは自分の命が消える、最後の瞬間をしっかり見届けようと、大きく目を開いた。そして、CBEのロケットエンジンを全開にした。

 「みんなのために」リュウはつぶやいた。目の前で夜空が輝き、光がリュウを包み込んだ。リュウは笑顔を浮かべた。


* * *


 サイフォンの爆発はすさまじいものだった。電磁波がすべての地下施設をシャットダウンした。ヒロの乗ったナイトホークは、爆風にあおられ、一瞬だが、光で前方が見えなくなった。そのため空中での再調整が必要になった。ターボは全速力で地上に向かった。ベンとアイリも後に続いた。三人は、爆風から身を守るため、ぎりぎりのタイミングで施設に飛び込んでいた。施設のメインターミナルで、彼らは爆発を目にした。

 三人が地上に出たときには、サイフォンの爆発の痕跡が消え、夜空に再び星がきらめき始めたときだった。ターボが膝から崩れ、地面に突っ伏して泣いた。自分の魂が引き裂かれた気がした。ベンとアイリはターボの側で夜空を見上げていた。二人の目からも涙がこぼれた。

 「リュウはこれからも、わたしたちの心の中で生きていくわ」アイリは、片手をターボの肩に置き、反対側の手で涙をぬぐった。「リュウの犠牲は絶対に無駄にしない」

 ベンもアイリの言葉を聞いて涙を拭いた。ベンはターボのことが心配になった。

 「ターボ、僕はリュウがしたことに何かを言えるほど、立派な人間ではないけど、アイリの言う通りだと思うよ。リュウは自分がやらなければいけないと思ったことをやったんだ。リュウはここにいるみんなを救ってくれた。さあ、立ち上がって」ベンがそう言うと、住民たちの声も聞こえてきた。

 ターボは膝をついたまま顔を上げ、片目で周りの様子を見た。たくさんの住民たちが瓦礫の中から、こっちに集まってくる。男も女も子供も、何百人もの住民が生き残った。リュウがみんなを救ったのだ。ターボは涙を拭いて、ゆっくりと立ち上がった。 住民たちは三人に近づき、次々に感謝の言葉を口にした。

 「ありがとう、優しいお兄さん」男の子がターボの脚にしがみついて言った。

 「皆さんのおかげで助かりました。このご恩は一生忘れません」一人の女性が三人に微笑みかけながら言った。彼女の顔はすすで汚れ、目には感謝の涙を浮かべていた。

 住民たちはさらに集ってきた。アイリはターボとベンから、住民へと視線を移し、一人一人と笑顔で話した。たとえ、リュウを失ったとしても自分の人生には、まだ意味があるのかもしれない、とターボは感じ始めた。口元に少し笑みがこぼれてきた。

 「自分がやるべきことをやる、というのはこういうことか」アイリがしみじみと言った。「リュウはきっと、最初からこれがわかっていたのね。リュウはみんなのヒーローだわ」

 三人はしばらく町に残り、瓦礫の片付けや、消火を手伝った。

 一方、教授は任地の施設から、ことの一部始終を見届けた。そして、今度はタブレットをにらみつけながら、何かに集中している。やがて、教授は笑みを浮かべ、顔を上げた。

 「このシンボルはどこかで見たことがあると思っていたが、やはりそうか」


  続く

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

グローバル・デバイド(第一章)「リュウの反乱」 加藤ピーター @pmrodrig

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ