第25話
リュウはシャワーを浴びると、トレーニングの事後報告のため、会議室でペンスキー教授や他のメンバーと合流した。教授はタブレットに表示されている情報を見ていた。教授は、ときおり、身振り手ぶりをしたり、何かをブツブツ言ったりしながら、データを分析しているようだ。何かが引っ掛かり、それをうまく解釈しようとしているようにも見えた。
そのあいだ、リュウはターボに話しかけた。「おい、お前のトレーニングはどうだった?」
部屋を見まわしていたターボには、リュウの質問が聞こえなかったようだ。
「おい、お前に聞いてるんだよ。ターボ」
「ああ、ごめん。何だ?」
「お前のトレーニングはどうだった?」
「えっ、まあ、あんなもの、ちょろいもんさ」 ターボが肩をすくめた。
「ウソをつくなよ」
「本当だよ。お前にウソなんかついてどうする。あのドロイドどもは、俺の速さについて来られなかったんだよ」ターボが真面目に答えた。
リュウは眉ひそめた。ターボの言うことは完全には信用できなかったが、ターボは、余裕の表情を浮かべていた。
「ええと」教授が会話に割り込んできた。「ターボ、君にはいくつか課題があるようだ」
リュウはニヤニヤ笑いながらターボの方を見た。ターボは目をパチパチさせていた。「どういう意味ですか?」
「君のスピードと敏捷性は素晴らしい。だが、創造性に欠けている」教授が説明した。
「創造性? そんなもの必要なんですか?」ターボが大声で言った。
「念のため、ポイントを説明しておこうか」
「はぁ」
「戦闘では、勇ましさと思考力の両方が必要だということが、ポイントなんだよ。ドロイドはレベル二にセットされていた。とても基礎的なレベルだ。このレベルでも君は、攻撃にうまく対応できていなかったようだ」
「そんな。あいつらはどう見ても、正常には動作していませんでしたよ」ターボが椅子に座りなおした。頬が赤くなっていた。
「ターボ、もう少し真剣に聞いてくれないか」 教授が眼鏡をかけ直した。「トレーニングをゲームか何かと勘違いしないでほしいんだ。たしかに、トレーニングではバーチャルな世界を構成しているけれど、現実の戦闘でも、同じような状況に遭遇しないとも限らない。今は、君が自分の間違いを認め、そこから何かを学んでほしいんだ。そうすれば、現実に同じような場面に遭遇したとき、間違いを繰り返すことはなくなるからね」
ようやく、ターボにもトレーニングの真の目的がわかったようだ。ターボは頷いた。そして、椅子の後ろにもたれると、不機嫌できまり悪そうな表情を浮かべた。リュウは、ターボの背中を、ポンと叩いた。
「おい、落ち込むなよ。それは、百戦錬磨の戦士の顔じゃねえぞ。俺は、あのデータが俺たちを強くしてくれるって信じてるぜ。だいたい、俺たちはそのために、ここにいるんだろう? 強くなりたければ、お前は自分を信じるしかない。俺がお前を信じているようにな」
ターボはリュウを見ると、笑みを浮かべた。「ああ、その通りだ。ありがとよ、リュウ」
「友の励ましは大切よ」アイリが初めて二人の会話に割り込んできた。「誰の言葉も心に届かなくなったときでも、友の励ましだけは心に届くものよ」
リュウは目をパチパチさせた。アイリがそんなことを言うとは思わなかった。教授やベンの表情から察すると、二人も自分の耳を疑っているようだった。アイリは、何か文句でもあるの、と言いたげな表情を浮かべた。
教授は咳払いをして、入り口のドロイドに合図した。「ターボを部屋に連れて行ってくれ」
ターボは立ち上がると、礼をして、会議室を出て行った。すぐに、後ろでドアが閉まった。
教授は再び、自分のタブレットをのぞき込んだ。リュウのトレーニングデータを見ているのだろう。教授は、データを見ながら、同じ動作を繰り返した。データを見ると、少し動きを止め、アイリとベンジャミンを見て、再びタブレットの画面に戻った。
リュウはイライラしてきた。リュウはこの三人の表情をながめては、彼らの考えを推測することに疲れてしまったのだ。「僕のトレーニング結果ですよね。早く教えてください」
教授は少し沈黙してから、静かに口を開いた。「もちろん、君が結果を知りたがっているのはよくわかるよ。でも、これから話すことを、まずはよく聞いてほしいんだ。君が知っていることも、知らないこともあると思う」
教授が指で合図すると、ベンはテーブルにあるスクリーンを操作し始めた。すると、データが浮かび上がった。リュウの目の前で、円柱状のバーチャルイメージが輝き始めた。
「これは見たことがあります」そう言うと、リュウは眉をひそめた。瀕死の重傷を負った夜、リュウたちはこれを破壊しようとしていたのだ。
「ああ、そうだね。君は覚えているはずだ。これはサイフォンだ。サイフォンは〈レジスタンス〉で最も重要な物質だ。サイフォンには永遠のエネルギーが蓄えられ、私たちが開発したテクノロジーの動力源となっている。文明が今ほど.発達していない頃、マヤ人たちは、これを神からの贈り物だと信じ、建造物の中に隠したんだ。一九五〇年代に行われた探索において、ある探検家グループがマヤ文明の遺跡を見つけ、そのとき、巨大な石のかけらも発見した。あとで、それは隕石だとわかった。分析の結果、その隕石こそが人類の諸問題を解決するという結論に達したんだ。この隕石には無限のエネルギーが秘められていることがわかったからね。
隕石の研究中、私欲に駆られた権力指向の強いグループは、この隕石を盗みだして破壊しようとした。彼らは、この新しいエネルギー源が自分たちの計画にはとっては大きなリスクとなり、また、彼らの社会的地位を脅かすと考えた。そのため、隕石を発見したグループはそれに気づき、念のため隕石を砕いて、五つのシリンダーに別々に保管することにした。それぞれのシリンダーに、隕石のパワーがまったくの均等に分けられるようにね。やがて、五つのシリンダーは、世界各地に送られ、個別に保管されることになった。その後、長い間、それぞれの場所で隠されたままになっていた。最終戦争後、君の両親と私は、サイフォンを探し出す任務を与えられた。地球にかつての栄光を取り戻すためには、様々な装置にパワーを送らなければならない。私たちの任務は成功し、五つのシリンダーをすべて、探し出すことができた」
「だから、僕の両親は出張ばかりしていたんですか?」
教授は頷いた。「その通りだ。私たちは五つのサイフォンを発掘して運び出し、エネルギーとして利用しようと計画していた。だが、残念なことが起こってしまった。ここからは、少し厳しい話になるよ」 教授がベンに合図すると、スクリーン上の画像が変わった。
スクリーンにそれぞれのサイフォンの位置が点滅していた。しかし、三か所のサイフォンしか表示されていない。
「GWOはすでに二つのサイフォンを破壊し、君があの山で、アイリに会ったときは、三つ目のサイフォンを破壊しようとしていたというわけさ。アイリの機転がなかったら、私たちはあのサイフォンも失い、戦局はさらに不利になっていただろう。私たちの装備にエネルギーを送り続けるには、残った三つのサイフォンがどうしても必要なんだ。そうしないと、地球を再生し、地上の汚染を取り除くことはできない。つまり、人類が再び地上に住むことは不可能になる」
「わかりました、教授。でも、そのことと、僕と、どういう関係があるんですか?」
「戸惑うのも無理はない。どうか最後まで聞いてくれ。君の存在は、君のお父さんが教えてくれた。お父さんは、君に後を継いでほしいと思っていたようだ。お父さんが、君は特別だ、と言ったとき、それがどういう意味なのかわかりかねていたが、今日、君のトレーニング結果を見て、また、君がどのように戦ったのかを聞いて、私は君が特別だということを確信したよ」
教授の話を聞いているあいだ、リュウは心のなかで、父親の手紙を思い出していた。
リュウは質問を続けた。「わかりました。それで、僕は何をすればいいんですか?」
「またトレーニングを受けてもらう。今度は、アイリやベンジャミンと同じように、マインド・メルドをやってもらうよ」教授が興奮した様子で言った。
リュウは頷いた。教授はここであらためて、副作用についても説明した。だが、その説明を聞いても、リュウが不安を覚えることはなかった。
「素晴らしい!」教授が思わず拍手した。「ベンが最近つかんだ情報を共有しておこう。GWOはまたサイフォンを破壊する計画を立てているそうだ。GWOがどのサイフォンを目標にしているのかは、今のところ不明。だから、残っているサイフォンすべてに防衛態勢を取る必要がある。それぞれのサイフォンにはが警備がついているが、それだけでは十分ではない。君とターボにはできるだけ早くトレーニングを修了してもらい、GWOが何を計画しているにしろ、不測の事態に対応するため、の警備に合流してほしい」
「了解です」リュウは、GWOと戦うチャンスを待ちわびていた。「いつでも戦う準備はできています」
「教授、GWOは飛行機を撃墜されたばかりなので、以前ほど軽率には動かないかもしれません」アイリが会話に割り込んできた。
「その可能性はある。だがGWOも失敗から学んだはずだ。あまり認めたくはないが、将軍は狡猾であるうえに機略に優れた人物だ。これ以上、サイフォンを失う訳にはいかない」
こう言うと、教授は立ち上がり、リュウの方を見た。「明日八時、君のマインド・メルドを開始する。雑念を振り払って、しっかり準備をしてきてくれ。後は私にまかせてくれればいい」そう言うと、教授は会議室から出て行った。
リュウはその場で少し考えてから、立ち上がった。アイリの方を見ると、アイリは壁に寄りかかり、腕を組み、瞳は閉じたままだった。まだ見ぬカオスを想像しているようだった。
「君の出番よ」アイリが落ち着いた口調で言った。「大丈夫?」
ベンも振り返って、リュウの方を見た。リュウは二人に背を向けたまま、ドアに向かった。
「ああ、俺は大丈夫だ。君たちはどうだ? 今度は総力戦になるぞ」
* * *
翌朝、リュウはマインド・メルド三〇〇〇が設置してある研究室へと向かった。研究室では教授が待っていた。教授はリュウに、おはようと挨拶すると、椅子に座るように合図し、マウスピースを渡した。誤って、歯で舌を傷つけないようにするためだ。リュウは教授からベンへと視線を移した。ベンはガラスの向こう側にいて、マインド・メルドのセッティングをしている。リュウは徐々に緊張してきたので、気分を紛らわすために室内を見渡した。
すると、ベンがリュウの視線に気づき、親指を上げ、満面の笑顔を向けてくれた。教授はタブレットで最後確認をしていた。確認が終わると、リュウのシートベルトを締めた。
「準備完了!」教授が叫んだ。
リュウはビクッとした。教授がこんなに大きな声を出すとは思っていなかった。
教授はゆっくりと深呼吸をした。目は喜びで輝いている。
「セッション開始!」教授が叫んだ。
教授がタブレットをタップすると、リュウの身体は背もたれに押しつけられ。マインド・メルドが始まった。
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